
(NetscapeNavigator3.0以降を対象に作成されています)
以下に掲げるホームページの多くは、作者から紹介の承諾を得ていません。 これは、《実生活上の住所や電話番号と違って、インターネット上のWWWは、リンクを張り巡らすことによって、世界中の情報を有機的に関連付けようという思想に根ざすものであって、リンクを張ること、張られることは、もともとインターネットの特性として折り込み済みである》(*1)という考え方に基づくものです。
したがって、この考え方に同意いただけない方は、このリンク集を利用しないでください。
また、リンク先ページの内容については、こちらではお答えできませんので、直接そのページの作者へお問い合わせください。
*1)宮下佳之「ネットワーク時代の知的所有権入門」(『iNTERNET magazine』No.20、インプレス、1996年9月1日発行、p289)
旧版同ジャンル(重複あり)
古墳時代 第3版(1996.09.08) 52件 |
古墳時代 第4版(1996.10.25) 92件 |
古墳時代 第4版【追補】(1996.12.21) 23件 |
古墳時代 第5版(1997.06.22) 449件 |
古墳 第6版(1997.12.25) 219件 |
古墳時代 第7版(1998.10.29) 331件 |
古墳時代 第8版(1999.04.28) 136件 |
古墳時代 第9版(1999.07.20) 14件 |
- 大和の遺跡 表紙/企画・制作 馬見古墳群調査委員会(古墳・奈良県) [99-10-02]
- リンク一覧表 『大和の遺跡』(古代・古墳・リンク集) [99-10-02]
- Sankaku 『おにりんのほ〜むぺ〜じ』三角縁神獣鏡の話 はじめに/三角縁神獣鏡の詳細/三角縁神獣鏡呉鏡説(呉の工人渡来説)/三角縁神獣鏡魏鏡説/三角縁神獣鏡と古墳/三角縁神獣鏡問題の整理/三角縁神獣鏡の系統論/三角縁神獣鏡製作者は誰か/もっともらしいストーリー/これで謎はとけたか?(弥生・古墳・邪馬台国) [00-01-26]
- Yamatai-koku 『おにりんのほ〜むぺ〜じ』邪馬台国論争の話 はじめに/まず邪馬台国論争概論/三角縁神獣鏡問題/古墳時代はいつから始まる?/都市論とか弥生時代の集落とか/ここまでのまとめ/年輪年代学/素直に考えた邪馬台国大和説/最後に(弥生・古墳・邪馬台国) [00-01-26]
- Pepperland(JUNKOの日本史)−「奈良・箸墓古墳説明会」ご報告− (古墳・奈良県) [00-02-19]
- Pepperland(JUNKOの日本史)−邪馬台国はどこだー!− (弥生・古墳・邪馬台国) [00-02-19]
- Pepperland(JUNKOの日本史)−古墳時代でございます− (古墳) [00-02-19]
- Pepperland(JUNKOの日本史)-なんで巨大古墳は造られた?- (古墳) [00-02-19]
- Pepperland(JUNKOの日本史)−黒塚古墳でコーフン フン!− (古墳・奈良県) [00-02-19]
- Pepperland(JUNKOの日本史)−ロマンですキトラ古墳− (古墳・奈良県) [00-02-19]
- Pepperland(JUNKOの日本史)-JUNKO古墳に入るー- 赤井塚古墳(古墳・三重県名張市) [00-02-19]
- Pepperland(JUNKOの日本史)−チョット邪馬台国− フッフッフ古墳(古墳) [00-02-19]
- 五鈴鏡004 『神鏡と宇宙』神鏡美術館 五鈴鏡 GOREI-KYOU(ごれいきょう)拡大画面 展示番号004(古墳) [00-04-14]
- 胆沢 『蝦夷の館』東北の史跡 胆沢城跡:蝦夷征伐の直後にあたる 西暦802年に坂上田村麻呂により下野あたりの兵数千人を動員して造営され、それまで多賀城にあった鎮守府の機能がここに移された。/江釣子古墳群:和賀川流域に見つかった7-8世紀ごろの蝦夷族長クラスの墓。形は円形で石室があり、副葬品として蕨手刀、鉄製の馬具、などがおさめられている。/成島毘沙門堂:坂上田村麻呂が作らせたという木製の巨大な兜跋(とばつ)毘沙門天像がある。/丹内山神社:古来よりアラハバキの石神をまつる神社で、本殿の裏手に5ー6メートルほどの巨大な胎内石が鎮座している。(中古・古墳・寺院・神社・岩手県) [00-02-07]
- http://www.asahi-net.or.jp/~yw8a-kndu/html/kajinomoto_sankakusetu.htm 三角縁神獣鏡=全量魏鏡説は成立するのか? その1:特鋳説は成立しない/その2:景初4年5月鏡が粉砕した全量魏鏡説/その3:「魏:尚方の鏡には誤字が多い」は珍説/その4:紋様/その5:「鋳張」が証明する全量魏鏡説の間違い/その6:「黒塚出土の鏡」が証明する全量魏鏡説の間違い(邪馬台国・古墳) [00-03-07]
- Case 2・古墳時代、関東に「鈴の文明」圏があった 『考古学データの“裏”を読む 〜「ある・ない」論の陥とし穴〜』(古墳) [00-03-07]
- Case 3・奈良時代は、古墳時代よりも平和な時代だった 『考古学データの“裏”を読む 〜「ある・ない」論の陥とし穴〜』(古墳・古代) [00-03-07]
- 今城塚古墳 『遺跡情報ピット』今城塚古墳:この近くには、国史跡になった埴輪を生産していた新池埴輪製作遺跡があり、太田茶臼山古墳、二子山古墳、番山古墳、前塚古墳、岡本山古墳、郡家車塚古墳、狐塚古墳郡など多くの古墳が散在しています。なかでも、とりわけ大きな今城塚古墳は、古墳の形状や埴輪から、6世紀前半に築造され、「日本書紀」、「延喜式」などの資料から、今では西暦531年に亡くなった継体天皇の陵墓であると考えられています。(古墳・大阪府) [00-02-07]
- 新方遺跡 『遺跡情報ピット』新方遺跡(神戸市西区) 新方遺跡は、明石川と伊川の合流する地点の北側、標高8〜10mの沖積地に位置しています。昭和45年に山陽新幹線建設に伴う調査で発見されました。これまでの調査で、旧石器時代から江戸時代にいたる複合遺跡であることがが判明しています。/弥生時代前期から古墳時代の人骨が、良好保存状況で見つかり、第1次調査の成果とあわせ、同一地域での、人骨の形質学的変化を確認できる資料を得ることが出来ました。(弥生・古墳・兵庫県) [00-02-04]
