肴噺・魚編(鮪)4
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鮪の話
かんてらに片身かがやく真黒かな
マグロはサバ科のマグロ属の総称である。魚市場で
取引しているマグロの種類は大別して、クロマグロ
(ホンマグロ)、キハダ、コシナガ、ビンナガ、メ
バチの五種の日本産とインド洋から豪州にわたる水
域で漁れるミナミマグロ、大西洋に生息するタイセ
イヨウマグロであるという。大言海によると漢字字
源は明瞭でない。鮪は「肴あり」の意味だと冗談を
言う人もいるが、後段で述べる黒い(悪い)貴族の
名前が字源かも知れない。
俗にカジキマグロとよばれる魚がいるが、この種
の魚は上唇が狭く長く堅くて鼻に触れると舟も破損
するので舵木通し(梶木通し)ともよばれる。この
魚はマカジキ、クロカジキ、芭蕉梶木、メカジキな
どに分類されるがマグロとは全く別種の魚である。
マグロの名は大言海によると「眼黒または真黒の
意味か?と思われる」という。きわめて小さいのを
平鮪(ヒラメジ)といい、少し成長したのを小鮪
(コジメ)というが関西ではハツ、江戸では二尺以
下のものをメジカという。本朝食鑑は「その限が黒
きが故にマグロという」と説明しているので目黒魚
と書いた本がありサンマと誤読した半可通もいた。
大言海は「仙台では春に漁ったのを鮪(シビ)
(魚河岸では早春に三陸水域で漁れた鮪は最上品と
している)、冬に漁れたのを真黒というが、シビは
繁肉(シシミ)の約転?」と解説している。また古
今要覧は「大なるをシビ、中なるをマグロ、小なる
をメジカという」と書いているが、慶長見聞集は
「シビと呼ぷ声の死日と聞えて不吉なり」と武家な
どから敬遠された由来を述べている。
古代に平群鮪と名乗った腹の黒い貴族がいたから
面白い。武烈天皇が太子の頃に物部あら鹿火の娘で
ある影姫を妃に娶りたいと思っていたが、媛は当時
の権臣で皇位を狙い驕りの限りを尽くしていた平群
真鳥の息子の鮪におかされたので、大伴金村と謀っ
て真鳥の親子を誅伐した。この功績により武烈天皇
は金村に大連の称号を与え執政官とした。この事件
を詠んだのが「焼き鳥に平群を料る大連」という川
柳であるが、マグロをシビとよぶ語源は、黒い魚を
悪者の平群鮪に懸けて生まれた言葉ではあるまいか。
「夏は鰹に冬鮪」と噺すようになったのは幕末のこ
とで、延享(一七四四〜四人=吉宗将軍の末期)の
頃には、町民といえど表通りに住んでいる者は南瓜
や鮪は下賎の者が食べるものと思っていたという。
しかし家斉将軍の頃(一八〇〇)になると、人のい
る所では話をしないが密かに食べる者が多くなった。
というのも我衣という本に「文化七年(一入一〇)
十二月初旬より鮪おびただしく猟れ一日千、二千ほど
河岸入りせし、この頃は馬に負わせ車にのせ田舎へも
行くやらん…」とあり豊漁で値下がりしたからであろ
う。
さらに、約三十年後に鮪は思いがけなく江戸っ子に
寵愛される幸運に恵まれたのである。それは天保三年
(一八三二)二月から三月にかけて豊漁が続いて前代
未開の安値になったからである。兎園小説余録に「何
れも中型鮪にて小田原河岸(江戸日本橋)の相場は二
尺五〜六寸から三尺ばかりのもの一尾が二百文、飯の
菜には二十四文の切り身で二〜三人が食べても残る」
と書かれているほどで、始末に困って醤油に漬けて保
存した。
これがヅケとよぶ言葉の起源で、現在では脂肉の多
い所をトロ(トロリが語源)というのに対し赤身の多
い部分をヅケとよんでいる。このままでは勿体ないと
考えたのが花屋与兵衛「寿司屋の元祖」で、鮪をタネ
にした握り鮨を案出したのである。
こうした次第で明治の中期まで酢に用いた鮪は醤油
漬の鮪であった。また昭和三十年代までは冷凍しても
氷点下二十度ないし三十度であったから肉が黒ずんで
刺身にする価値はなく、それまでは三枚におろし皮に
包丁の目を入れ充分に塩をまぶしてすりこむ塩漬鮪を
食べていた、とは魚河岸の・古老の話である.
