Chapter51 I miss you.../最後の晩餐
目を開けていられないほどの強い風が、マヴロマティに吹きすさんだ。
それはこの村に、夏の終わりを告げる風だったのかもしれない。
この風の中で、私たちの最後の仕事は始まった。
今日でこの遺跡に来ることは、もしかしたらもうないのかもしれない。
石の一つ一つ、ストアの一本一本をじっくり見て、足を踏みしめて歩き回った。
長いようで非常に短かった調査。ハプニング続きで作業はあまりはかどらなかったのかもしれないけれど、
それでも充実した日々だった。最後の日。3時過ぎまで作業をして、ニコの店に向かった。
今日の昼飯は私たちのリクエストに答えて、ニコママがコトスパ(ギリシア風鶏飯)を作ってくれた。
しかも山盛りいっぱいに。最後の昼食にはニコママも入ってきて一緒に食事をした。
今日のデザートはフランゴスィカ。サボテンの実である。
初めて食べたサボテンの実は、マンゴのような味で甘くておいしい。
オレンジ色の実の中身はほとんど種で、食べるところはあまりないけれども、噛まずに飲みこむのだそうだ。
この他にスイカまで出てきて、昼飯を食べ過ぎるほど食べた私は、
最後のシェスタをニコの店で話しながらすごすことにした。
ジュースを飲んで、ニコとバシリとニコママと話す。バシリにまたオリンピアコスのペナントをもらってしまった。
お返しに日本のコインをあげると、やっぱり穴のあいたコインが珍しいのだろう、5円玉を1枚だけもらってくれた。
ニコには日本から写真と一緒に日本のテレカを送ることにした。
そうこうしているうちにもう6時。最後の記念写真をとりに現場に向かう。
みんなでスタジアムのロイヤルボックスに腰掛けて記念撮影。
不思議そうな目で眺める観光客をよそに、めいめいのカメラで写真を撮り続ける私たち。
フィルムが残り少ない私は仕方なく遺跡の写真を撮るのをあきらめて、村の人たちと写真を撮ろうと決めた。
その帰り道、ふとアルカディア・ゲートに立ち寄った。
夕陽に映える悠々としたゲートからマヴロマティを眺める。
イトメ山の山麓に張りつくように点々と家々が立ち並ぶ、小さな小さな村。
ここで1ヶ月半という長い期間生活したのだ。
遺跡が整備されればここもやがてデルフィのような街になってしまうのだろうか。
いつまでも変わらずこのままであってほしいというのは私のわがままなのかもしれない。
でも、もし街になってしまっても、優しい村人の心だけは、いつまでも変わらずにいて欲しい。
そう切に思った。
日も山際に入ろうとする頃、ゲートを後にミュージアムの立ち寄り、泥にまみれた車を水で洗った。
2ヶ月あちこち連れ回した車は中身までぼろぼろかもしれないが、
これで少なくとも外見だけは見違えるほどきれいになった。車の清掃もこれで完了。
そのあとは宿舎に帰って隊の荷物の梱包作業。
10時ごろまでかかってやっと終わった後、最後の夕食を食べにニコの店へ。
ウィスキーは持っていったが、ツィプロを宿舎に忘れたのでとりに帰る途中、
2日続きで宴会をやっていたクヴェラキ・ファミリーにつかまった。
バシリの物哀しいブズキの音色の中、料理とツィプロで歓待される私。
まだ本番の食事も頂いていないのに、楽しそうに振舞いながらその奥に潜む彼らの寂しげな表情に、
気持ちが一杯になる。
ブズキの音と周囲の歌声の中、ディナパパ、ザフォーおばさん、ネリママとともにグリーク・ダンスを踊る。
用事も忘れてしばらく踊っていると、今度は私に日本の歌を歌ってくれと言う。散々悩んで決めた歌は「乾杯」。
クヴェラキ・ファミリー全員が1ヶ月かかってやっと覚えてくれた日本語は、「乾杯」と「さよなら」だけなのである。
今はまだ「サヨナラ」は言いたくないから、「乾杯」を大声で熱唱。
ここにあまり長居するわけにもいかないので、ここで一度クヴェラキ・ストアの前を離れてタベルナ・イソーミへ。
行ってみるとすでに食事はなくなりかけており、ウィスキーを飲みながら残ったサラダとビフテキを食べる。
いつのまにか店にはチビニックとアンジェラも来ていて、それにニコとニコママ、ニコパパも加えて記念撮影。
お酒もいい具合に回ってきたところで再びクヴェラキ・ストアの前に移動。
ここでもまだファミリー全員で騒いでいて、あたりには割れたコップや容器があちこちに散らばっていた。
再びレツィーナ(ディナパパ特製!)をなみなみと注がれ、今度は日本隊全員を囲んでの宴会。
この1ヶ月半、ここでは本当に多くの買い物をして村の経済を潤してきたわけだが、
それ以上のものを、彼らは私に与えてくれた。
「もう日本に帰らないで、結婚してマヴロマティに残れ」と言うみんなの声を聞くと、本当に別れが辛くなる。
どこに行ってもすぐ周りと同化して情が移ってしまうのは私の悪い癖なのか…
この永い夜、本当に楽しい夜であり、そして最も辛い夜であった。
この辛さを和らげるため、酒を飲みまくり、煙草を吸いまくった私は、宿舎に帰ったときすでにベロンベロン。
風呂にも入れず(水風呂が寒くて入りたくなかっただけ)荷物の整理も中途半端に
ベッドの波に身を委ねるのでありました。
明日はいよいよマヴロマティを離れる日。つらい別れの日。
そして、
新たな旅立ちの日。