Ballett Frankfurt to be shut down by politicians.
2002年5月31日(金)

フォーサイス率いる Ballett Frankfurt が、フランクフルト市当局によって閉鎖を命ぜられたらしい。なんという愚挙! 世界中が声をあげて、この暴挙を思いとどまらせなければならないだろう。とりあえず私も、当局に抗議のメールを送る E-Mail Aktion に参加した。この日記の読者にも、参加をお願いしたい。サイトのアドレスは以下の通り。

http://www.sign.de/forsythe

公開してもよい、と言うより、より多くの人に読んでもらったほうがよい性格のものなので、以下にウィリアム・フォーサイスのメール、およびそれを伝えるダナ・カスパーセン Dana Caspersen のメールを紹介しておこう。事態は緊迫しているみたいなので……。

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Subject: closure

Hello everyone, I am sending along this letter from Bill Forsythe about the threat to close the Ballett Frankfurt. This is actually happening, there is a meeting set on monday with the politicians. We would very much appreciate your support, Please write to the Frankfurt city government and send this mail to everyone that you think might help us out. You can also go to the website:
www.sign.de/forsythe
and send a pre-written e-mail to the government, in support of the company. The site is in German, but easy to negotiate, click on "e-mail aktion", fill in your info, (e-mail address is required) and then click "abschicken"-

Thank you and greetings, Dana

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Friends-
The politicians of the city of Frankfurt are about to close the Ballett Frankfurt. They want to have classical story ballets. I'm so dumbfounded I don't know to what to think or feel. Spread the word please and have people send letters if possible, it's very important. Thanks so much.

Bill


Please address all letters to:

Oberburgermeisterin Petra Roth and Kulturdezernent Bernd Nordhoff

please send all letters to my assistant
celestine.hennermann@stadt-frankfurt.de and we will pass them on to the politicians.

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夜、東京文化会館で、ボローニャのテアトロ・コムナーレの三度目の来日公演。演目は(この項つづく)

コーチでブーツ
2002年5月30日(木)

銀座の Boots のあとに昨日オープンした COACH を見物する。海外では最大の店なのだとか。昔 NYC の COACH でブーツを買ったのだが、あまりにもしっかりと作られていて、足を痛くしたことがあったっけ。銀座の店では靴までは扱っていなかった。残念!

オーチャードホールで、〈ヨーヨー・マ & マーク・モリス・ダンス・グループ ガラ・コンサート〉なるものを鑑賞。前半はモンゴルの長唄〈オルティン・ドー〉、ジーユン・キムの〈トリスト〉、間宮芳生の〈五つのフィンランド民謡〉を、すべてにマが絡んで演奏したのだが、これは彼らしい企画で楽しめた。問題は、マの生演奏でマーク・モリス・ダンス・グループが踊る後半。シューマンの〈民謡風の五つの小品〉による "The Argument" と、バッハの無伴奏チェロ組曲第三番による "Falling Down Stairs" が上演されたのだが、これって何? こんな古臭い、だらけた、才能の欠片も存在しない、つまらないダンスを観ることになろうとは、正直思ってもみなかった。はっきり言おう、最悪だと! もちろん、音楽はとてもよかったんだけどね、音楽だけは……。

円卓?
2002年5月29日(水)

先週の金曜日に行われた砂子屋書房主催の河野愛子賞・寺山修司短歌賞の授賞式で配布された参会者名簿なるものにおいて、何と未だに私は「円卓」所属ということになっていたのだそうだ。やれやれ、である。「円卓」なんて、7年も8年も前になくなった(ある同人の背信行為によってやむなく解散した)というのにね。数年前に出席した時にもそうなっていたので、受付の女性に抗議しておいたのだが、訂正されないでいたらしい。まあ、出席と通知しておいて当日お芝居に行ってしまう方も、いささか問題なのかもしれないけれど。でも、歌人に会うのなんかよりずっと、ポツドールを観る方が重要ではある。

東京會舘で北溟社のいろんないろんないろんな賞の授賞式があったはずだが、出欠のはがきを出し忘れていた。まあ、欠席でいいんだけどね。で、ケテルでいろんないろんないろんなドイツ・ビールを呑んで、すっかり出来上がってしまったのでした。

A Streetcar Named Desire
2002年5月28日(火)

シアターコクーンで、連日目一杯の立ち見が出る大当りを続けている蜷川幸雄演出『欲望という名の電車』を観る。戯曲の性格から言って正攻法の演出しかできない作品だが、さすがは蜷川さん、見事な舞台に仕上げていた。出演は、ブランチに大竹しのぶ、ステラに寺島しのぶ、スタンリーに堤真一、ミッチに六平直政など。脇を含め、女優陣がより優れていたと言えるだろう(スタンなんて役はどだい日本人には無理なのだが、そう考えれば堤真一も高く評価しなければならない)。大竹しのぶは、なんだか面差しが杉村春子に似てさえいたようだが、ともかく現時点で日本を代表する女優としての力を見せつけてくれたし、寺島しのぶも、ステラという難しい、しかもとんでもなく重要な役に、圧倒的な現実感を与えていた。考えてみれば、この戯曲の芯に存在する役は、ブランチでもスタンでもなく、ステラなのだと言えるのではないだろうか。このあまりにも陰惨な芝居を観終えた観客が、それでも一抹の希望を胸に劇場を後にすることができるかどうかは、ステラひとりにかかっているのだから。

終演後、ホワイエで遭遇した高橋睦郎さん一行と〈龍の髭〉に行き、台湾小皿料理の夜食を摂る。青島ビールと紹興酒に、腸詰、大根餅、皮蛋、烏賊とカシューナッツの炒め物、茄子のピリカラ炒め、小海老のビーフンなど。

ヤッペンカンプ
2002年5月27日(月)

