
| 飼い猫がキャットフードだけを食べさせられていると、その子供はキャットフード以外のものは食べなくなります。親が食べているものと同じものを食べることは危険から身を守るための本能のひとつであり、これをインプリンティング(刷り込み)と言います。「三つ子の魂百まで」も人間におけるインプリンティングを指し、子育てへの戒めを説く言葉でしょう。それほどに幼少期の体験は重要で、この時期の経験はその人の生涯に渡る基盤を形成し、逆に言えばこの時期に経験していない事を後から自らの基盤としていく事は難しいとも言えるでしょう。 | |
| 「人間は十二歳まで食べていたものを一生食べていく。」、これは日本マクドナルドの社長、藤田田(ふじたでん)氏が唱えた“十二歳味覚説”です。人間も幼少期から少年期までに食べていたものが「おふくろの味」としてインプリンティングされます。その頃を過ぎてから食べたものを好きになることはあっても、「おふくろの味」にはかないません。だから、この時期の子供に「マクドナルドの味」をインプリンティングしておけば、その子達が大人になり、自分の子供が出来れば「おふくろの味」としてマクドナルドのハンバーガーを食べさせ、それは代々受け継がれていくだろうというのが藤田田氏の戦略なのです。氏によれば「マクドナルドはすでに日本人の新しいおふくろの味だ」そうです。確かにマクドナルドのセールスプロモーションを見ても子供がターゲットになっている事は明らかです。“ディズニー”“スターウォーズ”“ハローキティ”のキャラクターセット、平日半額(実はこれも平日の方が販売日数としては多い訳だからおかしいと思う。本当は土日祝日倍額なのです)、そして祖母が孫に連れられてマクドナルドの店に行くCF、そのどれもが子供へのインプリンティングであり、その努力が結実しつつあります。 |
日本マクドナルド社史へ |
| 「私は日本人に肉とパンでできたハンバーガーを食べさせ、日本人を金髪に改造する。そのためには子供にターゲットを絞っていく」と藤田田氏は言明しているそうです。今の12歳の子供の親の年齢は40歳ちょっと手前が中心になるでしょう。マクドナルドが第1号店を東京・銀座にオープンさせたのが1971年ですから、この親達が10歳くらいの頃でしょう。その当時の子供にとってハンバーガーなるものを食べることは、異文化を体験することであり、ちょっとした贅沢でもありました。 | 藤田語録へ |
| いかにインパクトが強かったかというエピソードを紹介させていただきます。ある少年は友達のお誕生日会に誘われました。当時のお誕生日会といえば、祝ってもらう子の家に呼ばれて、五目寿司やお菓子などを食べながら談笑する、というのが一般的だったでしょう。ところが、今回は勝手が違います。会場がマクドナルドの店だったのです。そして、招待客にはマクドナルド特製三角帽が配られ、ハンバーガーやフライドポテトを食べながらのお誕生日会だったそうです。彼はこのお誕生日会を大変贅沢な(ある意味、事実ですが)ものに感じ、マクドナルドに対し憧れすら覚えるようになったそうです。そして、彼の中期目的はマクドナルド1本に絞られ、中学生の頃に一足早く、アルバイトでお金を得た兄をうらやましく思い、「俺も早くアルバイトをしてお金をもらい、マクドナルドを誰にも止められることなく、腹一杯食べてやるぞ」と心に誓ったそうです。
この少年とは、恥ずかしながら、愚弟のことで、私が当時、愚弟と交わした会話の端々にマクドナルドへの賛辞が込められていました。本人が今、どう思っているかはまだ聞いてませんが、恐らく、あまり変わっていないだろうと思います。 |
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| このようにマクドナルドはその登場により、多くの子供達の心を捉えました。そして、その子供達はハンバーガーというファーストフードの食文化の信奉者となってしまいました。折からのベビーブームによって子供の数も多く、それは競争社会への焦燥感に繋がり、学習塾や習い事に親子ともども精進するようになったのもこの頃でしょう。学校から帰るとカバンを持ち替え、そのまま学習塾へ。食べ盛りの子供達にとって、学習塾の前後で時間をさほど獲られることなく食べられるファーストフード店の存在はまさにうってつけでした。親達にしてみても学習塾の月謝捻出の為にと、母親も共働きで外に出るようになり、その為に子供達の食事を作る時間も少なくなってしまいました。既に家庭は核家族が主流を占め、代わりに子供の食事を作ってくれる人もいません。そうなると子供だけでも利用できるファーストフード店の存在は親にとっても有難かったことでしょう。そして、その状況は子供の数が減ってきたにも関わらず、現在でも続いており、いや、日本経済全体の沈降ムードの中で、より数の少なくなった勝ち馬に乗らんがため、競争はさらに激化しています。それがファーストフードへの需要を高くし、店同士の競争を激化させ、さらにファーストフード店の店舗数が増大し、そして子供達のファーストフード店への依存度を高めているのです。 | |
| では、藤田田氏の構想と現況を見比べるといかがなものでしょう。「日本人を金髪に改造する」にいたってはナチス・ドイツ、いやショッカー並みの野望を感じます。しかも、その野望が果たされつつあるのが恐ろしいのです。もちろん、大方の日本人は生まれついての金髪である事はないと思いますが、町を歩くと遭遇する茶髪、金髪、赤髪、緑髪の若者達を見ると、藤田氏の野望を知ることもなしに、忠実に、金髪化への一途をたどっているような気さえします。そんな彼らにとって、マクドナルドの味は「おふくろの味」であり、幼き頃から今日に至るまで、食べ慣れ親しんだ味覚なのでしょう。そうである限り、彼らが自分の子供にもその食べ物を食べさせる事を咎める事は出来ないと思います。