- 須恵器杯(貝入り) 『名張の文化財』須恵器杯(貝入り)古墳時代(所在地:名張市赤目町相楽412)/鈴入台付小壷 古墳時代(所在地:名張市桜ヶ丘3088-91)(古墳・三重県名張市) [00-02-20]
- 鹿高神社境内古墳 『名張の文化財』鹿高神社境内古墳 古墳時代:6世紀の中頃に築かれたと推定されます。(所在地:名張市安部田1942-3)/宮山古墳 古墳時代(所在地:名張市赤目町一ノ井610)(古墳・三重県名張市) [00-02-20]
- 美旗古墳群 『名張の文化財』美旗古墳群 古墳時代:これらの古墳は地域を支配した有力者が、4〜6世紀にかけて造ったものと考えられています。(所在地:名張市美旗中1番ほか)/馬塚 古墳時代/女良塚 古墳時代:馬塚の北東1kmのところにある帆立貝式の前方後円墳。/赤井塚 古墳時代(古墳・三重県名張市) [00-02-19]
- 発掘調査報告 ■発掘調査報告■〜発掘調査現場から〜箸墓古墳の発掘調査(古墳・奈良県) [00-02-06]
- 発掘調査報告 ■発掘調査報告■〜発掘調査現場から〜6世紀中頃の遺構検出 纒向遺跡第一〇七次調査(古墳・奈良県) [00-02-06]
- 発掘調査報告 ■発掘調査報告■〜発掘調査現場から〜谷遺跡から竪穴住居群検出 (古墳・奈良県) [00-02-06]
- 発掘調査報告 ■発掘調査報告■〜発掘調査現場から〜東田大塚古墳の発掘調査(古墳・奈良県) [00-02-06]
- 高槻市ホームページ《安満宮山古墳》 平成9年に発見、調査された3世紀後半の古墳で、中国・魏の年号「青龍三年(235年)」銘のある鏡を含む青銅鏡5面やガラス小玉、鉄刀など貴重な遺物が出土しました。/写真:「青龍三年」銘方格規矩鏡、古墳と淀川、古墳から大阪平野を望む、積み重ねてあった鏡、二神二獣鏡、同向式神獣鏡、三角縁環状乳神獣鏡、三角縁四神四獣鏡、復元整備された安満宮山古墳、ガラスシェルター内の墓坑展示(古墳・邪馬台国・大阪府) [00-02-08]
- 高槻市ホームページ《新池遺跡(ハニワ工場公園)》 新池遺跡は、発掘調査によって5世紀から6世紀にかけての埴輪を焼く窯18基と作業場(工房)3棟、埴輪職人(工人)たちの竪穴住居14棟が確認されました。『日本書紀』欽明天皇23年条(562年)に記載のある「摂津国三島郡埴廬(せっつのくにみしまのこおりはにいほ)」そのものと考えられるなど、他に例のない貴重な遺跡です。/写真:発掘当時の航空写真、ハニワ工場公園、日本最大の3号工房跡、埴輪工房復元図、ハニワ工場館内の18号窯(古墳・大阪府) [00-02-08]
- 高槻市ホームページ《今城塚古墳》 淀川北岸では最大の前方後円墳です。現在の古墳研究によれば、現継体陵の太田茶臼山古墳(茨木市)は、形状・出土埴輪などからみて5世紀中頃の築造で、継体天皇の没年(531年)と一致しません。一方今城塚古墳は、墳丘の形状・出土埴輪などから6世紀前半に築かれた大王の墓であることが判明しており、条里研究の成果とも合致します。現在の研究成果では、今城塚古墳が真の継体天皇陵とされています。/写真:今城塚古墳の規模、今城塚古墳全景、日本最大の家形埴輪、武人埴輪、船のヘラ記号(古墳・大阪府) [00-02-08]
- 高槻市ホームページ《古墳時代まで》 ■阿武山古墳:古墳時代終末期の古墳。藤原家伝により、大化の改新(645年)の前年、三島の地に隠棲、669年山科精舎に埋葬後、阿武山、そして多武峯へと改葬されたと伝えられている藤原鎌足の墓とする説があります。/写真:石室内部の夾紵棺、棺の内部、金糸の出土状況 、冠帽と玉枕(復元品)(古墳・古代・大阪府) [00-02-08]
- 高槻市ホームページ《古墳時代まで》 ■弁天山古墳群:三島の王族の系譜をたどれる重要な古墳群であるとともに、近畿地方でも古墳時代前期を代表する最も古いものの一つとして有名です。/写真:弁天山C1号墳の竪穴式石室、青銅鏡、ヒスイの首飾、石の腕輪(古墳・大阪府) [00-02-08]
- 高槻市ホームページ《古墳時代まで》 ■塚原古墳群:古くから「塚原八十塚」と呼ばれており、古墳の数はおよそ110基。/写真:竜の透かし彫りを施した刀の把頭、金の耳飾り、鉄製の武器 、T10号の横穴式石室(古墳・大阪府) [00-02-08]
- 高槻市ホームページ《古墳時代まで》 ■塚脇古墳群:これまでに約50基の古墳が見つかっており、中には「服部連塚(むらじづか)」として信仰の対象となっている古墳もあります。これらは横穴式石室を埋葬施設とし、6世紀後半から7世紀にかけて築かれました。/写真:移築された古墳、ガラス玉、土器、馬具(古墳・大阪府) [00-02-08]
- むかし探訪:大坊古墳 玉名市玉名字大坊所在/古墳時代後期/前方後円墳 壮麗雄大な装飾古墳として全国的に知られている大坊古墳。菊池川と支流の繁根木川に挟まれた東西に延びる丘陵部南端、玉名平野を一望できる位置にあります。古来人々は、この古墳を鬼の竃(かまど)と呼び赤鬼青鬼が住み着いていると信じ、恐れていました。(古墳・熊本県玉名市) [00-02-06]
- むかし探訪:石貫ナギノ横穴群 玉名市石貫所在/国指定史跡/古墳時代終末期 穴観音横穴と共に、仏教伝来後の大陸性を持った貴重な史跡です。これらの横穴は、古墳時代終末期にこの地方に権勢を誇った豪族一門の墳墓と考えられます。(古墳・熊本県玉名市) [00-02-06]
- むかし探訪:石貫穴 観音横穴 玉名市石貫安世寺所在/国指定史跡/古墳時代終末期 この横穴は、この一帯を納めていた豪族の墓と推定されます。おそらくは仏教伝来後の六世紀後半、今からおよそ1400年余り前、築造されたものと思われます。(古墳・熊本県玉名市) [00-02-06]
- むかし探訪:永安寺東古墳 玉名市玉名字永安寺所在/国指定史跡/円墳/古墳時代後期 菊池川右岸の玉名平野を南に望む丘陵裾部に位置し、石室構造から6世紀中頃のもので、同じ丘陵上にある大坊古墳に後続するものと考えられます。前室は現存部分の長さ約1.6m、幅2.3m、高さ1.6m、左右側壁と玄門の全面に装飾文様が施されています。(古墳・熊本県玉名市) [00-02-06]
