
| 宮入バルブ株の買占め (松佳による)(前編) |
東証2部上場の宮入バルブの株が、松佳グループによって買い占められたのは、主として2003年7月〜10月にかけてだと思います。 次のチャートの出来高に、注目すれば、この事実は明らかです。

この4ヶ月間の出来高累計は、13,646,000株、平均株価は394円と推定できます。
この単価が、松佳グループの取得コストでしょう。
また、宮入バルブの発行済株数は、1630万株です。
次の表は、2003年9月末の宮入バルブの大株主名簿です。
| 株主名 | 備考 | 株式数(千株) | シェア% |
|---|---|---|---|
| 日本証券金融 | 3319 | 20.3 | |
| 畑崎広敏 | 松佳2位の大株主 | 800 | 4.9 |
| 山和証券 | 504 | 3.0 | |
| 大山哲浩 | 宮入バルブの経営者一族 | 500 | 3.0 |
| リそな銀行 | メインバンク | 500 | 3.0 |
| 柴本産業 | 古くからの株主 | 415 | 2.5 |
| ビジネスサポートシステム | 松佳5位の大株主 | 394 | 2.4 |
| 大山淑子 | 宮入バルブの経営者一族 | 327 | 2.0 |
| SMBCフレンド証券 | 322 | 1.9 | |
| 自社従業員持株会 | 303 | 1.8 |
赤は大山一族を初めとした経営側、青は敵対的買占めをしかけた松佳グループと思われる株主です。
この色分けは、私の独断によるもので、間違っていたら教えてください。
2003年12月の株主総会では、松佳側はなりをひそめます。
2004年2月4日、松佳は、宮入バルブの株式を11.58%保有したことを発表します。この日の終値は、600円(+35)、出来高は149,000株の大商いでした。
敵対的な買占めの重要期日は、3月25日の権利付最終日です。 この日にまでに株を買った株主は、3月末の株主名簿に登録され、定時株主総会に出席して議決権を行使できるのです。
やがて、委任状の争奪戦が始まります。
6月の株主総会。ここで雌雄が決するのです。
25日の株価は1020円(-9円)、出来高は39,000株と少なく、静かな値動きでした。
◆◆経営側には、危機感が足りなかったのでしょう。◆◆
◆◆
2004年4月21日、松佳は、衝撃的な発表を行い、大山一族を震撼させます。◆◆
| 丸石自転車の架空増資事件 |
東証2部上場企業・丸石自転車は、株式移転により丸石ホールディングスの完全子会社になることが決まっていました。 丸石自転車は、5月26日に上場廃止となり、同社1株につき親会社の1株が交換されるのです。
6月1日には、親会社・丸石ホールディングスが上場するはずでした。
・・・しかし、5月25日・・・・
丸石自転車の取引最終日の朝、新聞各紙は「丸石自転車の架空増資について」報じます。
この日の取引は、中止に追い込まれました。
・・・・・・・・・・・・
同社が2003年春に行った第三者割当増資900万株(61円)のうちの450万株は、群馬県太田市の医療法人・松嶺会が3月中旬に購入しました。 ところが、わずか1日遅れで増資資金2億7450万円を、丸石自転車が松嶺会に貸し付けていたというのです。
松嶺会は、別の会社Aに株券を担保として1億5000万円借りています。 この1億5000万円は、丸石自転車に返却されています。松嶺会は 2003年11月倒産しました
丸石自転車は、残りの1億2450万円が回収できない可能性があります。
というより、そもそも増資自体の実態がなく、丸石が株を安値で発行して、市場で換金した可能性が強いと思います。
根拠はありませんが、この会社Aは、株の仕手筋かもしれません。 彼らの調達コストは33.3円となります。
7月14日、丸石自転車の株は、突然出来高を伴って82円(+12円)に暴騰します。
7月29日には195円の高値をつけました。値動きに惹かれ、参加した個人も多いと思います。
しかし、その後、株価は下降の一途を辿ります。不正が行われたのは、450万株だけではない気がします。
2002年12月10日に丸石自転車の発行済株数は2190万株でした。
現在の発行済株数は4億2979万株に膨張しています。

・・・・・・・・・・・・
東証は、丸石ホールディングスの上場延期を発表します。
雲隠れした八木芳雄社長(52)は、解任されました。
しかし、社長一人の犯罪なのでしょうか?八木の社長就任は2003年8月ですぞ。参考
◆◆株は、売り抜けたんでしょうね。◆◆
◆◆
個人投資家を食い物にする会社関係者は、◆◆
◆◆一人残らず捕まえて厳罰に処して欲しいものです。◆◆
| 因幡電機前社長の インサイダー取引 |
東証1部上場企業の因幡電機社長、出口建は、2002年秋、取引先デジタル(当時JASDAQ)の会長からインサイダー情報を聞き出すのに成功します。 デジタルが、フランス企業シュネデールと業務提携するという内容でした。
出口は、9月4日のおそらく寄付、1,870円で1,000株デジタルを購入します。親族名義の取り引きでした。
