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第3章・戦術と技術

 さて、ケーキ屋のおっさんが引っ込んで今度はどこからどう見ても日本人のおっさん・ロベルト氏の出番。さっきのおっさんとは違って日系人。少しは日本語が出来るらしいのだが、あまり得意ではないらしくここでもやっぱりポルトガル語で通訳を介した説明となった。

 まずは技術だが、その説明は主にシュートのものだった。インステップキック、トゥキックでのシュート、そしてボレーシュートをバリエーションで、普通のボレーシュート、一度バウンドしたボールの上がり端を叩くボレーシュート、浮き球を短い振り抜きで叩くジャンピングボレー。詳しい名称は憶えていないのだが、ボレーシュートのバリエーション全てにそれぞれ名前が付いているそうだ。まっち曰く「それぞれに名前が付いているのはいかにもブラジルって感じ」とのことだが、けだし同感である。
 これらのシュートは全てオスカー氏の実演で一つずつどういうものかの説明がなされた。

 その後、講座は戦術論に突入。フットサルの基本的な戦術として、以下のパターンが説明された。各戦術の詳細は図解を参照して頂くこととして、フットサルにおける基本的なフォーメーションは以下の通りである。



基本フォーメーション
【G】………ゴレイロ。ゴールキーパーのこと。
【B】………ベッキ。一番底の選手を指す。
【AL・AE】…アラ。中盤サイドの選手。
【P】………ピヴォ。トップの選手を指す。



(1)エイト  味方選手のうち3人がドリブルとパスでポジションを入れ替えながらボールを動かし、相手の隙とスペースを作り出す戦術。相手に隙が出来たらピヴォにボールを当てて崩していく。フットサルにおけるもっともポピュラーな基本戦術と言える。 (2)クロス  ベッキがどちらかのサイドのアラにパスを出し、パスを受けたアラはもう一度ベッキに戻す。その後、ベッキにパスを出したアラはピヴォの位置へ移動し、ピヴォはアラの位置に入る。2人のポジションチェンジで相手のマークを交わすための戦術。 (3)カジンニャ  ポルトガル語で「家」のことらしい。フィールドプレイヤー4人にゴールキーパーを加えた5人全員で攻める時の戦術。(2)のベッキがそのままゴールキーパーに置き換わり、残りのフィールドプレイヤー全員が相手陣内で正方形に近い形の布陣を敷く。ゴールキーパーがパスをしたボールは一旦ハーフウェイラインを越えるか、相手選手が触れない限りもう一度触れることが出来ないので、キーパーからパスを受ける選手は必ず相手陣内にいなければならない。キーパーにパスを戻した選手は、その後前にいる選手と縦のポジションチェンジをして相手のマークを外す。
 といったような感じで、これも FIRE FOXのメンバーによる実演付きで一つ一つ説明がなされた。先ほどのシュートパターンといいこの戦術紹介といい、実際に目の前でやってもらえるとやはりわかりやすい。何事もそうだが、お手本があるとないとでは大違いである。頭の中に実際にイメージが出来るからで、CSで放映されているフットサルヨーロッパクラブ選手権で、解説のマリーニョ氏(フットサル日本代表監督)が番組の中で「サッカーを見ない人にサッカーは出来ない。同じようにフットサルを見ない人にフットサルは出来ない」と言っていた。それは全くもってその通りであると思うし、実際全日本選手権で見たFIRE FOX Ipanema'sのプレイは、レベルはまるで及ばないものの影響を受けたし参考にもなった。が、見ただけで巧くなるんだったら苦労はしねぇ。それだけでいいなら今宮純は今頃シューマッハーを超えている。前回参加したしはまやのしんの話を聞く限りでは、みんながボールを触ってたくさん練習出来たということであったので、今回ももちろん同じような感じで、オスカーをはじめとするFIRE FOXの指導を直々に受けながら練習できると思ったからこそ練馬からはるばる府中までやってきたのである。
 なのに一向に我々にボールを触れさせる気配のないロベルトさん。気合い充分でユニフォームを着てきたオレに、「ひょっとしてオレたちは何かものすごい勘違いな格好をしているのでは…?」という言いようのない不安が襲ってくる。初めて渋谷を歩いた時にも似た心境で辺りを見回すも、周りの人たちもユニフォームかトレーニングウェアに身を包んだ人ばかりである。少なくとも短ラン・ボンタン(40-15cm)で渋谷を歩くほどの場違い感はない。
 が、皆が同じような格好をしているということは、周りの人たちも皆同じような気持ちに違いないということである。スタンド席全体に「自分はなぜここにいるんだろう?」といった、湘南ベルマーレの前園真聖にも似た心境が充満し始める。