- むかし探訪:最古文字 平成7年2月河崎の柳町遺跡の井戸跡から、日本最古の文字が出土しました。発見された文字は、古墳時代前期(4世紀初頭)の国内産とみられる短甲(木製よろい)の留具に書かれていました。(古墳・熊本県玉名市) [00-02-06]
- 観光ナビ:古墳 古墳めぐりMAP(古墳・熊本県玉名市) [00-02-07]
- http://www.enjoy.ne.jp/~hisasi/5-6.htm 『出雲から世界へ』出雲を歩く 第六回:猪目洞窟遺跡の闇の奥!!(弥生・古墳・島根県) [99-07-29]
- 富本銭再発見 富本銭の発見/富本銭の特徴/武陵地一号古墳の富本銭/飛鳥から伊那谷へ/富本銭が出土した武陵地1号古墳/富本銭の謎をさぐる(1.富本銭発行の理由は、2.「富本銭」の意味は、3.何枚くらい発行したのか、4.とのくらいの価値か)/武陵地1号古墳に葬られた人物は誰か(古墳・古代・長野県下伊那郡高森町) [00-03-24]
- 黒塚古墳座談会 第263号 平成10年(1998年)5月15日 古代の眠りから目覚めた鏡―黒塚古墳の発掘に参加して―/出席者:奈良県立橿原考古学研究所調査研究部長河上邦彦(昭和45年大学院文学研究科修士課程修了) 、主任研究員卜部行弘(昭和62年大学院文学研究科修士課程修了)、関西大学大学院生井上主税(文学研究科博士課程前期課程) /聞き手:関西大学名誉教授網干善教、広報委員会委員長橋本昭一/平成10年3月16日(月)実施(古墳・奈良県) [00-02-20]
- 椿井天上山古墳 全長130m以上も?(京都新聞:1999.12.16) 京都府相楽郡山城町椿井の東部丘陵地で確認された「椿井天上山古墳」は十五日、山城町教委が今年十月から行っていた試掘調査で、全長約百三十メートル以上の前方後円墳である可能性が高くなった。多数の三角縁神獣鏡などが出土した「椿井大塚山古墳」(同町椿井、全長百七十五メートル)と築造時期や距離が近く、同町教委は「この地域で形成されていた首長の系譜を探る手がかりになる」とみている。後円部の頂上辺りからは、三世紀後半〜四世紀初頭のものと考えられる布留式土器の高坏(たかつき)やつぼなどの破片が九点出土した。(古墳・京都府) [99-12-17]
- 畿内最古級の横穴式石室発見 山城町(京都新聞:1999.7.21) 京都府相楽郡山城町上狛の木津川を見下ろす丘陵から、本州、四国では最古級とみられる横穴式石室を備えた前方後円墳が見つかり、十九日、同町教委が発表した。石室内の須恵器から、古墳時代中期後半(五世紀後半)の築造とみられ、約二千七百粒の細かなガラス玉や銅鏡が出土。(古墳・京都府) [99-07-24]
- 埴輪に魔除けの人面画 向日市の古墳(京都新聞:1999.9.14) 京都府向日市寺戸町の寺戸大塚古墳から出土した古墳時代前期(四世紀前半)の朝顔形埴輪(はにわ)の復元作業を行っていた向日市埋蔵文化財センターはこのほど、埴輪の胴部上段に魔除けの意味合いを持たせた人面画が刻まれていた、と発表した。人面画は関東、東海、瀬戸内沿岸の各地で出土する弥生時代後期の土器に見られ、ばち状文も岡山県吉備地方などから出土している。(古墳・京都府) [99-10-08]
- 摩利支天塚古墳・琵琶塚古墳 『栃木県埋蔵文化財センター』摩利支天塚古墳・琵琶塚古墳(まりしてんづかこふん・びわづかこふん)所在地:小山市飯塚/遺跡の時代:古墳時代/発掘調査年:摩利支天塚古墳 昭和55〜57年(1980〜1982)、琵琶塚古墳 昭和53〜54年(1978〜1979)/摩利支天塚古墳は発掘調査により、全長120m、後円部径71m、前方部幅82.5mの大きさで、前方部が少しとがった「剣菱型前方部」という形の前方後円墳であることがわかりました。築造年代は埴輪や古墳の形から5世紀末から6世紀初めと考えられています。 摩利支天塚古墳の北約200mにある琵琶塚古墳は、全長123.4m、後円部径75m、前方部幅70mであって、周溝を含めると200mを越える大きな前方後円墳です。墳丘には円筒埴輪がめぐらされていました。築造年代は摩利支天塚古墳よりも新しく、6世紀前半と考えられています。(古墳・栃木県) [00-02-15]
- 七廻り鏡塚古墳 『栃木県埋蔵文化財センター』七廻り鏡塚古墳(ななまわりかがみづかこふん)所在地:下都賀郡大平町大字西山田/遺跡の時代:古墳時代/発掘調査年:昭和44年(1969)/大平町西山田向堀にある八基の古墳群の中心となる古墳が、七廻り鏡塚古墳と呼ばれる円墳です。遺物は昭和61年に重要文化財に指定され、大平町資料館に展示されています。(古墳・栃木県) [00-02-15]
- 足利公園古墳群 『栃木県埋蔵文化財センター』足利公園古墳群(あしかがこうえんこふんぐん)所在地:足利市緑町/遺跡の時代:古墳時代/発掘調査年:明治19年(1886)、昭和37年(1962)、平成8年(1996)/近代考古学の創始者・東京帝国大学の坪井正五郎博士によって発掘調査が行われた古墳として有名です。(古墳・栃木県) [00-02-15]
- 車塚古墳・牛塚古墳 『栃木県埋蔵文化財センター』車塚古墳・牛塚古墳(くるまづかこふん・うしづかこふん)所在地:下都賀郡壬生町大字壬生/遺跡の時代:古墳時代/発掘調査年:未調査/車塚古墳は黒川左岸に立地する古墳時代終末期(7世紀)の大型の円墳です。牛塚古墳は車塚古墳の西側約50mにある、帆立貝式の前方後円墳です。車塚古墳・牛塚古墳ともに、国指定史跡になっています。(古墳・栃木県) [00-02-15]
- 愛宕塚古墳 『栃木県埋蔵文化財センター』愛宕塚古墳(あたごづかこふん)所在地:下都賀郡壬生町大字壬生/遺跡の時代:古墳時代/発掘調査年:未調査/愛宕塚古墳は、全長約64mの前方後円墳です。(古墳・栃木県) [00-02-15]
- 茶臼山古墳 『栃木県埋蔵文化財センター』茶臼山古墳(ちゃうすやまこふん)所在地:下都賀郡壬生町大字羽生田/遺跡の時代:古墳時代/発掘調査年:明治28年(1895)/茶臼山古墳は、全長約80mの前方後円墳です。後円部墳頂付近では、三列に回る大形の円筒埴輪が確認され、他にも家形埴輪や須恵器が出土しています。これらの遺物から、この茶臼山古墳は、谷をはさんで南東約300mにある富士山古墳より後につくられ、6世紀後半の古墳と考えられます。(古墳・栃木県) [00-02-15]
