■兜町事件簿(4巻)■

---目次---
  • 茨城CCの会員権乱売事件(前編)
  • 茨城CCの会員権乱売事件(後編)
  • テーエスデーの風説の流布事件(前編)
  • テーエスデーの風説の流布事件(後編)
  • トーア・スチールのインサイダー事件(前編)
  • トーア・スチールのインサイダー事件(後編)
  • 日本商事のソリブジン事件(前編)
  • 日本商事のソリブジン事件(後編)
  • 株や金にまつわる事件は、社会勉強のよい題材です。

    (2001/7/30)
    茨城CCの会員権乱売事件
    (前編)

    水野健は、早稲田大学卒の元プロ野球(近鉄)の選手でした。 プロ入り4年後に退団して、やがて、ゴルフ場の開発事業を興します。

    彼は、この事件の前にも三つのゴルフ場で荒稼ぎをしています。

    しかし、その販売方法は、極めて詐欺的でした。
    味をしめた水野は、次第に大胆になります。
    次は、もっと儲けてやる。

    茨城県高萩市に常磐観光開発という会社が、140万uのゴルフ場用地を買収し、茨城CCを開発中でした。 水野がオーナーを務めるケン・インターナショナルは、この会社を17億円で手に入れます。

    そして、熊谷組に十八ホールのコース、クラブハウスなどを発注します。 これらが、すべて完成しても115億円ぐらいの価値しかありません。(しかも、工事代金のうちの50億円は未払いでした。)

    彼は、会員権の販売を三輝の丸西輝男に頼みます。 250万円という破格の低単価が設定されます。しかも、水野と丸西とで、収入を半分に分けます。異常に高い販売報酬。

    十八ホールのコースの適正会員数は、2500人程度です。 これ以上募集すると、コースが込み合い、まともにプレーが出来ません。

    この低価格で、半分の販売費をとられると31億円しか回収できません。

    水野は、熊谷組から「ゴルフ場の完成保証書」を提出させます。そして、これをコピーして顧客に見せ、「このゴルフ場は、間違いなく完成する」と言って安心させます。

    1988年11月三輝のモーレツな販売が始まります。
    1000人、2000人・・・2500人分完売です。それでも販売を止めません。

    5000人、1万人・・・2万5000人!当初の目標の達成です・・・・しかし・・

    二人は、「ゴルフ場さえできれば、いくら売っても騙したことにはならない」とでも思っていたのでしょうか?

    売れ行きがにぶると、180万円に値下げして、再び販売攻勢をかけます。

    ◆◆当時は、バブルの最盛期。◆◆
    ◆◆ゴルフの会員権の購入は、有利な投資と考えられていました。◆◆
    ◆◆ 安値に惹かれて、会員権は飛ぶように売れ出します・・◆◆

    ◆◆ついに5万2000人!◆◆
    ◆◆ この続きは明日発表します。◆◆

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    (2001/7/31)
    茨城CCの会員権乱売事件
    (後編)

    ゴルフの預託金は、建前上は返還しなければなりません。 従って、詐欺罪が立証されない限り、いくら返還義務のある預託金を集めても所得にはならないのです。

    しかも、預託金は、自由に使えます。ここに詐欺師が付け入る隙があります。しかし、事件は思わぬ展開を見せます。

    三輝の丸西輝男は、茨城CCが欲しくなります。そこで、丸西は、水野から茨城CCを500億円で、買取ります。

    水野は、売却すれば、預託金の返還義務から逃れられるので、大歓迎でした。

    当時折半で水野が受け取った資金は361億円でした。この一部が買い取り代金に振替えられます。 水野は、残りの164億円を売却代金として受け取ります。この金は、裏金でした。

    つまり、水野は、ゴルフ場の売却益の脱税を行ってしまったのです。

    三輝は、ゴルフ場を手に入れると、ますます会員権を売りまくります。 52,000人の被害者が支払った金は、1200億円に達します。

    一方の水野は、受け取った金をアメリカに送金して、三つのゴルフ場とホテルの建設用地を手に入れています。安全地帯である海外に資産を逃避させたのです。

    しかし、悪いことは出来ないものです。
    別の案件で銀行を調査していた東京国税局査察部(マルサ)が、
    二人の間の資金の流れを偶然発見します。

    1992年2月29日、水野健は、144億円の所得を隠した
    法人税法違反の容疑で逮捕されます。

    脱税額57億5000万円は、史上最高額の脱税でした。

    そして、3万人以上に会員権を販売したことも判明して、詐欺罪も成立します。
    1997年3月25日、水野被告に懲役11年、罰金7億円の実刑判決が言い渡されます。

