[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

 
 
 
ご挨拶:
 
El la jarcento al nova evoluo
 
百年の歴史から 新しい展開を
 
 
岡山で百周年の日本大会
 
100年前の1906年に東京で日本エスペラント協会が設立されました。それは日本で初めての全国的なエスペラントの組織で,このときに日本の組織的なエスペラント運動が始まり,同年の9月に東京で第1回日本エスペラント大会が開催されました。ですから2006年は日本のエスペラント運動の,そして第1回日本エスペラント大会から百周年の記念の年となります。
 
なぜその百周年の記念大会が岡山で開かれるのでしょうか。
 
1900年に岡山に新しく開校した第六高等学校にウェールズ人のジョージ エドワード ガントレットが英語の教師として招かれました。1903年の夏休みにガントレットが金沢に住む友人を訪ねた時に,オコーナーの書いたエスペラントの教科書を見つけ,すぐにエスペラントを修得しました。そしてエスペラントが外国人との文通に役立つことが分かり,知人や岡山の人たちにエスペラントを宣伝し,教え始めました。ガントレットはまた全国的な規模で通信講座も始め,677人の講習生を得ました。日本エスペラント協会が設立された時,ガントレットの住所録が会員のもととなりました。講習生の村本達三は印刷業者で1906年にガントレットの助けを得てA short vocabulary English-Esperanto and Esperanto-Englishを発行しました。それは日本におけるエスペラントの最初の出版物です。ガントレットは丸山順太郎教授との共著で『世界語』というエスペラントの教科書も出版しましたが,同名の教科書が有名な作家,長谷川−二葉亭により3週間早く出版されていたことは,岡山人としては残念なことでした。
 
百年の歴史から新しい展開を
 
これが大会のテーマです。これに関して2つの番組を用意しています。1つはシンポジウム「ガントレット家の人々」です。ガントレットは日本にエスペラントを導入しただけでなく,日本を外国に知らしめました。山口高商の教師をしていた時に秋芳洞,鍾乳石などを調査し,イギリスの地理学会会誌に論文を発表しました。ガントレットの妻,山田恒は生涯を通じてキリスト教婦人矯風会のために働き,その第6代会頭をつとめました。恒の弟の山田耕筰にガントレットは音楽の知識を授けました。耕筰はのちに作曲家となり,日本の代表的な西洋音楽家となりました。2つめはエスペラント運動を見直す「全国組織シンポジウム」です。日本エスペラント学会,関西エスペラント連盟,エスペラント普及会などが自分たちの運動を振り返り,次の百年に向けての展望を語ります。そのほかに全国エスペラント活動のポスターセッションを行います。地域連盟,地方会,専門団体がその活動についてパネルで報告します。展示資料は後で画像に残して,日本エスペラント運動百周年の記録とします。(岡山エスペラント会会長 原田英樹)
 
 
日本エスペラント大会とは
 
はじめのページも書いてあるとおり,日本エスペラント大会は1906年に第1回大会が開かれ,その直後には開催が不安定な時期もありましたが,1916年以降は第2次大戦末期の1944年をのぞいて毎年開かれて来ました。岡山では1923年に第11回大会が開かれましたが,この開催時期に関東大震災が起きて,参加者は途中で帰宅したとのことです。また1953年に開かれた第40回大会は,後に世界エスペラント協会の会長となった八木日出雄さんが中心となって組織されました。岡山で開かれるのは,それ以来53年ぶりです。
 
日本エスペラント大会は日本にいるエスペランチストたちが1年に1度集うもので,代表者だけの大会ではありません。大会では開会式や閉会式のほか,各種シンポジウム,講演会のほか,さまざまな分科会,研究発表会,エスペラント運動に関する討議などが行われます。また,初心者向きの番組もいつも用意しています。今まで参加されなかった方もぜひ参加してみて下さい。そして,各地から参加してくるエスペランチストの仲間と知り合って下さい。遠足もありますので,ご家族の方もご一緒にどうぞ。みなさまの参加をお待ちしています。