閼伽出甕【第12版】 古代史(上古)

(NetscapeNavigator3.0以降を対象に作成されています)


 以下に掲げるホームページの多くは、作者から紹介の承諾を得ていません。

 これは、《実生活上の住所や電話番号と違って、インターネット上のWWWは、リンクを張り巡らすことによって、世界中の情報を有機的に関連付けようという思想に根ざすものであって、リンクを張ること、張られることは、もともとインターネットの特性として折り込み済みである》(*1)という考え方に基づくものです。

 したがって、この考え方に同意いただけない方は、このリンク集を利用しないでください。

 また、リンク先ページの内容については、こちらではお答えできませんので、直接そのページの作者へお問い合わせください。

*1)宮下佳之「ネットワーク時代の知的所有権入門」(『iNTERNET magazine』No.20、インプレス、1996年9月1日発行、p289)


旧版同ジャンル(重複あり)
古代
第3版(1996.09.08)
133件
飛鳥・白鳳
第4版(1996.10.25)
51件
奈良時代
第4版(1996.10.25)
145件
古代
第4版【追補】(1996.12.21)
46件
古代
第5版(1997.06.22)
143件
古代
第6版(1997.12.25)
417件
万葉集
第6版(1997.12.25)
353件
邪馬台国
第6版(1997.12.25)
203件
北海道
第6版(1997.11.27)
2件
東北地方
第6版(1997.11.27)
15件
関東地方
第6版(1997.12.25)
18件
中部地方
第6版(1997.12.13)
33件
近畿地方
第6版(1997.12.25)
168件
中国地方
第6版(1997.12.13)
124件
四国地方
第6版(1997.11.27)
2件
九州地方
第6版(1997.12.25)
49件
古代史(1)
第7版(1998.10.08)
443件
古代史(2)
第7版(1998.10.08)
301件
古代史
第8版(1999.04.28)
327件
古代史(上古)
第9版(1999.07.20)
98件
古代史(上古)
第10版(2000.04.14)
522件
古代史(上古)
第11版(2000.07.22)
308件

  1. //邪馬台国大研究// 『邪馬台国大研究』目次(邪馬台国) [00-10-09]
  2. 倭とは? 『邪馬台国大研究』倭とはどの國の事をいうのか?(古代) [00-10-09]
  3. 魏志倭人伝 『邪馬台国大研究』魏志倭人伝(古代・邪馬台国) [00-10-09]
  4. 三世紀の東アジア 『邪馬台国大研究』3世紀の東アジアはどんな状態だったか?(古代・邪馬台国) [00-10-09]
  5. 邪馬台国の自然環境 『邪馬台国大研究』邪馬台国の自然環境(邪馬台国) [00-10-09]
  6. 邪馬台国の人口 『邪馬台国大研究』邪馬台国の人口:沢田吾一氏の研究/人口学研究参考文献(邪馬台国) [00-10-09]
  7. 邪馬台国の風俗 『邪馬台国大研究』邪馬台国の風俗(邪馬台国) [00-10-09]
  8. http://members.tripod.co.jp/gokurakutonbo8/sub9.htm 『吾輩は兎』遺跡探訪:東大寺の大型建物(寺正倉?)(古代・奈良県) [00-11-21]
  9. はじめに 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●はじめに/神武天皇は実在したか?(古代) [00-11-24]
  10. 天の御柱巡り−記紀との比較− 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真書と思われる参考例●その他例証と思われるもの●天の御柱巡り−記紀との比較−(古史古伝・古代) [00-11-24]
  11. 日本語とタミル語−大野 晋の学説− 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●日本語とタミル語−大野 晋の学説−(古代) [00-11-24]
  12. 酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART1 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART1(古代) [00-11-24]
  13. 酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART2 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART2(古代・古史古伝) [00-11-24]
  14. 酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART3 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART3(古代) [00-11-24]
  15. 酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART4 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART4(古代・古史古伝) [00-11-24]
  16. 酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART5 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−PART 5(古代・古史古伝) [00-11-24]
  17. 酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−追加資料 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−追加資料(古代) [00-11-24]
  18. 酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−まとめ 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●酒船石遺跡−ヱミシを招いた女帝−まとめ:1.「古道」とは何か/2.古神道と道教の接点/3.『ホツマツタヱ』と「道」/4.『ホツマツタヱ』と「山」/5.ヱミシを招いた女帝(古代・古史古伝) [00-11-24]
  19. 出雲大社−世界最大の木造神殿−PART1 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●出雲大社−世界最大の木造神殿−PART1(古代・古史古伝) [00-11-24]
  20. 出雲大社−世界最大の木造神殿−PART2 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●出雲大社−世界最大の木造神殿−PART2(古代・古史古伝) [00-11-24]
  21. 出雲大社−世界最大の木造神殿−PART3 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●出雲大社−世界最大の木造神殿−PART3(古代・古史古伝) [00-11-24]
  22. 出雲大社−世界最大の木造神殿−PART4 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●出雲大社−世界最大の木造神殿−PART4(古代・古史古伝) [00-11-24]
  23. 出雲大社−実在した大神殿−PART5 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●最近の考古学より●出雲大社−世界最大の木造神殿−PART5(古代・古史古伝) [00-11-24]
  24. ヤマタイはイヤマト? 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真偽に関する私的見解●ヤマタイはイヤマト?(古史古伝・邪馬台国) [00-11-24]
  25. 真書と思われる参考例−「撃ちてし止まん」の歌で証明する− 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●真書と思われる参考例−「撃ちてし止まん」の歌で証明する−(古代・古史古伝) [00-11-24]
  26. ハナキネの日蝕−日本史の起点−PART1 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●ハナキネの日蝕−日本史の起点−PART1(古史古伝・古代) [00-11-24]
  27. ハナキネの日蝕−日本史の起点−別表- 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●ハナキネの日蝕−日本史の起点−別表:日蝕年表(古代) [00-11-24]
  28. ハナキネの日蝕−日本史の起点−PART2 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●ハナキネの日蝕−日本史の起点−PART2:◆ハナキネの日蝕(古史古伝・古代) [00-11-24]
