Chapter6 Βουλκανον Monastery/山の上の修道院


 今日は朝遅く目覚める。昨晩遅くまで日記をつけていたせいだろう。
起きてからも本を読んでいるうちに安らかな眠りに誘われてゆく。
そのまま何もせずに昼飯の時間となってしまった。
 いつものお店、イソーミに行く。

昼飯のメニュー

サラダ
フェタ
ザジキ
・ 鶏肉(スープにつけたままオーブンで焼いた料理)
・ 野菜の煮物(昨日のグリーンビーンズと同じ味付け)

 ところで、この店にはメニューというものが存在しない。
店に行って、今日は何ができるか聞いてから注文するのだ。
毎日毎日少しずつ違う味が楽しめるのはギリシアの田舎の醍醐味であろう。
とはいえ、肉料理はそろそろ勘弁してもらいたい、というのが本音。

 昼食後しばらくしてみんなで山の上の修道院に向かうことにした。
 今はもう使われていないのか、修道院はすでに廃墟になりかけていた。
私たちのほかには一組の観光客しかいなかったが、眺めはすばらしく、心が落ち着く。
宿舎からもう少し近ければ、毎日来たいところだが、さすがに歩いていくには遠すぎる…

 夕方5時を過ぎても先生はデルフィから帰ってこない。
そこで、みんなで遺跡復元の見通しを立てに行くことにした。

いろいろ歩いてみて思ったのだが、おととい非常に多いと感じた赤茶色の土器片は
どうやら遺跡を構成していたレンガが崩れたもののようだ。
このようなレンガみたいな建築はギリシア時代のものではありえず、
後世に作られた遺跡の層を、発掘の際堀飛ばしてしまったものも含まれているに違いない。

 さて、これから復元すべきお墓の様相であるが、これが結構大変な状態である。
 崩れたまま地面に置かれてあるお墓の部材から上部構造を復元するのである。
上部構造の最下層を見たところでは、中はドーム状をなすようである。
お墓には内部空間があり、その中に入ることができるところは、
日本の古墳の石室に似ているのかもしれない。あちこちに装飾を残したりするのも同じだ。
とすると、ここで残されているお墓の構造にも、単なる「見られる」墓を意識しただけではなく、
何らかの思想が見られるのではないだろうか。

古代ギリシア人はお墓の空間の中で何を考え、何を願ったのか。
墓の天井は、まるで死者の魂が天に吸い込まれていくさまを示すかのように、私には思えた。


 夜9時を過ぎても先生は帰ってこず、読書の効率だけが進んでいく。
 ようやく先生が帰ってこられて、サッカーをしに行った連中を呼びにいくと、
彼らは何と村の子供たちと一緒にサッカーを楽しんでいた。

呼びに行ったことをすっかり忘れ、子供たちと一緒になって遊ぶ私。
 何とか名前を覚えてもらいたかったが、
ギリシア人にとって私の(日本語の)名前は呼びにくいらしい(音節が多いからね)。
かわりに名前の一部をギリシア語にした「
Mega」という名前を教えると、
やはりなじみがあるからか、すぐに覚えてもらえた。

 そう、これが私のハンドルネームの由来なのです。

コスター

 今日、新しい友人が増えた。
名前はコスター、11歳。村に一軒のお土産やさんの子供。
普段はアテネにいるが、9月までは休暇でここにいるのらしい。
子供たちと明日朝11時からサッカーをすると約束。夕方はニックたちとサッカーをする約束が。
うーん、サッカーはどこでも大人気らしい。
スポーツがあまり好きではない私には、どうでもいいことだったんだけど…

 その後、久しぶりにみんなそろって夕食を食べる。
 肉料理に飽きた私が注文したのはブリャーノ。
昼間の煮物できゅうりだと思ってた野菜は実はズッキーニだったとのこと。
あまり口にしたことのない私にとって、その区別はあまりにも難し過ぎたのです。


☆本日のギリシア語講座☆

What's this?  ティ・イネ・アフト?(Τι ειναι αυτο?
This is…  アフト・イネ…(Αυτο ειναι…


©Mega Production, 2000


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