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  近代教育史・教育の近代化について研究していこうとする私にとって、女子・女性の教育史もさけては通れない重要なテーマです。そのために文献を確認してオーバービューをしておこうとは考えているのですが、なかなか時間がとれなくてまだ考察・検証に専念することができないでいます。ちなみに、私の研究の視点は、私の書いてきた論文すべてに共通しているのですが、・・・この中嶌邦氏の講演をきいた時、自分の視点の間違っていなかったことを知ることができました。私が「こう書きたい」、つまり従来の研究で足りないと感じているとおりのことを、中嶌氏が今後の課題としてあげてくれました。再確認とともに、ひじょうに勉強になりました。いつか必ず、「近代化された=教育された」女性の歴史を描いてみたいと考えています。
  
教育史における女性と男性:
女子教育史研究の動向(中嶌邦氏による研究史回顧)
    19○○年9月23日 教育史学会第40回大会:コロキウム
       テーマA:教育史における女性と男性
    (オルガナイザー)井上恵美子、内海崎貴子、坂本辰朗
    (指定討論者)藤枝充子「生活史の方法論を中心として」
              村越純子「「良妻賢母」研究の課題を中心に」
    (話題提供者)中嶌邦
 

  中嶌邦さんのお話し
・・・(所属は)日本女子大学。専門は「歴史、日本の近現代史」。史料主義で理論嫌い。1955年から女性、女子教育史研究をはじめた。
 はじめた当時、驚いたことがある。@本当の概説書や戦後のまとまった本がなく、論文のみだったこと(総論なく各論ばかり)。A教育史研究の中で、女子教育史が重視されていないこと。これは明治12年「教育令」で男女混同から排除され分けられた時からのことで、女子の教育は扱われにくくなった。そして、B政策は「良妻賢母」であるが、「家族の問題」や「家庭教育史」の研究が、当時は全くなかったことに驚いた。男性優位の枠の中に「女性」と「女子教育史」がいた。

 日本教育史において、「女性は常に教育される側」にある。被教育者の側、受け手側の問題もある。ギャップもあったのでは。これは教育史だけでなく、女性学、歴史学でも同じ課題となる。今はかなりとりあげられるようになってきている。私も村越さんがまとめられた動向のように、政策の立場からイデオロギーをとりあげて考察してきた。たてまえ的なところがあった。
 「近・現代史の中で、男性と女性との関わりがどうなってきたのか」を考えていく。つまり先ずは「学校教育史における男女の問題」を考える必要がある。当然、歴史的にみても総量的差がある(資料・グラフ類:『近代日本教育小史』『図説日本女子大学の八十年』『学制百年史』『女性のデータブック』から)
  女学校=「学校」のもつ意味は男女で違っている。男子は「立身」、女子は「良縁」であった。また、女子就学には私立学校が大きく貢献している。
  はじめ「中等教育」を担い、後に「高等教育」をもカヴァーし、常に「女子の要求を果たす役」であった。その女子の就学理由も、(1)「親が、男もやるからやろうか?」 (2)「わが娘かわいさか?」 (3)「本人の希望か?」 といろいろ考えられるが、とにかく進学が増えてきた。階級構成も関係するが、よく「中位」「中間層」といわれるもののグラフ内で本当に中間層かは正しいとはいえない。

  近代になってキリスト教が入ってくる。欧米の影響がある。だからこれからは「欧米教育史の影響、比較考察」の視点が重要で、どのように影響を受けたか、あるいは受けなかったか、それを考える必要がある。また同様に、近代アジアに与えた影響についての研究も、もっとされるべきテーマである。

  次に、もう一つは、「教育内容の問題」である。これも「男女の差」を考察することが重要である。例えば、男性には「良夫賢父」を求めていない。また、男女の性教育の差である。男にはなく、野放図である。妻にのみ貞操を求め、自らは自由。よくいう性の二重批判。対して女に「産めよ増やせよ」と求める。かなり、「性」を媒介にした時に教育内容が違ってくる。また、売春婦が生活のためということもあったことを・・・、ふまえておくことが必要である。 とにかく、「女らしく」の方が要求が強い。女性に子産み・子育てを強く求めている。
 また、日常的な時間の中での・・・、「女性の生活」を考えることも重要(資料・表:海後・吉田『学生生活調査』、『学校基本調査報告書』『日本の階級構成』参照)。男女との違いというのがより見えてくる。

  近代は「情報の時代=マスメディアの時代」である。雑誌などの情報を読み取る視点もある。明治末期頃には、100%、小学校へ通っていたが(実際には退学児などもいたが)、・・・文字が最低限読めるということである。また、振り仮名つきの本も多い。このように学校外での知的なモノ、教養・媒体が多いのではと考える。大正デモクラシー以後は特に多くなった。雑誌から読みとる。男性の雑誌との比較も大切で、「性」の問題についての内容はひどく、その差がみてとれる。
  とにかく、男性との比較が重要。@学校という機構に外れ、入れなかった女性。A社会教育の機会が増え、それに参加すべき時の女子についても、男性の場合との参加の差をみるべきである。
  まとめとして、・・・近・現代、あるいは戦後の(戦前からの)移り変わりを、女性を通してみることができるのではないか。できるだけ長いスパンでとらえたいと思っている。女性の自立性を教育史の中でとらえてみたい。 
 

◇・・・質疑応答の中で・・・◇

 フェミニスト側からの考え方として・・・、女子の大学進学と大学の側の開放という意味において、「開校時点から男女共学制を採用」していたとはいっても、主要な理由は、大学存続のためには一定数の学生数を確保する必要があったという経済的な問題によるものであり、そこでは両性の平等な教育が目指されたのではなく、男性の学生の側の様々な必要性(家事・労働など)を満たすために女性が必要だったと考える。

 また、男性と同一の教育(男性を基準にした教育)への女性の参加を無条件によいもの、「入学=性差別の解消」という伝統的解釈に疑いをもつ必要がある。  女性のみが登場する教育史ではなく、教育において性差がどのような問題を引き起こしたのかに、関心をもつ必要があるだろう。
  以下のような視点が提起された。
 ○女性不在の歴史、○女性英雄史、○女性受難史・被抑圧集団史、○抑圧された女性の歴史的「貢献」への着目、○女性−男性の関係史としての歴史。

  また、女性のみのための教育機関は保守的であり、「家庭制イデオロギー」の注入を行なったという定説の再検討も必要ではないか。
  伝統的価値観と共存しえ、かつ「正しい」「非伝統的」な価値と深く結びつくや「社会変革」を推進させる普及に力を提供するというパラドックスがあることをふまえて研究していく必要があるであろう。