[Japanese KANJI System(Shift-JIS) and Stylesheet]
[但し書き]
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ここには biglobe にあったSIG「歴史への招待」の「日本史ボード」に、『明月記』の客星記録について私が書き込んだものを集めた。 なお、話を進めるに当たり、必要に応じて私に著作権等のないMSGも注にその概略を紹介した。 ただし、このシリーズは、SIG閉鎖にともない、未完のままである。それにもかかわらず、あえて公開した。 というのも、サーチエンジンを使って検索してみると、現在でも、「藤原定家は超新星爆発を実際に見、それを日記『明月記』に記した!」と誤解しているページが少なからずあったからだ。 ところで、こういった誤解はどうして生じたのだろうか。想像するに、その最大の原因は、情報の信憑性を確認する作業を怠ったことにあると思う。 たとえば、何かしらの文献に「藤原定家は、超新星爆発を実際に見た!」と受け取れるような記述があったとする。その場合、まず最初に行なわなければならないのは、その文献の記述が正しいかどうかを、実際に『明月記』を読んで確認することだ。そういった確認作業を行なっていれば、「藤原定家は超新星爆発を実際に見、それを日記『明月記』に記した!」などといった表現には、まずならなかっただろう。 また、そういった確認作業を抜きに、その文献を利用したのならば、著作権や知的所有権を考慮し、「誰々の何々という文献によれば、藤原定家は超新星爆発を実際に見たらしい。」といった表現にすべきだろう。 一般的に、歴史学者が史料を扱う場合、まず“史料批判”という作業を行なう。平たく言えば、これは、史料の素性を可能な限り明らかにする作業だ。そして、素性がそれなりに明らかになったもののみを史料として実際に利用する。 したがって、何の断り書きもなしに「藤原定家は超新星爆発を実際に見、それを日記『明月記』に記した!」といった記述があった場合、史料批判が適切に行なわれなかったか、あるいは著作権や知的所有権を侵害しているかのいずれかとみなされる可能性が高い。 いずれにしろ、そうみなされるのは、ありがたいことではない。そこで、そうならないためにも、情報の信憑性を確認したり、情報の出所を明確にすることが必要となる。ま、私自身の経験から言っても、そういったことは「言うは易し、行うは難し」なのだが‥‥。 |
2003.08.22作成/2003.12.16更新