Chapter4 Mavrommati (Μαυρομματι)/”黒き瞳”
郵便局ではがきを出した後、タクシーに乗ってバスセンターへ。
車内での水分確保にミネラル・ウォーターを買いこむ。
お金をくずそうと思って10000ドラクマ札を出すと、お店のおねーちゃんに思いきりいやな顔をされた。
ここではどうやら大きなお金を持っていてもあまり使えないようだ。
バスでペロポネソス半島南端の街カラマタ(Καλαματα)へと向かう。
岩肌にコケのように木々がへばりついた風景が続く。
岩山とはいえ南に向かうにつれ次第に山に緑が増えていくのはよくわかる。
ギリシアでも南部のほうはそれなりに雨も降るようだ。
このごつごつした岩だらけの山を見ていると、
ギリシア人が"石の文明"を作り上げたのもなんとなくうなずけるような気がする。
真っ青な海と空、それに真っ白な家の対照的な色調も見事なもの。
日本ではまず見られない風景である。
高速道路の途中で、切り立った崖の運河があった。ここが有名なコリントスの運河である。
運河を越えたところからいよいよ"ギリシアの田舎"ペロポネソス半島へと足を踏み入れたのである。
「ペロポネソス」とは、神話に出てくる「ペロプスの島」と言う意味である。
メラネシア、ユーラシアなどの「―ネシア」という言葉も、結局はギリシア語の「―ネソス」に起因する
。こうしてみると、ギリシア語というものは本当に現在もいろいろなところで行き続けているんだな、とつくづく思う。
一度休憩を取った後、バスは午後2時半過ぎにカラマタ着。
先に村に向かった先発隊が迎えにこないため、バスセンターのカフェで6時過ぎまで時間をつぶすことに。

ようやく迎えがきた後、いよいよ(古代の)メッセネ(Μεσσηνη)へと向かう。
次第に家がなくなり、周囲に山しか見えなくなった。
山と山に挟まれた盆地の、山すその部分にへばりつくように、
その村―マブロマティ(Μαυρομματι)はあった。
盆地の部分はオリーブとブドウの畑になっており、その下から遺跡が発見されたのである。


これから2ヶ月を過ごす宿舎は、貸間のようなところだった。
この村にはホテルなんてない。お土産やさんが一軒とタベルナが1軒。その他には本当に何もないところだった。
当然そんな宿舎でメールの接続などできるはずもない。
日本的な感覚でやって来た私の認識の甘さを改めて思い知らされましたね。
それともここまでメールでのコンタクトにこだわりつづける私がおかしいのか。
少なくとも、これから先いつメールを使えるか、ということが課題として浮かび上がってきたのであります。
宿舎に荷物を置いた後、さっそく遺跡の見学に向かう。
今のメッセネの遺跡はローマ時代とギリシア時代の遺跡が混同した状態にある。
しかし、それぞれの区別は容易にすることができる。大きな石を整然と並べて作ってあるのがギリシア時代、
小さなレンガのような石をこまごまと積み上げたもろい建築がローマ時代である。
デルフィの神殿がすべて大理石でできているのと異なり、ここの石材はすべて石灰岩である。
大理石を持ちこむ余裕がなかったのか、それとも大理石を持ちこむまでもない都市だったのか。
どちらにせよ部材が石灰岩のため浸食が激しく、図面を取りにくいことだけは確かである。

古代の泉、アゴラを抜け神殿を通り過ぎると目指す遺跡が見えてくる。
スタジアムの横にある墓跡が、今回の私たちの仕事場なのである。
相変わらず土器片はたくさん落ちているが、ここには黒陶よりも赤茶色の土器片の方が多いように思われた。
拾った土器片と骨片を集めてその場を去る。
墓域の下ではスタジアムの発掘が続いており、座席が悠々と続いていくさまは実にすばらしい。
夜の9時過ぎまで遺跡にいたのだが、いまだに日は落ちることなく明るいままだった。
村の名称”黒い瞳”「Mavrommati」と対照を為すがごとく。
☆本日の現代ギリシア語講座☆
《数字の数え方》
1 エナ(ενα) 女性名詞の場合は「ミア」って形に変わります。
2 ディオ(δυο) 昔から音楽の世界でデュオっていったら二人組のことです。
3 トゥリア(τρια) 「〜トリオ」って三人組のことですね。
4 テセラ(τεσσερα) 海岸においてあるテセラポッドの形を思い浮かべてみよう。
5 ペンデ(πεντε) アメリカの「ペンタゴン」のペンタはここが語源です。
6 エクシ(εξι)
7 エフタ(εφτα)
8 オクト(οχτω) オクトパス(タコ)のオクト。タコって8本足ですよね。
9 エニャ(εννια)
10 デカ(δεκα) 「デカメロン」の「デカ」と同じです。
こうしてみると、ギリシア語の数字って、いろんなところにその語源を見出せますよね。