花まぐろ雑煮へかける村ぶげん
鮪売おろすと犬が寄ってくる
塩鮪取り巻いているかかあたち
まぐろうりきっはしなどを喰ひて見せ
猫のまん中に炊いている塩まぐろ
いっそ身に付くと鮪を乳母は喰
日なし貸ぅせたで鮪買はぐり
鮪売根津へへなへなかつぎ込
このどてはいくらだとねぎを下げている
仁王をば鮪のやうに建立し
鮪は下魚だと貶しても山村では鮮魚は手に入いらず、
鰹節も高価なので村の分限者(財産家)でも正月の雑
煮には花鮪(鮪の削節)を用いていた。荷を下ろして
鮪の匂いがすると犬が集まってくるが、塩鮪を取り巻
いたかかあたちが中毒しないかと聞いたら、魚屋は怒っ
て切瑞を食べて毒味をしてみせた。塩鮪では食欲も出
ないと猫は見向きもしないが、乳母は一層身につく
(栄養になる)と聞かされ食べている0貧乏人は日済貸
(毎日返済の約束で貸す金銭)を支払って銭がないため
買えなかったと残念そうな顔をした。その頃の根津は宵
越しの銭をもたね職人の町であったから、魚屋もへナヘ
ナ(乾涸びた)ものしか担ぎ込んで来なかった。「この
土手(背肉の切り身)は何十文か」と聞くのは葱鮪にす
るためである。最後の一句は氷解しないが、鮪の肉は赤
いので、仁王の建立を見ていると鮪の切身を盛りつけた
のに似ているという意味だろう。
制定された「県の魚」
マグロ -和歌山県の魚-
マグロを県の魚としたのは和歌山県。
昭和六十二年六月である。和歌山は、紀
伊半島の潮岬沖を太平洋の黒潮が流れ
る、本州の最南端。マグロは赤道付近で
生まれて黒潮に乗って北上、初夏のころ
マアジほどの大きさで鹿児島、高知あた
りにたどりつく。太平洋を代表するよう
なマグロを、黒潮に面した和歌山県が選
んだのは当然といえば当然。
日本でなじみ深いマグロは、クロマグ
ロ、メバチ、キハダなど。ビンナガは加
熱すると鶏の肉のような風味なので、シ
ーチキンとして缶詰にされ、食される。
魚肉ハムやソーセージにはインドマグロ
が使われている。
なじみが深いさかなだけに、事あった
時その騒ぎも大きくなる。一九五四年、ビ
キニ環礁近くで日本の漁船第五福竜丸が
水爆実験によって死の灰をあびて被爆、
乗組員が原爆症にかかった。同時に船も
マグロも放射能をあび、「原爆マグロ」
と呼ばれて騒ぎになった。ちょうど近年
の旧ソ連の原発事故の際取り沙汰された
食品汚染と同じように社会問返となった
ものだった。しかし、このとき騒がれた
マグロはビンナガで、正しくはキハダの
類。日本の寿司などに使うクロマグロと
は別ものだった。事件直後はひとまとめ
にクロマグロも嫌われはしたが、北洋に
生息するマグロには本来かかわりのない
事件だったのである。
回遊魚の謎とパワー
マグロなどは大きさも活動もパワフルだ。黒マグロや
キハダマグロは、春、沖縄南方や台湾東方で生まれ、た
った二、三日で黒潮に乗り大航海を姑める。太平洋を北
上してカラフト、アラスカを回り、アメリカ西海岸を南
下してメキシコへ向かい、赤道にそって西へ進んで日本
方面へ戻ってくる。これが三、四年続くがその間、最高
時速七十キロで、二十四時間ぶっ続けで泳ぐこともできる。
そもそもこうしたマグロたちは、どうやって自分の位
置を知るのか。星や地形を見て進むわけにはいかない。
最近の研究によると、それは「生体磁石」なるもののた
めだという。生体磁石とは、磁気センサーのようなもの
で、地球の磁気を感知する、つまりは方位磁針を体内に
持っているようなものだ。磁鉄鉱を脳持っていて、これ
で正しく海を渡ってゆく。同じものがマグロだけでなく、
サケやカツオ、魚以外ではミツバチ等昆虫やハト
などの鳥、果ては細菌にまである。しかし回遊しない動
物は持っていない。人も昔は鼻で方角を知ったというから
この力を持っている人もいるかもしれない。
さて、マグロのその体力の方はどうだろう。マグロの筋
肉の赤身には、タンバタ質のかけらペプチドが多く含まれ
ているという。ペプチドは血圧の上昇を抑えて、血管の内
皮を強くする力がある。なるほどそれで長時間ハイスピー
ドで泳ぎ進んでも平気なわけだ。マラソンの選手はうらや
ましいことだろう。この力は、マグロ以外ではやはり高速
長距離ランナーのサケ、カマスなどが持っている。少ない
のはコチ、ヒラメなど。
マラソン選手でなくとも、コレステロールがたまりすぎ
た高血圧の人や心筋梗塞の人には欲しい物質だ。研究者は
この物質を「ツナA1」と名付け、医療への開発と使用にと
り組んでいる。薬とは違って、食べたらすぐに高い血圧が
下がるわけでもないが、長期的には効果があるし、予防に
もなる。
ところでマグロやカツオなどマグロ系サバ科のサカナは、
やはり泳ぐことを第一としたスタイルをしている。断面は
ムダのない楕円形で砲弾か魚雷のような形をしている。つ
け根が細いが強大な三日月形の尾ヒレはスクリューの役割
をする。他のヒレはさ性ど大きくはなく、スピードを上げ
たいときは折りたたむことができる。なかなかメカニック
だ。ところが直線ならばよいが急に止まったり、方向をい
きなり変えたりはできない。もっとも太平洋をまっしぐら
に泳ぐサカナだから、急停止急回転の心配はそんなにする
こともあるまい。
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