では、藤田田氏の思惑のままに日本人の食生活が変化していってもいいのでしょうか。答えは否だと思います。狭い範囲で言えば第二次世界大戦後、もう少し範囲を広げれば明治維新以降日本人の食生活は大きく変化してきました。食生活は文化であると同時に、民族、人種の肉体を維持する重要な要因であり、人類が地理的要件、あるいは歴史的要件に従い、その時々によって、自らが生き残るため、より快適に生活するために、様々な工夫や努力の元、自らの食文化を長い時間をかけて形成してきたはずです。特に日本人は徳川時代の長い鎖国制度により、外来の食文化の影響をさほど受けることなく、また、数度に及ぶ飢饉によって、日本人として生き抜くための知恵やそれに則した体質を身に付けてきたはずなのです。近代に入っての明治維新、もしくは世界大戦での敗北はこのような日本人の食生活にとっても大きな転換期であり、いずれも食の西欧化を促進させるものでした。 |
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| 食の西欧化のどこが悪い、スポーツを見たって、西欧人の方が体格もいいし、学業でもスポーツでもりっぱな成績も残しているではないかと反論される向きもあるでしょう。先日もサッカーの日本代表の試合を観戦していましたが、思わず戦慄が走りました。西欧人に混じって戦う為なのでしょうか、金髪に近い選手がたくさんいました。「郷に入りては郷に従え」なのでしょうか。高い評価を受ける、ある選手は偏食で有名です。彼はすでに西欧人となりつつあるのでしょうか?
西欧人が西欧人としての食生活を全うするなら、なんら問題はないのです。彼らは彼らの先祖から受け継がれてきた食文化の踏襲であり、生物学的にみても、それが彼らの身体を維持するに適している食生活だからです。そうやって、親から子、子から孫へと食生活が受け継がれてきたからこそ、今なお、人類史の上でもその名を留めているのであり、そのように対応できなかった民族はすでに、歴史からその名を残す事も叶わなかったのではないでしょうか。そういう意味でも、日本におけるこの100年間での食生活の変化は今後の日本人という人種の存続にまで影響を及ぼすのではないでしょうか。 |
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| 維新後の富国強兵政策、さらに戦後の高度経済性長期以降、工場などによる人手需要から、農業に携わるべき若い人達が都市や工業地域へ流出してきました。さらに、国家も海外で高まる貿易黒字への批判の矛先をかわすために、外国の食糧の輸入を奨励してきました。これによって、江戸時代の米本位制度から脱却しきれなかった日本の農業は、特に敗戦後の農地改革により、欧米の様に商業作物を作るには不向きな、資本力を持たない個人事業としての農業しか出来なくなっていました。東北など元来、米作に不向きな地域が、「米作に不向きである」という結論を見たのは明治に入ってからの事です。つまり、日本では農業が産業としては立ち遅れているにも関わらず、生活が欧米化し、農業はそれに対応しきれず、その上、政治的に利用されたてきました。このことが外国から安い食糧が入って来た時に、対抗できなかった原因ではないかと思います。よって、価格競争にも勝った外国の食糧は都市や工業地域に住む人々の家計を助け、さらにスーパーマーケットのような新しい形態の小売店で大量に販売されることにより、その売価をさらに低くする事になります。そして、ファーストフードの多くはそういった外国産の安価な野菜によってコストを下げることに成功し、それを売価に転化して、将来のおふくろの味の伝達者である、子供を取り込みつつあります。このように、ファーストフードへの異常な傾倒は日本の食糧自給率をも低くしているのです。 | 食糧自給率って何? |
| 東西冷戦構造が終結したとはいえ、世界にはまだまだ紛争が相次いでいます。民族や宗教など今の日本人には感覚的には全く理解できえない理由で人が人を殺す行為が繰返されているのです。そういう紛争が日本へ食糧を輸出してくれている国へ飛び火しないと誰が言い切れるのでしょうか。現に、台湾の総統が日本へ治療に来るだけで、中国やアメリカは神経をピリピリさせました。世界情勢は決して安定している訳でもなく、また、農業従事者の人手不足は日本だけではないのです。農作物輸出国がいつまでもそうありつづけるとは誰も断言できないでしょう。「いつの間に…」「知らなかった」では済まされません。そうなってからでは遅いのです。 | |
| 多様化する食生活そのものを否定する訳ではありません。しかし、ハンバーガーがおふくろの味になっては困るのです。おふくろの味とは生命を育む母の味です。日本人が日本人として生きていくには先祖伝来の食生活に立ち戻る必要があると思います。そのことが日本の農産業を再興し、食糧自給率を高める事に繋がると私は信じます。逆に言えば、このまま食の西欧化が進めば、日本人は日本人としての自覚も失い、藤田田氏の説とは逆に国際社会からますます遅れる事になるでしょう。 | |
| 「人間は十二歳まで食べていたものを一生食べていく」のであれば、日本人の身体にあった食べ物を食べさせましょう。それとも藤田田氏の説の通り、自分の子供や孫を「金髪に改造する」ことに賛成しますか。少なくとも私は嫌です。 |
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