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リースクデール牧師館便り パット&アン・ミルナー (梶原 由佳さん・訳)
バターカップスの皆様 アンと私は、ドリルとハンマーの音を聞きつつも、ここ何週間かとても楽しく牧師館で暮 らしています。みなさん、牧師館修復経過の写真をご覧になりたいのではないかしら。日々、 みなさんのことを思っています。隠れたコーナーや壁や、埋もれていた宝物が見つかる度に、 みなさんがここに居て、私たちと共に喜びを分かち合えたらいいのにと思います。 多くの人が〔牧師館〕前の路に立ち止まりますが、もちろん修復現場への立ち入りは許さ れていません。どちらにしても見学しているのだから、拝観料をもらって牧師館修復基金に 寄付すべきだ、とアンは言います。私たちは、B のみなさんのあたたかいご支援をたいへん ありがたく思っています。 フロント・ポーチ〔正面玄関前のはり出した部分〕の下は、たいへん興奮してしまう(そ のうえ、とっても埃っぽい)場所です。モンゴメリが使っていたきれいな玄関口の輪郭を発 見しました。それから、もう一つ、モンゴメリが玄関にやって来る人を見通していた小さな 窓の外枠が見えてき始めました。〔モンゴメリが暮らしていた頃の玄関の幅は、現在のもの より広かった様子。壁のスタッコ(化粧しっくい)を剥がしたら、昔の玄関口の外枠部分を 示すラインが出て来たそうです。また、二つ目の発見の小さな窓というのは、玄関向かって 155 -2 左手にあるパーラー(居間兼客間)の窓で、これは、モンゴメリがノーヴァルへ引っ越した 後に、つぶされて壁となっていました。〕この二つの貴重なものが現われたときには、アン と私は、涙でかすんだ目になっていました。 煉瓦とモルタル〔煉瓦と煉瓦の間を埋めているセメント部分〕はフロント・ポーチの下で 長い事保護されていましたが、そのうちのオリジナルのモルタルは保存されることになるか もしれません。これには「蔓模様」と呼ばれる細い線が入っていて、現場監督(親方)のジェ イソン・オーティスさんは、家の周りのモルタルを新しくする際には、その蔓模様を再現す るための工具を手造りしなければならなくなりそうです。〔牧師館のモルタルは、細い線で 半円が描かれている模様入りで、既存の工具では模様の正確な再現は不可能だということで す。〕 先月、10 月20 日のモンゴメリ・デイは、エリザベス・マクラウドさんとアレギザンドラ・ ヘイルブロンさんのお話を聞いて、とてもわくわくしました。この日、最も遠方からいらし た大竹さんには〔モンゴメリ委員会から〕証明書が贈られました。アメリカやイギリスから いらした方もおられました。B の皆さんで、以前お越しになった方々は覚えておられるでしょ うが、あのリースクデール長老派教会の地下室が、ランチの時には満員になったんですよ。 スピーカーの皆さん(モンゴメリの親戚、エリザベス・マクラウドさん、アレギザンドラ・ ヘイルブロンさん達)のためには、上の階に充分なスペースがありましたけど。 エド・パウエルさんの牧師館模型には、みなさん立ち上がっての大喝采でした。我々みんな、 彼を誇りに思い、また、たいへん嬉しく思いました。 わくわくする牧師館修復が進む度に、アンと私が、B のみなさんのことを心に留めている ことを、そして、この嬉しい作業が続く限り、みなさんおひとりおひとりが、魔法を使った 飛行の旅をして私たちと一緒にいられたらと願っていることを覚えていてください。〔実際 に来られる際は〕耳栓と固い帽子(ヘルメット)をお忘れなく。あはは。 心より愛を込めて。 パット&アン・ミルナ− Pat &Anne Millner
(2001 年11 月12 日付 〔〕内は梶原さんによる補足、「」内はホームページ編集部)
まずはテストとして、スタッコ(化粧しっくい)を「パッチ」状に剥がしてみているところ「写真左」 「パッチ」がつながって「帯」になったところ「写真右」
マルセルさんが新しい「帯」に取りかかるところ彼は最初カナダ軍でエンジニアとしての 技術を身につけたという「写真左」スタッコがすべて剥がされたところ工事現場の全体はこんな感じ!「写真右」