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2002.12/1〜12/31
Bus Stop Cafe / museumofsex / New Year's Eve
2002年12月31日(火)

春みたいに暖かい大晦日。コートを着て歩いていると、汗ばむくらい。

ブランチに、Bleeker St. の西の出発点にある Bus Stop Cafe へ。ここは五年前、しょっちゅうブランチに行っていた店で、気取らない、感じのよいところだ。とびきりレア(ただし、映画 "Bus Stop" でドン・マレーが注文していた完全レアではなく、表面は焦がしてある)のベーコン・チーズ・ハンバーガー(もちろん、ナイフとフォークで食べなければ食べられない)にレタス、トマト、フレンチ・フライド・ポテト、ピクルスなどを添えて、一杯のカベルネとともに。そのあとカプチーノ。この店も店員は入れ替っていて、昔いたものすごく綺麗な菫色の眼をしたロシア系の男の子なんかは、前回まではいたのだがもう卒業してしまったらしい。

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昨年オープンして話題になっている museumofsex に行く。目下 "NYC SEX: How New York City Trandformed Sex in America" という展示が行われているが、なんだかねえ! 生乾きのペイントの臭いばかりが気になる、大したことのない展覧会だったと言っておこう。まあ、ちょっと臆病な展示なのかもね。

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例年通り、チェルシーにある佐藤紘彰さんのアパートメントの年越しパーティへ。一年ぶりに再会する沢山のお友だち(人種は多様)や初めて知りあう人びとと、楽しく充実した時間を過ごした。このパーティは何人かの詩人たちによる朗読が売り物になっていて、私は今年のお正月に NYC で書いた連作「雲隠・光源氏のための挽歌」を朗読。佐藤さんの素晴しい英訳は、いつも通り夫人のナンシーが朗読してくれたのだった。そしてお待ちかねのカウントダウン! 何本ものシャンパンが空けられ、みんなとキスをしあったのは、言うまでもない。2003年が、素晴しい年となりますように!

MoMA QNS / Woo Chon
2002年12月30日(月)

大規模な増改築工事が本格化したため、今年の夏から 2005年の初めまで、MoMA はクィーンズのロングアイランドシティ(名前は素敵だけど、無愛想な工場街)に疎開している。名付けて MoMA QNS というのだが、工場を改造した小さな施設だ。地下鉄の 7番ローカルで 33 St. で降りるとすぐにある。常設展示も小規模だし、800名で入場制限をするので混んでいるし、ちょっとね!

特別展も、大規模なものは望めないのだが、それでも頑張ってはいた。"German Expressionism" は小さな展覧会だが、"The Changing of the Avant-Garde: Visionary Architectural Drawing from the Howard Gilman Collection" と "Drawing Now: Eight Propositions" は、かなり充実した展示だった。前者は副題の通り。後者は世界の若手アーティストの作品を集めていて、中では個人的には、紙のコラージュで自然と人工物が共存する不思議な世界を展開している David Thorpe (b.1972, British) と、巨大な画面に鉛筆で精密な幻想都市や建築を画いた Paul Noble (b.1963, British) とに注目した。同じイギリス出身ということでは、もう売れっ子になっているみたいだが、アフロヘアーの頭部が飛び交う Chris Ofili (b.1968) の作品も面白いかも。彼の作品は、文字通りぴかぴかの大作が、常設展示に加えられていた(われらが草間彌生さんの作品もね!)。日本代表は、そろって Comics and Animations のコーナーを飾っていた奈良美智と村上隆。なるほど、と言うべきか、そろそろ別の人を、と言うべきか、ちょっと難しいところだなあ!

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夜はNY在住の友人(三人目。ここまでみんな女性ってところが、いいでしょ!)と、名高い焼肉レストラン Woo Chon Restaurant (8-10 West 36 St.) で食事。ウーチョンとは、漢字で書けば〈牛村〉だとか。昔何回も通った店なのだが、今回も、王様のカルビという意味のワンカルビや豚肉を塩で食べる生チャーシュー(変な命名!)などを堪能。ただ、この店、やたらと日本人の客が多いのが難点だよね。味が日本人好みの穏やかさだというのはわかるのだけれど……。

Madame Tussaud / Naked Boys Singing! / Vong
2002年12月29日(日)

流石に二日酔い。ゆっくり起きて、ミッドタウンへお散歩。ロックフェラー・プラザの今年のクリスマス・ツリーは、去年みたいな赤・青・白(つまり星条旗の三色)の電飾なんていう奇妙なものではなく、きちんと金・赤・緑のクリスマス・カラーの電飾になっていて、まあ一安心。しかし、スケート・リンクの周囲の万国旗は、ゴールド(いくつかはメタリック・レッドとメタリック・グリーン)の単色の旗になっていて、やはり悪趣味だった。去年の、全部が星条旗という常軌を逸した状態よりは、数段ましだけどね。

二日酔いにつき、気軽な見物を、ということで、オープン以来密かに行きたいと思っていながら、ずっと混んでいたのと悪趣味じゃないかしらという危惧とから行かずにいた、42nd St. の Madame Tassaud's New York へ行く。あまり期待していなかったのだけれど、これがかなり楽しめたのだ。コダックがスポンサーになっていることからもわかるように、アメリカを中心とした古今の有名人と一緒に写真に収まろう、というのが基本的コンセプト。エンターテインメントとして、充実していると思う。もっとも、ブッシュとパウエルに挟まって記念写真を撮ってもらう気には、到底ならないけどね。そうそう、ひとりで来ていたブラック・アメリカンの女の子(ハイティーンないし二十歳代前半)に頼まれて、彼女とマーティン・ルーサー・キング・ジュニアとのトゥー・ショットを、彼女のコダック簡易カメラで撮影してあげた。キング師は偉大な人物だけれど、特に彼女にとっては、大変な偉人なんだよね、絶対!

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昨日のパーティの四人に友人(今や全員友人だけど)のフランス人のボーイフレンドを加えた五人で、7th Ave. の Bleeker St. と Christopher St. との間(100 7th Ave. So.)にあるオフ・ブロードウェイの劇場 Actors' Playhouse へ、ロングラン中のあの "Naked Boys Singing!" を観に行く。これは 2000-2001 のホリディ・シーズンに観て、大いに楽しみ、帰国後あちこちで吹聴してきたミュージカル・ショーだ。日本には絶対に持って来られないショーであり、勇猛果敢な劇団四季でさえ上演不可能なミュージカルである。今回も、大いに笑い、大いにエンジョイした。ただ、さすがにロングランも四年目に入るとかで、出演者に数人の変更がある。楽しみにしていた、三人のダンサーが一斉に揃えておちんちんを回転させる、という驚異的なシーンは、そのうちのふたりが交替していて、観ることができなかった。あれは相当以上に高度な技術がいることだし、第一サイズが揃っていないとね。ちょっと残念ではあったなあ。でも、ニューヨークで何か一本、帰国しても話の種になるショーを観るとしたら何? と尋ねられたら、まず第一に薦めたい作品であることは間違いない。芸術に対する寛い心を持った人にだけのお薦めなんだけれどね! 逆に言えば、これを薦めたくない人は、私の友人ではないってことだ。ううむ!

ショーを大いに楽しんだあとは、ミッドタウンの高級タイ料理店 Vong (200 East 54th St.) へ。フランス人の有名なシェフが開いている店で、雰囲気も料理もいかにもマンハッタンのミッドタウンといった感じにソフィスティケイトされている。小さなメニューをもらってきたので、食べたものをメニュー通りに記せば、前菜は Crab Spring Rolls with Tamarind Dipping Sause, Lettuce & Fresh herbs、Lobster and Daikon Roll with Rosemary, Honey and Ginger Dip、Warm Asparagus Salad with Avocado and Enoki Mushroom、Prown Satay with Fresh Oyster Sause Flavored with Khaffir Lime Leaf をシェアし、私のアントレは Duck Oriental、すなわち鴨の胸肉にハニー・マスタード・ソースを敷き、ニョクマム風味の炒飯と春巻を添えた一皿。デザートは Frozen Pavlova with Lime-Yogurt Sherbet and Marinated Red Papaya、すなわち凍らせたメレンゲの器(これをパヴロヴァと言うらしい)にシャーベットを盛り、細かく刻んだパパイヤを振りかけたというもの。確かにこの店、美味しかったなあ! ワインも大変に結構ではあったし……。たまにはこういうお洒落な店も、楽しいものだ。もちろん最高の御馳走は、仲の良い友人同士の会話であるわけだけれどね。

WTC Site / The Sphere / A View from the Bridge
2002年12月28日(土)

午前9時に早出(私としては!)をして、WTC Site(Ground Zero という呼び方は、一般的にはこれまで広島・長崎の原爆爆心地について使われてきたものなので、アメリカにも拒否感を示す人びとが存在する。地下鉄の案内図などに使われている WTC Site という呼び方の方が穏当だろう)へ。昨年訪れた際にはまだ瓦礫の撤去中で、近くには寄れない状態だったが、今や巨大な坑となった跡地を、間近に見ながら一周することができる。深い哀しみに胸が塞がれ、涙さえ零れるのは、もちろん去年と変らないが……。