  29. ハナキネの日蝕−日本史の起点−PART3 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●ハナキネの日蝕 −日本史の起点−PART3:◆イサコの日蝕(古史古伝・古代) [00-11-24]
  30. ハナキネの日蝕−日本史の起点−PART4 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●ハナキネの日蝕 −日本史の起点−PART4:◆ワカヒトの日蝕◆イサコの年齢◆まとめ/年表(古史古伝・古代) [00-11-24]
  31. ハナキネの日蝕−日本史の起点−PART5 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて●ハナキネの日蝕 −日本史の起点−PART5:◆方法論について◆妊娠期間について◆オモタル・カシコネの日蝕◆天の節と日蝕◆前729年の皆既日蝕(古史古伝・古代) [00-11-24]
  32. SPECIAL THANKS 『四万十しばてん争奪戦』●ホツマツタヱについて○参考資料(古代・古史古伝) [00-11-24]
  33. 九州王朝説批判 『九州王朝説批判』フレーム版表紙(古代) [00-07-28]
  34. 九州王朝説批判 『九州王朝説批判』目次(古代) [00-07-28]
  35. kyusyu_ref 『九州王朝説批判』【資料】目次(古代・テキスト) [00-07-28]
  36. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料0】「明史 列傳第二百一十 外国三 日本」より(古代・テキスト) [00-07-29]
  37. kyusyu_ref1 『九州王朝説批判』【資料1】「通典 邊防第一 倭」全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  38. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料10】隋書 夷蛮伝の国名・都名の全用例(古代・テキスト) [00-07-29]
  39. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料11】「翰苑 蕃夷部 倭國」全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  40. kyusyu_ref12 『九州王朝説批判』【資料12】『日本書紀』の遣唐使記事(古代・テキスト) [00-07-29]
  41. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料13】『日本書紀』の「掖玖」「隼人」「多禰嶋」の全用例(古代・テキスト) [00-07-29]
  42. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料14】隋書 「名A爲B」「A…名爲B」の全用例(古代・テキスト) [00-07-29]
  43. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料15】推古紀の対中国国交記事全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  44. kyusyu_ref16 『九州王朝説批判』【資料16】隋書 帝紀の国交記事一覧(古代・テキスト) [00-07-29]
  45. kyusyu_ref17 『九州王朝説批判』【資料17】隋書 列傳第四十六〜四十九(東夷・南蠻・西域・北狄)と帝紀の朝貢・授号記事対比表(古代・テキスト) [00-07-29]
  46. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料18】隋書 「倭」と「[イ妥]」の全用例(古代・テキスト) [00-07-29]
  47. kyusyu_ref2 『九州王朝説批判』【資料2】「新唐書 列傳一百四十五 東夷 日夲」全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  48. kyusyu_ref3 『九州王朝説批判』【資料3】「宋史 列傳巻第二百五十 外國七 日本國」から『王年代紀』引用部分全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  49. kyusyu_ref0 『九州王朝説批判』【資料4】「舊唐書 列傳第一百四十九上 倭國・日本」全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  50. kyusyu_ref5 『九州王朝説批判』【資料5】「唐會要 巻九十九 倭國・巻百 日本國」全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  51. kyusyu_ref6 『九州王朝説批判』【資料6】唐会要 巻99の国名と最初の遣使記事年次(古代・テキスト) [00-07-29]
  52. kyusyu_ref7 『九州王朝説批判』【資料7】唐代の日中国交記事一覧(古代・テキスト) [00-07-29]
  53. kyusyu_ref1 『九州王朝説批判』【資料8】「隋書 列傳第四十六 東夷 [イ妥]國」全文(古代・テキスト) [00-07-29]
  54. kyusyu_ref9 『九州王朝説批判』【資料9】隋書 「自A以B」の全用例(古代・テキスト) [00-07-29]
  55. 九州王朝説批判0 『九州王朝説批判』序章(古代) [00-07-28]
  56. 九州王朝説批判1 『九州王朝説批判』第1章 中国史書の「倭」と「日本」/1.『通典』パニック/2.『新唐書』日本伝も一元説だった/3.『新唐書』日本伝の情報源/4.『旧唐書』の解釈は誤っていた/5.『唐会要』の「倭」と「日本」/6.「倭一名日本」の情報源(古代) [00-07-29]
  57. 九州王朝説批判2 『九州王朝説批判』第2章 七世紀の倭都は筑紫ではなかった/7.『隋書』[イ妥]国伝の行路記事/8.「其人」は何を指すか/9.「自竹斯国以東」の論証/10.「国」の中の「国」/11.『翰苑』倭国条の証言(古代) [00-07-29]
  58. 九州王朝説批判3 『九州王朝説批判』第3章 『日本書紀』と中国史書の一致/12.遣唐使の矛盾はなかった/13.倭と日本の地理描写(古代) [00-07-29]
  59. 九州王朝説批判4 『九州王朝説批判』第4章 推古紀と[イ妥]国伝/14.多利思北孤と利歌彌多弗利/15.冠位十二階の「不一致」/16.開皇二十年の遣隋使/17.大業三年の遣隋使/18.大業四年の遣隋使/19.推古22年の遣隋使/20.倭と[イ妥](古代) [00-07-29]
  60. http://ww5.et.tiki.ne.jp/~koremaru/star/sitennoji.htm 『秋田の星の民俗』古代の秋田城の四天王寺(古代・中古・秋田県) [00-10-31]
  61. http://ww5.et.tiki.ne.jp/~koremaru/star/yakusi.htm 『秋田の星の民俗』秋田の薬師信仰(古代・仏教・民間信仰・秋田県) [00-10-31]
  62. 渡来人研究 『渡来人研究』フレーム版 目次(古代) [00-08-15]
  63. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/bunken.htm 『渡来人研究』渡来人研究の基礎的文献リスト(古代) [00-08-15]
  64. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/nagaoka.htm 『渡来人研究』長岡京東院遺跡の保存について(古代) [00-08-16]
  65. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/rink.htm 『渡来人研究』リンク集(古代・リンク集) [00-08-15]
  66. 渡来人 『渡来人研究』表紙(古代) [00-08-15]
  67. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai10.htm 『渡来人研究』渡来人と竈信仰(古代) [00-08-15]
  68. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai11.htm 『渡来人研究』(川内・河内・西)漢氏族一覧(古代) [00-08-16]
  69. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai12.htm 『渡来人研究』秦氏の出身地について(古代) [00-08-15]
  70. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai13.htm 『渡来人研究』渡来人研究と現代社会(歴史学・古代) [00-08-15]
  71. 研究史 『渡来人研究』(古代) [00-08-16]
  72. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai4.htm 『渡来人研究』東・西漢氏、西文氏の氏名について(古代) [00-08-15]
