Chapter1 Ballad of Departure/旅立ちのバラード



 昼の12時。大きな期待とちょっぴりの不安を乗せて、飛行機は福岡空港を旅立った。
 良く晴れた空の中を颯爽と進んでいく飛行機。シンガポールまではたったの5時間半。
まるで国内旅行をするかのような早さだ。生まれて初めての飛行機とはいえ、
これほど快適なものとは思ってもいなかった。

ところが…


 飛行機がシンガポール・チャンギ国際空港に着陸しようとする頃、にわかに私の頭が痛み出した。
今まで経験したことのない、頭が割れるような痛さに、私はひどく悩まされた。
興奮して寝付けなかった昨晩の徹夜のせいだろうか、もしかしたらくも膜下出血か!?
 なんていうバカバカしいことまで考えてしまうほどの頭痛だったが、
飛行機が着陸すると同時に痛みはうそのように消えてしまった。
とはいえ、飛行機に乗るたびに毎回これほどの頭痛を経験せねばならないとなると、
これからどうすればいいのだろう…うーん、いきなり悩みの種が増えてしまった…

シンガポール
 
しかし、私は案外楽観的な人間らしく、空港の中を歩いているうちに
あちこち動き回りたい好奇心で頭が一杯になってきた。
先ほどまで頭痛に悩まされていたことなどさっぱり忘れ、すぐにシンガポールの街へと繰り出した。
 午後7時(日本時間では6時ね)。バスで高速道路を走り、船で川を下る観光ツアーへと出発。
熱帯の植生の中にハウステンボスのような店が軒を連ねる中、にょきにょきと突き出す高層ビル。
そして、高くそびえるアパートの上にもなぜか屋根が…
 どこかしら中華の雰囲気を残しながらも近代化したビルが立ち並ぶ奇妙な街。
車は日本と同じ右ハンドルの左走行、高速道路があるのに料金所は見当たらない。
電話の使用料も市内だったら無料らしい。
物価は高いけれども、ここに住む人にとっては結構住みやすい街なのかもしれない。

 飛行機の出発は深夜12時50分だったので、小腹のすいた私は空港のA&Wで軽く食事をすることにした。
そういえば「Double Cheese Burger」が、考えてみると私が初めて外国で口にした英語だった。
よく考えてみるとシンガポールに来て半日たつというのに、
これまで日本人以外とまともにコミュニケーションをとっていない自分がそこにあった。
これではこれから先のギリシアでの生活が非常に不安になるばかりだ。


 そんな私の不安な気持ちを乗せたまま、飛行機は一路アテネへと向けて飛び立っていった。
私は中国語字幕のタイタニックを見ながら、10時間以上もある飛行機での長い長い時間をつぶすのであった。

 飛行機でシンガポールを旅立ったあと、なんとも言えぬさびしい気持ちに襲われた。
これは多分、単に日本を離れることとか、親しい人に会えなくなるといった感情だけではないのかもしれない。

それは空港という、出会いと別れを象徴する施設の持つ力なのか、
はたまた飛行機という交通機関のもつ力なのか、
とにかく母国を離れてから、新天地へと向かうことの不安と期待が、
これまでになく私に覆い被さってきていることは、否定できない事実なのである。
今日訪れたシンガポールの街は、発展した異国の街とはいえ、まだアジア的な要素を多く残しており、
たまに日本語を発見することもできた。英語も何とかわからないこともない。
しかし、明日目にするであろうアテネの町は、こことはまったく異なった様相を呈していることだろう。
言語の問題も大きくのしかかってくるに違いない。
そんな私を大いに勇気付けてくれる存在が、私を支えてくれた大勢の人々の言葉であり、その姿なのである。

願わくば、これから行くギリシアの地でメールでのコミュニケーションができることを。
今日福岡空港で受け取ったメールの返信ができることを。
そして、明日からのギリシアでの生活に、多くの幸がなからんことを。


©Mega Production, 2000


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