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漢字にはそれぞれ意味があるということを聞いたのはもうずいぶんと昔の話で、ふと気付くとそんなことは忘れてしまっていたりするんだけど、苺っていう字のできた由来を聞いたときは、甘酸っぱい気持ちになった。 僕は小さい頃からラジオを聞くのが好きで、夜こっそりと親の目を盗んでは寝ずにラジオを聞いていた。ヤングパラダイスとかオールナイトニッポンとかラジオには適度に気を抜いたような気楽さがあって、テレビよりも自然に僕の気持ちに入ってきた。それと同時に親に黙って何かをするっていうことにひどく興味をそそられる年頃だったから、余計に面白かったんだろうと思う。 先日、大雨が降った日なんだけど、突然ラジオが聞きたくなってスイッチをひねった。雨のせいで窓が開けられない営業車は煙草の煙でもくもくとなっていて、まるで僕の心のようにすさんでいた。ラジオから聞こえてくる声はやっぱり仕事とかけ離れていて、ますます一生懸命働くってことを忘れさせてくれた。 シートを倒して目をつぶりながらラジオから聞こえてくる声に身を任せていると、苺っていう漢字の成り立ちを話し始めた。草冠に母という字をもつ苺は、自らの形が母の乳首とにているからその字を当てられたという。たしかに苺は女性の乳首に似ている。しかし、母の乳首ではないな。ぼんやりとそう思った。 自分の母以外の女性の乳首を見たっていうのは実は小学校2年生のときで、近所に住んでいた由美子ちゃんのだ。それは間違いなく苺であり、乳首ではない。煙った車の中でそんなことを思い出した。 一階のコタツの部屋でうちの母と由美子ちゃんのお母さんがよくわからない話をし始めたとき、僕は由美子ちゃんをその二階の薄暗い部屋にさそった。窓は雨戸が閉じられているから暗いし、唐紙はぼろぼろになっているから、由美子ちゃんはその部屋にはいることをいやがったのだけど、小さなサルの形をしたおもちゃにひかれてその部屋に入ってきた。子供の握りこぶしくらいの大きさのそのおもちゃは、ねじを巻いて頭をたたくと小刻みにジャンプをしながら前に進むかわいらしいやつで、由美子ちゃんはそれを見て大騒ぎをしてずっと遊んでいた。「もってかえっていいよ」 そんなに喜ぶならと強がって言ってみたら由美子ちゃんは大騒ぎをして喜んだ。なぜか僕もとても嬉しくなったような気がする。そしてその見返りといってはなんだけど、お医者さんごっこをしようと僕は言った。 知らないうちに豆電球だけつけたその部屋の二段ベッドのしたに由美子ちゃんは横たわっていて、僕が由美子ちゃんのおなかを触りながら先生役をやっていた。 「きぶんはどうですか?」 「……」 「どこが悪いんですか?」 「……」 由美子ちゃんは返事をしない。 「こういうときは、風邪をひいてるんですっていうんだよ」 「かぜひいてない」 「いいの!」 「風邪ひいてますか?」 「……」 僕はずっと洋服の上から由美子ちゃんのおなかをなでていたんだけど、やっぱり洋服の中がすごく気になって、赤い小さなセーターをすこし上に上げてみた。そこからちいさなおへそが出てきた。 「やめてよ」 「だめだよ、かぜひいてるんだからちゃんとしらべなきゃ」 僕はさらにセーターを上に上げた。そして聴診器を当てる振りをして、素肌に触れた。心臓がどきどきなる音がして、つばがたくさん出てきた。豆電球の灯りに照らされて緊張している由美子ちゃんの顔が見えた。 「こういうことしたら、いけないんだよ」 「いいんだよしても」 「おかあさんにいいつけるから」 「だめ」 「ぜったい、いいつけるから」 由美子ちゃんの声はうわずっていた。 「いいつけたら、にんぎょうあげないからな」 「いらないもん、にんぎょうなんて」 「だめだよいったら」 僕はセーターをさらに上に上げた。由美子ちゃんは僕の手をおさえて上げさせないようにした。 「だめだよ、けんさしなきゃ」 「いいつけるから」 もみあっているうちに、セーターから片側の可愛い乳首がはみだした。しまい由美子ちゃんは「きゃあ」といってまえをかくし、向こうを向いてしくしくと泣き出してしまった。僕はおろおろしてしまい、なんでもあげるから泣きやんでくれと懇願した。 由美子ちゃんは完全に機嫌を悪くしてしまい、口を聞いてくれなかった。でも、サルのおもちゃはしっかりと手に握られていた。僕は大変なことをしてしまったのだという思いと、サルのおもちゃを持っていってくれている安心感がいりまじった混乱した状態になっていた。 やがて階下から僕と由美子ちゃんを呼ぶ声が聞こえた。僕はどきんとして上ずった返事しかできなかった。由美子ちゃんは立派なもので何事もなかったように帰っていった。 それからしばらく僕は母の顔をまともに見ることができなかった。 数日後、由美子ちゃんはお母さんと一緒に再び僕の家にやってきた。僕はなんだか悔しくて由美子ちゃんを二階の部屋に誘えなかったんだけど、もじもじしていたら由美子ちゃんの方から誘ってきた。そしてぼくらはまたお医者さんごっこをした。 由美子ちゃんの白い綿でつくられたシャツめくると、小さな苺のような乳首が二つ、僕の目の前に現れた。触ってみたい気持ちと恐ろしい罪悪感にさいなまれながら苺をじっと見つめていると、階段を上る足音が聞こえた。体中に電気が走り、心臓の音が部屋中に響き渡った。 「どこにいるの?」 母の声だった。僕は観念した。 今僕はもう大人になってしまって、女性の乳首は乳首であってやっぱり苺ではない。それが淋しいことなのかどうかはわからない。じつは、乳首と苺の違いっていうのもはっきりとはわかっていない。ただ、あの頃の苺っていうのとはいまは全く別物になってしまっているのは事実だ。そんなふうに例えばガンダムが好きで、ハンバーグが好きで、由美子ちゃんが好きでっていうふうに女の子を好きになれたらとても素敵だと思う。なかなか難しいけど。 HOME |