去年はまだガラスが割れたりして無惨な姿をさらしていたのが、今やほぼ旧に復したと言えるお隣の WFC の、豪華なアトリウム(複数のビルで構成されたこのセンターの公共スペースの床は、どこから集めて来たのだろう、信じられないくらいに豪華なさまざまな色の大理石で敷き詰められている)で、WTC Site の七つの再開発案を展示した "Plans in Progress: Remember Rebuild Renew" が開かれていた。ふたたびランドマークになるような摩天楼を建て、あわせて鎮魂の施設も造ろう、という企画で、その前向きな姿勢は評価されるべきだろう。私個人としては、長い名称だが Richard Meier & Partners Architects, Eisenman Architects, Gwathmey Siegel & Associates, Steven Holl Architects の共同提案プランに深い感銘を受けた。高層ビルの静謐な、記念碑的とも言える美しさもさることながら、倒壊したツインタワーのフットプリントをふたつのリフレクティング・プールにし、それぞれのタワーが倒壊したあの日のあの時刻にタワーが落していた影を、WFC を飛び越えてハドソン川に張り出す二本の緑地帯にする、という発想がすばらしい。ふたつのタワーが倒壊した時刻には30分の差があり(サウスタワーの方が早かった)、当然9月の太陽は30分分移動していたわけで、サウスタワーの影の方が長く、ふたつの影は先に行くほど離れる、ということになる。ここには要するに、悲劇の起った空間と時間が見事に記録されることになるわけだ。このプランが採用され実現されることを、私としては強く願わずにはいられない。

バッテリー・パークまで足をのばし、今年の6月11日に公園内に移設された金属製の巨大なオブジェ、Fritz Koenig 作の "The Sphere" を観る。このオブジェの前には、9月11日に消えない火が設置されたので、今や観ると言うより参拝すると言うべきなのかもしれないのだが……。かつて WTC のプラザに置かれ、あの悲劇によって傷だらけの姿になったこのオブジェは、テロリストたちの野蛮な行為を永久に糾弾し、あわせてそれに耐えた人びとの不屈の精神を讃える、またとない記念碑となったわけだ。歌人として言わせてもらえれば、September 11 に快哉を叫ぶ短歌(それも、作中の私=作者、という構造が明白な!)を詠った大辻隆弘に、是非見せてみたい。「いい気味だ!」とでも言うのかしら? 明らかに彼は、このオブジェによって糾弾される側にいるのだ。

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メトロポリタン・オペラのマチネーへ。1999年にシカゴのリリック・オペラで初演された作品の、ニューヨーク初演。William Bolcom 作曲の "A View from the Bridge" 全二幕である。言うまでもなくアーサー・ミラーの名作のオペラ化で、リブレットは Arnold Weinstein とミラー本人。あんなに暗鬱かつ悲惨な戯曲(近年では、tpt の公演で優れた舞台を観ることができた)がオペラになるのかしら、と思っていたのだが、暗鬱かつ悲惨だからこそオペラにする価値があったと言うべきだろう、極めて優れた作品に仕上がっていた。ギリシア悲劇的な物語が、美しく力強い音楽に乗って展開し、終始楽しめる。Frank Galati の演出、Santo Loquasto の美術も秀逸。指揮は Dennis Russell Davies で、Eddie に Kim Josephson、Beatrice に Catherine Malfitano、Catherine に Isabel Bayrakdarian、Rodolpho に Gregory Turay、Marco に Richard Bernstein、Alfieri に John Del Carlo など、配役も理想的だと言えよう。カーテンコールに作曲家が演出家を伴って登場すると、盛大なスタンディングオヴェーションになったが、それも当然の、優れた作品の優れた再現ではあった。

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NY 在住の友人(女性)の、かつて NY に住んでいて数年ぶりに再訪したという友人夫妻の豪華なキッチン付きスィートで、合計四名でのパーティ。美味しい料理に楽しい会話、ポメリーに始まる美酒の数々。結局ワインを四本空けてしまったらしいが、ともかく素敵なパーティだった。

Richard Avedon Portraits / Man of La Mancha
2002年12月27日(金)

とりあえずメトロポリタン美術館へ。この美術館にはフェルメールが四点もあるのだけれど、それを含めたお気に入りの作品たち(ギリシアの彫刻などのほかに、エル・グレコ、ゴヤ、ベラスケス、ブリューゲル、レンブラント、ラトゥールなどなど。拙著『現代詩としての短歌』でもふれたイサム・ノグチの "Water Stone" にもね。去年はこの作品、修理中だったが、今年はイヤホン・ガイドが付けられていた)との再会を果たす。

数ある特別展の中では、"The Legacy of Genghis Khan: Courtly Art and Culture in Western Asia, 1256-1353"、ニューヨークの大金持ちの婦人が五番街のアパートメントに遺したコレクション35点を展示する"A Very Private Collection: Janice H. Levin's Impressionist Pictures"、"Nomadic Art of the Eastern Eurasian Steppes: The Eugenie V. Thaw and Other New York Collections"、前世紀初頭のイスラム美術紹介者 Ernst Emile Herzfeld の仕事を紹介した小さな展覧会 "Herzfeld in Samarra"、"Portraits: A Century of Photographs" などを覗いたが、特に次に挙げる三つの特別展が興味深かった。

@"Richard Avedon: Portraits"(ものすごく面白いパースペクティヴだったが、詳細は帰国後報告します。以下同様。ともかくこれは日本では完全に再現することが現時点では不可能な展覧会だなあ!)

A"Blithe Spirit: The Windsor Set"

B"Theodore Chasseriau (1819-1856): The Unknown Romantic"

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夜は Martin Beck Theatre で、12月5日にオープンしたばかりの新演出版 "Man of La Mancha" を楽しんだ。このあまりにも有名なミュージカルは、初演の Albert Marre の演出があまりにもよくできていたため、ずっとその演出が踏襲されてきた(確か幸四郎主演の日本版でも……)とかで、本格的な新演出は初めてなのだそうだ。で、日本でもアルメイダ劇場の公演 "Richard II / Coriolanus" の衝撃的な舞台を観ることのできた Jonathan Kent の演出が、本当に素晴しい。驚くほど機能的で力強い Paul Brown (彼もアルメイダ劇場で活躍していて、上記シェイクスピア二作品交互上演の美術も担当していた)の美術も、絶賛に価するだろう。もちろん、今ブロードウェイで一番セクシーだと評判の Brian Stokes Mitchell のセルバンテス / ドン・キホーテを初め、Mary Elizabeth Mastrantonio のアルドンザ、Ernie Sabella のサンチョから端役の隅々にいたるまで、それぞれに圧倒的な存在感を示した出演者たちも、賞賛しなければならない。かくてカーテンコールは、盛大なスタンディング・オヴェーションで沸き立ったのだった。

NYC に到着!
2002年12月26日(木)

ニューヨークに到着。一年ぶりに重いスーツケースを持ち上げたら右腕を痛めてしまった、というアクシデントに始まり、いつになく困難や失敗の多い旅程だった。やれやれ! というか、鶴亀鶴亀!

昨日は大雪だったとかで、JAL の夕方着の便は、着陸はしたものの、路面が凍結していてターミナルビルに到着するまで四時間もかかったのだとか。

とりあえず、こちらに住んでいる友人のひとりとディナー。Ristorante da Umberto (107 West 17th Street, between 6th Ave. & 7th Ave) というフィレンツェ料理店で、とても感じの良い料理と雰囲気だった。キャンティに、アスパラガスのチーズ焼き、野菜のラビオリ、ウンベルト風と命名されたトマト味のタリアテッレ、菠薐草とポテトを添えた雉のソテ、マスカルポーネチーズのクリームをはさんだパイ、など。雉は一羽出てきたので、全部は食べられなかった。いろいろあった長旅で、疲れていたんだもんね!

クリスマスの晩餐
2002年12月25日(水)

一応家族的な雰囲気で、鮨にヴーヴクリコの晩餐。

クリスマス・イヴの晩餐
2002年12月24日(火)

友人のアパートメントで、小人数のクリスマス・イヴの晩餐。日本語に英語とフランス語か混ざる楽しい会話が最高の御馳走だったわけだが、献立もまた素敵なもの。苺とラディッシュ、サニーレタスとベーコンのサラダ、ロシア風にサワークリームを塗った黒麺麭にたっぷり(!)載せたキャヴィア、丸ごと一羽スモークした鴨、ロングマカロニのボロネーゼ・ソース和え、本格的なクリスマス・プディングなどに、モエ・エ・シャンドン、タイユバンのロゼのシャンパンを含むワイン数本などなど。充実した数時間だった。

スタア誕生!
2002年12月23日(月)

中川晃教がタイトルロールを演じる『モーツァルト!』(小池修一郎演出・帝国劇場)を観る。跳躍の多い難しそうな曲に出演者が慣れたせいもあって、10月の日生劇場の公演よりさらに数段充実した舞台に仕上っていたが、今回の一番の驚愕は、中川晃教だと言わざるを得ない。ダブルキャストのもう一方、井上芳雄(10月には彼で観た)も立派だったが、この役は中川のために書かれたのではないかと思われるほど。いや、なによりこの二十歳になったばかりの小柄な若者、登場しただけで鳥肌が立つほどに魅力的なのだ。(この項、つづく)

素敵なホーム・パーティ
2002年12月22日(日)

ある作家の豪奢なアパルトマンで、クリスマスのパーティ。料理自慢の女主の手料理に、持ち込みの数皿も含め、眼福ならぬ口福に溢れた宴だった。

歌舞伎、そして懐石
2002年12月21日(土)

「毛谷村」を初めて面白いと思った。何遍観てもどこがいいのかわからなかったこの名高い狂言を、本当に初めて堪能したのである。国立劇場の通し狂言『彦山権現誓助剣』のひと幕として観てのことだ。

