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幕末大坂

|適塾と緒方洪庵|緒方の塾風福沢諭吉生誕の地、五代友厚像他大阪天満宮、銅座、頼山陽誕生地
大村益次郎寓居跡、殉難報国碑五稜郭攻撃砲

適塾と緒方洪庵

 

適々斎塾(適塾)

場所:地下鉄御堂筋線淀屋橋、京阪淀屋橋駅、北浜駅
徒歩5分
(茶色い日本生命ビル横)

 

 

適塾

緒方洪庵が開いた塾。(適々斎とは緒方洪庵の号である)塾では蘭学や西洋医学を教えた。

橋本左内、大村益次郎、大鳥圭介、福沢諭吉など幕末、明治で活躍した多くの人材を輩出した。

場所:大阪市中央区北浜3-3-8


開館時間:AM10:00〜PM4:00

休館日:月曜日(国民の祝日の場合は開館)、国民の祝日の翌日(土日の場合は開館)、年末年始(12/28〜1/4)

参観料:一般250円、学生130円、生徒70円
(引率者のいない中学生以下の参観は出来ません)


(2003年1月現在)

 


緒方洪庵像
適塾横の公園内
 

 

緒方洪庵(1810〜1863)

備中・足守藩士の子に生まれた。16歳の頃父の転勤に伴い大坂に出、翌年蘭学塾に入門。医師になる決意をした。のち江戸へ行きさらに蘭学を学んだ。長崎へ遊学後、大坂へ戻り蘭学塾「適々斎塾」を開き多くの人材を輩出。

文久2年(1862)8月、徳川家茂の奥医師、そして西洋医学所頭取に任命され江戸へ出た。「医学のため、子孫のため、討死の覚悟」で大坂を離れたという。翌、文久3年6月10日、突然大量の血を吐き急死。54歳であった。

 

 
除痘館跡
適塾南側(裏手)の緒方ビル壁面
 

緒方洪庵は当時多数の死亡者を出していた天然痘予防のため種痘事業をはじめた。

洪庵は、初めて牛痘菌が長崎に渡来した嘉永2年(1849)、古手町に種痘所をつくった。万延元年(1862)に適塾の南側に移転した。

 

 

 

 
緒方洪庵墓所(龍海寺)
地下鉄堺筋線南森町駅、JR環状線天満駅、
JR東西線大阪天満宮駅・徒歩5分

 

ここ大阪の龍海寺には遺髪が埋められている。

墓の側にはかつての門人「大村益次郎の足塚」もある。
刺客に襲われ負傷した大村は右大腿切断をしたが、その足を緒方先生の墓の側へ埋めて欲しいと頼んでいた。

(緒方洪庵の墓は東京文京区高林寺にもある。)





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