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[但し書き]
ここには、PC-VAN そして biglobe にあったSIG「歴史への招待」の「日本史ボード」において、小山修三氏のいわゆる「縄文人口」について私が書いたものを集めた。
さて、小山氏の「縄文人口」は、小山氏の研究成果であることを明記しているもの、してないものを含めると、現在でもさまざまな分野で利用されている。
それにもかかわらず、小山氏は「縄文人口」をどのようにして求められたのか?とか、その後誰によって検証されたのか?といったことが、ほとんど紹介されていない。
「日本史ボード」でも「縄文人口」をもとにして書かれたものがいくつかあったが、それらにしても小山氏が示された数値を単に利用しているだけで、その数値の精度や利用の限界についてまで言及しているものはなかった。
すなわち、歴史学的に言えば、「『縄文人口』は、未だ史料批判されていない、未確定史料なのである!」
そこで、小山氏の著書『縄文時代』の「第一章 縄文時代の人口」で書かれている内容を私流に(あくまでも“私流に”)検証したのが、(9)〜(16)である。
その過程で、「縄文人口」が検証不可能な“仮説”であることを示すとともに、その精度の低さを指摘した。
なお、小山氏自身『縄文時代』の中で「縄文人口」の精度が低いことを明記されているので、精度の低いこと自体は特に問題はない。しかし、「縄文人口」を利用されている研究者が、その精度をまったく気にしていないことは大きな問題ではないだろうか。
全体的な構成を示すと、(1)は、私が「縄文人口」を信用し切っていた当時に書いたもの。また、そういった傾向が世間一般にあることを示したのが(2)である。(3)(4)(5)はそういった傾向を批判したもので、(8)は(9)以降で行なうことになる「縄文人口」検証のいわば“序章”にあたる。
当初は、検証部分((9)〜(16))のみを公開しようと考えていたが、それ以前に書いたものも読んでいただいたほうが、私が検証を行なおうとした動機が多少は理解していただけるのではないかと思い、(1)〜(5)も合わせて公開することにした。
ちなみに、(6)は「縄文人口」には直接関係はないのだが、話の流れの上で必要と思われるので追加した。同様に、(7)も(3)〜(6)の追補なので合わせて追加した。
ところで、19世紀のフランスが生んだ天才ポアンカレ(Henri Poincaré 1854-1912)は『科学と仮説』(La Science et l'Hypothesè)で仮説の役割について述べる中で、「いつでもできるだけ早く、できるだけ何度も、検証を行なわなければならない。もし仮説がこの試練に堪えられないときには、もちろん心残りなくこれを投げうたなければならない。」(河野伊三郎訳、岩波文庫、1960年改版、p.180)と書かれている。
しかし、日本における多くの研究分野(もちろん、その中には歴史学も考古学も民俗学も含まれる)では、仮説が、ほとんど検証されないまま、通説となり、定説化し、義務教育レベルの教科書にまで取り上げられることが少なくない。
そういった現状を踏まえて、いわゆる「旧石器発掘ねつ造」事件発覚後に書いたのが、(17)である。
2002.10.19 / 2002.11.04