面白かった第一の理由は、演技の充実にある。これは言うまでもないだろう。雀右衛門のお園が信じられないくらいの素晴しさなのに加え、富十郎の六助も圧倒的な出来映え。近年の名舞台に仕上がっている。しかし、第二の理由として、35年振りに通して上演された(といっても、時代の要請もあり、前回の序幕と大詰めが今回は省略されている)ということも大きいだろう。今回終幕になった「毛谷村」の前に、「一味斎屋敷」「須磨浦返り討」「小栗栖瓢箪棚」「杉坂墓所」が付き、「毛谷村」も微塵弾正と六助の試合やお幸の入り込みから始まるので、話がとてもよく腑に落ちて、いつもの「毛谷村」が荒唐無稽なものにならずに済んでいるのだ。今後この狂言は、是非とも通し、せめて半通しで上演してほしいと思う。京屋、天王寺屋以外の主な配役は、京極内匠に梅玉、「一味斎屋敷」と「瓢箪棚」のお園に魁春、お幸に東蔵、お菊に芝雀、友平に信二郎、佐五平に桂三、衣川弥三左右衛門に芦燕など。「毛谷村」以外の各幕も、なかなかの面白さだった。

年末ということで、ちょっと奢って、帝国ホテルの〈なだ万〉で懐石。結構な晩餐となった。記憶違いがあるかも知れないが、献立は、白子豆腐の揚げ出し、海鼠と大根おろしの和え物、鮟肝、大根と酒粕の吸い物、鮪・寒鰤・鮃の造、金目鯛と海老の焼き物、蟹と蕪の酢の物、鶏そぼろ入り蝦芋団子、帆立貝柱の揚げ物入り白飯(千切り塩昆布掛け)、白木耳の赤だし、新香、餡掛けの蕎麦掻き、フルーツのゼリー寄せ、柚のシャーベットなど。何か忘れてるみたいだなあ!

風の子ども
2002年12月20日(金)

話題の新スポット、〈カレッタ汐留〉を見学。(感想は追って書きます。タイトルのわだいについてもね!)

双子の塔
2002年12月19日(木)

Ground Zero と呼ぶのが適当か否か、難しいところだが、ともかくあの WTC の跡地に、破壊されたものよりさらに高いツイン・タワーを建てる構想があるのだそうだ。私としても、以前に増して美しく高い塔を建ててほしいと思う。もちろん、アメリカの力の象徴としてではなく、テロリズムに屈しない人類の誇りの象徴として、ね。

Kunsthistorisches Museum Wien
2002年12月18日(水)

終了間近(12月23日まで)だということに気付いて、東京藝術大学大学美術館に〈ウィーン美術史美術館展〉を観にゆく。小規模ながら、好ましい展覧会だった。デューラー、クラナッハ、ティツィアーノ、アルチンボルト、ベラスケス、レンブラント、ルーベンスなどのかなり優れた作品を含む、合計81点。ヴィーンは音楽の都でもあるんだよ、ということだろうか、ベートーヴェンのポートレイト(ううむ、画家の名が思い出せない)で展示が終るのが、御愛嬌かな?

「三蔵2」第二号発行のおしらせ!
2002年12月17日(火)

宣伝です!

「三蔵2」第二号が、明 2003年 1月に発売されます(発行日は未定)。定価は税込みで 1,000円。是非、御購読ください。目次は以下の通り。

◎石井辰彦=(踊る男)と(着飾る女)
◎四元康祐= Trier にて
◎夏宇/四方田犬彦訳=耳鳴りほか
◎四方田犬彦=人生の乞食
◎松井茂=★
◎小池昌代=いざべらの秘密 こっぷのなか
◎四方田犬彦・小池昌代・石井辰彦=球根

最後の「球根」というのは、一種の後記です。御予約は、三蔵社[〒151-0053 東京都渋谷区代々木5-20-23(小池方)]まで!

2002年に発表した短歌
2002年12月16日(月)

小池昌代、四方田犬彦と私の三人で出している同人誌「三蔵2」の第二号の発行が、本来はこの夏に出ていなければならなかったのだが、来年 1月にずれこむことが決定した。待っていただいた読者も少なくはないはずで、申し訳ないと言わざるを得ない。

さて、そうと決まれば、今年一年の私の歌人としての仕事を決算することができる。2002年の 1月から 12月までの間に私が発表した短歌作品について、総括しておこう。

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T 雑誌に発表した作品

 @「(奴隷船)と(墓地)」/「三蔵2」創刊号(1月)/99首
 A「雲隠」/「ユリイカ」2月号/54首
 B「(北の砦)と(南の塔)」/「るしおる」47号(8月)/100首

U 朗読会で発表した作品

 @「手袋、およびポケットについて」/朝日カルチャーセンター横浜(4月13日)=のちに「短歌WAVE」創刊号(7月)に掲載/20首
 A「先生の先生」/朝日カルチャーセンター千里(5月11日)=のちに「短歌WAVE」創刊号(7月)に掲載/20首
 B「兄貴、とほんたうは……」/新宿・風花(7月13日)/20首
 C「花嫁と花婿(および花の独身者たち)のためのメヌエット」/朝日カルチャーセンター横浜(12月14日)/20首

V その他の作品

 @「いつかこと」/メールマガジン「五日毎・当日発表」6月8日号/7首(ほかに古歌6首、都合13首で構成した作品)
 A「風景の遺児」/角川書店「短歌年鑑」平成15年版(12月)/「自選作品集」収載の作品で、5首中1首が新作(旧作は「雲隠」より。若干のヴァリアントがあるが、最終形は現時点では「雲隠」の方である)
 B(某雑誌に無記名で発表した短歌)/都合3首
 C(この日記に書き込んだ短歌)/1首

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要するに、私は一年で合計 345首の短歌を発表したことになる。ほぼ歌集一冊分ってことだ。まあ、数量の問題は大したことではないのかもしれないが、それでもかなり頑張ったとは言えるのではないだろうか。

序でに、読者にひとつ、私の希望を伝えておきたい。私の今年の仕事については、是非とも[T]の作品群を中心に評価していただきたい、ということである。[U]および[V]の作品群を書くにあたっても、手抜きは一切していないつもりだが、これらの作品に occasional verse の性格が強いことも事実だからだ。[T]の作品群こそは、詩神の命ずるがままに、と言おうか、命を削るようにして、と言おうか、ともかく渾身の力を籠めて書き上げたものなのであり、現時点における私の力を出し切った作品群なのである。

ちなみに、1月に発行される手筈の「三蔵2」第二号掲載の私の作品は、「(踊る男)と(着飾る女)」全 103首。もちろん[T]に分類されるべき作品である。乞う、御期待!


My Friend Hitler
2002年12月15日(日)

コロンビア大学から、佐藤紘彰さん訳の三島由紀夫の戯曲集 "My Friend Hitler" が出版された。三島由紀夫の翻訳の欠落部分を埋める、重要な一冊だと思う。(詳細は追って書きます)

祝いの歌と祝いの宴
2002年12月14日(土)

朝日カルチャーセンター・横浜で開催された〈岡井隆の短歌朗読会・朗読する歌人たち〉に出演。古今東西の小説や戯曲にあらわれたモノローグを朗読してみる、という趣向の前半では、私は「若菜上」の紫上の心中描写(岩波文庫版による)と、『ユリシーズ』第18挿話の終結部分(集英社版の訳で)を朗読した。他の出演者の選んだ作品は以下の通り。錦見映理子=『アレクサンドリア・カルテット』の一節とサンテグジュペリの手紙、穂村弘=『トーマの心臓』冒頭の遺書、岡井隆=『トニオ・クレーゲル』終結部と齋藤茂吉のエッセイ。

後半は新作20首の朗読で、今回のテーマは〈祝歌〉。出演者それぞれの作品のタイトルを、朗読順に記録しておこう。
◎錦見映理子「夜ごと夢にくる女に贈る祝婚歌」
◎穂村弘「星を消す……『ガーデニア・ガーデン』発刊によせて」
◎石井辰彦「花嫁と花婿(および花の独身者たち)のためのメヌエット――コーダ付き三部形式の朗読用連作短歌(結婚披露宴のために)」
◎岡井隆「いささか遅ればせながら女神オイローパのゼウスとの婚姻を祝ぎて唱へる歌」

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新宿の陶玄房で開かれた〈四谷シモン『人形作家』出版記念パーティ〉に出席。豪華な陣容の発起人七名のうち、金子國義さん以外の六名(江波杏子さん、唐十郎さん、久世光彦さん、コシノジュンコさん、篠山紀信さん、嵐山光三郎さん)が出席していたことでもわかる通り、著名人だらけの、盛大な祝宴ではあった。唐さん、緑魔子さん、小林薫さんらによる状況劇場の挿入歌集なんていうパフォーマンスも、楽しかったなあ! ちなみに、あまりにも昔過ぎて私は実際に観てはいないのだが、かつてシモンさんは、状況劇場の看板女形スターだったのである。ナジャでの二次会にも参加し、泥酔して帰宅。

そうそう、『人形作家』(講談社現代新書)はなかなかの名著である。映画化されるならシモンさんのお母さん役をやりたいとスピーチして、緑魔子さんが喝采を博していた。

またしても鰻屋へ!
2002年12月13日(金)

またしても鰻屋へ。もちろん、店は違うのだけれど……。

ギリシア合唱抒情詩集
2002年12月12日(木)

京都大学学術出版会の偉大な叢書〈西洋古典叢書〉の新刊として、『ギリシア合唱抒情詩集』(丹下和彦訳)が出版された。アルクマン、ステシコロス、イビュコス、シモニデス、バッキュリデスのフラグメントを集成した一冊。歌人を含む詩人たちにとっては、ちょっとだけでも目を通しておきたい書物だといえるだろう。

靴屋へ! 鰻屋へ!
2002年12月11日(水)

昨日の反動で、靴を二足、衝動買いしてしまった。そのあと、鰻の自棄食い。

寂しいこと!
2002年12月10日(火)

楽しい事柄を中心に書いているこの日記には相応しからぬことながら、辛くて哀しく寂しいことがあった。ああ!