さらに出口は、もっと凄い情報を手に入れます。
5日のデジタルの出来高は、12,600株の大商い。
かなりの部分がインサイダー取引でしょう。
この日出口も、1,820円で1,500株を買い増しします。
投資金額は、合計460万円です。
・・・・それから2日後・・・・
9月7日、デジタルは、参考資料の内容を発表します。 「シュネデールが、発行済株数全てを対象に、最低価格3,800円でTOBをする可能性が高い」ということが明らかになります。
株価は4日連続のストップ高。9月13日の始値は、3,700円となります。 株価が3,800円に届かなかったのは、「シュナイダー社は、今後予定される企業精査等の諸手続きに満足した場合、TOBを行う」との条件がついていたためでしょう。
| 日付 | 始値 | 高値 | 安値 | 終値 | 出来高 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2002年8月30日 | 1,820 | 1,820 | 1,820 | 1,820 | 300 | |
| 2002年9月2日 | 1,850 | 1,900 | 1,850 | 1,870 | 1,500 | |
| 2002年9月3日 | 1,870 | 1,870 | 1,860 | 1,870 | 3,100 | |
| 2002年9月4日 | 出口1,000株購入 | 1,870 | 1,870 | 1,820 | 1,820 | 2,100 |
| 2002年9月5日 | 出口1,500株購入 | 1,820 | 1,820 | 1,800 | 1,820 | 12,600 |
| 2002年9月6日 | 1,820 | 1,820 | 1,800 | 1,800 | 4,000 | |
| 2002年9月9日 | TOB発表直後(ストップ高) | 2,100 | 2,100 | 2,100 | 2,100 | 100 |
| 2002年9月10日 | (ストップ高) | 2,500 | 2,500 | 2,500 | 2,500 | 900 |
| 2002年9月11日 | (ストップ高) | 2,900 | 2,900 | 2,900 | 2,900 | 2,600 |
| 2002年9月12日 | (ストップ高) | 3,300 | 3,300 | 3,300 | 3,300 | 800 |
| 2002年9月13日 | 3,700 | 3,730 | 3,610 | 3,610 | 216,400 | |
| 2002年9月17日 | 3,700 | 3,710 | 3,660 | 3,660 | 54,400 | |
| 2002年9月18日 | 3,680 | 3,680 | 3,660 | 3,660 | 46,400 | |
| 2002年9月19日 | 3,660 | 3,660 | 3,550 | 3,550 | 56,300 | |
| 2002年9月20日 | 3,550 | 3,550 | 3,360 | 3,430 | 62,100 | |
| 2002年9月24日 | 3,390 | 3,390 | 3,270 | 3,270 | 77,600 | |
| 2002年9月25日 | 3,270 | 3,340 | 3,200 | 3,340 | 48,800 | |
| 2002年9月26日 | 3,400 | 3,440 | 3,380 | 3,410 | 21,600 | |
| 2002年9月27日 | 3,420 | 3,560 | 3,420 | 3,560 | 10,900 | |
| 2002年9月30日 | 3,580 | 3,580 | 3,530 | 3,560 | 16,400 |
このTOBは、11月8日から12月18日までに実施され、出口は買い付けに応募します。参考2
出口は、485万円を不当に儲けました。 彼は、2004年3月に因幡電機社長を退きます。
2004年5月11日、大阪地検特捜部は、証券取引等監視委員会と合同で、因幡電機の本社や出口の自宅など15ヶ所を捜索します。 出口は、インサイダー取引容疑で逮捕。
◆◆東証一部上場企業の社長経験者が、逮捕されるとは情ないですね。◆◆
◆◆
5日に悪いことをした奴は、他にもいそうです。◆◆
| みずほインベスターズ証券の 株価操作事件 |
2003年2月4日午後2時30分頃、みずほインベスターズ証券は、顧客から、ある株の売り注文を受けます。 259円の指値売りで30,000株。
同社のディーラーは、この価格を安く感じ、自己売買部門で買い取りたいと思いました。
しかし、問題がありました。 直前の株価(1時48分)は、275円。
買い板は、275円に1000株。その下は260円(1000株)まで下がらないとありません。 275-260=15円と離れて過ぎていたのです。
このまま、顧客の30,000株(259円)の売り注文と自己売買部門の買い注文26,000株(259円)を出すとどうなるか?