  73. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai5.htm 『渡来人研究』渡来人の移住とその後の活動(古代) [00-08-15]
  74. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai6.htm 『渡来人研究』東(倭)漢氏族一覧表(古代) [00-08-16]
  75. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai7.htm 『渡来人研究』秦、東漢氏の同族組織と大和王権との関係(古代) [00-08-15]
  76. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai8.htm 『渡来人研究』東・西文部の解除について/渡来人と竈信仰について 目次(古代) [00-08-15]
  77. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/torai9.htm 『渡来人研究』東西文部の解除について(古代) [00-08-15]
  78. http://www.asahi-net.or.jp/~rg1h-smed/trmenu.htm 『渡来人研究』目次(古代) [00-08-15]
  79. CHUNICHI WEB PRESS 『中日新聞』2000/10/04 紫香楽宮関連の遺構出土 滋賀・信楽町新宮神社遺跡:滋賀県教委と県文化財保護協会は三日、同県信楽町の新宮神社遺跡から、奈良時代(八世紀)中ごろの聖武天皇の離宮・紫香楽宮(しがらきのみや)の関連施設とみられる掘っ立て柱建物などの遺構が出土したと発表した。/林博通・滋賀県立大人間文化学部助教授(日本考古学)の話(古代・滋賀県) [00-11-24]
  80. CHUNICHI WEB PRESS 『中日新聞』2000/10/18 582年に伐採 最古の木造建築部材 奈良・元興寺禅室で使用 飛鳥寺から移された可能性:元興寺禅室(国宝)で使われていたヒノキの建築部材が、年輪年代測定法で五八二年に伐採された木で造られたことが分かった。同寺の前身で日本最古の本格的寺院である飛鳥寺(奈良県明日香村)から移された可能性が極めて高い。世界的にも現存する最古の木造寺院部材とみられる。調査した元興寺文化財研究所が十七日、発表した。(古代・奈良県) [00-11-24]
  81. CHUNICHI WEB PRESS 『中日新聞』2000/11/23 紫香楽宮の議事堂跡 滋賀・信楽宮町遺跡:滋賀県信楽町の宮町遺跡から発掘された、奈良時代に造営された紫香楽宮(しがらきのみや)の国会議事堂にあたる「朝堂」とみられる巨大建物跡。(古代・滋賀県) [00-11-24]
  82. 植山古墳発掘速報 『橿原市公式ホームページ』(古墳・古代・奈良県) [00-09-11]
  83. Kaya Page 『伽耶ページ』騎馬民族/伽耶地図/須恵器の秘密/民族DNA鑑定(古代) [00-08-03]
  84. 古代文字 『阿蘇ネットワーククラブ』ペトログラフ 古代の文字(超古代・古代) [00-11-21]
  85. Nakano's HomePage 『人間学、脳、健康・食品および日常生活の科学』古代史 目次(古代) [00-11-21]
  86. Nakano's HomePage 『人間学、脳、健康・食品および日常生活の科学』古代史 [5]日本古代史を考える:その5 1)魏誌倭人伝(三国志魏書東夷伝倭人之条)を読む/2)大和朝廷の成立はいつか?(邪馬台国・古代) [00-11-21]
  87. Nakano's HomePage 『人間学、脳、健康・食品および日常生活の科学』古代史 [7]日本古代史を考える:その7 1)三角縁神獣鏡について(邪馬台国・古墳) [00-11-21]
  88. form 『崩壊する国家デザイン』第四章 日本史の課題 7.なぜ大和国家だったか(古代) [00-11-21]
  89. form 『崩壊する国家デザイン』第四章 日本史の課題 8.統一国家の思想(古代) [00-11-21]
  90. form 『崩壊する国家デザイン』第四章 日本史の課題 9.儒教が選択された理由(古代) [00-11-21]
  91. form 『崩壊する国家デザイン』第四章 日本史の課題 10.儒教の限界(古代) [00-11-21]
  92. form 『崩壊する国家デザイン』第四章 日本史の課題 11.作られた聖徳太子像(古代) [00-11-21]
  93. form 『崩壊する国家デザイン』第四章 日本史の課題 12.天皇制の秘密、日本的風土(古代) [00-11-21]
  94. form 『崩壊する国家デザイン』第四章 日本史の課題 13.小僧行基(古代) [00-11-21]
  95. http://www.hokkaido-np.co.jp/News/Stock/20001114/0021.200011137439.html 『北海道新聞』重文級骨角器はアザラシの腰の骨−まじないの道具として利用か:【枝幸】オホーツク文化の集落跡・目梨泊遺跡から七月に出土した重要文化財級の骨角器が、発掘に携わった筑波大の鑑定で、大型アザラシの腰の骨を削ってつくられたものだと分かった。骨角器に描かれた魚の線画はサケとの見方が強まり、同文化に詳しい筑波大の前田潮・助教授は、用途は不明としたうえで「家の柱などにつり下げたまじないの道具ではないか」と推測している。同遺跡は同文化後半期に当たる八世紀の集落跡。(古代・北海道) [00-11-15]
  96. 河北新報ニュース 東大寺旧境内で建物跡 実用品収めた「寺正倉」か 2000年11月07日火曜日:奈良市雑司町の東大寺旧境内で、七五○―七六○年代(奈良時代後半)の大型礎石建物跡が見つかり、調査していた県立橿原考古学研究所は七日、「紙や布などの実用品を収めた『寺正倉』とみられる」と発表した。(古代・奈良県) [00-11-08]
  97. 日本人および日本の誕生 『mansonge のニッポン民俗学』はじめに▼天武帝らによって「日本」は創られた▼「倭」と「ヤマト」は似て非なるもの▼モンゴロイドと東アジアの姿▼古モンゴロイドが「縄文人」や「倭人」となった▼新モンゴロイドの拡散は日本列島にも及んだ▼朝鮮半島と日本列島のクニグニ▼百済、加羅、そしてヤマト▼ヤマト王たちの「領土」探し▼朝鮮情勢とヤマト内乱▼仏教公伝と加羅全土の喪失▼武内宿禰から蘇我氏への系譜、そして新羅▼崇仏闘争と隋の中国統一▼聖徳太子の政治▼大化改新で封印された謎▼半島のクーデタ、そして大化クーデタ▼白村江の敗北はヤマトの自滅か▼天智帝の虚脱と苦悩▼壬申の乱と「日本」の原型▼日本「誕生」▼日本書紀が隠蔽したもの▼エピローグ(古代) [00-11-02]
  98. 11月のテーマ「98年の古代史上の発見」 『桐原書店』時事スコープ 1998年11月(旧石器・縄文・弥生・古代) [00-11-21]
  99. みやぎ文化財発掘出土情報2000-発掘ニュース- 『みやぎ文化財発掘出土情報』延長270m以上の区画施設跡―官衙跡南側に街並みの存在示唆― 加美郡宮崎町壇の越遺跡―宮崎町教育委員会(報道発表7月27日/一般説明会7月29日)―/写真:築地跡(左側のオレンジ色の土が帯状に露出している部分)と大溝跡。壇の越遺跡と東山遺跡。円面硯(えんめんけん)と呼ばれる硯の一種。東山遺跡の基壇に使われた「せん」と呼ばれるレンガ状の焼き物。(古代・宮城県) [00-11-08]
  100. 珍しい横穴式石室 奈良新聞 2000年7月25日 桜井市の事業に伴う発掘調査で確認されたもので、石室の奥行きは約6メートル。石室は、玄室の石積みが天井部に向けてドーム状に持ち送られている「窮りゅう式」と呼ばれる形式。玄室の壁面には、ベンガラと見られる赤色顔料が残っていた。時期は、出土した須恵器などから、6世紀中期と見られる。(古墳・古代・奈良県) [00-07-26]
  101. 推古天皇の合葬墓か 奈良新聞 2000年8月18日 橿原市五条野町の「植山古墳」が、6世紀末−7世紀前半に築造された2つの大型横穴式石室が並ぶ巨大な「双室墳(そうしつふん)」であることが分かった。また、西側の石室には、扉の軸受けに使われた小判形の「しきみ石」が完全な形で残っていた。扉構造のある横穴式石室が確認されたのは初めて。調査した市教委は17日、「双室墳」が推古朝に特有の形態であること、石室の構造や築造時期などから、「日本書紀に記された竹田皇子と母・推古天皇(554−628)の合葬墓である可能性が強まった」と発表した。(古墳・古代・奈良県) [00-08-19]
  102. 記紀裏付け 巨大古墳 奈良新聞 2000年8月18日 2つの横穴式石室が確認された橿原市五条野町の植山古墳。これまで日本書紀や古事記の記述でしか知ることのできなかった改葬前の推古陵とする見方が強まっている。巨大な石室は推古天皇の意志と権力を背景に築かれたのか。西側の石室にはなぜ扉が付けられたのか。研究者の熱い視線が注がれている。/【被葬者】/【石室構造】/【石棺】(古墳・古代・奈良県) [00-08-19]
  103. 史跡指定に高まる保存の声 奈良新聞 2000年8月18日 植山古墳の発掘は土地区画整理事業に伴う事前調査で、墳丘の北側半分が削られ、道路や農地になる予定だった。しかし、改葬前の推古陵とする見方が強まる中で、市教委は墳丘全体と北側の丘陵を保存する方向で動き始めた。文化庁も保存を強く要望。市は史跡指定を視野に協議を進めている。(古墳・古代・奈良県) [00-08-19]