「未来」で「ニューアトランティスを読む」を担当するようになって知った最も印象的な歌人は、アムステルダム近郊に住むという合田千鶴(岡井隆さんの「解説」によると、ゴーダ・チーズに由来するペンネームらしい)だろう。その合田千鶴の第一歌集『The Morning After』(砂子屋書房)が出版された。とりあえず、なかなかに優れた仕事だ、と評価しておきたい。

合田千鶴の短歌の魅力は、まず第一に、その思想性ないしは社会性にあると言えるだろう。IXXI 関連の作品もそうだが、たとえばインドネシアにおける日本軍によるオランダ人捕虜の問題(この問題ゆえに、オランダはヨーロッパ屈指の反日感情を持つ国だと言われる)を詠んだ「ヤッペンカンプ」という連作を読めば、それは明らかだ。数年前、交換教授かなにかでオランダに暮らした有名な歌人が旅人としての一年を詠んだ歌集を出したが、そこでは暢気に看過されていた、と記憶する問題(この人は結局「旅人」で通したんだな、と、あれを読んだ時思ったものだ。もちろんそれは、作家としての方法論にかかわる事柄、あるいは作家としての選択なのであって、非難されなければならないわけでは決してない、むしろ非難されるべきではないのだが……)が、きちんと考察され、作品として結晶化されている。「あとがき」に、「多民族が多くの問題を抱えながら暮らすこの欧州という雑踏の中で、日本人としてでもオランダ人としてでもなく、一人の人間として歌を詠んでゆくことができるなら、どれほど嬉しいことだろう」とあるが、頼もしい限りだ。合田千鶴の今後に、期待したいと思う。

Zazie!
2002年5月26日(日)

K のアパルトマンで晩餐。ヴィデオでルイ・マル監督の "Zazie dans le Metro" (アクサンテギュが打てない!)つまり『地下鉄のザジ』を鑑賞。久しぶりに観たが、傑作だと思う。クーノーの原作も、飛んでる小説なんだけどね。「るしおる」第44号に発表した連作「(地下鉄)と(ローマ)」に、小説の最後のところの会話(映画も同じ)を引用したのは、やはり正しいことだった。

Wiesenland
2002年5月25日(土)

新宿文化センターで、Pina Bausch と Tanztheater Wuppertal の三番目の演目、ブダペストとの共同制作で2000年に発表された "Wiesenland"(邦題『緑の大地』)を観る。黒いステージは後方でやや八百屋になっていて、その向こうに「そそり立つ岸壁(高さ10m、重さ5t)は苔とシダに覆われ、数カ所から水が湧き出している」(制作ノートより)という大規模な舞台だ。後半、岸壁は横倒しにされ、その上でもダンサーたちが行動することになる。相変らず見事な舞台だが、しかし『炎のマズルカ』と併せ、彼らの近作には疑問がないわけではない。かつて彼らの舞台にふんだんにあったはずの〈ひりひりするような痛み〉が、ほとんど感じられなくなっているのだ。ドイツが統一され東西冷戦が一応集結してからの、ハッピーな(ハッピーに見えた)時代を反映しているのだろうか? IXXI 以後、痛みは復帰するのだろうか? むずかしい問題である。昨夜のポツドールの舞台は、九割方〈ひりひりするような痛み〉でできていたけれど……。

そうそう、『緑の大地』では、終幕、苔生した岸壁の上に、舟の竜骨が組み立てられる。あれはノアの方舟を暗示しているのだろうか? 昨日じっくりと眺めたカンディンスキーの〈コンポジションY〉もまた、よく見ればノアの方舟を描いていたのだった。

などといったことを考えながら客席を出ようとしたら、ある知人夫妻に声を掛けられた。あまり深く考え込んでいてろくな返答もしないでいたら、彼らを見失ってしまったのだが、変な人だと思われただろうなあ!

突然空腹を感じて、室町の砂場へ。ビールの中瓶一本に空豆、蕎麦味噌、卵焼き、大ざる三枚、というのは、食べ過ぎのような……。

カンディンスキーとポツドール
2002年5月24日(金)

東京国立近代美術館で、日曜日に終了してしまう《カンディンスキー展》を観る。旧ソ連の美術館の所蔵品のみを集めた展覧会で、最終的に作家が祖国を去ってから、要するにバウハウスの時代の作品が一切なく、レトロスペクティヴとは呼べない展覧会だが、日本の美術館のものとしてはよくできている方だろう。サンクトペテルブルクにある〈コンポジションY〉とモスクワにある〈コンポジションZ〉が並べて展示してあるのだけでも、一見の加地は十分あると言える。カンディンスキーは、やはり素晴しいよなあ!

ニューヨークから瞬間的に帰国している友人を囲んで、仲間で午餐。南青山の知る人ぞ知る名点 Mikita のランチを楽しんだ。前菜のあと、きのこのスパゲッティ、ホウボウとトマトのマカロニ、黒豚の炭火焼きオリーヴ・ペースト添え、パンナコッタと冷製クレーム・ブリュレのフルーツ添えなど。さすがに名店、という感じだった。

夜、下北沢の駅前劇場で、目下世界で一番ホットな劇団(かもしれない)ポツドールの『熱帯ビデオ』(構成・演出=三浦大輔)を観る。役者たちが実名で登場し、9回のステージでそれぞれ異なったテーマ(本当だろうか?)のヴィデオを撮影する現場を観客に見せる、という趣向。今夜のテーマは「コンプレックス」で、陰々滅々たる内容になった。ともかく、とんでもなく過激な舞台だ。もう一回観ることができないのが残念。毎回違うことをアドリブでやっているとしても、ものすごく見事な公演だと思うが、もしこれに緻密な台本が存在したりしたら、三浦大輔は天才だと言わざるを得ない。ともかく、とんでもない劇団ではある!