- 吾妻古墳 『栃木県埋蔵文化財センター』吾妻古墳(あづまこふん)所在地:栃木市大光寺町・下都賀郡壬生町大字藤井/遺跡の時代:古墳時代/発掘調査年:未調査/吾妻古墳は、壬生町と栃木市の境にある大形の前方後円墳です。墳丘の全長は約117m、後円部の直径約72m、前方部の幅約66m、高さもそれぞれ約8mで二段に築かれています。吾妻古墳は6世紀後半の古墳で、国の史跡に指定されています。(古墳・栃木県) [00-02-15]
- 黒駒古墳から「馬の絵」 奈良新聞 2000年3月16日 五条市黒駒(くろま)町の黒駒古墳(円墳、6世紀後期〜7世紀初期)から、馬のような絵が線で刻まれた須恵質の陶棺(焼きもののひつぎ)の破片が見つかり、発掘調査していた五条市教委が15日、発表した。同古墳は、吉野川下流の南側に位置し、自然の地形を利用して作った直径約10メートル、高さ約3メートルの円墳。(古墳・奈良県) [00-03-17]
- 最古の前方後円墳 奈良新聞 2000年3月28日 桜井市箸中、纏向遺跡東南部の前方後円墳、ホケノ山古墳(全長約80メートル)が、のちの大型古墳につながる要素を持った最古級の古墳であることが分かり、27日、調査をしていた大和(おおやまと)古墳群調査委員会(委員長・樋口隆康県立橿原考古学研究所長)が発表した。棺を保護する木槨(もっかく)に石囲いを施した二重構造の埋葬施設は、弥生時代と古墳時代前期の特徴を併せ持ち、築造年代は出土土器などから大型前方後円墳・箸墓古墳(3世紀後半)より古い3世紀中ごろとみられている。棺内からは、中国・後漢末の製作とみられる鮮明な画像の画文帯同向式神獣鏡(約19センチ)や鉄剣が出土。周囲からも呪(じゅ)術的色彩を帯びた鏡片や鉄・銅鏃(ぞく)、農工具といった鉄製品、土器などが大量に見つかった。(古墳・奈良県) [00-03-29]
- もう1つ横穴式石室 奈良新聞 2000年3月29日 国内で初めて確認された埋葬施設「石囲い木槨(もっかく)」や画文帯神獣鏡などが見つかった最古の前方後円墳とみられる桜井市箸中、纏向遺跡東南部のホケノ山古墳(3世紀中ごろ、全長約80メートル)の墳丘中心部の西側で、横穴式石室1基が見つかっていたことが28日までに大和(おおやまと)古墳群調査委員会の調査で分かった。横穴式石室は、6世紀末ごろの築造と見られており、全長は約14メートル以上、幅1.5メートル、高さ約2メートル。(古墳・奈良県) [00-03-30]
- 槨内に二重口縁壺 奈良新聞 2000年3月30日 画文帯神獣鏡などが見みつかった最古の前方後円墳とみられる桜井市箸中、纏向遺跡東南部のホケノ山古墳(3世紀中ごろ、全長約80メートル)で確認された「石囲い木槨(かく)」の槨内から、非常に装飾性が高く底部に穴があいた二重口縁壺(つぼ)が見つかっている。(古墳・奈良県) [00-03-31]
- 北まくら?南まくら? 奈良新聞 2000年4月7日 最古の前方後円墳の被葬者は北まくらか、それとも南まくら?−。桜井市箸中のホケノ山古墳(3世紀中ごろ)の被葬者の頭の向きをめぐって研究者の間で議論が高まっている。(弥生・古墳・奈良県) [00-04-08]
- 3世紀前半の木材使用 奈良新聞 2000年4月8日 最古の前方後円墳とみられる桜井市箸中、纏向遺跡東南部のホケノ山古墳(3世紀中ごろ)の埋葬施設「石囲い木槨(かく)」内に残っていた木棺の木片を年代測定したところ、3世紀前半に伐採された木が使われていた可能性が高いことが分かり、大和(おおやまと)古墳群調査委員会が7日、発表した。同古墳が最古の前方後円墳であることを科学的な側面から補強する貴重な材料といえそうだ。(弥生・古墳・奈良県) [00-04-12]
- アームで壁画探し自在 奈良新聞 1998年3月5日 きょう3月5日午前6時から行われる奈良県明日香村阿部山の円墳「キトラ古墳」(7世紀末から8世紀初めごろ)の石室内部の撮影調査に合わせて前日の4日、調査のためにNHK放送技術研究所が特別に開発した、特殊な撮影装置が古墳調査現場に運び込まれた。9つの関節を持つアームで先端の高感度小型カメラを上下左右に自在に操るハイテク装置。影像の鮮明度が前回15年前の調査に比べて「約30倍になった」という装置で、過去に果たせなかった「玄武」以外の壁画の発見に迫る。(古墳・奈良県) [00-03-15]
- くっきり玄武また会えた 奈良新聞 1998年3月6日 マルコ山と同じ石室上部 奈良県明日香村阿部山の円墳「キトラ古墳」(7世紀末から8世紀初めごろ)で3月5日、超小型カメラを使った石室の内視調査が行われ、四方を守る神獣「四神」の1つ、「玄武」の彩色壁画が15年ぶりに確認された。村教委の委嘱を受けた学術調査団(団長=関義清・明日香村長、猪熊兼勝・奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部長)がNHKの協力を得て実施。昭和58年のファイバースコープ調査で発見された極彩色の玄武は、ハイテク機器を通した鮮明な画像となって現代によみがえった。キトラ古墳は2段に築かれた直径約14メートルの円墳。(古墳・奈良県) [00-03-15]
- 天井に精密な天文図[キトラ古墳] 奈良新聞 1998年3月7日 玄武の彩色壁画が15年ぶりに確認された奈良県明日香村阿部山の円墳「キトラ古墳」(7世紀末から8世紀初めごろ)で3月6日、超小型カメラによる石室の内視調査が再開され、中国の古代思想を反映した精密な天文図が天井に描かれていることが分かった。壁面には玄武と並ぶ四方の守護神「四神」のうち、白虎と青竜の彩色壁画を新たに確認、同古墳が超一級の壁画古墳であることがあらためて裏付けられた。(古墳・奈良県) [00-03-15]
- 渡来人の技量差? 奈良新聞 1998年3月8日◎高松塚古墳とキトラ古墳の比較/超小型カメラによる石室内調査で極彩色壁画や天文図の存在が確認された明日香村阿倍山の円墳「キトラ古墳」。「高松塚古墳をしのぐ」(猪熊兼勝調査団)といわれる画期的な成果を受け、同村は今後、国の史跡指定も視野に入った保存対策を検討する。(古墳・奈良県) [00-03-15]