  104. 推古天皇埋葬で増築か 奈良新聞 2000年8月19日 飛鳥時代の女帝・推古天皇と竹田皇子を合葬した可能性が強まった橿原市五条野町の植山古墳で、濠(ほり)の底に敷かれた石敷きが、墳丘の中央付近を境にして大きさに違いのあることが、18日までに市教委の調査で分かった。同古墳には時期差のある2つの横穴式石室が設けられており、墳丘を増築した可能性も指摘されている。2つの横穴式石室には6世紀末(東石室)と7世紀前半(西石室)という時期差があり、竹田皇子と推古天皇を葬った可能性が強い。日本書紀は、推古天皇(554−628)が自らの遺言によって息子である竹田皇子の墓に合葬されたことを伝えている。(古墳・古代) [00-08-22]
  105. 天平の輝き再び 奈良新聞 2000年8月29日 宮内庁正倉院事務所は28日、正倉院宝物の「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいじゅうにりょうきょう)」と、「小唐花文白綾(しょうからはなもんしろのあや)」の復元品を公開した。「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡」(長径18.5センチ、縁厚1.4センチ、鈕高1.1センチ、重さ約2.3キロ=復元品)は、正倉院に伝わる56面の鏡のうち唯一の銀製鏡胎で、宝物中ただ1つの七宝製品。一方「小唐花文白綾」(長さ8メートル、幅約56センチ)は、華麗な連続文様が美しい白色の絹織物。(古代・考古学・奈良県) [00-08-31]
  106. 「総柱説」消えた 奈良新聞 2000年9月8日 橿原市の藤原宮(694〜710年)跡で、宮殿の中心的な建物のひとつ、朝堂院の基壇構造などが確認され、奈良国立文化財研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部が7日、発表した。藤原宮の朝堂院は方眼状の柱で床を支える「総柱(そうばしら)建物」とされていたが、今回の調査で、平城宮などと同じ構造であることが分かった。/黒崎直・奈文研飛鳥藤原宮跡発掘調査部長の話(古代・奈良県) [00-09-09]
  107. 佐紀池南岸の護岸跡発見 奈良新聞 2000年9月14日 奈良市佐紀町の平城宮第一次大極殿院跡の西側地域から奈良時代の大規模園池、佐紀池の南岸の護岸跡が見つかり、13日、調査をしていた奈良国立文化財研究所平城宮跡発掘調査部が発表した。続日本紀の天平10(738)年の条には、聖武天皇が、佐紀池のことではないかとされる西池のほとりに造られた祝宴場「西池宮」に立ち寄ったとの記述がある。こうしたことから、聖武天皇即位時の造営が、数々の施設を含む複合的なものであったのではないかとも考えられている。(古代・奈良県) [00-09-15]
  108. 1400年前の技術健在 奈良新聞 2000年9月15日 推古天皇(554〜628)と長男・竹田皇子の合葬墓とする見方が強まった橿原市五条野町の植山古墳で、墳丘を囲む濠(ほり)が11日から降り続いた警報級の大雨を完全に排水し、発掘にあたる市教委の技師を驚かせている。浸透性の強い土質に加えて濠の底に敷き詰められた石が墳丘を侵食からガード。約1400年前の土木技術が現在も生きていることが確認された。(古墳・古代・奈良県) [00-09-19]
  109. 史跡指定へ予定早める 奈良新聞 2000年9月19日 橿原市教委は、改葬前の推古天皇陵とする見方が強まった植山古墳(同市五条野町)の第2次調査を、10月から始める方針を固めた。当初は来年度の予定だったが、国の史跡指定に向けて調査時期を早めることにした。墳丘の築造過程など、新たな成果が期待される。(古墳・古代・奈良県) [00-09-21]
  110. 酒船石遺跡より詳しく 奈良新聞 2000年9月27日 飛鳥京観光協会(吉田宏会長)は26日、亀形石造物が見つかった明日香村岡の酒船石遺跡で、ボランティアガイドの現地研修会を開いた。(古代・奈良県) [00-09-28]
  111. 未発掘の羨道解明へ 奈良新聞 2000年10月2日 「昭和史の最後を飾るニュース」などと形容された、豪華な金銅製馬具など多くの副葬品が出土した国史跡「藤ノ木古墳」(斑鳩町法隆寺西)は、11月にも未発掘の羨道(せんどう)部分の解明に向けた第4次発掘調査が始まる。▽"全国一"の詳細な石室調査▽羨道発掘の意義▽周辺整備の現在(古墳・古代・奈良県) [00-10-05]
  112. 飛鳥池遺跡の全貌紹介 奈良新聞 2000年10月3日 国内最古の貨幣、富本銭の鋳造が確認された「飛鳥池遺跡」(明日香村)の全貌(ぼう)を紹介する特別展が、同村奥山の奈良国立文化財研究所飛鳥資料館できょう3日から開かれる。来月26日まで。(古代・奈良県) [00-10-05]
  113. 掘っ立て柱建物跡17棟 奈良新聞 2000年10月11日 御所市西北窪の葛城山ろくで、7世紀後半から8世紀前半ごろの掘っ立て柱建物跡がまとまって見つかり、県立橿原考古学研究所が10日、発表した。大掛かりな地盤改良の痕跡や硯(すずり)などの出土品から、この地域を統治した飛鳥・藤原京期の役所の一部と考えられ、都の周辺地域の様子を探る上で重要な資料となる。西北窪遺跡と命名された。/和田萃・京都教育大教授(日本古代史)の話(古代・奈良県) [00-10-12]
  114. 創建当時の金堂基壇跡 奈良新聞 2000年10月17日 聖徳太子ゆかりの法輪寺(斑鳩町三井)境内で、創建当時(飛鳥時代)の金堂基壇跡が現金堂を取り巻く形で出土し、16日、発掘調査を行っている斑鳩町教委が発表した。創建時の金堂規模が法隆寺金堂の3分の2であったことが確認されたほか、基壇を創建後に修復したことなどが分かった。法輪寺の創建時期については、推古30(622)年に聖徳太子の病気平癒を願い、山背大兄王らが創建を命じた説と、天智9(670)年の太子死後に建てられたという2説があるなど、成立過程にはなぞが多い。/森郁夫・帝塚山大学教授(考古学)の話(古代・奈良県) [00-10-19]
  115. 現存最古の寺院建築部材 奈良新聞 2000年10月18日 奈良市中院町、元興寺の禅室に保管されていた建築部材が、奈良国立文化財研究所の年輪年代測定調査により、現存するわが国最古の木造寺院建築部材であることが分かり、17日、元興寺文化財研究所が発表した。日本書紀には、日本最古の本格寺院とされる飛鳥寺(明日香村)が588年に建立されたとの記述がある。同寺は平城遷都の際に移築されて元興寺となったが、元興寺の屋根かわらに飛鳥寺のものが使用されていることがこれまでにも知られていた。今回、建築部材に関しても飛鳥寺の木材が使われていたことが判明。主要伽藍(がらん)を除く一部の建物が移築されていたこともほぼ確実となった。(古代・奈良県) [00-10-19]
  116. 天神社とバイパス結んだ 奈良新聞 2000年10月24日 大来皇女(おおくのひめみこ)が潔斎を行ったとされる泊瀬(はせ)斎宮の伝承地、桜井市小夫の天神社(桑山楢敏宮司)に新しい参道と顕彰碑が完成。小夫地区は、崇神天皇が即位するため、豊鍬入姫命皇女(とよすきいりひめのみこ)が潔斎した笠縫邑(かさぬいむら)と伝えられ、壬申の乱に勝利した父、天武天皇から伊勢神宮に奉仕することを命じられた大来皇女が約1年半、潔斎を行った地としても伝えられる。(古代・神社・奈良県) [00-10-26]
  117. 繊細、優雅、天平の至宝 奈良新聞 2000年10月28日 聖武天皇の遺愛品など天平時代の宝物の数々を展示する第52回正倉院展の招待者特別公開が27日、奈良市登大路町の奈良国立博物館で行われた。初出陳19件を含む78件の宝物を公開。(古代・奈良県) [00-11-01]
  118. 東大寺境内で大型建物跡 奈良新聞 2000年11月8日 奈良市雑司町の東大寺境内で、礎石立ちの大型建物跡が見つかり、県立橿原考古学研究所が7日、発表した。同寺が創建された奈良時代後半(750〜760年代)の建築で、正倉院に匹敵する規模とみられる。同研究所は、寺で使う物資を納めた「正倉」と推定している。調査地は、寺を事務的に管理した「上司(じょうし)」があった地域で、前身の「三綱(さんごう)」に付属する倉庫との見方もある。これまで調査のメスが入らなかった地域だけに、創建期の東大寺を知る上で重要な資料となる。/栄原永遠男・大阪市立大教授(日本古代史)の話(古代・奈良県) [00-11-09]
  119. 国内最古の石臼破片も 奈良新聞 2000年11月8日 県立橿原考古学研究所が行った東大寺境内の発掘調査では、奈良時代の井戸跡に組み込まれた石臼(うす)とみられる破片も見つかった。時代を確認できる石臼としては国内最古の発見例で、「東大寺要録」に記された「碓殿(うすどの)」との関連が注目される。謎(なぞ)の大型建物は「正倉」か「碓殿」か、まったく未知の建物なのか−。研究者の論議を呼びそうだ。(古代・奈良県) [00-11-09]
  120. "卑弥呼の鏡"63面勢ぞろい 奈良新聞 2000年11月10日:“卑弥呼の鏡”とも呼ばれる三角縁神獣鏡。黒塚古墳(天理市)と椿井大塚山古墳(京都府山城町)で見つかった60面以上の三角縁神獣鏡が、今月18日から香川県などで開かれる「大古墳展」で、初めて一堂に展示される。県立橿原考古学研究所付属博物館と京都大学総合博物館などの共催で、来年7月29日まで、全国5会場を巡回。他にも重要文化財クラスの遺物を多数展示。(古墳・邪馬台国・奈良県) [00-11-13]