    茨城CCは、破産宣告を受けます。破産管財人が引き継いで1995年に完成します。

    ◆◆熊谷組に支払う工事費が約50億円も必要なことから、◆◆
    ◆◆資産価値(1996年当時)は46億円以下しかありません。◆◆

    ◆◆ 預託金1200億円は、大部分が戻って来そうにありません。◆◆
    ◆◆ゴルフをする人は、気をつけましょうね。◆◆

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    (2001/8/15)
    テーエスデーの
    風説の流布事件(前編)

    テーエスデーは、店頭登録のコンピューターソフト開発を事業とする企業です。
    バブル崩壊後の1992年夏、社長の松崎務は、事業の先行きに懸念を抱いていました。

    テーエスデーは、1990年10月2日に4500万スイスフラン(約38億円)の転換社債を発行していました。 この償還期限は、1995年9月20日とまだ先ですが、株式転換へのオプションの行使期限は1992年9月末に迫っていました。

    期限まで、あと2ヶ月しかないのです。
    今のところの転換比率は、0%です。

    転換価格が2761円90銭に対して、5月の株価はたったの750〜900円。
    転換されないのは、当然です。

    3年後、4500万フランの資金繰りに苦労することは、確実でした。

    テーエスデーは、O教授と共同でエイズワクチンを開発中でした。
    そこで、松崎は、ある計画を思いつきます。

    1992年8月、松崎は東証で記者会見します。
    「当社の開発したエイズワクチンが、タイで臨床試験に入った」と公表したのです。

    これは、ビックニュースです。
    エイズ関連は、当時の兜町の大きなテーマでした。

    エイズの夢の治療薬が、日本で誕生するかもしれない。
    テーエスデー株は、連日ストップ高になり、人気が集中します。

    9月8日、株価は、ついに3650円を超します。

    転換社債の約4割は、株式に転換されます。
    約15億円は、もう償還する必要がありません。

    実は、タイで臨床試験に入ったというのは、松崎自身が未確認の噂だったのです。
    まったくの虚偽でないから、問題にはならないはず・・・

    ◆◆松崎の狙いは、的中したかにようでした。◆◆
    ◆◆ しかし、この夏、大蔵省にある組織が産声を上げます。◆◆
    ◆◆ この続きは、明日発表します。◆◆

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    (2001/8/16)
    テーエスデーの
    風説の流布事件(後編)

    損失補填が明るみに出た証券スキャンダルを契機として、アメリカのSECをモデルに、1992年7月、証券監視委員会が発足します。

    エイズワクチンは、次第に馬脚をあらわし、株価は値下がりを開始します。

    そして、決定的なニュースが駆け巡ります。

    1992年11月、松崎は、前言を取り消し、エイズ新薬の臨床試験が行われなかったことを認めたのです。

    この発言をきっかけに、株価は連日ストップ安。元の700円台に戻ります。

    風説の流布は、証券取引法158条で禁止されています。
    違反すれば3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金がかせられます。
    (1997年以降は、それぞれ、5年と500万円に引き上げられました)

    多くの投資家が、社長の風説の流布のために大損害を被ったのに、証券監視委員会は捜査を開始しません。

    エイズワクチンの件で信用を失った上に業績不振が重なり、
    1993年11月、株価は200円台を割り込みます。

    そして、1993年11月22日、テーエスデーは、
    92億3200万円の負債を抱えて、倒産します。

    1995年2月に、証券監視委員会は、ようやく強制捜査に乗り出します。
    6月23日、同委員会は、松崎を東京地検に告発します。

    松崎は、7月6日に逮捕され、後に懲役1年4ヶ月、執行猶予3年の判決が下されます。
    これだけの被害がでたのに、執行猶予がついたのです。

    社長の発表を信じて、テーエスデーを高値づかみした被害者は、泣き寝入りです。

    風説の流布の摘発に関しては、1961年に日本レアメタル事件というのがありましたが、 懲役2年6ヶ月、執行猶予3年の判決で、被告の社長は投獄されていません。

    また、1994年に占い師が、情報誌「ギャンぶる大帝」により、香港投資家が熊沢製油産業を買っているとの風説を流し、株価が高騰しました。1997年1月、この占い師は逮捕されました。

    しかし、罰金わずか50万円の略式命令・・・・

    また、以前ご紹介した2000年の東天紅風説の流布事件は、まだ判決は出ていないですよね?

    風説の流布が適用されたのは、以上の4件だけではないでしょうか?