- 高松塚と同じ手本?[キトラ白虎] 奈良新聞 1998年5月31日 超小型カメラによる調査で石室の壁や天井に極彩色の四神図や東アジア最古の天文図などが確認された奈良県明日香村のキトラ古墳について、撮影されたビデオテープの画像を分析していた東海大情報技術センターの坂田俊文所長とキトラ古墳学術調査団長の猪熊兼勝京都橘女子大教授は5月30日、「白虎、玄武像の手本が高松塚古墳のものと同じ可能性が高い」などとする共同研究結果を発表した。(古墳・奈良県) [00-03-15]
- 天文図は高句麗の空? 奈良新聞 1998年6月3日 奈良県明日香村阿部山の円墳、キトラ古墳の石室天井に描かれていた最古級の天文図が、北緯38度から39度付近で見上げたものであることが、調査団の宮島一彦・同志社大助教授(東アジア天文学史)らの分析で明らかになった。具体的な位置については高句麗の首都・平譲付近や中国の北魏の可能性が指摘されており、調査団として確定的な結論を出すには至っていない。(古墳・奈良県) [00-03-15]
- 天文図くっきり 奈良新聞 1998年9月2日 最古級の天文図や四神の彩色壁画が見つかったキトラ古墳(奈良県高市郡明日香村阿部山)の石槨(せっかく=石室)の実物大模型が、明日香村川原の村中央公民館分館で9月1日から公開されている。9月末まで。(古墳・奈良県) [00-03-15]
- 日本ネットTODAY 1998(平成10)年7月24日(金曜日) 先勝 「山ちゃんの考古学 卑弥呼の鏡」(古墳・邪馬台国) [00-02-19]
- 豊田大塚古墳出土須恵器 『愛知県の教育』愛知の文化財探訪 考古資料 6世紀前半に作られたものと考えられる。(古墳・愛知県) [99-07-26]
- 発掘現場風景 『愛知県の教育』新着情報 水入遺跡 石敷遺構と土器出土状況(古墳時代中期)/竪穴住居(奈良時代)と土壙墓(鎌倉時代)(古墳・古代・中世・愛知県豊田市) [99-07-26]
- 水入遺跡 『愛知県の教育』新着情報 水入遺跡は、古墳時代中期から鎌倉時代にかけての複合遺跡です。古墳時代中期には大規模な石敷遺構(祭祀場)が、奈良時代では掘立柱建物と竪穴住居が配置された集落遺跡を、鎌倉時代には土壙墓を伴う墓域を確認することができました。(古墳・古代・中世・愛知県豊田市) [99-07-26]
- 遺跡周辺地図 『愛知県の教育』新着情報 水入遺跡(古墳・古代・中世・愛知県豊田市) [99-07-26]
- http://www.pref.aichi.jp/kyoiku/sintyaku/sigakouen/annnai.html 『愛知県の教育』新着情報 志賀公園遺跡現地説明会会場案内図(古墳・愛知県名古屋市北区) [99-07-26]
- 志賀公園遺跡で帆立貝形前方後円墳を発見 『愛知県の教育』新着情報 古墳時代中期(5世紀前後)に築造されたと考えられる帆立貝形前方後円墳が検出されました。(古墳・愛知県名古屋市北区) [99-07-26]
- 1999年度 吉備路郷土館ミニ企画展2 『岡山県立吉備路郷土館』「土に表現された吉備の動物たち」 展示予定資料概要 1.食料になったいきもの(シカ・イノシシ)/2.人の役にたったいきもの(イヌ・ウマ)/3.想像上のいきもの(龍)/4.その他のいきもの(ヘビ・水鳥・その他)(弥生・古墳・岡山県) [00-02-08]
- 吉備路風土記の丘フォトギャラリー 『岡山県立吉備路郷土館』<展示品>器台型土器,壺形土器/特殊器台形土器,特殊壺/山陰系の土器/環頭太刀/籾痕つき土器片/玉類<吉備路の四季>(弥生・古墳・岡山県) [00-02-08]
- http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/bunka/kyodokan/syuhen.html 『岡山県立吉備路郷土館』周辺の文化財<備中国分寺>天平13年(741年)の聖武天皇の勅令により,全国で国分寺・国分尼寺が造立されます。/<備中国分尼寺>/<こうもり塚古墳>全長約100mの6世紀後半の前方後円墳で,全長19.4mという巨大な横穴式石室を持つことで有名です。/<鬼ノ城>7〜8世紀にかけて築かれた古代山城跡で,城内には、倉庫と思われる礎石総柱建物が確認されています。/<高松城址>天正10(1582)年の豊臣秀吉の水攻めで有名です。/<造山古墳>全長約360mで5世紀前半の前方後円墳です。/<作山古墳>全長286mの前方後円墳で,造山古墳についで、5世紀中葉に築造されたと考えられ,吉備政権の支配者層の古墳と考えられます。/<江崎古墳>全長約45mの前方後円墳です。こうもり塚古墳より少し後の6世紀後葉に造られたと考えられ,主体部は両袖式横穴式石室で、全長は13.8mです。(古墳・古代・岡山県) [00-02-08]
- 吉備の成立 『岡山県立吉備路郷土館』展示品リスト(弥生・古墳・岡山県) [00-02-08]
- 巨大古墳と群集墳 『岡山県立吉備路郷土館』展示品リスト(古墳・岡山県) [00-02-08]
- 各地との交流 『岡山県立吉備路郷土館』展示品リスト(古墳・岡山県) [00-02-08]
- 吉備の鉄生産と巨石墳 『岡山県立吉備路郷土館』展示品リスト(古墳・岡山県) [00-02-08]
- 考古関係 『岡山県立博物館』特殊器台(弥生時代後期)/陶棺(古墳時代後期、津山市横山出土)/雄町遺跡出土銅鐸(弥生時代、岡山市雄町出土)/兼基3号銅鐸(弥生時代、岡山市兼基出土)/石枕(古墳時代前期、備前市新庄 天神山古墳出土)/三角縁陳是作獣文帯四神四獣鏡(三国、出土地不詳)/装飾付須恵器(6世紀、出土地不明)/馬評銘長頸壷(7世紀、出土地不明)/須恵器耳付壷(平安時代後期、長船町内出土)/長胴壷(鎌倉時代、岡山市万成出土)(弥生・古墳・古代・中古・中世・岡山県) [00-02-08]
- 阿知境遺跡 『岡山県古代吉備文化財センター』阿知境(あちざかい)遺跡は、県南西部の吉備郡真備町有井(ありい)と箭田(やた)にまたがって立地しています。遺跡からは弥生時代後期後半から古墳時代後半を中心とした遺構・遺物が発見され、近世まで存続していました。/写真:遺跡遠景、1区全景、2区全景(弥生・古墳・岡山県) [00-02-05]