8 femmes
2002年12月9日(月)

雪が積った。年内に積雪というのは、珍しい。革のコートと底にぎざぎざの沢山あるブーツを出す。

こういう日には楽しい映画でも、ということで、銀座テアトル・シネマで、フランソワ・オゾン監督の "8 femmes" (邦題は『8人の女たち』)を観る。アガサ・クリスティ風の推理劇を、ミュージカル仕立てで撮った作品で、八人の女優、すなわちダニエル・ダリュー、カトリーヌ・ドヌーヴ、ファニー・アルダン、イザベル・ユペール、エマニュエル・ベアール、フィルミーヌ・リシャール、ヴィルジニー・ルドワイヤン、リュディヴィーヌ・サニエが、いずれ劣らずみなさんとっても魅力的! 全員(ダリューさえも!)が一曲ずつ、シャンソンやフレンチ・ポップスを歌い踊るのだけれど、ともかく猛然たる演技力と美しさなのだ。ベルリン映画祭では八人全員に銀熊賞が贈られたそうだが、この粋なはからい、映画を観れば当然のことと納得せざるを得ない。映画好きには堪らない趣向も満載の、本当に楽しい映画だった。

またしても、朗読会のおしらせ
2002年12月8日(日)

次の土曜日、またもや下記の朗読会に出演いたします。是非聴きにおいでください。

☆岡井隆の短歌朗読会・朗読する歌人たち☆
◎出演=岡井隆、石井辰彦、錦見映理子、穂村弘
◎日時=2002年12月14日(土)13:00〜15:00
◎会場=朝日カルチャーセンター・横浜(横浜駅・ルミネ横浜8F)
◎問合せ電話=045-453-1122

今回、後半で朗読される新作は、ずばり〈祝歌〉。要するに、おめでとうの歌です。前半は、古今東西の名作戯曲ないし小説の〈モノローグ〉を朗読してみよう、という趣向。面白い朗読会になるのではないでしょうか。御期待ください。

朗読千夜一夜
2002年12月7日(土)

築地の兎小舎で開かれた、田中槐プロデュースの〈朗読千夜一夜〉の第一夜に出演。「(北の砦)と(南の塔)」(「るしおる」47号に掲載)を朗読した。風邪が治りきっていなかったのか、会場の乾燥した空気のせいか、声が十分に出ず、ちょっと不本意な朗読になってしまった。残念!

出演は他に、松井茂、田中槐、田口犬男。特に犬男ちゃんは、やっぱり天性の詩人なのかも。こんな素晴しい朗読を聴きに来た人の数が、冷たい雨が降っていたせいか、ちょっと少なかったのが気になった。これまた、残念!

打ち上げは築地のベリーニ。第一夜のお祝いに、ヴーヴクリコを抜いた。有志による二次会は、例によってクロノス。帰宅したら午前4時を過ぎていた。

ニューヨークは早くも雪!
2002年12月6日(金)

ニューヨークでは、昨シーズンより一箇月はやく、5日に雪が積ったらしい。そう言えば今年のお正月、日本へ帰る前日の1月6日に雪が積ったけれど、あれが昨シーズンの最初の積雪だったわけだろうか? ともかく、ロックフェラー・プラザのクリスマス・ツリーも点灯した(去年は、September 11 の直後ということで、星条旗の色の青・赤・白の電飾が点り、とんでもなく変だったが、今年はまともな電飾になっているかしら? ちょっと心配)ということだし、我が家でも玄関にリースを飾ったりした。

椿説弓張月
2002年12月5日(木)

ユナイテッド航空が倒産するらしい。これも September 11 の後遺症。私が日頃使っているノースウェストは、ユナイテッドやアメリカンと違いアメリカ合衆国絡みではない普通の社名なので、アルカイダのテロの対象にはならなかったわけだ。ちなみにユナイテッドは、その昔初めてアメリカに行く時に一往復だけ使ったことがある。

歌舞伎座夜の部の通し狂言『椿説弓張月』を観る。初演を観ていないのは当然のことながら、再演を観た記憶もない(どうしてかしら? すごく不思議だ!)ので、期待して出掛けたのだが……。どうにも薄味の芝居だった。このつまらなさは、三島由紀夫の戯曲そのものの問題なのか、正味の上演時間で50分も短縮した上演台本の拙さなのか、脇を固める猿之助一座の俳優たちの存在感の希薄さゆえなのか……。考え込んでしまった。主要な出演者は、為朝に猿之助、白縫姫に玉三郎、高間太郎と阿公の二役に勘九郎、紀平治太夫に病気休演の段四郎に代って歌六、といったところ。玉三郎も勘九郎も悪くはなかったが、結局一番よかったのは端敵の武藤太を演じた猿四郎かもしれない。いや、演技がよかったというわけではなくってね! 白縫姫の腰元たちに竹釘を打ち込まれて嬲り殺しにされる場面での、下帯一本の裸が綺麗なのが印象的だった、というわけ。この役、初演ではこの場面のみ吹き替えで、三島由紀夫のボーイフレンドのひとりだったボディビルダーが演じたそうだが、おそらく西洋的だっただろうその裸体は、歌舞伎には相応しくなかったはずだ。猿四郎の裸体も、完全に東洋的とは言えないが、この芝居には相応しい好ましさだったと言えるだろう。いや、猿四郎の裸が一番の見物、という点に、今回の舞台の問題があるわけだけれどね!

朗読会のおしらせ
2002年12月4日(水)

これは公開の日記なので、告知させていただきます。土曜日、下記の朗読会に出演いたしますので、是非お越し下さい。

☆朗読千夜一夜――第一夜☆
◎日時=2002年12月7日(土)午後6時30分開演
◎会場=兎小舎(東京都中央区築地3-14-4、http://www.c-a-s-net.co.jp/usagi/)
◎入場料=2,000円
◎出演=石井辰彦、田口犬男、田中槐、松井茂
◎公式サイト=http://plaza13.mbn.or.jp/~rensyu/Reading.html

ちなみに私は、書肆山田の「るしおる」47号に発表した連作短歌「(北の砦)と(南の塔)」を朗読する予定。どうぞお楽しみに!

秘密の手帖
2002年12月3日(火)

銀座の紙百科ギャラリー(銀座2-4-9、ペーパーハウス紙百科内、03-3538-5025)で来年の3月1日まで(!)開かれる〈勝本みつる展・秘密の手帖〉のオープニング・パーティに出席。人気のオブジェ作家・勝本みつるさん手作りの手帖の数々が展示され、新作の販売もされる、という展覧会。相変らず神秘的でチャーミングな勝本さん、および彼女の世界……。多くのお友だちに会えたのも、彼女の人徳かしら?

その後、関口芭蕉庵で開かれた句会(!)に出席。楽しい会だったが、拙作の評価は……。終了後、〈葉隠〉というちゃんぽんの店(早稲田通りと明治通りの交差点の近く。早稲田大学の学生御用達かしら?)で飲む。

門番の名はヘンリー
2002年12月2日(月)

銀座の galleria grafica bis (03-5550-1335) で土曜日まで開催される〈吉本由加利版画展 Dandies〉のオープニング・パーティに顔を出す。吉本由加利さんは、五年前ニューヨークで随分世話になった方で、版画家としての才能がここ数年一気に花開いた感じ。ニューヨークでは、コロンビア大学に留学中の素敵な御主人に同伴して渡米した素敵な奥様、という側面が大きかったが、それでも私のフェアウェル・パーティでは殺風景なアパートメントに格好をつけるため彼女の版画を借りて飾ったりしたくらいの実力派で、帰国後本格的に勉強し直した結果、独自の素晴しい世界を画面に定着するようになった、というわけだ。もっと高く評価されるべき版画家だと思う。

ちなみに、私の家の玄関ホールには、数年前に購入した彼女の版画が一点、飾ってある。不適な面構えの男性(アーティストの西山美なコさんに言わせると、御主人に似ている、ということになる。吉本夫妻も西山さんも私も、一時チェルスモア・アパートメントという同じアパートに住んでいたのだった)の半身像で、私は彼をヘンリーと呼び、有能な門番として遇しているわけだ。毎日見ても少しも魅力の失せない、優れた版画だと思う。今ならまだ比較的安いのだから、もっと広い家に住んでいたら、さらに数点買っておきたいところだよね!