    ◆◆もし、他にあったら教えてください。◆◆
    ◆◆ これでは、デタラメな記事や株価操作がなくならないはずです。◆◆
    ◆◆ いつも思うのですが、経済犯罪や詐欺師の刑罰は軽すぎますね。◆◆

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    (2001/8/18)
    トーア・スチールの
    インサイダー取引事件(前編)

    トーア・スチールは、NKKが過半数の株式を保有する電炉メーカーで、巨額の赤字に苦しんでいました。

    丸紅は、第二位の大株主で、同社の製品の販売を行っていました。
    丸紅の今川章元は、常務として鉄鋼部門を統括していました。

    1998年8月27日、彼は、長崎のゴルフ場で、NKKの役員とゴルフを楽しんでいました。

    そのとき、今川はNKKの役員から、以下の内容のビックニュースを教えてもらいます。

    トーア・スチールは、来年3月に任意清算し、
    NKK100%出資の新会社に業務を引き継ぐことが決定した。
    しかも、発表は9月3日の予定で、この情報は今のところ誰も知りません。

    トーア・スチールは、東証一部に上場していたのです。
    今川の脳裏に閃きが走ります。

    今川は、ゴルフ場から腹心の鉄鋼製品本部付次長に電話をかけて、命令します。

    トーアスチールの株をできる限り空売りしろ!
    絶対に儲かる。儲けは折半だ。

    次長は、妻の名義で、8月27日、トーア・スチールを66〜67円の株価のときに、5万株の空売りをします。 8月31日にも3万株、9月1日2万株・・・合計10万株を売るのに成功します。

    そして、こんな幸福は独り占めしてはいけない、と考えたのでしょうか。

    今川は、丸紅の特約店、共栄鋼材の社長・沼田一久にも情報を教えます。
    沼田は、機敏に行動して、76万株を空売りします。

    さて、9月3日の夜になりました

    トーア・スチールは、来年3月に任意清算する計画を公表します。
    負債総額は、2500億円。戦後最大の製造業の倒産でした。
    株券は、この瞬間、紙切れになったのです。

    ◆◆翌日から、株価はストップ安、取引が成立しません。◆◆
    ◆◆ 今川と沼田は、祝杯をあげます。◆◆
    ◆◆この続きは、明日発表します。◆◆

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    (2001/8/19)
    トーア・スチールの
    インサイダー取引事件(後編)

    トーアスチールが暴落して、たった2円になった時点で、今川は、10万株を買い戻します。

    今川と次長の利益は506万円、
    76万株を買い戻した沼田の利益は4035万円に達します。

    しかし、発表前に空売りが異常に増加したことから、証券取引等監視委員会が動き出します。

    丸紅側は、この動きを察知し、社内調査で今川上常務の犯罪を突き止めます。
    今川常務は、10月21日付で丸紅を退任、次長も同月23日付で、懲戒解雇され、社会的には制裁されます。

    1998年12月17日、同委員会は、今川元常務と元次長を告発し、警視庁捜査二課も直ちに書類送検します。 1999年4月13日、今川被告に懲役1年、罰金200万円、沼田被告に懲役10月、罰金200万円の実刑判決が下されます。

    インサイダー事件での実刑判決は、初めてでした。

    そして、半年後、東京高裁でニ審判決が下されます。今川元常務が懲役1年6月(執行猶予3年)罰金200万円、沼田が懲役1年2月(執行猶予3年)罰金200万円でした。

    儲けた金は返却したようです(未確認)が、またしても執行猶予がつきました。

    なお、1998年12月に施行された改正証取法ではインサイダー取引で不正に得た利益は没収されることが決まりました。しかし、同事件は施行前で適用されません。

    日本の場合、インサイダー取引の刑罰は、3年以下の懲役または、
    300万円以下の罰金(法人の場合は3億円以下)です。
    これが、いかに甘いか、アメリカと比較しましょう。

    アメリカの場合は、同犯罪に対する刑罰は、10年以下の自由刑または100万ドル以下(法人の場合250万ドル)の罰金です。 その上、罰金とは別に民事制裁金として、儲けた金の三倍が課せられます。

    マイケル・ミルケンなどは、実際に10年間も投獄されました。

    ◆◆日本は、執行猶予がつき、罰金も手ぬるい、◆◆
    ◆◆まさにインサイダー天国なのです。◆◆
    ◆◆実刑判決の増加を望みます。◆◆

    (参考文献)日本の証券犯罪 神山 政雄著 日本評論社

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    (2001/8/24)
    日本商事のソリブジン事件
    (前編)

