Chapter8 ΠυλοS/ネストールの宮殿にて
朝9時半からみんなでピロス(ΠυλοS)に向かう。今日は日曜日。休暇の日なのである。
古いピロスの町は現在のピロスの町よりもずっと北西にいったところにある。
そこに残る、ネストールの宮殿を見学。
ネストールとは、ホメロスに謳う「客人好きの、老賢王」である。
ここで出土した『ピュロス文書』が、線文字B解読の手がかりになったというのはあまりも有名な話である。
思ったよりも小さな遺跡で、それほど崩れてもいなかったが、遺跡全体に屋根がかぶせてあった。
ピロス(古代名ピュロス)は、先史時代・ミケーネ時代の遺跡で、
他のミケーネ時代の遺跡同様大規模な火災で破壊されたあとがある。
最深部には炉を持つ王の間がある。
この、中心に炉を持ち、その周りに柱を持つ構造がメガロン形式とよばれるものである。


王の間の周辺はオリーブオイルの貯蔵庫が、そして右側が女王の間である。
そちらのほうには風呂場のあとがあり、きれいな装飾を施された浴槽が残っていた。
ここで友人になったブルガリア人の考古学の学生を車に迎え入れて、
ホーラ(Χωρα)にある考古学博物館に向かう。
ここの博物館にはピロスの遺跡で出土した遺物が展示してあるのだ。
金の装飾品や青銅器のみならず、ここには土器や石器もたくさん展示してあった。
先史時代から続く遺跡だけに、このような遺物の展示も多いのだろう。
石器はミロス島の黒曜石だけでなく、地元のフリントを多用しており、石鏃が多いような印象を受けた。
でも、展示してある数では青銅製の鏃のほうが多いんだけどね。
他に目を引いたのが、円筒状の印象で、粘土の上を転がすと模様をつけられるもの。
これも美しい石で作ってあり、一見すると日本の管玉みたいな大きさだ。
この時代の遺跡からは、線文字Bの刻んであるタブレットが出土する。
ただ、この文字はミケーネ時代でも焦土層でしか出土しないらしい。
ピロスからは線文字Bもたくさん出土しており、それが数点展示してあった。
黒光りする石の上に不思議な文字が刻んである。
解読した建築家ヴェントリスも、この不思議な魅力にとりつかれてしまったのであろう。
私もこの不思議な魅力にとりつかれたのか、しばらく線文字に見入っていると、知らない男が私に声をかけてきた。
しかし、何を言っているのかさっぱりわからない。よく聞くと、男はドイツ語で話しているようだった。
ドイツ語で「英語は話せるか」と聞いてみても、「Nein」という答えが返ってくるだけ。
仕方なく、身振り手振りを合わせながら男の話を聞くと、どうやら私がさっき博物館の入口で買った本を、
盗んだものだと勘違いしたらしい!
そのときまだドイツ語の過去形を知らなかった私は「Ich kaufe...」という言葉を連発して、
何とかその場を乗り切った。
それにしても、パルテノンで監視にきびしく付きまとわれ、ピロスでは泥棒に間違われ…
どうも私の行動は誤解を生みやすいらしい。
博物館の外には甕棺のように大きな土器が二つ並べてあり、
その下ではピロスの発掘者ブレーゲン(Carl.W.Blegen)の銅像が、静かに街を見守っていた。
その後、現在のピロスの街に移動して昼食。
ピロスに限らずギリシアの港町は海のすぐそばに存在するにもかかわらず、
潮臭さがなく、水も透明度が高くきれいだ。これは海の性質が日本と異なるためらしい。
日本は川がたくさんあって海に流れ込むため、海にさまざまな有機物が注ぎ込む。
魚がよく取れるのもまさにそのためである。好い魚をとりたければ、まず山を整備する、とはよく言ったものだ。
ところが、ギリシアでは海に含まれる有機物は多くなく、そのため水がすんで入るが魚は少ないという。
でも太古の昔から魚を利用していることに間違いはないのだが。
多い、少ない、といってもどれほどの違いがあるのか、私には推測するすべはない。
けれども、高度成長の犠牲になった日本の汚い海や川を見るたび、この美しい海が思い起こされてならない。
昼食時にビールを飲まなかったため、帰りの車を運転するハメになってしまった。
アメリカに留学中という、ブルガリアの学生に別れを告げた後、マヴロマティへと急ぐ。
しかし、まだ運転になれていない私のこと、見ず知らずの道を、しかも急カーブの山道を、
70km以上も出して走るのはかなり精神的疲労が大きかった。何度かヒヤッとしながらも無事宿舎着。
考えてみれば、1時間以上ものドライブをしたのは、何とこれがはじめてだったのだ!
皆さん、私の車に乗ることになりまして、どうもお疲れ様でした…
約束の5時に遅れたので、ニックたちはすでにカラマタへと出発していた。
サッカー場の予約は6時からしてあったわけで、ピロスの青い海と白い家、碧い空に心を奪われていた私たちが、
何もかも悪いのである。
6時半ごろ、カラマタのサッカー場に到着。
日本VSギリシアの、メッセネ・カップのキック・オフ!
前半、あれよあれよというまに3点を先制された日本チーム、
後半追い上げて5−5までしたものの、結局7‐5でギリシアチームの勝利であった。

行きも帰りもニックの車に乗せてもらう。
ニックは細い山道でも120kmを出す飛ばし屋で、その運転はかなり恐ろしい。
でも、なんとなく気分がスカッとするのはなぜだろう…
マヴロマティが近づいた。
一昨日私がぶつかりそうになった「メガロンコーナー」を超えると、そこが現在の私たちの"巣"なのである。
広場に行くと、また子供たちが集まってきた。
名前はと言うと、もうひとりニック(こっちはチビニック)にジムが3人!
どうやらギリシア人の名前のバリエーションは少ないようだ。