クマリと蜘蛛男、マオイストと近代短歌
2002年5月23日(木)

朝日新聞の今日の朝刊によれば、ネパールは目下、マオイストを名乗る武装集団が跋扈していて、国難と呼ぶべき状況にあるらしい。実は植島啓司さんから、9月にカトマンズに行かないかと誘われているのだが、やっぱり止した方がよいかしら? フィールド・リサーチングを繰り返している植島さんに同行すれば、あの生き神様である少女=クマリ(!)に会えるのだけれど。

新書館から、小高賢編の『近代短歌の鑑賞 77』という解説付きのアンソロジーが出た。文久元年生れの落合直文・伊藤左千夫から1908年生れの渡辺直己・石川信夫まで、77名の歌人の作品が集められている。編集方針や人選に異論が出る、というアンソロジーの宿命からは逃れ得ないだろうが、ともかく参考になる一冊ではある、と言うべきだろう。労作でもあるしね。それにしても、新書館のこのハンドブック・シリーズ、オペラ関連の何冊かには寄稿させてもらっているのだけれど、短歌関連の企画からは声がかからない。まあ、アウトサイダー歌人(これは夏石番矢の規定だ!)としては当然だろうし、第一、近代短歌についてなんかほとんど書けないだろうしね。それに、近代短歌という概念が、もうひとつ理解できないし……。

日劇1で、サム・ライミ監督の映画 "Spider-Man" を観る。主演はトビー・マグワイアで、グリーン・ゴブリンにウィレム・デフォー。アメリカでは記録的なヒットになっているらしいが、たしかによくできたエンターテインメントだと思う。予告編には出てきたそうだが本編ではWTCが一切出てこなくて、とっても寂しい気持ちにさせられたけれど……。WTCを背景に宙を舞うスパイダーマンを、是非見たかった!

『赤光』の誕生
2002年5月22日(水)

「未来」で目下一番面白いのは、断続的に連載されている岡井隆さんの「『赤光』の誕生」だろう。5月号はその第五回だが、本当に教えられることだらけだ。結社誌という読者が極端に限定された媒体に発表されているのは、正直惜しい。これほどの力作を自分の所属する結社誌に提供する、というところに、岡井さんの責任感が現れている、と言うべきだろうか。私は短歌結社に否定的だが、それでも結社の次代を担う作家たち、「未来」で言えば加藤治郎くんあたりが、これくらい力の入った論考を毎号発表してくれたら、それはそれで素敵なことだ、とは思う。

結社誌、と言えば、この間、「青藍」の終刊号を二種類(!)見てしまった。何だか凄かったなあ!

夜、K と関内の鳥伊勢で焼き鳥。日本の総領事館での亡命に失敗した家族が、マニラ経由でソウルに向かったという。一安心だが、残された未解決の問題はあまりにも多い。やれやれ!

ヘルダーリン!
2002年5月21日(火)

岩波文庫の新刊を、本当に久しぶりに買った。川村二郎訳の『ヘルダーリン詩集』である。私がヘルダーリンに初めて接したのは、高校生の時に読んだ角川文庫版『ヘルダーリン詩集』だったろうか? それともゴダールの『軽蔑』で登場人物たちがしきりにヘルダーリンを朗読するの観てだったろうか? ともかく、この詩人の作品とは、さまざまな訳で接してきた。彼のテクストに基づく音楽も、かなりの数、聴いてはいる。長い付き合いだ。日本語で読んでも難解なので、まだドイツ語のテクストは持っていないけれど……。

完全には誰も理解することのできない言語の集積。優れた詩とは、そういうものだろう。だが、それにしてもヘルダーリンはよくわからない。結局私は、彼の作品をほとんどわからないままに死ぬことになるのではないか。ヘルダーリンに関しては、それでよいのだとも言える。

昨夜に引き続き、松屋銀座の宮川本廛で鰻を食べ、何枚かのCDを買って帰る。最近購入したCDのリストは、いずれ書き込むことにしよう。

上野で鰻
2002年5月20日(月)

上野公園内の伊豆栄梅川亭で開かれたさる句会に出席。歌会には一度も出たことがないのにね!

今どき珍しい茅葺屋根
2002年5月19日(日)

お世話になった方の奥様が癌で亡くなられたので、お葬式に列席する。宿酔で死にそうだったのだけれど……。そうそう、小田急線読売ランド前駅の裏にある茅葺屋根の立派なお家は、あれは何なのだろう?

夜、例によって K のアパルトマンで晩餐。向かい酒にシャンパンとブルゴーニュを空ける。クレジットカードの会社から送られたワインとボヘミアングラスのワイングラスセットを持参した。

Masurca Fogo
2002年5月18日(土)

新宿文化センターで、Pina Bausch と Tanztheater Wuppertal の二本目の演目 "Masurca Fogo" 『炎のマズルカ』を観る。1998年の作品で、彼女たちの舞台としては明るい作品と言うべきだろう。いきなり激しいソロのダンスで始まる、舞踊の要素の濃い作品でもある。後方に岩場のある白い箱形の装置で、『七つの大罪』と異なり、例によって台詞が日本語になっていて、滑稽さが際だっていた。ともかく、最高に楽しい舞台だったと言っておこう。

ホワイエでお目にかかった演劇評論家の扇田昭彦さんが、「國文學」の「短歌の争点ノート」を面白がってくださった。あんな人選のあんな企画は、短歌雑誌には真似できないものね!

夜、さる文学者の都内のコンドミニアムで開かれた内輪のパーティに出席。クラクフから日本語の勉強にやってきた美少女、なんていう素敵なお客さんがいたりして、楽しい集まりだった。結局、午前2時まで呑むことに……。

ポツドール公演間近!
2002年5月17日(金)

あのポツドールの公演が迫っていることに、突如気が付いて、チケットぴあへ走る。見逃したら大変だものね! 今回は下北沢の駅前劇場で、演目は『熱帯ビデオ』、今月の22日から27日まで公演される。

夜、クロちゃんのいないクロノスへ。黒方の線香と天目の香立を持参し、置いてもらう。ポツドールの存在を知ったのもクロノスにおいてだったが、ここが無くなったらこうした情報は仕入れにくくなるだろう。困ったことだ。

「短歌往来」6月号
2002年5月16日(木)

美容院へ。なんだか草臥れていて、眠ってしまった。で、鰻屋へは行かずに、CDを何枚か買って帰宅。やれやれ!