    1993年7月、厚生省は、日本商事の開発したソリブジンという薬を認可します。 この薬は、抗ウィルス剤で、臨床試験で三人の癌患者が亡くなっていますが、因果関係は不明とされていました。

    1993年9月3日、ソリブジンは、エーザイを通じて発売されます。
    9月19日 発売開始後、最初の患者が亡くなります。

    ソリブジンとフルオロウラシル系薬剤が、併用使用された患者でした。

    翌日、エーザイは、日本商事に対して、この死亡例の報告をします。

    この日の日本商事(大阪二部)の株価の終値は、3400円でした。

    10月6日、日本商事に、新たに2件の副作用が報告されます。
    やはり、二つの薬剤の併用患者です

    ソリブジンの副作用による薬害の可能性が高いことは、明らかです。

    さて、ひどいのは、これからです。

    事情を知る日本商事の役員、室長、支店長、支店次長、課長らが、次々と自社株を売却します。 個人保有する自社株の価格が、薬害で値下がりする前に、売り抜けようとしたのです。

    さて、問題の10月12日が始まります。

    午前9時、日本商事は、30円安の3380円で寄り付きます。

    午前9時30分、日本商事は、ソリブジンの出荷停止を決定します。
    社内で噂は広がり、一般社員、パート、家族までが株を売りました。

    まだ、薬害が公表されていませんので、株価は、それほど下がりません。

    また、この日から、日本商事は、医者向けに注意文書(出荷停止の件も書いてあった)を配布します。

    午後1時、T医師が、この文書を手に入れます。T医師は、午前中に患者にソリブジンを投与していたのです。
    午後1時50分、T医師は、日本商事株を1万株空売りします。一瞬の差でこの注文は、成立します。

    午後2時、厚生省は、ソリブジン使用による相互作用死亡の3例を発表します。
    午後2時10分、大阪証券取引所は、日本商事株の売買を停止します。

    ◆◆この日の終値は、260円安の3150円。◆◆
    ◆◆商いは、289,500株で普段の2倍の出来高でした。◆◆

    ◆◆ 増えた分は、悪質なインサイダー取引です。◆◆
    ◆◆この続きは、明日発表します。◆◆

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    (2001/8/25)
    日本商事のソリブジン事件
    (後編)

     さて、翌13日、市場が開かれます。

    前日売買停止された日本商事株は、100万株以上の売り物を浴びて暴落します。
     株価は、490円安の2660円で 、出来高わずか56,700株でした。

    前日、インサイダー取引をした者は、18%も不当に儲けたのです。
    前日空売りしたT医師も、この日1万株の買戻しを行います。

    一枚の文書から、この医師は、約500万円、儲けたはずです。
    一夜が過ぎるだけで・・・

    1994年3月5日、毎日新聞が
    「日本商事の役員がインサイダー取引で、自社株を売り抜いた」とスクープします。

    同年6月、証券取引等監視委員会が、日本商事の強制捜査に乗り出します。 元常務等32人を大阪地検に告発、うち24人が略式起訴されました。

    20万円から50万円の罰金が課せられました。
    なんと、法律上は、これだけで、終ってしまいました。

    6月27日、日本商事は、インサイダー取引を行った社員など45人を解雇や降格処分にします。
    また、服部孝一社長が責任をとり辞任 します。

    職場の制裁が、インサイダー取引における最大の刑罰です。

    さて、運が悪いT医師は、どうなったでしょうか。

    もし、前述のことが事実なら、T医師は第一情報受領者に該当し、インサイダー取引が成立します。

    T医師は、事情聴取段階で、ただ一人容疑を全面否定し、対決路線を突き進みます。

    この判断は、損得勘定だけから考えると、間違っていたかもしれません。 今は厳しくなっていますが、この当時の法律では、儲けた500万円を返さなくともよかったのです。

    T医師は、逮捕され、釈放後、在宅起訴されました。
    T医師は、裁判とホームページで、「情報を得る前に空売りをしたので、私は無実だ」という主張をしているようです。

    私には、この主張は不自然に感じられます。
    裁判には、お金と時間がかかりますよ。

    ◆◆ 本件は、同委員会の告発した最初の事件です。◆◆

    ◆◆ソリブジンの薬害では、16人の方が亡くなられました。◆◆
    ◆◆日本商事に対しても制裁が下される日が、ようやく訪れます。◆◆

    ◆◆ 1994年9月1日、厚生省は、日本商事に対して◆◆
    ◆◆105日間の医薬品製造の停止を命令します。◆◆

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