道玄坂の清香園 (03-3461-6388) に、ひさしぶりに行った。昨年末に数十メートル引っ越したとかで、ちょっと探してしまった。店の気品は幾分失われたかもしれないが、名店であることは変りないだろう。

A Theory of Justice
2002年12月1日(日)

不明にして知らなかったが、ジョン・ロールズが11月24日に亡くなっていたらしい。随分以前、ほんのちょっとだけ、それも主著をではなく解説書を、読んだことがあるはずだ。ともかく、冥福を祈ろう。


2002.11/1〜11/30

蒲公英の珈琲、全裸の少女花魁、そして蝦夷鹿のテリーヌ
2002年11月30日(土)

経堂のギャラリー・イヴ、というかその近くの自然食カフェ(たしかブドリカフェという名だったはず)で、打ち合わせ。充実した打ち合わせだったと思う。

ちなみに、現在ギャラリー・イヴで開かれている個展は〈山口藍新作展 後朝〉である。会期は来年1月18日まで。ギャラリーの壁の全部を使って描かれた、作家独自の浮世絵+マンガ+花魁の世界は、なかなかのもの。一見の価値ありだと言えるだろう。山口藍さんは、あのヒロポン・ファクトリーに所属した後、現在は自身のユニット NINYU WORKS を主宰し、活動している。今年 LA と NY で開いた個展は、出品作全点を売り切ったのだとか。期待の若手作家なのだが、私としては今回のが一番よいと思う。腕が上ったってことだね!

ギャラリー・イヴの電話は、03-5426-2787。カタログに相当する、イヴ叢書[『扇面後朝抄』(松岡正剛・詞、限定500部、3,500円)も、絵草紙の意匠を借りた凝った冊子である。

打ち合わせの後、渋谷・道玄坂のレストラン Champ de Mars で晩餐。驚くほどにリーズナブルな値段、しかも驚くほどの美味しさ。内装もサーヴィスも、さりげないがここちよい。松本幸四郎が主演したTV番組『王様のレストラン』の撮影に使われた店だそうだが、そんなことに関係なく、高く評価したい。たまたまよい蝦夷鹿が入荷したとかで、私は前菜のフォアグラのポワレにつづいて、鹿のロースのポワレを食べたが、絶品だと言える。しかし、連れが前菜に選んだ鹿のテリーヌこそは、真の驚異! 鹿の挽肉に内臓や松の実、レーズンなどをくわえ、型に入れて軽く蒸したもので、レアというか、ターターステーキ状になっている。超高級なレストランでは味わえない種類の、よい意味で野卑な名品だと感じ入った。

このレストランの真価は、お菓子でさらによくわかる。全18席という小さな店なのに、お菓子の種類は、アイスクリームやシャーベットを除いて10種類以上。私はタルト・タタンとオペラと名前を失念したもう一種類にカシスのシャーベットを添えてもらったが、どれも嬉しくなる美味しさだった。お酒の状態は、今回はモエ・エ・シャンドンで通してしまったのでよくわからないが、ボージョレー・ヌーヴォーを樽で入れているところをみると、かなり期待できそうだ。電話は 03-3461-5013。

またしてもアルカイダ!
2002年11月29日(金)

昨日ケニアで、イスラエル系のホテルと飛行機を狙った同時多発テロが発生した。アルカイダの関与が噂されている。忌まわしいことだ!

冴えないクララ、前衛のアリス……
2002年11月28日(木)

信州飯田在住の大学時代の親友から、林檎がひと箱届いた。これ、毎年の楽しみなんだよね! 今年も美味しくいただきました。

世田谷パブリックシアターで、井手茂太演出・振付、イデビアン・クルー出演の『くるみ割り人形』を観る。日曜日にダイバージョンズの公演で楽しませてくれた井手茂太なので、期待して行ったのだが、どうもこれは失敗作だなあ。チャイコフスキーの音楽の順序を入れ替えたりちょっと加工したりして、そこにコンテンポラリーのダンスを乗せているわけだが、どうも退屈な出来。特に、滑稽さを目指した部分が少しも可笑しくないのが問題だろう。ダンサーにも問題があって、ダイバージョンズのダンサーにはあった主張する身体が、この集団のダンサーには欠けていると思われる。結局面白かったのは、開幕、客席にむかって崩れる白いフェイクファーを貼った風船の壁と、終幕、客席の上まで飛んでくる巨大な飛行船(美術は椿昇)だけだったかも。特に後者は、この劇場の客席の天上が白い雲が浮かぶ青空を描いたトロンプルイユになっているので、効果的だったと言えるだろう。

お口直しに、DVD (Disney) で "Alice in Wonderland" を観る。このアニメーション、公開時(1951年)には不評だったらしいが、また、今観てもかなりシュールな出来映えだが、ともかく傑作ではあると言えるのではないだろうか。ディズニーの作品の中では最も前衛的な一本である。

藤原龍一郎さん、不快感を表明!
2002年11月27日(水)

〈電脳日記・夢みる頃を過ぎても〉で、藤原龍一郎さんが怒っている。もっともなことだと思う。念のため藤原さんの論考「ビートひろしの黒い哄笑」(「短歌」8月号・特集=魂の歌人 竹山広)を再読し、併せて藤原さんが不快感を表明した問題の「2002 特集展望 総合誌・後半」(「短歌研究」12月号・2003短歌年鑑)も読んでみたが、どう考えても全面的に藤原さんを支持しないわけには行かない。ううむ!

昨夜、霞ヶ関の三井クラブで〈東京の夏〉音楽祭の打上げレセプションが開かれ、インヴィテーションをいただいていたのだが、すっかり失念していた。ちょっと残念だったかも……。

Andy Warhol Pop Box
2002年11月26日(火)

"Andy Warhol Pop Box"(Chronicle Books, 2002) を愉しんだ。箱の中に入っているのは、ポスターとかステッカーとかバッジとか絵葉書とか手紙とかスタンプとか、実にさまざまなウォーホル関係のグッズのレプリカ。本当に愉しめる一冊、じゃなかった、一箱だと思う。

The Wizard of Oz
2002年11月25日(月)

案の定、宿酔でダウン。で、映像付録101分、音声付録11時間(!)というわけのわからない特典付きの DVD (WB) で、偉大な "The Wizard of Oz" を観る。映像付録も全部観てしまった。やれやれ!

それにしてもこの映画、つくづく名作だと思う。1939年の作品であるわけだが、MGM の最初のトーキー映画が作られたのが1929年(例の "Singin' in the Rain" はまさにサイレントからトーキーに移るその時期のどたばたを題材にしていたのだった)なのだから、映画はたった10年で驚異的な進化を遂げたのだと言えるだろう。ちなみに監督のヴィクター・フレミングは、この映画の撮影の最後の数週間を別の監督に任せて、あの "Gone with the Wind" の撮影に入ったのだとか。なんだかすごいよね!

ダンス、それからパーティ……
2002年11月24日(日)

初来日したダイバージョンズ Diversions - The Dance Company of Wales の舞台を鑑賞。会場は新宿のパークタワーホール。ダブル・ビル・プログラムで、一本目の "Etch"(2001年初演)はアーティスティック・ディレクターのロイ・キャンベル=ムーアの振付作品。男性ダンサー三人がマルチェッロ、パーセル、ヴィヴァルディの音楽に乗って踊る20分の小品(女性三人によるフィーメール・ヴァージョンもあるらしい)で、影と戯れるところなどいささかあざといものの、まあ楽しめた。二本目の『暗黙の了解 Unspoken Agreement』(2002年初演)は、イデビアン・クルーの井手茂太 Shigehiro Ide の振付で、日本のハイスクールの制服を模した衣裳(スティーヴ・デントン)を着用した男女四人ずつ計八人の裸足のダンサーが、時に激しく、時にコミカルに、時に被虐的に踊る作品。これがちょっとした傑作で、客席を大いにわかしていた。まずはこの来日公演、成功だったと言えるだろう。

ニューヨーク在住の作曲家・鳥養潮 Ushio Torikai さんが一時帰国中で、彼女を囲むうちうちのパーティが、共通の友人のアパルトマンで開かれた。とても素敵な集りだったなあ! 午前三時まで飲んじゃったけれど……。

Singin' in the Rain
2002年11月23日(土)

あの偉大なるミュージカル映画 "Singin' in the Rain" の公開50周年を記念する二枚組 DVD (WB) が Region 2 仕様でも出たので、特典のドキュメンタリーなどを併せて鑑賞。やはりものすさまじいまでの名画だと言わざるを得ない。奇蹟、とさえ言ってもよいかもね!

革命家ショパン!
2002年11月22日(金)

いよいよ〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉も最終夜。ポリーニのソロ・リサイタルで、プログラムは以下の通り(最初の作品は追加されたもの)。

◎ショパン:《二つのノクターン 作品32》(1836-37)
◎ショパン:《二十四の前奏曲 作品28》(1836-39)
◎ドビュッシー:《前奏曲集 第二集》(1912-13)

このシリーズの中では最も穏当なプログラムだ、と言えなくもない。で、つまらなかったかと言えば、そんなことは全くないのが凄いところ。ドビュッシーばかりかショパンまでも、見事なまでに前衛的な音楽に聞えて来て、感動的だった。考えてみればショパンもドビュッシーも、彼らの時代におけるばりばりの前衛藝術家だったわけであり、彼らの音楽は革新的であったゆえに今日まで残ったのだとも言えるわけだ。ポリーニの演奏の素晴しさは、ショパンやドビュッシーの音楽の革新性を際立たせ、しかも全体として美しい音の伽藍を構築してしまうところにある、と言えるだろう。また、さまざまな時代の音楽の中にそれぞれの革新性を聞き分ける耳を、このシリーズの九回のコンサートを聴いてきた私を含む聴衆が持ち得た、ということなのかもしれない。ともかく、偉大なプロジェクトの最後を飾るに相応しいリサイタルではあった。

最終夜ということで、アンコールも豪華。以下の五曲(!)が演奏された。

◎ドビュッシー:《前奏曲集 第一集》より〈沈める寺〉
◎ドビュッシー:《前奏曲集 第一集》より〈西風の見たもの〉
◎ショパン:《バラード 第一番》
◎ショパン:《ノクターン 作品27-2》
◎ショパン:《エチュード 革命》

会場の照明が明るくなってからも、スタンディング・オヴェーションがなかなか終らなかった。当然のことだよね!