  121. 大極殿復元に29億円 奈良新聞 2000年11月11日 10日の閣議で決定された平成12年度政府補正予算案で、奈良県関連では、平城宮跡第1次大極殿復元のための材料調達等の事業費として29億3000万円が盛り込まれた。県などが計画している平成22年の平城遷都1300年の記念事業のシンボル的な建物として、同21年度の完成を目指して復元工事が進められることになりそうだ。/柿本善也知事の話/奥野誠亮衆院議員の話/大川靖則奈良市長の話(古代・奈良県) [00-11-15]
  122. 天理・和爾遺跡で古墳群 奈良新聞 2000年11月21日:天理市和爾町の和爾遺跡で、5世紀後半から7世紀初頭の古墳群が見つかり、県立橿原考古学研究所が20日、発表した。調査地は飛鳥時代に創建された小野氏の私寺、願興寺跡の西約200メートル。古代寺院は古墳に代わる氏族の象徴と考えられており、両者の関係を考える上で貴重な資料となる。/寺沢薫・県立橿原考古学研究所調査第一課長の話(古墳・古代・奈良県) [00-11-22]
  123. 史跡指定地買収、終了へ 奈良新聞 2000年11月25日:国史跡「藤ノ木古墳」(斑鳩町法隆寺西)の整備で同町は24日、指定地内で未買収だった部分の地権者とほぼ合意に達したことを明らかにした。平成4年に開始して以来、難航してきた買収事業がようやく今年度末で終了する見通しとなった。(古墳・古代・奈良県) [00-11-28]
  124. 土坑から銅滓出土 奈良新聞 2000年11月28日:興福寺一乗院跡(奈良市登大路町)の土坑から銅製品を製作した際に残ったと考えられる銅のかす「銅滓(どうさい)」が出土し、27日、調査を担当した奈良国立文化財研究所平城宮跡発掘調査部が発表した。同院地域で銅製品製作跡が確認されたのは初めてのことで、興福寺域の姿をさらに鮮明にする資料となるという。(古代・奈良県) [00-11-29]
  125. よみがえれ古代の輝き 奈良新聞 2000年11月29日:飛鳥時代のガラス玉を当時の技術で再現する試みが、明日香村地域振興公社(渡辺敏之理事長)によって進められている。同村の飛鳥池遺跡では、7世紀代に作られた多数のガラス玉やガラスるつぼ、炉跡などが出土。同公社は、原料や鋳型はもちろん、溶解に使う炭の材質まで忠実に再現する計画。古代の息吹を伝えるガラス玉を現代によみがえらせたい考えだ。(古代・考古学・奈良県) [00-11-30]
  126. アトリウム展示2 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構出土石造物の公開展示(古代・奈良県) [00-07-26]
  127. 大和を掘る18 『奈良県立橿原考古学研究所』−1999年度発掘調査速報展− 2000年7月22日(土)〜9月3日(日) ※月曜日閉館(古墳・古代・奈良県) [00-07-26]
  128. 三ツ塚古墳群 『奈良県立橿原考古学研究所』三ツ塚古墳群 現地説明会資料(2000年6月24・25日)はじめに/特異な立地/石室規模や時期が異なる西群と東群/系譜のたどれる古墳群:6世紀末から7世紀にかけての横穴式石室・小石室・木棺墓等が計34基(古墳・古代・奈良県) [00-07-26]
  129. 飛鳥京跡苑池遺構 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構 −飛鳥京跡第140次調査−現地説明会資料(1999年6月)/T はじめに/U 調査の概要/V まとめ/写真:遺跡位置図、遺跡全景、西辺護岸、石造物No.1、張り出し、イメージ図(古代・奈良県) [00-07-26]
  130. 西辺護岸 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構 −飛鳥京跡第140次調査−現地説明会資料(1999年6月)写真:西辺護岸(古代・奈良県) [00-07-26]
  131. 張り出し 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構 −飛鳥京跡第140次調査−現地説明会資料(1999年6月)写真:張り出し(古代・奈良県) [00-07-26]
  132. 石造物1 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構 −飛鳥京跡第140次調査−現地説明会資料(1999年6月)写真:石造物No.1(阿南辰秀氏撮影)(古代・奈良県) [00-07-26]
  133. 位置図 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構 −飛鳥京跡第140次調査−現地説明会資料(1999年6月)写真:調査地の位置(古代・奈良県) [00-07-26]
  134. 全景 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構 −飛鳥京跡第140次調査−現地説明会資料(1999年6月)写真:調査区全景(上が北) (古代・奈良県) [00-07-26]
  135. 苑池イメージ 『奈良県立橿原考古学研究所』飛鳥京跡苑池遺構 −飛鳥京跡第140次調査−現地説明会資料(1999年6月)写真:検出された遺構から、元の苑池の様子をイメージ的に描いたもの(古代・奈良県) [00-07-26]
  136. 下国府遺跡 『新潟県立歴史博物館』新潟県内の遺跡:下国府遺跡/所在地:佐渡郡真野町大字竹田/指定:1976年国史跡(古代・新潟県) [00-08-14]
  137. 天変地異年表古代 『Household Industries Home Page!!』藤牧祐生(古代・中古) [00-09-12]
  138. 史料リスト・古代−絵画史料− 『Household Industries Home Page!!』(古代) [00-08-25]
  139. 史料リスト・古代(奈良時代まで) 『Household Industries Home Page!!』(古代) [00-08-25]
  140. 史料リスト・古代(奈良時代まで) 『Household Industries Home Page!!』古代(奈良時代まで)細別フロント・ページ(古代) [00-08-25]
  141. 史料リスト・古代(奈良時代まで)−宗教関係− 『Household Industries Home Page!!』(古代) [00-08-25]
  142. 史料リスト・古代(奈良時代まで)−出土史料− 『Household Industries Home Page!!』(古代) [00-08-25]
  143. 史料リスト・古代(奈良時代まで)−史書・地誌− 『Household Industries Home Page!!』(古代) [00-08-25]
  144. NIKKEI NET 『日本経済新聞』社会 新堂廃寺で塔の心礎出土:日本最古級で文献に登場しないなぞの寺院「新堂廃寺(しんどうはいじ)」(大阪府富田林市緑ケ丘)で塔中心の柱の土台となる心礎が出土し、同市教委が14日発表した。同寺は飛鳥時代の創建で、柱の直径などから高さ約30-35メートルの五重の塔とみられ、約32メートルの法隆寺の塔とほぼ同じ高さだったと推定されるという。(古代・大阪府) [00-11-15]
  145. 九州の地方版から 『西日本新聞社』ヒョウタン腰に泳ぐ 2000年前、倭人は海を渡った!? 上対馬町:約二千年前、倭人(日本人)がヒョウタンを腰につないで海を渡ってきた、という韓国側の史料を基に、対馬・上対馬町の三宇田海水浴場でこのほど、地元の有志が腰にヒョウタンを付けての泳ぎを再現した。韓国最古の史料「三国史記」新羅本紀によると、始祖赫居世居西干三十八年(紀元前二〇年)の条に、「瓠公という人は、その族姓がつまびらかでないが、もと倭人で、はじめ瓠(ひさご)を腰に繋いで海を渡って来たため瓠公と称した」とある。(古代・長崎県) [00-09-27]
  146. 佐伯町商工会/黒姫伝説 『佐伯町商工会』読み物(古代・民俗・岡山県) [00-09-13]
  147. 註釈 『佐伯町商工会』読み物 黒姫伝説註釈(古代・民俗・岡山県) [00-09-13]
  148. ホーム ページ 『はまぐりの数学』【ありの巣から奈良時代の人口まで】一つの蟻の巣の中に蟻は何びきいるか/奈良時代の人口は?/兎の数を調べる(古代) [00-10-09]
  149. 「天皇」の誕生 『レルネット』投稿論文 「天皇」の誕生 1999.4.7 萬遜樹(古代) [00-08-10]
  150. 三輪山から伊勢へ 『レルネット』投稿論文 三輪山から伊勢へ 1999.4.8 萬遜樹/▼三輪山には大王=天皇家の神がいた▼三輪山の神の運命と斎宮▼「天つ罪」は農耕社会に対する罪である▼「天照大神」の造形▼「天照大神」の役柄と「天皇制」の確立(古代) [00-08-10]
  151. 「国つ神」葛城の神の没落 『レルネット』投稿論文 「国つ神」葛城の神の没落 1999.4.14 萬遜樹/▼社会革命と宗教改革▼古代の「宗教改革」の目的と標的▼大和最高の霊地・葛城▼葛城の「カモ」▼「高宮」とは何か▼「カモ」の簒奪▼神の流刑▼高城(木)の神・タカミムスビ神(古代) [00-08-06]
  152. 天皇の祭祀---収穫祭と大嘗祭と 『レルネット』投稿論文 天皇の祭祀---収穫祭と大嘗祭と 1999.4.26 萬遜樹(古代・民俗学) [00-08-06]
  153. 八十嶋祭と即位儀礼 『レルネット』投稿論文 八十嶋祭と即位儀礼 1999.5.30 萬遜樹(古代・民俗学) [00-08-06]
  154. http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-43.htm 『レルネット』投稿論文 二人のハツクニ-シラス-スメラミコト---邪馬台国と大和朝廷 1999.10.11 萬 遜樹▼『日本書紀』『古事記』とは何か▼神武東征▼邪馬台国▼大和朝廷---もう一人の「ハツクニ-シラス-スメラミコト」崇神天皇(古代) [00-08-03]