「短歌往来」6月号に、穂村弘くんが拙著『海の空虚』の書評を書いてくれた。タイトルは「短歌連作という詩」。批評された側が言うのも何だが、十分に読み込んだ上で書かれた、優れた書評だと思う。ありがたいことだ。

ちなみに、これが短歌雑誌に出た『海の空虚』の最初の書評。もしかしたら最後の書評になるのかも知れない。もっとも、あの本、すべての短歌雑誌に送ったわけではないからなあ……。ともかく、ながらみ書房の及川(晋樹)隆彦さんにも、感謝しなければならない。短歌の世界の全体を見守る力のある、希有な編集者のひとりだと思う。

ええと、この雑誌で、『駅へ』(楽しめる歌集だった)で注目の松村正直くんの写真を発見。将来、頑固親父になりそうな……、と言ったら、失礼かしら?

平穏な一日
2002年5月15日(水)

K のアパートメントで夕食。考えてみれば、書かなければならない原稿が山ほどある。困ったことだ。

ピナ・バウシュ!
2002年5月14日(火)

遙か北の彼方、彩の国さいたま芸術劇場(行くだけで草臥れて死にそう!)で、Pina Bausch と Tanztheater Wuppertal の6回目の来日公演の最初の演目 "Die Sieben Todesünden"(『七つの大罪/怖がらないで』)を観る。1976年初演の初期作品ながら、当然客席はスタンディング・オヴェーションで応えた。前半はブレヒト/ヴァイルの『七つの大罪』、後半は彼等の『三文オペラ』『小さな三文音楽』『ハッピー・エンド』『ベルリン・レクィエム』『マハゴニー市の興亡』からの音楽に拠っていて、舞台装置はずばり、下手に歩道が付いている街路。そこで例によって、いかにも20世紀ヨーロッパ的な、生傷に塩を塗り混むような舞台(今回はダンスだけではなく、当然声楽付き)が展開する、というわけだ。やっぱり、ピナ・バウシュは凄い!

右後ろの席の青年が、劇場へ駆けつける途中で転んだか何かしたらしくて、膝に肉が見えるほどの怪我をしていたが、ピナ・バウシュには代えられないと、連れの女性のハンカチーフで縛って我慢していた。いかにもこの公演に相応しいエピソードだった、と言うべきだろう。


白い花だらけのバー
2002年5月13日(月)

「未来」5月号が届く。私は「アトランティスを読む」を書いているわけだが、なんだかね。大辻隆弘くんが時評で加藤治郎くん、および穂村弘くんに喧嘩を売っていて(そうとしか読めない!)、面白かった。

不動産の問題で、弁護士事務所へ。お金にならない不動産なんて!

松屋銀座の宮川本廛で鰻を食べたあと、クロノスへ。お客たちもようやく落ち着きを取り戻したという。白い花だらけのクロノスではある。

美少年都市・大阪
2002年5月12日(日)

二日酔いながら、大阪にはほとんど来たことのない田中槐さん、およびエスコート役の黒瀬カラン(あとで漢字にします)青年(変な奴かと思いきや、大変な好青年だった! いや、大の字を取って、やっぱり変な好青年かな?)と、大阪見物。心斎橋筋から戎橋筋、千日前、難波、水かけ不動などを回り、道頓堀の千房でお好み焼きを食べる。今まで食べたことのないほど美味いお好み焼きだった。

私はかねてより、「大阪こそ道行く男の子たちが、たとえオヘチャであってもそれなりに、みんな綺麗だ。おそらく日本では那覇に次ぐ、男の子の水準が高い都市だ」、と主張してきたのだが、嵐ファンの槐さんに、この意見に賛同してもらうことができた。さすがに槐さんは、お目が高い!

あとのふたりは通天閣を目指したが、私は夕方ののぞみで横浜に帰り、K のアパートメントで晩餐。今日は母の日だったせいか、寿司屋の出前がいつになく混んでいたという話だった。

先生の先生
2002年5月11日(土)

短歌1,300年の歴史を継承する歌人としての矜持と責務を自覚する歌人である私(なんて凄い!)としては当然のことながら、住吉大社に詣でる。ありがたいことである。

千里中央の朝日カルチャーセンター千里で、というより同じ建物内にあるA&Hホールで、「岡井隆の朗読する歌人たち in 千里」が開催された。出演は、岡井さんと私のほかに、魚村晋太郎、香川ヒサ、河野美砂子、田中槐、穂村弘の、計7名。前半は「青または緑」に関連する他作家の詩歌の朗読、後半は「手紙」をテーマにした新作20首の朗読。私は前半、李白の「古風 其五」とパウンドの「紺碧の眼」を、後半、「先生の先生」という作品を朗読した。大変に充実した朗読会だったと言えるだろう。

朗読会終了後、二次会(北野麦酒館)、三次会(堂山のアメリカ風バー)、四次会(昨日に引き続き、ハーヴァード・クラブ。この店のホームページのアドレスは、あとで書き込みますが、楽しい店じゃ!)と付き合い、最後に堂山のなにやらやけに美味いラーメン屋でラーメンを食べる。

定型という城壁
2002年5月10日(金)

「國文學」6月号が発売された。今回の特集は、ずばり「短歌の争点ノート」。私も「定型という城壁――その破壊と再生」という論考を寄せている。何と13首も自作短歌を引用したりしているので、顰蹙を買いそうだなあ。他の筆者は、永田和宏、穂村弘、吉増剛造、岡部隆志、小沼純一、山田富士郎、上田博、奥村晃作、辰巳泰子、加藤孝男、林あまり、吉田文憲、田中宏輔、佐伯裕子(目次掲載順)の各氏。面白い特集に仕上がっていると思う。辰巳・林・石井という反結社派の三人(ちょっとした迫力でしょ!)に、結社擁護派の永田教授は再度、さらに明確に結社の意味を答えなければならないような……。

あ、アクセス数が10,000を超えた。御愛読(?)ありがとうございます!