更新値幅内(この場合5円以内)に買い注文のない場合、特別売り気配となり、5分間ごとに5円づつ気配値が下がります。 衆知時間があっては、259円で自己売買部門が買えなくなるかもしれません。
2時43分、みずほインベスターズ証券は、270円と265円に1000株づつの買い注文をだし、特別売り気配を避ける工夫をします。 同時刻、259円(24,000株)の買い注文を出します。
そして、1分後・・・
顧客の売り注文259円(30,000株)をようやく市場に出したのです。
| 売り | 値段 | 買い | ||
|---|---|---|---|---|
| 顧客の注文 | 自己売買の買い注文 | |||
| 2000 | 280 | |||
| 1000 | 279 | |||
| 275 | 1000 | |||
| 270 | 1000(2時43分) | |||
| 265 | 1000(2時43分) | |||
| 260 | 2000 | |||
| 30000(2時44分) | 259 | 1000 | 24000(2時43分) | |
株価は、259円まで、一直線で値下がり、30000株が約定します。この価格が終値となります。 作為的な株価の形成ですね。
悪いことはできないもので、1月8日、証券取引等監視委員会は内閣総理大臣及び金融庁長官に対して、金融庁設置法第20条第1項の規定に基づき、行政処分及びその他の適切な措置を講ずるよう勧告します。(参考1)
金融庁の厳正な処罰を期待したいところです。
◆◆ところで、この銘柄は、なんでしょう?◆◆
◆◆
東証1部で該当するのは、ただ一社・・・巴川製紙所だと思います。◆◆
◆◆危ない橋を渡ったわりには、ほとんど儲けていませんね。参考2◆◆
| あしぎんFGで儲けたばら撒き男(前編) |
11月末、政府は、債務超過と認定された足利銀行に公的資金の投入を決定します。預金保険機構がゼロ円で同行の全株を強制取得して国の管理下に置く一時国有化措置を取ります。
つまり、株式責任が厳しく問われたわけです。あしぎんFGの株価は、12月1日51円、2日21円のストップ安比例配分でした。
さて、翌日は、株式投資家にとって、千載一遇のチャンスでした。
その無職の男は、まだ26才。元銀行員です。彼は、毎日新聞の取材に、次のように答えたそうです。
| 「あしぎんフィナンシャルグループの株が1円と5円の時に600万株ほど買い、15円ぐらいになった時に売った」 |
あしぎんFGを1円で買えるチャンスは、12月3日しかありません。
1円指値なら2日の夜、成行なら3日の寄付前に注文を出せば、好きなだけ買えたはずです。
彼の非凡なところは、2倍になっても、3倍になっても株を売らなかったことです。
それどころか、ハイリスク、ハイリターンの大勝負にでます。
5円になったときに、大量の買い増しを実行します。
買い増したのは、12月4〜8日のいずれかの日でしょう。
保有株数は600万株、投資金額は、600万円〜3000万円。
銀行員が高給取としても、かなりの金融資産を持っていたことになります。
| 日付 | 始値 | 高値 | 安値 | 終値 | 出来高 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2003年11月28日 | 76 | 86 | 69 | 81 | 56,171,000 |
| 2003年12月1日 | 51 | 51 | 51 | 51 | 377,000 |
| 2003年12月2日 | 21 | 21 | 21 | 21 | 464,000 |
| 2003年12月3日(1円で購入) | 1 | 6 | 1 | 6 | 624,678,016 |
| 2003年12月4日 | 5 | 7 | 4 | 4 | 287,736,992 |
| 2003年12月5日 | 5 | 6 | 4 | 5 | 88,526,000 |
| 2003年12月8日 | 5 | 6 | 4 | 6 | 91,961,000 |
| 2003年12月9日(15円で売却?) | 6 | 15 | 6 | 12 | 332,923,008 |
| 2003年12月10日 | 16 | 22 | 15 | 18 | 426,348,992 |
3日間、「あしぎんFG」は、6〜7円の壁をどうしても突破できませんでした。
彼は、じっと待ちつづけます。 相場師は、ストレスの中、神経を集中しなければなりません。
重い株価が、突然、天高く舞い上がったのは、12月9日のことです。
今だ!