  155. Sankei-news 『産経新聞』2000.11.07■東大寺旧境内で建物跡:奈良市雑司町の東大寺旧境内で、七五○−七六○年代(奈良時代後半)の大型礎石建物跡が見つかり、調査していた県立橿原考古学研究所は七日、「紙や布などの実用品を収めた『寺正倉』とみられる」と発表した。(古代・奈良県) [00-11-08]
  156. 東京ニュース 『東京新聞』2000年11月23日(木)【総合】奈良の“国会議事堂”発見 「紫香楽宮」朝堂跡:奈良時代に聖武天皇が造営した紫香楽宮(しがらきのみや)跡とされる滋賀県信楽町宮町の宮町遺跡で、宮の中枢施設とみられる長さ九十メートルを超える長大な建物跡が見つかり、二十二日、県と町教育委員会が発表した。(古代・奈良県) [00-11-24]
  157. 国史大系 第11巻 日本紀略 百錬抄 黒板勝美編輯 吉川弘文館(古代・中古・中世・テキスト) [00-07-24]
  158. 国史大系 第19巻 古今著聞集 愚管抄 黒板勝美編輯 吉川弘文館(古代・中古・中世・テキスト) [00-07-24]
  159. 古代天皇系譜の謎 神武天皇から継体天皇まで 高畠麒四郎著 夏目書房:天照大神は男であった、応神・仁徳は天皇ではなかった、大国主命はいなかったなど、詳細な系譜の検討から、古代の天皇系譜に新しい光をあてる、独自の古代天皇系譜。(古代) [00-07-24]
  160. 東海の万葉歌 市瀬雅之ほか編 おうふう:万葉集は日本の国民的遺産であり、7、8世紀の大和朝廷が支配していた地域のほとんどの土地の歌が網羅されている。その中から、美夫君志会が基盤をおく東海地方の歌の持つ意味を考察する。(万葉集) [00-07-24]
  161. 倭の古王国と邪馬台国問題 弥生通史が解明する「渡来人による文明開化史観」の虚構 上 中島一憲著 文芸社(古代) [00-07-30]
  162. 倭の古王国と邪馬台国問題 弥生通史が解明する「渡来人による文明開化史観」の虚構 下 中島一憲著 文芸社(古代) [00-07-30]
  163. 出雲の神々に魅せられて 出雲の古代を歩く 江原護著 マイブック社/星雲社(発売):縄文時代から律令体制に及ぶ古代出雲のありようを探究。北ツ海(日本海)を媒介とした渡来の神々やその文化がいまの出雲の中にどのようなかたちで残り、いまの出雲になお息づいているのか、実地におもむいて探訪する。(古代) [00-07-30]
  164. 与那国島海底遺跡・潜水調査記録 木村政昭編著/琉球大学海底調査団水中撮影 ザ・マサダ:与那国島南岸沖100mに沈む通称「遺跡ポイント」は、規模が壮大なことで知られている。アーチ門や登り階段、メインテラス、柱穴など、この遺跡が人工物であることを裏付ける決定的な写真80点を紹介する。(古代・超古代) [00-07-30]
  165. 日本古代国家の地方支配 北条秀樹著 吉川弘文館:史料を丹念に読込み、律令政府の調庸収納システムとその変容を解明する。大宰府の西海道支配や藤原広嗣の乱、令集解や肥前風土記の成立に関わる論考も収録。(古代) [00-07-30]
  166. 中国古代文明の形成 中国青銅時代 第2集 張光直著/小南一郎訳/間瀬収芳訳 平凡社/付:中国古代主要地名遺跡図(1枚)/青銅器・玉器に代表される工芸美術品は、中国古代社会においてどのような役割を果たしていたのか。近年の目覚ましい発掘成果を詳細に分析し、中華文明草創期の謎に新たな問いを投げかける。(古代・中国) [00-08-13]
  167. 日本古代の財政制度 早川庄八著 名著刊行会(歴史学叢書):「公廨稲制度の成立」「律令財政の構造とその変質」「律令「租税」制に関する二、三の問題」など、正倉院文書、律令格式、六国史等の記録類から実証的に古代の財政制度を研究した論稿7編をまとめた論文集。(古代・中古) [00-08-28]
  168. 長江文明の発見 中国古代史の謎 徐朝竜著 角川書店(角川ソフィア文庫)(古代・中国) [00-08-28]
  169. 国史大系 第1巻下 日本書紀 黒板勝美編輯/国史大系編修会編輯 吉川弘文館(古代・テキスト) [00-08-28]
  170. 国史大系 第23巻 令集解 黒板勝美編輯 吉川弘文館(古代・テキスト) [00-08-28]
  171. 古代蝦夷 工藤雅樹著 吉川弘文館:北日本を古代史に正しく位置づけるためには、蝦夷の問題を避けて通ることはできない。文化と社会構造、中央政府との交渉の実態、東アジア世界の中での動向、アイヌとの関係など、重要な問題を解明。(古代・中古) [00-08-28]
  172. 「大化改新」の舞台は新羅にあった! 多田金三郎著 文芸社:歴史は常に勝者によって創り換えられてきた。それは我が日本の歴史においても例外ではなかった。「日本書紀」が抹殺した日本列島の真実の歴史が今、鮮やかによみがえる。(古代) [00-08-28]
  173. 古事記 建国の神々 矢島貞訳著 日本図書刊行会/近代文芸社(発売):高天の原に出現された「元始参神」の、直系神の事蹟が語り継がれた物語「古事記」。その真実性と人間性を読む。(古代) [00-08-28]
  174. 古代和歌集点描 恋心を孤悲と詠む万葉びと 長友文明著 文房夢類:万葉集の仮名を五十音順に並べて、その表記や歴史等について概説し、八代集の四季歌の配列について、挿入歌形式・アクセント歌・副材の活用等を考察する。(古代・中古) [00-08-28]
  175. 万葉集論考 木下正俊著 臨川書店:「飛鳥の神奈備」「「何所不飽矣」の訓義」「巻第十七に見られる対立異文の発生」「万葉集写本の意改」など、万葉集の語法や訓義、写本に関する論考をまとめる。(万葉集) [00-09-06]
  176. 近江の考古学 小笠原好彦著 サンライズ出版:琵琶湖湖底遺跡の形成過程、渡来系氏族の軌跡など、10年間にわたって著者が書き継いできた29の論考を収録。平城京や飛鳥の考古学調査に関わってきた経験をふまえ、近江の普遍性と固有性を視る。(古代・考古学) [00-09-06]
  177. 消された大王饒速日 神一行著 学研(学研M文庫)/「消された大王ニギハヤヒの謎」(1993年刊)の改題(古代) [00-09-06]
  178. 古代東国への仏法伝来 古墳の中の仏教文物を中心として 増田修著 崙書房出版株式会社茨城営業所(ふるさと文庫174):附・文献目録/古代東国への仏教伝播の痕跡というべき仏教文物をとりあげ、それらの伝播が仏法伝来を意味しているか否かを、古代東国と倭国の関係、銅鋺・同型鏡の分布、寺院創建縁起及び「梁書」東夷伝などから検討する。(古墳・古代) [00-09-25]
  179. 魏志倭人伝を読む 上 邪馬台国への道 佐伯有清著 吉川弘文館(歴史文化ライブラリー104):2-3世紀の日本の歴史を探る第一級の史料「魏志倭人伝」を正確に読み理解するために、史記・後漢書・宋書・旧唐書などの史料を博捜し、注解と解釈を加える。上巻は邪馬台国への道と倭人社会を中心に収録。(邪馬台国) [00-09-25]
  180. 古代東アジア世界と日本 西嶋定生著/李成市編 岩波書店(岩波現代文庫学術25)(古代) [00-09-25]
  181. 日本古代内乱史論 北山茂夫著 岩波書店(岩波現代文庫学術26)(古代) [00-09-25]
  182. セミナー万葉の歌人と作品 第5巻 大伴旅人・山上憶良 神野志隆光企画編集/坂本信幸企画編集 和泉書院(万葉集) [00-10-01]
  183. 地図でみる日本の歴史 2 飛鳥・奈良・平安時代 竹内誠総監修/木村茂光監修 フレーベル館:「地図」「解説」「イラスト」の三つの柱で構成された、調べ学習に最適な歴史の本の新シリーズ。天皇中心の国づくりがはじまった飛鳥時代、中国の文化や技術を取り入れた奈良時代、貴族文化が花開いた平安時代を解説。(古代・中古) [00-10-01]
  184. 国史大系 第24巻 令集解 黒板勝美編輯/国史大系編修会編輯 吉川弘文館(古代・テキスト) [00-10-01]
  185. 古代出土文字資料の研究 高島英之著 東京堂出版:木簡、墨書土器、印章…各地で出土した厖大な文字資料を徹底的に分析し、文献史学の成果を校合しつつ、資・史料としてのこれらの可能性を追求し、古代史の新生面を拓く、新しい古代史料論の構築。(考古学・古代) [00-10-01]
  186. ものがたり日本列島に生きた人たち 4 文書と記録 _ 岩波書店(古代) [00-10-01]
  187. 万葉集101の謎 松尾光編 新人物往来社:山上憶良は渡来人だったのか。都大路の並木には、何が植えられていたのか。古代人特有のマル秘調味料とは何か。古代の日本人の想いが詰まった知的刺激の宝庫、万葉集の101の謎に挑む。(万葉集) [00-10-01]
  188. 魏志倭人伝の解明 西尾幹二『国民の歴史』を批判する 藤田友治著 論創社:魏志倭人伝は歴史資料に値しない、この西尾幹二「国民の歴史」発言に徹底論駁。最新の調査結果を踏まえ、倭人伝の全貌を明らかにする。2000年2月開催のシンポジウムでの講演に加筆し、より詳細な議論を展開。(古代・邪馬台国) [00-10-16]
  189. 懐風藻 江口孝夫全訳注 講談社(講談社学術文庫1452)(古代・テキスト) [00-10-16]