午後7時東京発ののぞみで、大阪へ。高級感はないけれど便利で安心な新阪急ホテル(私はこのホテルで、阪神淡路大震災に遭遇したのだった!)には、10時前にチェックインすることになった。夕食は車内で食べちゃったし、かと言って寝るには早いし、雨もほとんど止んだようなので、飲みに出掛ける。堂山のハーヴァード・クラブで、結局大いに盛り上がってしまった。明日は朗読会なのに!

ブー似の少女の運命は?
2002年5月9日(木)

韓国のNGOが愚鈍な日本の外交官たちを利用して問題を世界に知らしめようとした節はあるが、ともかく今回の亡命失敗(というか主権侵犯および亡命阻止)事件には、本当に愕然とさせられる。亡命してきた女子供を保護できないような国が、どうして国民を守ることができるだろう。有事なんていう事態がもし発生したら、われわれ日本人はその所属する国家によって見殺しにされてしまうに違いない。やれやれ!

それにしても、領事館の門の中で(ということは日本の主権の範囲内で)呆然としていた、"Monsters Inc." の主人公ブーにちょっと似ていた女の子、どうなるのだろう。日本は国家の威信にかけて、彼女を不幸な目にあわせたり殺したりしてはならないはずだ。

というわけで、K のアパルトマンで、怒りつつ夕食。もう、ニッポンって!

今年二回目の
2002年5月8日(水)

新国立劇場で、"Tosca" を観る。この小屋としては豪華な舞台だが、ゼッフィレッリ演出の豪華極まりない MET の舞台を見慣れた(なんて嫌味な! でも本当なんだから仕方ないよね!)眼で観ると、どうも何だか……。第一幕の最後で舞台装置が動くのも意味がないし、サンタンジェロ城がせっかく2メートルほど迫り上がっても(ゼッフィレッリ版ではめいっぱい迫り上がって古代ローマの遺跡の面影を残す牢屋が出現する)上から格子が降りてきてしまっては興醒めだ。第一、アントネッロ・マダウ=ディアツの演出、なんだか締まりがないような気がする。

ヴィンツェンツォ・ラ・スコーラのカヴァラドッシはともかく、ノルマ・ファンティーニのトスカもカルロ・グェルフィのスカルピアも、頑張ってはいるが硬過ぎるような……。お正月に MET で観た "Tosca" は(なぜかサンタンジェロ城が迫り上がらなかったけれど)充実していたなあ、と言ったら、やはり顰蹙を買うだろうか?

クロちゃん、灰となる!
2002年5月7日(火)

冷たい雨の降る中、落合斎場でクロちゃんが荼毘に付された。100名を越す参列者があったのは、クロちゃんの人徳のなせるところ。文化功労者やアーティスト、俳優や映画監督などもいれば、京都や大阪から駆けつけた人などもいて、挨拶するだけでも大変だった。涙に暮れる男性に混じって、少数ながら本物の女性や本物じゃない女性(それもものすごく美しい!)の姿もあって、興味深かった、と言ったら、不謹慎かしら。ともかく、心の温まる数時間だった。

夜、新国立劇場で "Salome"を観る。この項、あとで時間があったら書き足しますね。で、そのあとクロノスへ。クロちゃんを偲ぶ客で満員だった。高橋睦郎さんの追悼詩のコピーをもらう。これ、目下お客さん全員に配られているので、貰いにゆくといいかも。

クロちゃんが亡くなった日、午後の空き時間に映画好きだったクロちゃんを偲んで映画を観たことは書いたが、あの時観たゴダールの "Eloge de l'amour" こそ、クロちゃんが最後に観た映画だったのだとか! なんたる因縁! クロちゃんがあの映画へと私を導いたのかもしれない。

連休最終日
2002年5月6日(月)

クロちゃんの突然の死もあって、連休中に予定していた仕事の半分もこなせなかった。やれやれ!

夜、K のアパルトマンで晩餐。ヴーヴクリコのロゼとか……。

ベルギー人の板前
2002年5月5日(日)

ウィーン、ロンドン、ニューヨーク、カリフォルニアと旅をしてこられた白石かずこさんと電話。ロンドンでピンクのネクタイを買ってきてくださったらしい。

クロノスのクロちゃんは、7日午後1時から落合斎場で荼毘に付されるとのこと。お顔を見る最期のチャンスである。

根岸駅近くにある、ベルギー人ヘルマンさんがオーナー・シェフの居酒屋〈相馬〉で、K と一献。久保田紅壽にお刺身とかサーモンムニエルとか……。謎の店だよなあ!

スプマンテで天麩羅
2002年5月4日(土)

昨日の疲れで、ダウン。夜になってようやく元気を快復し、K と横浜駅の綱八で食事。メニューにスプマンテが加わった。


クロちゃん没す!
2002年5月3日(金)

午前8時20分、クロノスのクロちゃんこと黒野利昭さん死す。ああ!

ともかく、東京女子医大病院の霊安室に駆け付け、最後のお別れをした。とても哀しく、辛いことだ。高橋睦郎さん(クロノスという店名も彼の命名)をはじめ、何人もの友人たちが駆け付けていた。

葬儀は郷里の愛知県で、御親族の手で密葬として執り行われるので、別に東京で偲ぶ会を行うことになった。代表世話人はもちろん睦郎さん。日取りは、月命日でクロノスの定休日の木曜日でもある10月3日が有力。

睦郎さん、画家の米田民穂くんと、偲ぶ会の打ち合せを兼ねて新宿の維新号で飲茶。

クロノスは今夜から、御親族のお許しもあり、従業員の轟さんに米田くんが手伝いに入るかたちで再会する。それに顔を出すため、横浜には帰らず、とりあえず映画好きのクロちゃんを偲んで映画館へ。シャンテ・シネでゴダールの最新作 "Eloge de l'amour" (eloge は賛辞とか賞賛の言葉とかいった意味だと記憶するが、放題は『愛の世紀』)を観る。素晴しい、と言うべきか、いつになってもゴダールはゴダールだ、と言うべきか。

夜、クロノスへ。あとは沈黙!