現代詩花椿賞って、お洒落な賞だよね!
2002年11月21日(木)

第20回〈現代詩花椿賞〉の贈賞式と記念パーティに出席。会場は銀座のファロ資生堂のラウンジ(絶景!)。今回の受賞作は清岡卓行さんの『一瞬』(思潮社)だったが、清岡さんは御病気で目下外出を禁じられているとかで、奥様の岩阪恵子さんが賞を受け取られた。清岡さんのスピーチの録音が再生されたが、かなりお元気そうでちょっと安心。

心のこもったお祝いのスピーチは、小笠原賢二さんと平出隆さん。副賞は特製香水瓶なので、清楚な岩阪さんに相応しかったなあ。で、今回が第20回ということで、お土産に20回分の受賞作のアンソロジーの立派な本(限定版!)を頂戴した。なんだかすごく得をした気分。もちろん、もう一つのお土産、資生堂パーラーのバターケーキも美味しかったけれど……。

そうそう、今日はボージョレー・ヌーヴォーの解禁日ということで、会場でギャルソンに勧められ、一口だけ口にした。モエ・エ・シャンドンが次々に抜かれるパーティでは、一口だけでもちろん十分。若い頃はボージョレーも美味しいと思ったものだが……。年を取ったってことだね。

ともかく、清岡さん、おめでとうございます! 一刻も早い御全快を!

ケストナーは『広辞苑』でも引けるのに!
2002年11月20日(水)

どうでもよい、と言えなくもないのだけど、気にもなったので、お節介だが書いておこう。「短歌往来」12月号の国見純生さんの作品「岩藤の花」で、ケストナーがテストナーと、しかも御丁寧に二回も誤植されているのは、どうしたことかしら? 著者校をしなかったのだろうが、校閲でチェックできないはずはない、ちょっとみっともない誤植だと思う。編集者や校閲者が揃いも揃って子ども時代にケストナーの本を読んだことがなかったのだとしたら、そのあまりの不幸せぶりに同情しないではいられないが……。

ちなみに私は、ケストナーでは『飛ぶ教室』『点子ちゃんとアントン』『五月三十五日』『動物会議』あたりが特にお気に入りです。もちろん、『エミールと探偵』や『ふたりのロッテ』も傑作だよ!

(あとでなにか書きます)
2002年11月19日(火)

(文学的な話題をね!)

驚異の演奏、至福の時
2002年11月18日(月)

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の第八夜は、リッカルド・シャイー指揮のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団との共演。プログラムは以下の通り。

◎武満徹:《弦楽のためのレクィエム》(1957)
◎ベリオ:《レクィエス》(1983-85)
◎リゲティ:《ロンターノ》(1967)
◎ベートーヴェン:《ピアノ協奏曲 第五番 変ホ長調 作品73》(1809)

前半の三作品は、いずれも瞑想的な小品。まったく違っているのにとってもよく似ていて、興味深かった。演奏も秀逸。で、いつもなら20世紀の作品の方が面白かったと書くところだが、今回に限っては、そうは行かない。コンチェルトが、呆然としてしまうほどの驚異的な名演だったからだ。トゥッティの間も積極的に音楽に参加しているポリーニの切れ味鋭い見事なソロに、躍動感溢れるシャイーの指揮、それにこたえて実力のほどを示すオーケストラ……。この名コンチェルトはこれまで何回聴いたかわからないが、かくもエキサイティングな演奏に立ち合ったのは、初めてだと言える。凄い演奏もあったものだ。すべての聴衆が至福の時を共有した、と言って、絶対に間違いないだろう。

そうそう、そう言えばクラウン・プリンスの弟夫婦が来ていたが、周囲を固める関係者以外のすべての聴衆から完全に無視されていた。ううむ、洋の東西を問わずクローディアスの出現が絶えない理由が、なんだか解るような……。

花見から鍛冶屋まで
2002年11月17日(日)

『新薄雪物語』が滅多に上演されない理由は、役者が揃わないと出来ないからだ、ということになっている。しかし私は、あまり面白くないから、という理由もあると思っている。で、今回も行かないことにしていたのだが、なんと33年振りに「鍛冶屋」まで通しているというではないか。さすがに「鍛冶屋」は観ていないので、急遽ティケットを手配し、歌舞伎座の昼の部に駆け付けたのだった。

今回の配役は以下の通り。梅の方に芝翫、園部兵衛に菊五郎、団九郎と幸崎伊賀守に團十郎、葛城民部に仁左衛門、秋月大膳と五郎兵衛正宗に富十郎、松ヶ枝に田之助、奴妻平に三津五郎、腰元籬に時蔵、薄雪姫に孝太郎、園部左衛門に菊之助、正宗娘おれんに勘太郎、来国俊に信二郎、刎川兵蔵に正之助、渋川藤馬に十蔵、下女お杉に右之助、来国行に幸右衛門、花山艶之丞に鶴蔵、といったところ。まあ、納得の行くキャスティングか。

「鍛冶屋」まで通すので、団九郎が「花見」から團十郎だったり、妻平が途中から袖平に代らなかったりして、全体に重厚さが増したようだ。で、「鍛冶屋」そのものは大したことはないが、全体的には楽しめた、と言えるだろう。観に行ってよかったってことだ。

よくなかったのは、一階最前列の席になってしまったこと。かぶり付きは、あまり嬉しくない。それよりなにより、「花見」と「鍛冶屋」とで二回も派手な立ち回りがあるので、埃を浴びてしまい、どうやら風邪をひいてしまったらしいのが、災難だった。やれやれ!

雀右衛門大当り!
2002年11月16日(土)

歌舞伎座の顔見世、夜の部へ。眼目は三代目中村雀右衛門七十五年祭追善狂言の『本朝廿四孝』である。

「十種香」は、雀右衛門の八重垣姫に菊五郎の勝頼、芝翫の濡衣、富十郎の謙信という当代のベストキャストに、白須賀六郎で團十郎、原小文治で仁左衛門がつきあうという豪華版。実に見事な舞台だった。特に雀右衛門は、神品と呼ぶべき素晴しさ。必見の名舞台だと言えるだろう。床は、大病のあとかえって渋味が出、ますます腕を上げたと言える葵太夫。

つづく「奧庭」は、八重垣姫を芝雀が代わり、京屋の演り方で人形振りでつとめた。人形遣いは友右衛門。芝雀には、もう数段の精進を期待しておきたい。才能はあるはずなのだからね。

他に仁左衛門の松浦侯に三津五郎の大高源吾、左團次の其角、孝太郎のお縫で『松浦の太鼓』、染五郎と菊之助でめずらしい『鞍馬獅子』が出た。

終演後、友人たちと神宮前の新和食の店〈Lucia〉で晩餐。なかなか美味しく、しかもリーズナブル。使える店だと思う。

〈Lucia〉へ行くために、初めて竹下通りを通った。まだ九時だというのに人通りがほとんどなかったが、随分変った通りだと思う。よくもわるくももろにアジアだよね、あそこは!

世界一リアル!
2002年11月15日(金)

世界一過激なリアリズム劇団ポツドールの公演を観に、下北沢駅前劇場へ。今回の作品は『男の夢』(三浦大輔脚本・演出)。地方都市のカラオケボックスに屯する大学生たちを描いて、あまりにもリアル、あまりにもシュール。特に今回は、ステージの左半分しか使わない装置(つまり、わざと観にくくしてあるわけだ)の中で、極めて自然に、したがって観客には実に聞き取りにくく交わされる会話(俳優全員がそうなのだから、これは演出だと考えるべきだろう)が、何とも面白かった。11名の俳優はひとりのこらず魅力的だったし、名作『騎士クラブ』と較べれば抑えた雰囲気の作品(今回は少しだけ拍手が起っていた)ながら、やはり傑作と呼ばざるを得ない。

それにしても三浦大輔という人の才能ときたら……。どうなっているのか見当も付かない。嫉妬せずにはいられない、稀有の才能である。ううむ、天才と呼んでもよいのかも?