  190. 古代「おおやまと」を探る 伊達宗泰編 学生社:箸墓・ホケノ山・黒塚などの前期古墳群や纒向遺跡と、周辺地域との活発な交渉など、邪馬台国や大和王権発生の謎を秘める古代「おおやまと」を解く。(古代・奈良県) [00-10-16]
  191. 国史大系 第2巻 続日本紀 黒板勝美編輯 吉川弘文館(古代・テキスト) [00-10-22]
  192. 国史大系 第25巻 類聚三代格 弘仁格抄 黒板勝美編輯 吉川弘文館(古代・中古・テキスト) [00-10-22]
  193. 邪馬台国がみえてきた 武光誠著 筑摩書房(ちくま新書266)(邪馬台国) [00-10-22]
  194. 上代語と表記 西宮一民編 おうふう:西宮一民博士喜寿記念論文集。古事記の表記と訓読、『風土記』の校訂私案、天安河のウケヒ小考、上代の雨の表記と表現、古事記・日本書紀の表記と成立過程など、「上代語」と「表記」に関する諸問題を扱った論文48編を収録。(古代) [00-10-22]
  195. 韓半島からきた倭国 古代加耶国が建てた九州王朝 李鍾恒著/兼川晋訳 新泉社:好太王碑文に刻まれた倭、新羅をおびやかした倭、宋書に登場する倭の五王など中国・朝鮮史書に載る倭人とは韓半島南部にいた加耶人であった。韓半島の古代史研究から日本古代史の書き換えを迫る。1990年刊の新装。(古代) [00-10-22]
  196. 伽耶国と倭地 韓半島南部の古代国家と倭地進出 尹錫暁著/兼川晋訳 新泉社:韓国の国内資料「三国遺事」に記録された関係史料を根幹として、韓半島南部の古代国家・伽耶国の歴史を明らかにし、倭国とは伽耶国を本国とする九州王朝であることを証明する。1993年刊の新装。(古代) [00-10-22]
  197. 聖徳太子はなぜ天皇になれなかったのか 遠山美都男著 角川書店(角川ソフィア文庫)(古代) [00-10-30]
  198. 天皇と古代王権 井上光貞著 吉村武彦編 岩波書店(岩波現代文庫 学術29)(古代) [00-10-30]
  199. 魏志倭人伝を読む 下 卑弥呼と倭国内乱 佐伯有清著 吉川弘文館(歴史文化ライブラリー105):2-3世紀の日本の歴史を探る第一級の史料「魏志倭人伝」を正確に読み理解するために、史記・後漢書・宋書・旧唐書などの史料を博捜し、注解と解釈を加える。下巻は倭国内乱、女王卑弥呼の誕生を収録。(邪馬台国) [00-10-30]
  200. 渤海国興亡史 浜田耕策著 吉川弘文館(歴史文化ライブラリー106):698年に大祚栄が、靺鞨人と高句麗遺民を率いて高句麗の故地に建国、926年契丹に滅ぼされた渤海国。謎の多い230年の変遷を「民族史」にとらわれず、渤海人を主人公に個性的な歴史を蘇らせる興亡史。(古代・中古) [00-10-30]
  201. 日本古代の僧尼と社会 勝浦令子著 吉川弘文館:奈良朝に盛期を迎えた仏教は、多くの僧尼を輩出した。僧尼の存在形態を東アジア諸国との比較やジェンダーの視点から分析し、「家」と僧尼の関係、尼・女性の役割を追究。また、王権と民衆による仏教受容の実態にも迫る。(古代) [00-10-30]
  202. 日本古代系譜様式論 義江明子著 吉川弘文館:系譜は形式に意味がある。系譜形態や系線・続柄表記を記号として読み、その変遷の時代背景、氏族意識・祖先観、性差を探る。系譜類型論を提起し、基層の親族原理として双系性・非血縁性を論じ、また王統譜にも解き及ぶ。(古代・歴史学) [00-10-30]
  203. 墨書土器の研究 平川南著 吉川弘文館:8・9世紀に盛行し、10世紀以降急速に姿を消した出土文字資料の一つ墨書土器。古代の文字の始まりをはじめ、全国各地の膨大な出土例を通して古代社会の実相を追究し、あわせて文字の習熟度や言葉との関連に言及する。(古代・中古) [00-10-30]
  204. 謎とき古代日本列島 関裕二著 講談社:3世紀後半に誕生したヤマト王国は、独裁王を排除し、多様な地方文化を結集した王権だった!? 日本とは何か、日本人はどこから来たのか、古代史の真実を「地方からの視点」で解き明かす。(古代) [00-11-05]
  205. 播磨地名伝承の探索 寺本躬久著 神戸新聞総合出版センター:「播磨国風土記」の地名にまつわる伝承を紹介し、その伝承を日本書紀や古事記などにまで視野を広げて考察。風土記との共通点・相違点などを取り上げ、播磨古代史の謎を解く。『文芸日女道』連載をまとめる。(古代) [00-11-13]
  206. 「古事記」を歩く 佐藤高著 光文社(知恵の森文庫)(古代) [00-11-13]
  207. 新羅・高句麗・百済三国紀 古代日本史の真実を探る 高島鳴鳳著 叢文社:今の韓半島(日本からは朝鮮半島とも呼ぶ)にあった新羅、百済、高句麗の三国の歴史を解説。同じ「戦国時代」ではあっても、日本や中国とは異なる、韓半島独自の国家統一の様相を描き出す。(古代・朝鮮) [00-11-20]
  208. 古代出雲の薬草文化 見直される出雲薬と和方 伊田喜光監修 昭和漢方生薬ハーブ研究会編 出帆新社:古代日本では実際にどのような薬が用いられてきたのか。古書を参考にして薬草を中心とした古代日本の医療文化へのアプローチを試みる。実際に使用されていた植物についても記載。(古代・民俗) [00-11-20]
  209. 万葉びとの生活空間 歌・庭園・くらし 上野誠著 塙書房(はなわ新書078_美夫君志リブレ):古代の人々の暮らしとはどのようなものだったのか? 古代庭園の思想、歌や生活習慣から万葉の時代に生きた人々の生活を実感する。飛鳥苑池遺構や亀型石についてもわかりやすく解説。(古代) [00-11-25]
  210. 激論!日本古代史 鈴木武樹ほか著 成甲書房 「日本古代史の展開」(1977年刊)の改題/鈴木武樹が松本清張、江上波夫、和歌森太郎らと古代史やその周辺のテーマで行った対談を収録。いまなお明らかにされぬ諸テーマをめぐっての侃々諤々の白熱論戦。77年刊「日本古代史の展開」の改題。(古代) [00-11-25]
  211. ヤマト国家は渡来王朝 沢田洋太郎著 新泉社 新装 付:韓半島の王権の流れ(1枚)/日本史全体を通じて、日本民族のルーツについて核心に触れるよう推論を巡らし、ヤマト国家が徹頭徹尾「渡来王朝」によって支配されてきたことへの実証を試みる。95年刊の新装。(古代) [00-11-25]
  212. 懐風藻 漢字文化圏の中の日本古代漢詩 辰巳正明編 笠間書院(上代文学会研究叢書):懐風藻を扱った初の総合研究書。日本最古の漢詩集を東アジア文化の中で捉え、漢字文化圏における東アジアの共有財産として、また万葉集にも大きな影響を与えた日本文化の源泉としての真価を見出す。(古代) [00-11-25]
  213. 古代の道路事情 木本雅康著 吉川弘文館(歴史文化ライブラリー108):自然道の発展した小道と考えられてきた古代道路。しかし、近年の調査結果は、道幅10mを超える直線の計画道路であったことを証明する。なぜ大規模道路を建設したのか、その背景にある古代国家の実像に迫る。(古代) [00-11-25]
  214. galleryサイバー古代 『読売新聞』大阪(2000/08/23)奈良・香芝市/尼寺廃寺 「法隆寺式伽藍」が確定:法隆寺五重塔(国宝)を上回る規模の塔跡が四年前に出土した奈良県香芝市尼寺(にんじ)の尼寺廃寺(七―八世紀)で、中門(ちゅうもん)跡の一部が出土したことが二十二日、分かった。塔の北側に金堂跡が見つかり、回廊で囲まれていたことも判明しており、門が東に面した法隆寺式伽藍(がらん)配置だったことが確定した。同寺の創建については、聖徳太子(五七四―六二二)が建てた七つの寺のうちの葛城尼寺とする説や敏達天皇系の寺説、大和北西部の豪族説など諸説あり、今回の発見で〈幻の寺〉を巡る議論が再燃しそうだ。(古代・奈良県) [00-09-01] [03-10-22]
  215. galleryサイバー古代 『読売新聞』大阪(2000/10/17)奈良/斑鳩町 法輪寺 旧金堂 基壇を確認 「伽藍は法隆寺の3分の2」裏付け:奈良県斑鳩町の法輪寺境内で、飛鳥時代(七世紀)の創建当初とみられる金堂の基壇が確認され、調査した斑鳩町教委が十六日、発表した。これによって基壇の大きさが初めて確定。町教委は、法輪寺の伽藍(がらん)が近くにある法隆寺のほぼ三分の二の設計プランだったとの説が裏づけられたとしている。/森郁夫・帝塚山大教授(考古学)の話(古代・奈良県) [00-11-08] [03-10-22]
  216. galleryサイバー古代 『読売新聞』大阪(2000/10/18)奈良/元興寺 最古の寺院建築材 582年 「飛鳥」から移築裏付け:世界遺産に登録されている奈良市中院町の元興寺禅室(国宝)に用いられていた建築部材のうち、桁(けた)を受け止める檜(ひのき)の「巻斗(まきと)」一点が、年輪年代測定法で五八二年に伐採された材と確認され、同寺文化財研究所などは十七日、「世界最古の寺院建築部材」と発表した。/鈴木嘉吉・元奈良国立文化財研究所長(建築史)の話(古代・奈良県) [00-11-08] [03-10-22]
  217. galleryサイバー古代 『読売新聞』大阪(2000/10/24)福岡/元岡遺跡 最古の年号入り木簡 701年の「大寶元年」:福岡市教委は二十三日、同市西区桑原の元岡遺跡群で、「大寶(たいほう)元年」(七〇一年)の年号が記された木簡が出土したと発表した。「大寶」は実際に使われた最古の年号で、干支(えと)ではなく年号で年代が記された木簡としては全国最古。/狩野久・京都橘女子大教授(日本古代史)の話(古代・福岡県) [00-11-08] [03-10-22]