- 金井戸・見延遺跡 『岡山県古代吉備文化財センター』金井戸・見延(かないど・みのべ)遺跡は弥生時代〜近世の集落・生産遺跡。今年度は微高地上の3地点の調査を行い、弥生時代の竪穴住居・掘立柱建物・袋状土壙、古墳時代の竪穴住居、奈良時代の溝、室町時代の堀状遺構などが発見されています。/写真:全景、室町時代堀の獣骨(ウシ・ウマ)出土状況、古墳時代初めの竪穴住居(弥生・古墳・中世・岡山県) [00-02-05]
- 前内池墳墓群ほか 『岡山県古代吉備文化財センター』前内池(まえうちいけ)墳墓群は遺跡は北東から南西に延びた丘陵上に位置し、北東部からは古墳群、南西部からは墳墓群が検出されている。/写真:竪穴石室の検出、竪穴石室の完掘、床面出土の四獣鏡(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 九番丁場遺跡ほか 『岡山県古代吉備文化財センター』九番丁場(くばんちょうば)遺跡は苫田郡鏡野町布原に所在します。今年の調査では、古墳時代後期の竪穴住居や土壙、溝などが検出されました。九番丁場遺跡の北、約200mに位置する六番丁場遺跡からは縄文時代早期の押型文土器や、弥生時代の土壙から炭化米が出土しています。/写真:九番丁場遺跡の全景、九番丁場遺跡 溝の調査、六番丁場遺跡出土の炭化米 (縄文・弥生・古墳・岡山県) [00-02-05]
- 段林遺跡ほか 『岡山県古代吉備文化財センター』段林(だんばやし)遺跡からは古墳1基、弥生時代の住居跡1軒および土壙数基などが検出されました。古墳の築造年代は6世紀後半ですが、7世紀前半に追葬があったと思われます。一方、弥生時代の遺構は中期から終末期までのものが検出されています。/写真:段林古墳 石室内の遺物、段林遺跡 弥生時代の住居跡(弥生・古墳・岡山県) [00-02-05]
- 室尾石生谷口古墳 『岡山県古代吉備文化財センター』室尾石生谷口(むろおいしゅうだにぐち)古墳は全長約15mの円墳です。築造年代は7世紀前半と考えられ、同じ加茂町にある万燈山(まんとうやま)古墳とほぼ同じ時期に築かれ、調査した古墳は一まわり小さい規模になります。/写真:室尾石生谷口古墳 全景、横穴式石室の調査状況、墳丘築造途中につくられた石列(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 城峪城跡ほか 『岡山県古代吉備文化財センター』城峪城跡(この城跡は、標高240mの丘陵上につくられた、全長200mの山城です。この城跡からは、鎌倉〜室町時代の土器や陶磁器などが出土しており、当時この地に開かれた荘園を守るためにつくられた砦の一つと考えられます。/写真:城跡全景) ナル林遺跡 (ナル林(なるばやし)遺跡は陽当たりの良いなだらかな丘陵上にひろがる、弥生時代の終わり頃(今から1700年前)の村の跡です。/写真:竪穴住居の調査) 峪畑遺跡(峪畑(さこはた)遺跡は岡遺跡を見下ろす丘陵の南側で、弥生時代中期の竪穴住居と考えられる「段状遺構」が発見されました。/写真:出土した銅鏃) 岡遺跡(岡(おか)遺跡は弥生時代から古墳時代にかけての小さな集落の跡で、吉井川の東側に広がる久田原遺跡を見下ろす丘陵の先端で見つかりました。/写真:弥生土器の出土状況)(弥生・古墳・中世・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る12 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(12):古代の産業廃棄物 文・岡山県古代吉備文化財センター 下澤公明(グラフおかやま1998年3月号より転載)/写真:阿津走出遺跡の純土器層、竪穴住居出土の製塩土器、古墳時代後期の製塩土器(弥生・古墳・古代・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る13 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(13):意外に多い土器の移動 文・岡山県古代吉備文化財センター 島崎東(グラフおかやま1998年4月号より転載)/写真:吉備の土器、北陸の土器、東海の土器、山陰の土器(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る14 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(14):特殊な壺と器台 文・岡山県古代吉備文化財センター 小林利晴(グラフおかやま1998年4月号より転載)/写真:総社市宮山遺跡の特殊器台、ふつうの器台と特殊壺(甫崎天神山遺跡)、特殊器台形土器(矢部南向遺跡)、特殊器台形埴輪(矢部堀越遺跡)(弥生・古墳・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る15 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(15):茶臼山三題 文・岡山県古代吉備文化財センター 宇垣匡雅(グラフおかやま1998年6月号より転載)/写真:浦間茶臼山古墳(岡山市)、浦間茶臼山古墳 特殊器台形埴輪の文様、中山茶臼山古墳(岡山市)、中山茶臼山古墳出土の特殊器台形埴輪(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る15 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(16):巨大古墳の築造 文・岡山県古代吉備文化財センター 中野雅美(グラフおかやま1998年7月号より転載)/写真:造山古墳全景、造山古墳前方部の石棺、作山古墳全景(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る13 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(17):渡り来た鉄と器 文・岡山県古代吉備文化財センター 伊藤晃(グラフおかやま1998年8月号より転載)/写真:窪木薬師遺跡 鉄てい出土状況、窪木薬師遺跡出土 