1950年のまま!
2002年5月2日(木)

クロちゃんは、面会謝絶の状態だ。

夜、K と伊勢佐木町裏(本当は別の町名)の〈友廣〉へ。ここは美味い日本酒が沢山置いてある店。何種類も呑んだが、酔っぱらっちゃって銘柄は失念。初鰹、鬣肉付き馬刺、キンキの煮付けなどを食べる。その後、1950年の開店以来の内装がほとんどそのまま残っている(今やおばあさんになったマダムも!)奇跡のオーシャン・バー〈クライスラー〉へ。驚異の安さ、古典的に美味しいプレーンのピッツァ、懐かしい曲がいっぱいのジュークボックスなどなど、やはりこの店は凄い!

クロノス大変!
2002年5月1日(水)

マラソン・リーディングのDMはがきを置いてもらいに、久し振りにクロノスへ。ところが、定休日でも何でもないのに、何故かお店が閉まっている。店内では電話が鳴っているし、マンションに電話しても誰出ないし、さあ大変! 

実は前日調子が悪かったクロちゃんは、今日の午後自分でかかりつけの東京女子医大病院に行ったのだが、そこで倒れたのだという。友人たち数人と病院に駆け付けたが、蜘蛛膜下出血で緊急手術をしたものの、重篤な状態で ICU に入っているのだとか。医師に覚悟をしてくれと言われてしまった。困ったことになった、としか言いようがない。奇蹟を祈るしかないのだろうか?

クロノスにはもう20年通っている。私にとって、人生の重大な部分を占める店だ。クロちゃんは、家族以上の存在だと言える。私と同じ思いの客は、数知れないだろう。ああ、なんということ!

日本の銀行って!
2002年4月30日(火)

固定資産税を納めに、銀行へ。わけあって固定資産税は自動引落しにしていないのだ。もちろん問題続きのみずほ銀行は避けて、信用のある大銀行へ行ったのだが、75分も待たされてしまった。私の前に75人の先客がいて、窓口は四つだったので、一人平均4分の処理時間、ということになる。これって、かなり能率が悪いのではないだろうか? シティバンクで税金を納められたらいいんだけど!

夜は K のアパルトマンで晩餐。久し振りにヴーヴクリコのロゼを楽しむ。

休日
2002年4月29日(月)

みどりの日、というわけのわからない休日である。

谷川俊太郎
2002年4月28日(日)

「現代詩手帖」5月号の特集は、谷川俊太郎さん。穂村弘くんが谷川さんの『[詩集]』に違和感を表明していて、面白かった。そういえばこの本の書評を朝日新聞に書いたのは水原紫苑ちゃんだけれど、あの年齢で初めて谷川俊太郎の詩を読んだと正直に告白していて、面白かった。谷川さんの詩は若い頃誰もが読むものだと思っていたので、ふたり(穂村くんも初めて読んだらしい)の反応は凄く興味深い。

室町の砂場
2002年4月27日(土)

午後、美容院へ行く。その後、久し振りに室町の砂場へ。空豆、卵焼、大盛りのざる二枚など。さすがにここには、最初から蕎麦をたのむ客がいない。店員の躾も相変わらず好ましいし、もちろん蕎麦は絶品。名店だとつくづく思う。

夜は K のアパートメントで食事。

二冊目の "Beowulf"
2002年4月26日(金)

Seamus Heaney が訳して一昨年英語圏でベストセラーになった "Beowulf" を購入。W.W.Norton のペーパーバックで、古英語のテクストとのバイリンガル版である。

「現代詩手帖」5月号の「詩誌月評」で、和合亮一さんが、「三蔵2」創刊号に発表した拙作「(奴隷船)と(墓地)」を褒めてくださっている。嬉しいことだ。短歌の雑誌でも、「短歌研究」の合評鼎談あたりで、とりあげてくれないかしら? あ、あの雑誌には「三蔵2」は贈っていなかったっけ!

齋藤史さんが亡くなったそうだ。御自身が歴史だったような歌人……。お目にかかったことはないけれど、ともかくはお疲れ様と申し上げておきたい。

砂子屋書房の寺山修司短歌賞は、島田修三さんの『シジフオスの朝』に与えられることになったそうだ。とてもよく理解できる(文学的にではなく、政治的ないし力学的にね!)選考結果だと思う。穂村弘くんの『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』あたりに与えられていたら、長い目で見て賞そのものの格が上がっただろうに、とも思うけれど……。まあ、誰が名前を連ねていようと、賞の選考委員会というものは保守的になりがちなものさ。河野愛子賞に池田ひろみさんの『ガーゼ』というのは、こちらはいろいろな意味で納得できる選考だなあ。おめでとう、池田さん!

重い風邪!
2002年4月25日(木)

風邪のため、美容院をキャンセル。TRL の実行部隊の集りも欠席。やれやれ!

翻訳って大変!
2002年4月24日(水)

風邪、かもしれない。

頼まれて断れず、イーディス・シットウェルの詩を三篇翻訳してみたのだが、ちょっと大変だった。高校時代、英語は(も?)劣等生だったからなあ!