 スタッフ側もいよいよそんな空気を察してか、なんの前触れもなく「さぁ、みなさんもやってみましょう!」といきなりシュート練習となった。希望者は是非どうぞ、というが、わざわざ運動できる格好をしてきながらここで希望しない人がいるはずもなく、あっという間にフロアは人間でいっぱいとなる。2つあるゴールに二手に分かれ、FIRE FOXの定永・伊藤という正副GKが守るゴールに向かってマイナスのゴロをシュート。パス出しはもちろんFIRE FOXの選手。
 しかし何しろ人数が多いので、2つに分けたところで満足に順番が回ってくるわけでもない。ところが一回りする化しないかといううちに「じゃあ今度はこのシュートを」と、どんどんメニューが変わって行く。そのだいたいは先ほど説明&実演されたシュートの練習なのだが、そうは言っても「どういう感じでやるか」という説明もなしに、さっきちょっと見ただけのボレーシュートなんて出来るわけもなく、ことごとくスカってはへこむオレ。そのうち「ダッシュで走り込んで背後から出されたパスを振り向きながらトラップしてのシュート」という、見せてももらってないメニューが出てきたりと、なんだかよくわからない。
 しかもフロアが小さく、コートの端で順番を待つ人が長蛇の列となってゴールの脇あたりまで溢れかえる。前が詰まっているのでそれ以上どこにも行きようがなく、仕方なく「シュート練習をしているゴールの脇」という最も危険な位置に身を置かざるを得ない羽目に。シュートを打つほうも打つほうで、「FIRE FOXのキーパーが守っている」という滅多にないシチュエーションに「定永からゴールを奪ってやる!」と身の程知らずのことを思ったかどうかは知らないが、ゴールの周りに人が溜まっていることなどお構いなしに思い切りシュートを打っては正確に人垣に蹴り込む痴れ者も多く、別の意味で一瞬たりとも気が抜けない精神修行込みの練習となった。

 さて、片方でシュートを打ったらもう片方の並びに入るという形でシュート練習が続けられていたのだが、逆側に抜けようにもゴールが壁ぎりぎりまで来ているので後ろには抜ける隙間がない。従ってシュートを受けるGKの前を通らなくては向こう側に行けないのだが、シュートを受けるGKにとってはいきなり前を通過されてはたまったものではないし、シュートを打つ側もボールが出てきたのに無防備な人間に前を通過されては邪魔なことこの上ない。また、通過するほうも後ろがつかえているので悠長に切れ目を待っているような暇がなく、必然的に切れ目があろうがなかろうが決死の覚悟で前を横切らざるを得ないという誰も得をしない選択肢しかなかったため、もう面倒くさいので延々と同じところでポストシュートの練習をすることとする。
 オレはといえばポストに入っていた#8鵜飼選手を前に、ただでさえへたくそな上に緊張してしまい、見事なパスミスを連発。しかも落としは全て右側だった(スペースの関係でポストは左サイドでやっていた)ために、ただでさえへたくそなくせに不得意な右脚でのシュート。結局ほとんどまともに枠に飛ばせずへっぽこっぷりを周囲にアッピールしただけに終わる。
 そのうちよくわからないままにシュート練習も終わって食事タイムとなったわけだが、前述の通り9時スタートが9時受付になってしまったために休憩時間を削るという。昼休みは30分削られてわずか30分。朝からおにぎり1個しか食べてないためにとっとと飯を食ってしまいたいところだが、日吉体育館の近くには食事が出来るようなところなど何もない。30分では何も食えないと判断した我々は、せっかくボールもゴールもあるのだし結局食事は終了後に摂ることにして、30分をひたすら練習に費やすことにした。そして2つしかないゴールの1つを占拠するという傍若無人っぷりを発揮しつつ午後に備えるのであった。

第4章へ続く


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