歌人たちの謀議
2002年11月14日(木)

都内某所で、12月14日の朗読会の打ち合わせ。出席者は岡井隆さん、錦見映理子さん、穂村弘くん、私にカルチャーセンターのスタッフの大浦さん。終了後、岡井さんと大浦さんは帰られたが、残ったメンバーで鰻を食べに行った。

その朗読会の詳細を、書いておこう。

《岡井隆の短歌朗読会・朗読する歌人たち》
☆出演=岡井隆、石井辰彦、穂村弘、錦見映理子
☆日時=2002年12月14日(土)13:00〜15:00
☆受講料=一般3,200円+税
☆会場=朝日カルチャーセンター・横浜(横浜駅東口ルミネ8F)
☆問合せの電話=045-453-1122

今回も、書き下ろしの新作が披露される手筈である。

ボードに貼られた Stockhausen の楽譜……
2002年11月13日(水)

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の第七夜は、このシリーズ初のポリーニのソロ・リサイタル。プログラムは以下の通り。

◎ブラームス:《幻想曲集 作品116》(1892)
◎ヴェーベルン:《ピアノのための変奏曲 作品27》(1935-36)
◎シュトックハウゼン:《ピアノ曲 X》(1954-55)
◎シュトックハウゼン:《ピアノ曲 \》(1954-61)
◎ベートーヴェン:《ピアノ・ソナタ 第24番 嬰ヘ長調 作品78》(1809)
◎ベートーヴェン:《ピアノ・ソナタ 第23番 ヘ短調 作品57》(1804-05)

個人的にはヴェーベルンが、さらにシュトックハウゼンが愉しめたが、ともかく素晴しく充実したリサイタルだったと言えるだろう。《アパショナータ・ソナタ》は私の少年時代の大のお気に入りで、すべての音がよくわかる、したがって大抵の演奏には動じないはずの曲なのだが、さすがにポリーニ、見事なものだった。なんという力のあるピアニストなのだろう。

アンコールはベートーヴェンの《六つのバガテル 作品126》からの二曲、およびシェーンベルクの《六つの小さなピアノ曲 作品19》。

世にも醜い歌集
2002年11月12日(火)

佐藤理江という歌人の歌集『虹の片脚』(歌葉/SS-Project/Book Park)に、大いに困惑させられた。なかなかに面白い内容なのだが、この歌集のディレクションを担当したという加藤治郎さんの日記を読んでいなかったら、表紙を見た途端にごみ箱に棄てていたに違いない。著者の友人が描いたという表紙のイラスト(イラスト、と呼べるとしたら!)が、信じられないものだったからだ。これほどまでに表紙の醜い、と言うかむしろおぞましい書物は、そう滅多にはないだろう。佐藤理江さん、友人だからって、下手糞なイラストを描いて来たら、断固拒絶しましょうね!

ついでに、ディレクション担当の加藤治郎さんと編集担当の荻原裕幸さんにも言っておきたい。歌葉の仕事は高く評価しているのだが、今回ばかりはいただけない、と。書物の初版本は、装幀も含めて一個の作品なのだ。著者が固執したにしても、このような無様な装幀の本を世に出しては、ディレクターおよび編集者としての名声に傷がついてしまうだろう。本当に残念なことだと思う。ちょっときつい表現になってしまったかもしれないが、きちんと言うのが友情だと考え、付記しておきますね。

20枚のCDで聴く『ハリー・ポッター』
2002年11月11日(月)

海外旅行のお土産に、トーマス・マンが亡くなる四箇月前に録音したという『トニオ・クレーゲル』(ウムラウトが打てないので、日本語で書きます)の4枚組の CD をいただいた。さすがはドイツ人、自作の小説をまるごと朗読しちゃうなんて、大した根性である。ちなみにドイツでは、彼の『ハリー・ポッター』もCD化されていて、一番長い第四巻は何と CD 20枚組、収録時間1500分強だそうだ。ううむ、凄い!

Chinese Whispers
2002年11月10日(日)

アシュベリの新しい詩集 "Chinese Whispers" (FSG) が届いた。この詩人、もう長老と言える立場なのに、次から次と新しい詩集を出版して、なんだか凄いような。収録作品数も、なんと61篇! ううむ……。

ちなみに詩集のタイトルの意味は、ジャケットの袖の解説に拠れば以下の通り。

Chinese Whispers is the British name of a game called Telephone in America. According to a certain "Professor Hoffmann" in his book "Drawing Room Amusements"(1879), "the participants are arranged in a circle, and the first player whispers a story or message to a next player, and so on round the circle. The original story is then compared with the final version, which has often changed beyond recognition."

これ、私たちも子ども時代にしたことのある遊びだよね。

師直も由良之助も與市兵衛も定九郎も勘平も平右衛門も戸無瀬もみんな実は鴈治郎はん!
2002年11月9日(土)

国立劇場で、鴈治郎七役早変りの『假名手本忠臣蔵』を、昼夜通しで観る。この方式の鴈治郎の公演は、十年ほど前、大阪の国立文楽劇場で観ているのだが、もちろん基本的には上方の演り方で、テンポが速いので昼の部で六段目まで行き(本行通り落人が出ない)、夜の部には九段目が入る(今回は八段目の道行を省いていたが、時間的には入るのだし、どんなやりかたでも間が抜けてしまう討ち入りを省いてでも入れるべきだったろう)。上方の演り方と東京のそれと、それぞれに良いところがあるわけだが、ともかくこの名作を二通りの演り方で観ることができる、という状況がありがたい。上方の演り方を廃らせてはならないと思う。

鴈治郎が演じた七役は、師直、由良之助、與市兵衛、定九郎、勘平、平右衛門、戸無瀬。渡辺保さんがおっしゃる通り、戸無瀬が一番の出来だと言えるが、その他の六役も、たとえば師直は先代みたいな愛嬌が欲しい、とかいろいろ言えるものの、ともかくそれぞれに面白かった。当然のことながら、七段目では由良之助と平右衛門が顔を合わさず(最後に登場するのは由良之助ではなくその命を受けた郷右衛門)、九段目では本蔵が登場すると彼の命によって戸無瀬は退場させられてしまう。まあ、変と言えば変だよね。

その他の配役は、梅玉が判官、魁春がお軽とお石、段四郎が石堂と九段目の本蔵、東蔵が顔世とお才、松助が薬師寺、吉弥が郷右衛門、竹三郎がおかや、歌昇が若狭助と千崎、玉太郎が力弥、亀治郎が直義と小浪、寿治郎が伴内と源六、橘三郎が九太夫といったところ。九段目の三味線を担当した豊竹淳一郎という若い相方が、なかなかよかったような……。で、七役もよいが、鴈治郎に仁左衛門、秀太郎らを加え、上方色の強い演技陣でじっくり上方式の『忠臣蔵』を観させてほしいものだ。随分前、東西(歌舞伎座と中座)で同時に『忠臣蔵』を通した時の、先代鴈治郎、先々代仁左衛門、延若らが揃った見事な上方式『忠臣蔵』(先代鴈治郎が師直と由良之助、先々代仁左衛門が本蔵、延若が勘平を演じ、たしかお軽と戸無瀬は当時の扇雀すなわち今の鴈治郎だったと記憶する)が、忘れられない。

そうそう、国立劇場の客筋と歌舞伎座のそれとは九割方違っていて、国立劇場の方が真面目と言うか初というか、まあ素人筋中心だと観察されるわけだが、今日も面白いものを見てしまった。夜の部の幕間に、広いホワイエの対角線状に行列が出来ていて、何事かと思ったら、役者の女房として受付に顔を出していた扇千景にサインをねだる行列だったのだ! 歌舞伎座はもとより、演舞場でも南座でも松竹座でも、絶対に見ることのできない光景だと思う。微笑ましい、と言うよりは、苦笑を禁じ得なかった。それと、国立劇場の食堂は、どうしてあんなに不味いんだろう。回りに飲食店のない一種の僻地に立地する劇場であるだけに、これ大きな問題だよね!

ティンク、ちょっと遅れて登場!
2002年11月8日(金)

ベニサンピットで、野田秀樹作・井上尊晶演出のひとり芝居『障子の国のティンカー・ベル』を観る。出演は鶴田真由。この作品は野田秀樹が、ええと何年だったかなあ(年を失念)、随分前に書いたものの、上演にいたらなかった作品で、若き日の野田秀樹らしい初々しさが嬉しい舞台に仕上っていた。もっとも、なんとなく物足らない気分にさせられるのも事実なんだけどね。

美術を担当している中山ダイスケくんには、ニューヨークで何回か会ったことがある。美術家としての成功を目指して邁進する、ガッツのある好青年だったなあ!

ニューヨークでも東京でも……
2002年11月7日(木)

仲間内の句会に出席。今回はあまり点が入らなかったので、拙句を披露するのはやめておこう。

夜中に立ち寄った銀座のバーで、偶然以前ニューヨークでお世話になった方(明らかに目上!)と巡り合い、既に相当酔っていたのに、さらに酔わされてしまった。やれやれ!

室内楽の愉しみ
2002年11月6日(水)

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の第六夜。プログラム前半に木管五重奏のアンサンブル・ヴィーン=ベルリンが、後半にアッカルド弦楽四重奏団が出演し、モーツァルトの作品でポリーニとそれぞれ共演するという趣向の、室内楽のコンサートである。プログラムは以下の通り。

◎リゲティ:《木管五重奏のための十の小品》(1968)
◎クルターク:《木管五重奏曲 作品2》(1959)
◎モーツァルト:《ピアノと管楽器のための五重奏曲 変ホ長調 K.452》(1784)
◎シャリーノ:《六つのカプリッチョ》(1975)より 第一番、第三番、第六番
◎シャリーノ:《六つの小四重奏曲》(1967-92)
◎モーツァルト:《ピアノ四重奏曲 第一番 ト短調 K.478》(1785)

ヴァイオリン・ソロのためのシャリーノの《六つのカプリッチョ》はもともとサルヴァトーレ・アッカルドのために書かれた作品で、もちろんアッカルドによって演奏された。室内楽の楽しみに溢れたコンサートだったが、個人的にはシャリーノの作品(二曲とも!)が面白かったような……。もちろん、リゲティもクルタークも素晴しかったし、モーツァルトは別格だと言えるわけだけれどね。で、アンコールには、モーツァルトの二曲それぞれの最終楽章が繰り返された。

真の紳士、逝く!
2002年11月5日(火)