音楽と文学
2002年4月23日(火)

われわれの〈マラソン・リーディング〉は今年の《東京の夏音楽祭》の関連企画、ということになっているのだが、音楽祭本体のティケットが発売になったので、何枚か購入の手配をした。今回のテーマは〈音楽と文学〉で、さすがに興味をひかれる公演が多い。

私が行く予定の公演は、以下の通り。
◎シンポジウム〈音楽と文学〉
◎ゲーリー・スナイダーの『終わりなき山河』朗読
◎コンサート〈アイギとグバイドゥーリナの出会い〉
◎吉増剛造〈詩と音楽のインプロヴィゼーション〉
◎ハンス・ツェンダーの創造的翻案による〈冬の旅〉
◎プレガルディエンの歌う〈冬の旅〉
◎コンサート〈プルーストの音楽を求めて〉
ううむ、忙しい7月になりそうだ!

K のアパルトマンで食事。今夜のボルドーはやや軽かったような。

ティケット発売開始!
2002年4月22日(月)

不動産管理の問題で、弁護士と面談。不動産、と言っても、まったく大したことはないし、むしろ面倒のみが多いのだが……。

今日、チケットぴあで7月の《マラソン・リーディング》のティケットが発売された、はず。売れるといいのだけれど……。

なにもない一日
2002年4月21日(日)

記録すべき事のなにもない一日。K は九州に出張中だし。なにか思い出したら、後で書こう。

追善、襲名、麻婆豆腐
2002年4月20日(土)

歌舞伎座で、六世中村歌右衛門一年祭と中村松江の二代目中村魁春襲名披露とを兼ねた大歌舞伎を観る。演目は、『口上』の他に、魁春の八重垣姫に雀右衛門、富十郎、吉右衛門、勘九郎、梅玉がつきあう『十種香』、勘九郎と玉三郎の『ぢいさんばあさん』など。

終演後友人たちと、渋谷のセルリアンタワー東急ホテル内の陳健一の店「陳」へ。揚げた子豚の皮、春巻、海老餃子、芝海老のフリッター、茄子の煮込み、おこげなどを食べたが、やはり最高だったのは特製の麻婆豆腐だったろうか。流石に名品である。

東京への帰還
2002年4月19日(金)

長い間関西の大学に奉職していたある年長の友人の東京への帰還を祝う内輪のパーティが、共通の友人であるある文学者のコンドミニアムで開かれたので、出席。皇室の猟場で捕獲された鴨の薫製なども供せられ、大いに盛上がった。

演出家の死
2002年4月18日(木)

演出家のヘルベルト・ヴェルニケ Herbert Wernicke が、火曜日、バーゼルの路上で急死したらしい。享年は56。私は、彼の MET でのデビュー演出(にして MET での最後の演出)となった "Die Frau Ohne Schatten" の実に素晴しい舞台を、この1月5日に観たばかりだった。あまっさえ、あの舞台から得たインスピレーションを、「ユリイカ」2月号に発表した NY 滞在中の作品「雲隠・光源氏のための挽歌」に用いたのだった。詞書に出てくるオペラというのが、ヴェルニケ演出の "Die Frau Ohne Schatten" だったというわけである。複雑な心境、と言わざるを得ない。

そう言えば去年の今頃、私は NY にいて、4月20日のソワレに MET で "Ariadne auf Naxos" を観たのだったが、その日、ベルリンのドイッチェ・オーパーでは、シュトラウスの作品を得意としたジュゼッペ・シノーポリが、オーケストラ・ピットの中で急死したのだった。なんだか神妙な気持になってしまうではないか。ちなみに、シノーポリが録音した上記二作品の CD は、いずれも名演だと思う。

ヴェルニケが演出中だったミュンヘンの新しい『リング』は、どうなるのだろう? ヴィーラントの娘のニケ・ヴァーグナーが企画に参加した、反バイロイト色の濃厚な『リング』だというのだけれど……。

死にたくなる一日!
2002年4月17日(水)

なにかと慌ただしい一日だった。ちょっと死にたくなるような、ね!

夜、K のアパルトマンで晩餐。ちょっと変った赤ワインを呑んだ。

The Car Man (男版 Carmen ?)
2002年4月16日(火)

私の不注意、では恐らく全然なく、宣伝の仕方が悪くて、マシュー・ボーンと Adventures in Motion Pictures (AMP) のショー "The Car Man" を見損なうところだった。なんたってあの衝撃的な "Swan Lake" (私は1998年の年末にブロードウェイのニール・サイモン劇場で観た。『リトルダンサー』という邦題で公開されてヒットしたイギリス映画 "Eliot" の最後に登場する、白鳥がみんな男という『白鳥の湖』、と言えば、多くの人が「あ、あれか!」と納得するだろう)を創り出した連中の新作である。観ないわけには行かないではないか。ということで、オーチャードホールに駆け付けた。

オーチャードホールはいかにも広過ぎる(客席の奥行きがあの半分ならさぞ素敵だろうに!)し、さすがに "Swan Lake" には敵わないけれど、これはこれで楽しめるショーだ。ビゼーの "Carmen"、と言うよりシチェドリンの《カルメン組曲》の音楽に乗って、ゲイ・テイストを加味した『郵便配達は二度ベルを鳴らす』風のストーリーが展開する。舞台は60年代のアメリカの田舎町のイタリアン・コミュニティに設定されているが、ダンスにはどことなくイギリス的な、あるいはバレエ的な柔らかさが感じられて、面白かった。さまざまな映画からの引用も楽しめたし、なによりこんなにお下品(でもポルノっぽくはならないのが流石!)なステージも珍しいだろう。二度目の鑑賞、という知人に休憩時間に出会ったけれど、病み付きになる観客が出現しても可笑しくはないダンス・ショー(台詞も歌も一切なし)だった。

ただ、やはりマシュー・ボーンと AMP は、獰猛な雄の白鳥がマザコンでゲイの王子さまと踊るあの "Swan Lake" に尽きるような……。来年の春、来日公演をするというけれど、ああ、オーチャードホールはあの素敵なショー(バレエ?)にもやっぱり、あまりにも客席が広過ぎるだろう!