彼は、全株を素早く売り抜けます。
売値15円!600万株。
たった一週間で、資産は9000万円に膨れ上がります。
生きていてよかった。経験したことのない強烈な歓喜が、体中に満ち溢れます。
受渡し日は、12月12日。それから事件まで11日間。彼は大金を使って人生を楽しんだのでしょうか?
多分、これまでと生活ぶりは変わらなかったような気がします。
分かっていることは、彼が住んでいる岐阜を離れ、成田空港と名古屋空港に向かったことです。 現金100万円を9300枚の1ドル紙幣に両替するために・・・
◆◆彼は、オークションで、旧100円札100枚を5万円で落札します。◆◆
◆◆
相場に勝った興奮が薄れ、彼は刺激がほしかったのだと思います。◆◆
(ご注意)あしぎんFGは、会社更生法を申請して、12月26日整理ポスト入りが決定しました。
1月26日には、上場廃止となります。
| あしぎんFGで儲けたばら撒き男(後編) |
その男は、地上約100メートルの名古屋テレビ塔2階にある展望台に入場。 サンタクロースのような袋から、準備したのものを取り出すます。
風上にある転落防止用の鉄格子の外に手を延ばし、札束をばら撒き始めたのでした。
師走の23日、午後5時。塔の下は、名古屋の栄地区の繁華街。
空から大量に、ひらひらと何かが舞い降りてきます。
宣伝ビラ? 紙くず?
いや、お金だ! 本物の1ドル札だ!
通行人は、騒然となり、競って拾い集めます。
5時20分、男はテレビ塔の職員に制止されます。
男は、この時に、次のように述べたそうです。
|
「クリスマスプレゼントに撒いたって誰も困らないじゃないか」 「26(歳)にしてこれだけのお金を持つと目的意識がなくなってつまらない。」 「預金も1億円以上あり、自分にとって数百万円など微々たる額だ」 |
その男は、警察で事情を聞かれますが、罪を問うことが出来ず、駆けつけた両親に引き渡されます。
紙幣を拾得物として、交番に届けた人もいるようです。 1ドル札1002枚と旧100円札100枚が、男性に返されました。
残りの8298枚?が、1晩早いクリスマスプレゼントになったのでしょうか。
相場で儲けた男が金をばら撒くのは、よくある話で、紀伊国屋文左衛門、鈴木久五郎などの前例があるのです。
さて、事件の直後の24日、ばら撒き男のニュースは、あしぎん相場に影響を与えます。 あしぎんFGは、8円(+1円)で寄り付き、終値は12円(+5)と高騰します。
しかし、26日まで持ち続けた人は、大火傷をします。
同日、会社更生法の申し立てを契機として、あしぎんFGは、3円(-7)に暴落します。
◆◆
週明け(整理ポスト割当日の翌日)は、TOPIX売り日だそうですが、◆◆
◆◆ジンベイザメは、まだ持っているのでしょうか?◆◆
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