  218. galleryサイバー古代 『読売新聞』大阪(2000/11/08)奈良/東大寺旧境内 東大寺の「正倉」跡か 大型礎石4基出土/“未知の正倉”解釈様々 写経所 宝物収蔵施設:奈良県立橿原考古学研究所は七日、奈良市雑司町の東大寺旧境内(国史跡)で奈良時代後半(八世紀半ば)の大きな礎石四基と礎石の抜き取り穴二基が出土したと発表した。創建当時に造営された建物とみられ、同寺の中心的な倉である「正倉(しょうそう)」の可能性が高いとしている。(古代・奈良県) [00-11-10] [03-10-22]
  219. galleryサイバー古代 『読売新聞』大阪(2000/11/15)大阪/新堂廃寺 法隆寺並み五重塔? 創建時の礎石発見:飛鳥時代(七世紀前半)に創建され、奈良・飛鳥寺や大阪・四天王寺と並ぶ最古級寺院とされる大阪府富田林市緑ヶ丘町の新堂廃寺で、塔中心を貫く心柱を立てた心礎石(しんそせき)と、土台にあたる基壇の一部が見つかったと、同市教委が十四日、発表した。(古代・大阪府) [00-11-17] [03-10-22]
  220. galleryサイバー古代 『読売新聞』大阪(2000/11/23)滋賀・宮町遺跡 紫香楽宮遺構と断定 全長90メートル超す朝堂跡:滋賀県信楽町の宮町遺跡で全長九十メートルを超す奈良時代中期の長大な掘っ立て柱建物跡一棟が出土し、町教委は二十二日、国の政治や儀式の舞台だった朝堂院の西脇殿とみられ、同遺跡は聖武天皇の紫香楽宮(しがらきのみや)(七四二―四五)の遺構だと発表した。(古代・滋賀県) [00-11-24] [03-10-22]
  221. 椿井大塚山古墳と三角縁神獣鏡 『椿井大塚山古墳と三角縁神獣鏡』椿井大塚山古墳と三角縁神獣鏡:第U部 椿井大塚山古墳と三角縁神獣鏡の研究 椿井大塚山古墳の意義:1 三世紀の東アジアと椿井大塚山古墳(卑弥呼の鏡、後漢鏡と画文帯神獣鏡)/2 椿井大塚山古墳と初期ヤマト政権(鏡の配布、鉄器生産の発展、墳丘の企画と規模)(弥生・古墳・邪馬台国・京都府) [00-11-22]
  222. 文献史学研究室 『文献史学研究室』目次(古代) [00-08-15]
  223. 真説日本古代史 第一部 『文献史学研究室』神社伝承学からみた古代史:1.籠名神宮祝部丹波国造海部直等氏之本紀(海部氏本紀)/2.神社伝承学/3.ホアカリはニギハヤヒではない/4.人間・ホアカリの実像に迫る/5.ホアカリはホホデミなのか?/6.ホアカリは神武天皇だった(古代) [00-08-15]
  224. 真説日本古代史 第二部 『文献史学研究室』建国の幕開け:1.謎の歴史書『日本書紀』/2.『古事記』の秘密/3.『漢書』に記された「倭国」/4.『後漢書』の「倭面土国」と『魏志倭人伝』の「邪馬台国」/5.倭国王・「師升」/6.渡来集団・スサノオ族/7.建国の始祖「素戔嗚尊」/8.「大国主」となった「大己貴命」/9.「高皇産霊尊」と「素戔嗚尊」/10.倭国大乱/10.連合国の出現/11.狗奴国と邪馬台国/12.「邪馬台国」/13.『魏志倭人伝』/14.再び、和国大乱へ(古代) [00-08-19]
  225. 真説日本古代史 第三部 『文献史学研究室』人皇の時代:1.欠史八代/2.邪馬台国と大和/3.『記紀』に記されていた「邪馬台国」の最後/4.謎の人・「伊聲耆掖邪狗」/5.崇神天皇と戦った神武天皇/6.「天日槍」/7.現代の出雲神族・富氏の伝承/8.出雲の国譲りの真相/9.歴史年表(古代) [00-08-19]
  226. 真説日本古代史 第四部 『文献史学研究室』原大和朝廷の時代:1.原大和朝廷の中の崇神天皇/2.三輪山のオオモノヌシは偽物である/3.「櫛玉伊勢津彦命」の謎/4.渡来してきた協力者・扶余族/5.出雲王朝の屈服/6.放浪する尾張氏/7.謎を解く鍵・浦島子/8.葛城王朝の終焉(古代) [00-08-19]
  227. 【真説日本古代史】第五部 『文献史学研究室』崇神系王朝と応神系王朝:1.開拓者としての「尾張族」/2.縄文人と「尾張氏」/3.日本列島における勢力分布と朝鮮半島/4.創られた神功皇后/5.応神天皇の謎/6.「誉津別命」/7.「武内宿禰」/8.歴史年表(古代) [00-08-19]
  228. 【真説日本古代史】第六部 『文献史学研究室』謎の四世紀:1.『日本書紀』に記された『百済記』/2.朝鮮半島情勢と「倭国」/3.『百済記』からみた「日・済」関係/4.明らかになった「百済」の実状/5.『宋書』に記された「倭の五王」と日朝軍事連邦/6.応神天応は仁徳天皇である/7.『高句麗好太王碑文』と仁徳天皇・倭王「讃」/8.「倭の五王」ではなく「倭の六王」だった/9.允恭天皇即位の謎/10.もはや謎の四世紀はない(古代) [00-08-19]
  229. 【真説日本古代史】第七部 『文献史学研究室』「日本武尊」は実在したか?:1.江田船山古墳太刀銘文/2.雄略天皇は倭王「武」か/3.豪族諸氏との攻防/4.日本府/5.倭王「武」(古代) [00-08-19]
  230. 【真説日本古代史】第七部 『文献史学研究室』【真説日本古代史】 第八部 歴史時代:1.新時代の到来/2.越前から来た天皇/3.二つの皇統/4.継体天皇と朝鮮外交/5.磐井の乱/6.継体王朝の落日(古代) [00-08-19]
  231. 特別編1 『文献史学研究室』首都・「邪馬台国」を推理する:1.『魏志倭人伝』に記された行程より/2.「至」と「到」は、どう違うのか?/3.「吉野ヶ里遺跡」とはどこの国か(邪馬台国) [00-08-15]
  232. 特別編4 『文献史学研究室』「日本武尊」の真実:1.「日本武尊」は架空の人物か/2.「日本武尊」の西征東征/3.「日本武尊」の東征説話は雄略天皇である。/4.「大碓命」/5.「日本武尊」の東征説話/6.従軍する「尾張氏」/7.「建稲種命」/8.「日本武尊」の最後/9.崩壊するヤマト政権(古代) [00-08-15]
  233. 参考文献 『文献史学研究室』(古代) [00-08-15]
  234. 日本史 『Access to LOCAL CITY』追跡・歴史:日本史・大和時代(古代) [00-11-09]
  235. 日本史 『Access to LOCAL CITY』追跡・歴史:日本史・奈良時代(古代) [00-11-09]
  236. http://www3.justnet.ne.jp/~gyouken/ 『謎の遺跡神籠石の探求』表紙(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  237. gosho 『謎の遺跡神籠石の探求』写真:女山神籠石/雷山神籠石/杷木神籠石/高良山神籠石/御所ガ谷神籠石(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  238. kougoishi1 『謎の遺跡神籠石の探求』図表:位置関係(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  239. kagema 『謎の遺跡神籠石の探求』鹿毛馬神籠石(古代・福岡県) [00-11-02]
  240. kougoishi 『謎の遺跡神籠石の探求』神籠石とは(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  241. kougoishi2 『謎の遺跡神籠石の探求』表:官道および国府や郡衙との位置関係(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  242. kougoishi3 『謎の遺跡神籠石の探求』“いったい、誰が何時、何の目的で作り上げたのか”(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  243. kougoishi4 『謎の遺跡神籠石の探求』通説批判(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  244. mizuki 『謎の遺跡神籠石の探求』水城仮説(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  245. kougoishi5 『謎の遺跡神籠石の探求』延喜式の九州主要道との関係(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  246. kougoishi6 『謎の遺跡神籠石の探求』装飾古墳群分布との関係(古代・福岡県・佐賀県) [00-11-02]
  247. obikumayama 『謎の遺跡神籠石の探求』帯隈山神籠石(古代・佐賀県) [00-11-02]
  248. otubo 『謎の遺跡神籠石の探求』おつぼ山神籠石(古代・佐賀県) [00-11-02]
  249. 帯隈への道 『謎の遺跡神籠石の探求』帯隈山神籠石への道(古代・佐賀県) [00-11-02]
  250. この10年 『読売新聞』91/06/27 大阪朝刊 社会面 07段 奈良・藤ノ木古墳 合葬は成人男子2人 血液B型で大柄/橿考研発表:豪華な冠、馬具などが出土して考古学者、ファンらの話題を呼んだ奈良県斑鳩町、藤ノ木古墳(六世紀後半)の石棺から見つかった被葬者二体について、県立橿原考古学研究所は二十六日、「ともに成人男性で、血液型も同じB型。同時埋葬の可能性が強い」と発表した。家型石棺の中に男性が合葬された例は極めてまれ。有力だった男女合葬説が消え、改めて膳(かしわで)氏ら藤ノ木古墳近くの法隆寺とゆかりが深い豪族の父子や、同時代に相次いで殺された聖徳太子の叔父・穴穂部皇子(あなほべのみこ)と宣化天皇の子・宅部皇子(やかべのみこ)らの合葬説がクローズアップされてきた。(古代・奈良県) [00-09-18]

[第12版表紙]