クローゼットの扉!
2002年4月15日(月)

ピカデリー2で、ディズニー+ピクサーのフル3D-CGアニメーション映画 "Monsters, Inc." を観る。凄く行けてるんじゃないだろうか。初の最優秀アニメーション賞のオスカーは逃したけれど、賞を獲得した作品より獲得できなかった作品の方が歴史に残るってことの方がずっと多いような気もするしね。ともかく、大いに楽しんだ1時間半ではあった。

で、子供部屋のクローゼットの扉って、ああいう風になっていたんだ! 子供時代の部屋のクローゼットは日本風に引き戸になっていたので、それでモンスターと会えなかったんだなあ。残念!

歌右衛門を偲んで
2002年4月14日(日)

K とともに、東京文化会館でベジャール・バレエ・ローザンヌの《ベジャール・ガラ=中村歌右衛門へのオマージュ》を観る。成駒屋の没後一年を記念する特別公演だ。演目は、"Prelude a..."、"L'Apres midi d'un Faune"、マーラーの「少年鼓手」と「トランペットが美しく鳴り響くところ」に振り付けた "Liebe und Tod"、東京バレエ団出演の "Gaiete Parisienne"、中村歌右衛門に捧げられた "Tokyo Gesture"の世界初演、"Elton-Berg"、"Le Teck"、"Brel et Barbara" の、豪華八作品。新作も面白かったし、まずは素晴しい公演だったと言えるだろう。(この項、もしかしたら続く)

終演後、青山の Savatini で、K と晩餐。一応、成駒屋を偲ぶ、ということで、パルマの生ハム、カプレーゼ、ポルチーニ茸の自家製パスタ、オックステールのリガトーニ、骨付き仔牛肉の油紙包み焼き、ズッパ・イングレーゼ、エスプレッソなど。ワインはグラナータというスイス国境近くで出来る赤ワインで、食後にはグラッパを二種類楽しんだ。

手袋、およびポケットについて
2002年4月13日(土)

朝日カルチャーセンター・横浜で開かれた「岡井隆の朗読会・朗読する歌人たち」に出演。肝心の岡井さんが40分も遅刻することがわかり、大騒ぎ。なんとか残りの三人(飯田有子さん、穂村弘くんと私)で切り抜けた。穂村くんは、新しい縁なし眼鏡(レンズは入っているが度は入っていない)をし、『世界音痴』のジャケット写真撮影のために購入したラルフ・ローレンの赤いシャツを裾を外に出して着て登場した。

今回のテーマは「恋」。前半の東西の恋の詩を朗読してみるコーナーでは、岡井さんが辻征夫とリッツォス、飯田さんが伊藤比呂美とプレヴェール、穂村くんが高橋睦郎とプレヴェールを朗読した。私は睦郎さんの「薔薇の木」と、シェイクスピアのソネット144番を坪内逍遙訳と西脇順三郎訳とで。

新作も恋がテーマで、岡井さんは樋口一葉とオサマ・ビンラディンの恋、飯田さんはサロメとHALの恋、穂村くんは明智小五郎と怪人二十面相の恋を歌った。私の新作は「手袋、およびポケットについて」という題の作品で、マラルメとメリー・ローランの関係を歌ったもの。これだけが実在のカップルである。もちろん、一番面白かったのは、やはり岡井さんの作品だった。

朗読会のあと、ヴィエトナム料理店で一服。芥川賞作家まで聴きにきていた朗読会だったんだなあ!

夜、K としゃぶせんでしゃぶしゃぶ。その後、The Tavern でギネス。前後不覚に酔い潰れた女の子がいて、救急車を呼んだりしていたけれど、まだ生きているだろうか?

関内・中華街コース
2002年4月12日(金)

K と関内の鳥伊勢へ。その後、加賀町警察前の Cable Car へ。明日は朗読会で、作品がまだ出来ていないというのに!

日記(の一部)消滅
2002年4月11日(木)

管理の仕方が解らなくて、この日記の昨年12月21日から28日にかけての内容が消滅してしまった。困ったものだ。誰かその分を保存している奇特な、というか物好きな方はいないかしら? いないよねえ!

加藤治郎さんが、その掲示板に、私の「未来」の連載について書いている。どうも気に入らなかったらしいけれど、本気で怒っているのかしら?

夜、帝国ホテルのレインボウラウンジでちょっとした集りがあった。レインボウラウンジは、久し振りだなあ!

「未来」に登場!
2002年4月10日(水)

「未来」の四月号から半年間、「ニューアトランティスを読む」という欄を担当することになった。結社は忌避したきたのだけれど、岡井隆さんから直接依頼されちゃったら、やっぱり拒否はできないよね。で、第一回は、そんなような弁明がくだくだしく書いてあったりする。それにしても、締切りが発行の二箇月以上前、というのは、早過ぎないだろうか。前に書いた原稿が活字になったのを見る前に次の原稿を書かなければならない、ってのはちょっとなんだかねえ! どの結社誌もこうなのかしら?

鰻、それから鯛
2002年4月9日(火)

酷い二日酔いだったのだが、ランチの約束は履行。築地の竹葉亭本店で、鰻の蒲焼と鯛茶漬を食べる。

お昼過ぎから、マラソンリーディングのDMを発送する会(?)が渋谷で開かれたのだが、欠席。そのあと、大井学くんのお誕生会も開かれたらしいのだが、こちらも退っ引きならない事情があって欠席。みなさん、御免なさい! そして、ガクちゃん、おめでとう!

灌仏会の句会で
2002年4月8日(月)

浅草の神谷バーに、初めて足を踏み入れる。実は、ここで開かれたある〈句会〉に出席したのだった。歌会には一度も出たことがないのにね! それはともかく、名高いデンキブランなるものが、実はマンハッタンの味だ、ということを知った。夜中まで浅草と銀座で呑みまくる。

ええと、句会で点の入った拙句を、披露してしまおう。完全な駄句だけれど。

散り果ててやうやく出づる花見舟
昼めしの帰り銀座に花御堂

お粗末!