鉄てい、斎富遺跡出土陶質土器(杯蓋)、斎富遺跡出土陶質土器(器台他)(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る13 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(18):1400年前の墓地事情 文・岡山県古代吉備文化財センター 弘田和司(グラフおかやま1998年9月号より転載)/写真:清音村峠古墳群 7世紀頃、久世町木谷11号墳、岡山市前池内3号墳(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 古代吉備を探る13 『岡山県古代吉備文化財センター』古代吉備を探る 大地からのメッセージ(19):終末期古墳を考える 文・岡山県古代吉備文化財センター 高田恭一郎(グラフおかやま1998年10月号より転載)/写真:二子14号墳(倉敷市)、二子14号墳の横穴式石室、二子14号墳出土遺物、移築復元後の二子14号墳(古墳・岡山県) [00-02-05]
- 掲載日1994年03月18日[総合(その他)]卑弥子の鏡論争に一石、倭国の成熟解明へ 『佐賀新聞』京都府北部で見つかった青竜三年銘の方格規矩四神鏡は、卑弥呼の鏡とも呼ばれている三角縁神獣鏡の論争に、新たな一石を投じることになりそうだ。/なぞ深まり、考古学会騒がす/大陸への私的ルート存在か、丹後(古墳・邪馬台国・京都府) [00-02-19]
- 古墳時代初期の鳥形土器が発掘 ~志木~ 埼玉新聞(1999年9月30日掲載)わが国で初めてといわれる弥生時代後期(二〜三世紀)の犬の形をした土製品や、縄文時代中期(紀元前二五〇〇年)の大型の硬玉製大珠(こうぎょくせいだいじゅ)が出土した志木市の西原大塚遺跡(同市幸町三丁目)で、このほど鳥形土器が発掘された。この鳥形土器は古墳時代初期(四世紀初期)の方形周溝墓(古代の墓)の溝の中から発掘された。(古墳・埼玉県) [00-02-06]
- Sankei-itimen 産経新聞 2000.03.28■最古期の前方後円墳 奈良・ホケノ山古墳 邪馬台国・畿内説を補強 画文帯神獣鏡も出土:邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡内にある「ホケノ山古墳」(全長約八〇メートル)で、石囲いの中に木槨(もっかく)を設けた前方後円墳では例のない埋葬施設と、三世紀ごろの中国から輸入されたとみられる銅鏡「画文帯神獣鏡(がもんたいしんじゅうきょう)」などが見つかり、大和古墳群学術調査委員会(委員長、樋口隆康・奈良県立橿原考古学研究所長)が二十七日、発表した。(弥生・古墳・奈良県) [00-04-13]
- http://www.sikasenbey.or.jp/asuka/kitora.htm 『明日香村ホームページ』キトラ古墳調査概要 明日香村教育委員会/はじめに(キトラ古墳は、奈良県高市郡明日香村大字阿部山小字ウエヤマ136−1に 所在する二段築成の円墳です。今回は、墳丘の形態や規模を把握する目的で1997年9月19日から19 98年2月10日まで調査を行いました。)/調査の概要/写真:調査前の風景、調査風景、暗渠排水溝の断面、基礎地業の版築とテラス面(下段)、板状痕跡と柱穴(古墳・奈良県) [00-02-06]
- http://www.sikasenbey.or.jp/asuka/kitora2.htm 『明日香村ホームページ』キトラ古墳調査概要 明日香村教育委員会/内部探査の概要/まとめ/写真:玄武、白虎、星宿(古墳・奈良県) [00-02-06]
- http://www.threeweb.ad.jp/~hando/torai3.htm 正岡みね子「渡来人の活躍」(3) さきたま古墳/金錯銘鉄剣(古墳・古代・埼玉県) [99-07-26]
- http://www.tohgoku.or.jp/~komochi/asada/gairyaku.htm 浅田遺跡の概略 浅田遺跡は利根川沿いの河岸段丘に位置しています。標高は209mで、平坦な場所に遺跡があります。この地域は、古くから崩れ落ちた崖で縄文時代の土器・石器が発見されていたようです。(調査の期間 平成9年12月〜平成10年4月中旬)/発掘によって分かった事 (縄文時代)(古墳時代)/写真:発掘された古墳(3号墳)、上から(3号墳)、円筒埴輪とニワトリ形埴輪(3号墳)、円筒埴輪と朝顔形埴輪(3号墳)、古墳の「葺石」(ふきいし)と呼ぶ石垣(6号墳)、古墳の埋葬施設の状態・石室が2つ(1号墳)、古墳頂上の埴輪の列(3号墳)(縄文・古墳・群馬県) [00-02-06]
- 古墳出土須恵器集成 第5巻 西日本編 中村浩編 雄山閣出版(古墳) [00-02-27]
- 全国古代遺跡古墳鑑賞ガイド 古代ロマンの世界へご招待 小林達雄監修 小学館(小学館フォトカルチャー):縄文・弥生・古墳時代の遺跡111カ所をわかりやすく解説する。出土品や不思議な壁画もカラー写真で紹介、古代人の精神文化や生活ぶりを伝える。古代遺跡の楽しみ方がわかるガイドブック。(縄文・弥生・古墳) [00-03-13]
- 三角縁神獣鏡新鑑 樋口隆康著 学生社: 「三角縁神獣鏡綜鑑」(新潮社 平成4年刊)の改題改訂/黒塚古墳出土鏡を含め、今まで出土したすべての「三角縁神獣鏡」を銘文、文様などから型式分類し、製作地、製作年代、同型鏡、卑弥呼の鏡との関係等を論じる。92年新潮社刊「三角縁神獣鏡綜鑑」の改題改訂。(邪馬台国・古墳) [00-03-19]
- 人物・資料でよくわかる日本の歴史 2 古墳・飛鳥時代 小和田哲男監修 岩崎書店:旧石器時代から現代まで、豊富な写真やイラストをまじえて、人物・資料を中心に日本の歴史を案内する。2では古墳・飛鳥時代を、古墳作りの様子や仏教をめぐる争い、聖徳太子の理想、大海人皇子へのインタビュー等で紹介。(古墳・古代) [00-04-02]
- 前方後円墳 その起源を解明する 藤田友治編著 ミネルヴァ書房(シリーズ〈古代史の探求〉3):前方後円墳は、いかなる器物を模倣したのか(形態論)、いかなる意味を持つのか(意味論)、いかなる地を起源とするのか(起源論)、いかに作られたのか(造営論)。多角的に各学説を考察し、天皇陵の盗掘の歴史にせまる。(古墳) [00-04-10]
