Chapter7 We Start Workin'/作業開始

なんか、章を重ねるごとに写真が少なくなっている予感…



 朝8時集合で現場に向かう。まずは大体の傾向をつかむため、石材の角度を測ってグルーピングを行う。
 角度といっても大まかなものですが。

部材の概略(汚い絵ですみません)


石材の任意の点を2点取り、その2点を結んだ線の中線を引くことで半径の軸を探し、
半径の軸に沿って角度を測るのです。差し金を当てて図った値からTanΘの値を計算し、半径を復元する。
まあ、土器の口径復元と、目指すところは同じといったところでしょうか。


 遺跡から見渡せる山の上には昨日行った修道院があり、
二つの山の頂上を結んだ真中あたりに泉が湧き出している。
現在の村はこの泉を中心に広がっているのだ。
山の上から泉に近づくにつれて次第に山の木々の量が多くなる。
少ない雨が、山の尾根を伝って流れてくるのであろう。
昔は遺跡の中心部まで泉の水が引かれていたあとが今も残っている。

 人間が生活するための条件のひとつ、「水場」が、この遺跡にも存在している。
ただし、この泉の湧水量はそれほど多いとは言えず、その昔どれほどの水を供給していたのかはわからないが、
このような乾燥した地域では水が貴重であったことは確かである。


 今日の昼飯もいつものイソ−ミだったが、メニューは一風変わったスパゲティであった久々の珍しい料理。
かなりうれしかったが、ギリシアのパスタ料理はあまりおいしいとは言えないようだ。


 食事も終えて、昼休み。村は「
シェスタ」といってお昼寝の時間である。
暑さが最高潮に達する昼下がり、この国の人々は能率が上がらないので仕事をせず、
ひたすらお昼寝をするのだそうだ。私はそんな習慣がないので、昼寝なんてできっこない。

この時間帯は外で騒いでもいけない、ということなので、
ニックの店でコーラを飲みながら課題のレポートを書くことにした。
すばらしい風景を見ながら、レポートも進む進む。


 店からの帰り道、泉の前でコスターたちとだべっていて作業開始時間の6時に危うく遅れそうになった。
そうです、ここでは午後に休みを取る分、夕方から夜にかけてまた作業を行うのです。
夜といっても10時近くまで明るいので作業は十分できるし、
太陽が熱くない分、午前中よりも作業がはかどる、というのが本音。

作業中!


 今日の夕方の仕事は計ったデータをパソコンに入力する作業。
データは午前中に計ったTanΘの値で、入力後数値の大きい順に並べ替えて一定の傾向をつかむのです。
つまり、どの部材とどの部材が同じ列に当たるのか、ということ。
しかし、角度だけでは計り方によって大きく誤差が出るので、半径、高さなどのデータも必要であることが判明した。
早くデータを整理して、復元図を描いてみたいものだ。


 作業終了後、いつものように遅い夕食を取る。今日もビフテキ。
でも、なにかもう慣れてきたような感じだ、肉だらけの食事に。
 このときの先生の話によると、ギリシアの女性は
結婚するまでバージンでいないといけない
というしきたりがあったらしい。妻は結婚初夜にちゃんと出血したシーツを旦那に見せるのだそうだ。
都会ではさすがにこの習慣も消えかけたであろうが、ここみたいな田舎ではまだまだ厳しいとのこと。
この辺で女の子をナンパするのは、よした方がいいでしょうね。


 ギリシアでは7月、8月はまるまる夏休みである。
コスターが今マヴロマティに来ているのも、やはり夏休みだったからその休暇なのでしょう。
 今日はせっかくサッカーに誘いに来てくれたんだけど、
仕事があって遊んでやる(遊んでもらう?)ことはできなかった。

昨日の約束をすっぽかしたのは悪いと思うけど、
こちらも仕事中先生の目を盗んで、
車を看板にぶつけながら(ごめんなさい!)「遊びにいけない」って言いにいったんだから、
その誠意は通じたことでしょう。

 明日はニックたちとメッセネ・カップのサッカー試合だ。
わざわざカラマタのサッカー場を借り切ってくれたらしい。
スポーツ嫌いな私としては、あまり乗り気ではないのだが。


☆ ここで、ちょっち遺跡の説明!☆

この地域はB.C.8〜7世紀の2度にわたるスパルタとの抗争(第1次・第2次メッセニア戦争)で
完全にスパルタの支配に属したが、一部は国外に逃れたものもおり、
その子孫はシチリア島に植民地を築いて「メッセナ」と名付けている。

ペルシア戦争後、再度大規模な叛乱(B.C.664-455)を起こし、スパルタとの停戦にこぎつけた。
その後B.C.369年、テーベのエパミノンダス王は、レウクトラの戦いでスパルタを下し、
メガロポリス、マンティネイア、アルゴスとメッセネを中心とするアルカディア同盟を組織、
スパルタ包囲網を作り上げた。

メッセネの町はこのときに建設されたもので、ディオドロスによればわずか85日間で完成したといわれている。


メッセネの遺跡群は、カラマタの北西約15kmのところにある。
エパミノンダスの指導で、イトメ(
Ιθωμη)山を中心に城壁を築いた。
その中に、小規模ながら劇場、スタジアム、アルテミス神殿、アゴラを作っている。
アゴラの中心にヘクサスタイル(6×12本の柱を持つ様式)の、アスクレピオス(有名な「蛇使い座」の蛇使いね)と
ヒュギエイア(アスクレピオスの娘あるいは妻。「健康」という意味)にささげられた神殿がある。


☆本日のギリシア語講座☆

Wonderful!  サブマッシオ!
ロバ  ガイドゥーリ
サッカー   バラ("ボール"という意味)
鶏肉  コトプロ
  ロダキノ

なんか、どうでもいいようなことばっかりかもしれないけど…


©Mega Production, 2000