第4 国際人権規約と手話通訳の配慮義務

1 国際人権規約
 国際連合は,1996年12月に,「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約」(いわゆる「社会権規約」)と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(いわゆる「自由権規約」)が採択され,日本も,1979年に批准した。
 自由権規約第26条は
「すべての者は,法律の前に平等であり,いかなる差別もなしに法律による平等の保護を受ける権利を有する。このため,法律は,あらゆる差別を禁止し及び人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等のいかなる理由による差別に対しても平等のかつ効果的な保護をすべての者に保障する。 」
と規定し,障害のある人に対する差別を禁止した。
 そして,1975年の国連総会で,「障害者の権利宣言」が採択され,1993年には,「障害のある人の機会均等化に関する標準規則」が採択された。
標準規則4支援サービスにおいては,「1.政府は障害を持つ人のニーズに応じて補助具・機器,介助,通訳サービスを機会均等化を実現するための重要な施策として保障すべきである。」とし,同規則5アクセシビリティにおいては,「(b)情報とコミュニケーションへのアクセス」の項を設け,「7 ろう児の教育,ろう児の家庭・地域社会での手話の使用が考慮されるべきである。手話通訳サービスがろう者とろう者以外の人間とのコミュニケーションを促進するためにも提供されるべきである。」と規定された。

2 障害のある人に対する差別を禁止する法律制定の国際的潮流
 世界の国々では,すでに43カ国以上の国々で,障害のある人に対する差別を禁止する法律が制定されている。その代表的なものは,1990年に成立したアメリカ合衆国のADA(Americans with Disabilities Act of 1990),1995年に成立したイギリスのDDA(障害者差別禁止法)であるが,いずれも,障害を理由として積極的に他の人より不利益な取り扱いをする場合のみを差別として禁止するのではなく,企業等の私人に対して,「合理的配慮義務(reasonable accommodation)」,あるいは「合理的調整義務(reasonable adjustment)」として,手話通訳者等の提供の作為義務を課し,合理的配慮義務もしくは合理的調整義務の不履行も障害のある人に対する「差別」としてこれを禁止している。
 即ち,国連人権規約の立場においては,聴覚に障害のある人と企業とが契約を締結する場合には,企業の側に手話通訳者を用意する合理的配慮義務があることは当然のこととされているのである。

3 経済的,社会的及び文化的権利に関する委員会総括所見
 社会権規約16条及び17条に基づいて日本が提出した報告書に対し,国連の経済的,社会的及び文化的権利に関する委員会は,2001年8月30日に総括所見を採択し,その中で,日本国政府に対し,あらゆる差別を禁止する法律の制定を勧告するとともに,規約に関する知識,意識及び規約の適用を向上させるため,裁判官,検察官及び弁護士を対象とした人権教育及び人権研修のプログラムを改善するように勧告した。

4 本件においては,原告には本件契約締結にあたって,聴覚言語に障害があり,しかも文章を十分に理解しえない,被告に対し,手話通訳者を付して契約内容を十分に説明する義務があったのかどうかが重要な争点となっており,その判断にあたっては,以上述べた国連人権規約並びに手話通訳者の提供等の合理的配慮義務を定めた差別禁止法制定の国際的流れに添った判断をすべきである。障害のある人と企業との契約締結にあたって,「障害のある人が自ら手話通訳者を用意すべきであり,手話通訳者が付かなかったことによる不利益を障害のある人に課す」ような判断は,国際人権規約と契約締結上の信義則に反することは明らかである。


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