- 三角縁神獣鏡 その謎を解明する 藤田友治著 ミネルヴァ書房(シリーズ〈古代史の探求〉1):三角縁神獣鏡とは、縁の断面が三角形をしていて、神仙像と獣形の模様を持つ鏡で、葬送用具として特別に製作されたもの。奈良県天理市の黒塚古墳出土の銘文解読などからその謎に迫る。(古墳・奈良県) [99-08-28]
- 磐井の乱と九州王朝 石人・石馬の語る世界 中河原喬著 同成社:北九州の古墳にのみ残存する石人・石馬こそ、かつてはヤマト政権をも恐れしめ、四囲を睥睨した、磐井政権の盛衰を物語る証人である-。いまだ多くの謎を秘めた古墳を尋ね、6世紀初頭の日本列島の歴史に挑む。(古墳・古代) [99-09-08]
- 古代史発掘 1996〜1998 アサヒグラフ編集部編集 朝日新聞社(新遺跡カタログVol.5):「日本の発掘」の改題/『アサヒグラフ』の「古代史発掘総まくり」1996-98年の3年分を再編集。加茂岩倉遺跡の銅鐸や黒塚古墳の銅鏡、キトラ古墳の四神図・天文図発見など、最新の考古学発掘情報が満載。「日本の発掘」改題。(旧石器・縄文・弥生・古墳・古代・中古) [99-09-26]
- 日本の古墳・古代遺跡 写真と図解 西東社出版部編 西東社:遺跡ガイド付/旧石器時代から奈良時代までの主要なテーマ、各遺跡・古墳の位置づけや出土成果などを写真やイラストを多用し、わかりやすく解説した古代史の入門書。全国の古墳・遺跡ガイドも収録。(旧石器・縄文・弥生・古墳・古代) [99-10-26]
- 黒塚古墳調査概報 奈良県立橿原考古学研究所編 学生社(大和の前期古墳3):97〜99年に行われた奈良県天理市の黒塚古墳発掘の調査報告書。レーザーによる鏡の精密計測など調査概要を解説し、三角縁神獣鏡がその大半を占めた34面の鏡の全写真など、豊富なカラー図版を収録。(古墳・奈良県) [99-10-26]
- 邪馬台国と安満宮山古墳 高槻市教育委員会編/水野正好ほか著 吉川弘文館:邪馬台国はどこにあったか。高槻市の安満宮山古墳の発掘調査を一つの契機として、その出土鏡の検討や時代の背景をふまえて、邪馬台国論に迫ろうと企画されたシンポジウムの報告。考古学・歴史学の両面から倭国の実像に迫る。(古墳・邪馬台国・大阪府) [99-11-21]
- 発掘された日本列島 '95-'99 文化庁編 朝日新聞社:全国各地で盛んに行われている遺跡の発掘調査。これを報告する全国巡回展「発掘された日本列島」の、95年からの解説図録既刊5冊をまとめたもの。遺跡索引などを巻末に加えた合冊版。(旧石器・縄文・弥生・古墳・古代・中古・中世) [99-11-28]
- 近畿の古墳文化 泉森皎著 学生社:古墳の発生から、前期、後期そして終末期古墳まで、遺跡やその復元、埋葬形式と墳丘、各地への古墳の波及などから、近畿の古墳文化の全貌を解明する。(古墳) [99-12-07]
- 人物埴輪の研究 稲村繁著 同成社:主として関東地方に出土した人物埴輪を精緻に調べあげ、人物の身体・装飾、男女間などに見られる表現の分類と比較を行い、表現方法の変遷と伝播の過程・経路を解明する。また埴輪製作専門の工人集団についても論じる。(古墳) [99-12-12]
- 発掘された日本列島'98 「開発と埋蔵文化財」W.古墳時代をさぐる:石橋町星の宮神社古墳出土の馬鐸(ばたく)や佐野市黒袴台遺跡出土の銅製の杓(しゃく)を復元展示。(古墳・栃木県) [00-02-14]
- 発掘された日本列島'98 あまみやまこふん 安満宮山古墳(古墳 約1750〜1800年前) 卑弥呼の鏡か?魏から届けられた銅鏡:約1750〜1800年前で東西18m、南北21mの方形墳で盛土もほとんど失われていたが、墓杭内から魏(中国)の年号「青龍3年(235年)」の銘をもつ「方格規矩鏡(ほうかくきくきょう)」を含む青銅五面やガラス小玉と鉄刀などが出土。(古墳・大阪府高槻市) [00-02-14]
- 発掘された日本列島'98 いしやくしひがしこふんぐん63ごうふん 石薬師東古墳群63号墳(古墳 約1500年前) 被りものをした?馬形埴輪:約1500年前。53基の古墳の周溝を確認し、墳形は円墳が4基、他は方墳であり、規模・配置などに企画性が窺える。馬形埴輪が直径約15mの円墳の周溝内から多くの破片で出土。他に武人埴輪・巫女埴輪なども出土。(古墳・三重県鈴鹿市) [00-02-14]
- 発掘された日本列島'98 きこうじたかつかこふん 木柑子高塚古墳(古墳 約1450年前) 奇妙な姿形をした石人3体:約1450年前の前方後円墳で周溝の下部から阿蘇凝灰岩の石人4体が出土。石人の姿態や顔つきは従来から知られている石人とはやや異なる様相をもつ。(古墳・熊本県菊池市) [00-02-14]
- 発掘された日本列島'98 なりたこふんぐんだい3ごうこふん 成田古墳群第3号古墳(飛鳥 約1300〜1350年前) 馬具一式が出土!:約1300〜1350年前の幅1.7〜2.5mの周溝をめぐらした円墳で周溝内径で約18mを測る。埋葬施設横穴式石室の玄門(げんもん)近くの南西部から壺鐙(つぼあぶみ)・杏葉(ぎょうよう)・轡(くつわ)・飾金具が出土。(古墳・茨城県) [00-02-14]
- 発掘された日本列島'98 「栃木をひらく」ほんむらにごうふん 本村2号墳(古墳時代) 舟形の埋葬施設と豪華な副葬品:5世紀末に築造された直径約24m、高さ約5mの古墳で、まわりは堀がめぐらされ埴輪が並べられていた。 石棺が用いられ、中には豪華な副葬品が数多く発見されました。(古墳・栃木県宇都宮市川田町) [00-02-07]
- http://www2u.biglobe.ne.jp/~KELVY/kodaisi/ibutu.htm 『古代のロマン』資料館 考古学関連 遺物関連:三角縁神獣鏡(さんかくえんしんじゅうきょう)/さんかくぶちしんじゅうきょう(古墳) [00-03-07]
- http://www2u.biglobe.ne.jp/~KELVY/kodaisi/iseki.htm 『古代のロマン』資料館 考古学関連 遺跡関連の目次・纏向遺跡(まきむくいせき)・黄金塚古墳・平塚川添遺跡(弥生・古墳) [00-03-07]
- 『黄金塚古墳』概要 『古代のロマン』資料館 考古学関連 遺跡関連(古墳・大阪府) [00-03-07]
[第10版表紙]