<Q>【葬儀】

 離島や遠隔地でのお葬式や法事のときに、僧侶が出席されない場合もあると聞きいたことがありますが、それでもお葬式や法事はできるのでしょうか。また、このような葬祭儀礼は、いつごろどのようにして始まったのですか?(東京都・主婦・42歳)

<A>【葬儀】

 家族に死者が出た場合、昔は、近隣の者たちが手厚く葬っていたのだろうと思われます。

 応仁の乱以降、各地の荘園が戦乱のために崩れ、民衆が自分の村を管理するようになるんです。そうなってから葬儀は村の共同の行事として、行うようになったようです。死んだ人の村への貢献度によって、村の全員で行うとか、半分でやるとか、そういった規則ができていきました。

 しかし、当時も僧侶が必ず葬式に出席していたかというと、そうでもありません。当時、僧は“遊行僧”といって全国を歩いて修行するのが基本でした。たまたま、そうした僧が村にきた時にまとめて弔っていたりしたのだと思います。その後、そうした僧侶が村に住みつくようになり、各地に寺ができていくのです。江戸時代の初期の寛文5年には新しく寺を建ててはいかんという法令が出ていますから、そのころにはほとんどの村に寺ができ、江戸幕府の政策だった檀家制度がほぼ形を整えていたのでしょう。それ以降の葬儀や法事は、村の寺を中心に行われるようになったはずです。もっとも、葬儀自体の儀式書というのは室町期にできていましたから、当時の僧侶たちはすでに儀式のやり方を知っていたことは間違いありません。それは宗派によって大差は無かったようです。

 みなさんも「村八分」という言葉をご存知だと思うのですが、これは火事と葬儀以外は村人と認めないという通告です。これを見ても、葬儀というのはいかに村で重要な公の行事だったのかがわかります。葬儀がこうした公の性質からプライベートなものに代わっていくのは都会に人が出て行ってからなんです。

 都会では自分の宗派を知らない人もいますし、町内の共同体も崩れてきています。葬儀のしきたりもわからない。そこで出てきたのが葬儀屋という仕事なんです。この葬儀屋が出てくることによって、葬儀は宗教性から離れて、遺族にどれだけ満足を与えるかというようなメモリー性が強調されてくるようになったわけです。

 ご質問のように、現在でも離島とか僧侶のいない場所では、僧侶なしで密葬にしたりすることもあります。葬儀や法事などで大事なことは、形式ではなくて、遺族が故人をどこまで回向できるかということなんですね。形式的に盛大にやることに意味があるのではありません。よくその辺の意味を考えてみてください。

(大正大学宗教学教授・藤井正雄/「パンプキン」H3/2/25号より)


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