聖路加国際病院聖ルカ礼拝堂で執行された陽之助イアン陸奥さんの葬送式に列席。厳粛かつ感動的な式だった。10月30日に急逝された陸奥さんの享年は95歳、インタナシヨナル映画株式会社という会社の現役の代表取締役であったわけだが、むしろ陸奥宗光の嫡孫としての方がよく知られていたと言えるかもしれない。母君が英国の女性だったということもあり、背の高い美丈夫だった。私は四年ほど前に結婚した祥子夫人(健気に喪主をつとめられた)の友人という立場なので、お付き合いいただいた期間は短く、何回かお食事を御一緒した程度だが、圧倒されるばかりの人間的な魅力が印象的な方だった、と言うことができる。世が世なら伯爵を世襲されたはず(陸奥家の跡取り息子、ということは、今の旧古川庭園のあるお屋敷で育った、ということだ)だが、それも当然と思われる貴族的な気品と、英国紳士然としたダンディーさとを併せ持つ、正真正銘のジェントルマンだった、とも言えるだろう。100歳を越える長寿を楽しまれるのは確実だと信じていたので、本当に残念でならない。衷心からの祈りを捧げたいと思う。

Trame d'ombre; Grande madrigale concertato, per soprano, tenore, coro e gruppo strumentale - liberamente ispirato a un Noh di Zeami
2002年11月4日(月)

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の第五夜。今回から最後の第九夜までの会場は、サントリーホール。今回もエルヴィン・オルトナー指揮のアーノルト・シェーンベルク合唱団の合唱を中心としたプログラムだ。

◎ブラームス:《二つのホルンとハープの伴奏による女声合唱のための四つの歌 作品17》(1860)
◎ブラームス:ア・カペラの混声合唱のための《五つの歌 作品104》(1886-88)
◎ブラームス:ピアノ伴奏付きの混声合唱のための《四つの四重唱曲 作品92》(1877-84)
◎マンゾーニ:《影の横糸 世阿弥の能から霊感を得て自由に作られたソプラノ、テノール、混声合唱、楽器群のための協奏風大マドリガーレ》(1998)
◎シューマン:《女声とピアノのためのロマンス 第一集 作品69》(1849)
◎シューマン:ア・カペラの混声合唱のための《四つの二重合唱曲 作品141》(1849-51)

共演は、ホルンがシュテファン・ドールとラデク・バボラーク(この人、最近バッハの無伴奏チェロ組曲を三曲、ホルンで演奏[四度高くなるらしい]したCDをリリースして、評判になった)、ソプラノがクラウディア・バラインスキー、カウンターテナーがマルコ・ラッザーラ、小オーケストラがアンサンブル・ノマド。最後の作品では芸大クノスペンコーアが合唱に加わった。アンコールには、アーノルト・シェーンベルク合唱団単独に戻り、ポリーニが加わって、シューマンの《流浪の民》とブラームスの《四つの四重唱曲》の第一曲〈ああ、美しい夜よ〉が歌われた。

一番おもしろかったのは、やはりマンゾーニの作品。パウンド訳の『錦木』をもとにしたイタリア語テクストに作曲された作品で、ブラームスやシューマンよりわかりやすい(まあ、聴き手である私と同時代の作品なのだから、当然なのだろうけれど)、美しい作品だった。歌手がふたりとも本物の能衣裳で登場するという演出も成功していたし、マンゾーニ自身が来日していたところを見ると、作曲者の意図がより正確に再現されていた思われるが、見事な演奏でもあった。先月24日に同じサントリーホール聴いたタン・ドゥンの新作オペラ《TEA》の第二幕も、男女の性愛を表現して感動的だった(あの部分の偉大な前例として《トリスタンとイゾルデ》の第二幕第二場をあげることも可能だろう)が、この大マドリガーレもまた、愛の哀しみを圧倒的な美しさで表現していて、素晴しかったと言える。

Espresso Reading in Wine Bar, Ginza
2002年11月3日(土)

ワインバー銀座で開催された〈Espresso Reading in Wine Bar〉に参加した。出演者等は、〈朗読する歌人たちの掲示板〉を参照されたい。ともかく、楽しい会ではあった。プロデュースの田中槐さん、定休日だというのに会場を提供してくださったワインバー銀座に深謝。朗読順がアルファベティカル・オーダーだったにもかかわらず、最後にまわされてしまったので、酔っぱらって呂律がまわらなくなり、あまりよい朗読ができなかった。残念!

例によってクロノスに寄って帰る。槐さん、明日も午後からパーティがあるのに、大丈夫なのかしら? 私は当然、二日酔いの予定である。

『虚無への供物』『薔薇の名前』そして『ロンド』?
2002年11月2日(土)

日本における最高の木口木版画作家・柄澤齊さんが、なんと小説を発表した。640ページもある長い推理小説で、タイトルは『ロンド』(東京創元社)。まだ読んではいないのだが、帯のキャッチコピーによれば、中井英夫の『虚無への供物』やウンベルト・エコの『薔薇の名前』にも匹敵する傑作、ということらしい。柄澤さんの仕事と人柄とにかなり親しく接してきた私の感想としては、大いにあり得ることだなあ! ということになるのだが……。小説は滅多に読まないのだけれど、ひとつ挑戦してみようかしらね。

ちなみに柄澤さんの版画は、目下私の部屋に二点も掲げられている。どちらも、紛うべくもない傑作だ。

重いけれど、古風だけれど……
2002年11月1日(金)

「桝屋善成さんが上京していて、出たばかりの彼の第一歌集を肴に飲むんだけど、来ない?」と、田中槐さんに誘われたのだが、先約があって行けなかった。ちょっと残念……。

桝屋善成さんの『声の伽藍』(ながらみ書房)は、優れた歌集だと言えるだろう。岡井隆さんの心のこもった解説にほぼ賛成なので、それを読んでいただくのが一番だが、ともかく、文語文脈で統一されたこの歌集、重いけれど鈍重ではなく、古風だけれど古臭くはないところが、とても好ましい。欠点がないわけではもちろんないが、高く評価されてしかるべき一冊だ。回りくどい言い方になるが、この歌集、必読とまでは言えないものの、読まなければ損をするのも間違いない。少なくとも、税別定価2,500円は、決して高くないと思うよ!


2002.10/1〜10/31

2002.10/1〜10/31

,,Friede, Friede auf der Erde!''
2002年10月31日(木)

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の第四夜は、ポリーニがシューベルトの合唱曲や歌曲のピアノ伴奏をつとめる、という贅沢なコンサートだった。会場は紀尾井ホール。プログラムの前半はすべてシューベルトの作品。

◎ピアノ伴奏付きのテノール独唱と混声合唱のための《夜の明かり》D.892(1826)
◎ピアノ伴奏付きの女声合唱のための《葬送歌》D.836(1825)
◎ピアノ伴奏付きのアルト独唱と男声合唱のための《セレナーデ》D.920(1827)
◎ピアノ伴奏付きのソプラノ独唱およびテノール独唱のための《『ヴィルヘルム・マイスター』からの歌》D.877(1826)
◎弦楽五重奏の伴奏付きの男声合唱のための《水上の精霊の歌》D.714(1820-21)
◎バリトン独唱と混声合唱のための《詩篇第92番》D.953(1828)

後半は20世紀の作品で、すべてア・カペラの合唱曲。

◎リゲティ:六声の混声合唱のための《ルクス・エテルナ》(1966)
◎クセナキス:混声十二声のための《夜》(1967-68)
◎シェーンベルク:混声合唱のための《詩篇第130番『深き淵より』》作品50b(1950)
◎シェーンベルク:《地には平和》作品13(1907)

合唱はエルヴィン・オルトナー指揮のアーノルト・シェーンベルク合唱団。素晴しいコーラスだが、《詩篇第92番》や《夜》で発揮された団員の独唱者としての能力の高さにも、感心させられた。独唱は、ソプラノのユリアーネ・バンゼ、テノールのヘルベルト・リッパート、バリトンのクリスティアン・ゲーハーゲル。三人とも東京でリサイタルを開く予定だが、ともかくこれほどの実力のある歌手たちがほんのちょっとだけ歌う、というのも、なんとも贅沢だった。弦楽合奏(ヴァイオリン抜き)は芸大教官と学生による弦楽アンサンブル(欧文クレジットは Geidai String Ensemble)で、小父さん(失礼!)と若者たちが仲良く演奏しているのが、なんだか微笑ましかった。

19世紀と20世紀とでは、音楽の文体はかなり異なっているが、しかしこれら優れた音楽作品に通底する哀しみ、嘆き、なかんずく祈りの感情は、変らないのだと痛感させられた。いや、むしろこういう時代だからこそ、最後の曲のリフレイン(今日の日記のタイトル参照)に唱和するようにして、地には平和を、と冀わずにはいられない。そんな厳粛な気持ちにさせられてホールを出ると、目の前にホテル・ニューオータニの車寄せの大きいクリスマス・ツリーが、美しく輝いているのだった。ともかく、素晴しいコンサートだったと言えるだろう。ちなみに、私の一番のお気に入りは、やっぱりクセナキスかしらね?

祝い酒(のお裾分け)
2002年10月30日(水)

横浜の Cable Car で飲んでいたら、プロ野球の日本シリーズでジャイアンツが優勝した、というので、支配人からドンペリニオンがふるまわれた。野球の事はとんとわからないけれど、数箇月ぶりに飲むドンペリニオンは、やっぱり美味しい。クリュッグより好きだなあ……。

There's No Business Like Show Business
2002年10月29日(火)

モスクワの事件で、人質に多くの死者が出る原因になったのが、ロシアの特殊部隊が突入にあたって使用したガスだ、というので、問題になっている。どんな種類のガスなのか未だに明らかにされていない上に、解毒剤の用意もなかったなど、対応のまずさも目立つようだ。かつてのソヴィエト時代の悪弊が残っている、ということだろうか。大統領も、もとをただせば KGB 出身だしね。それに、これで今度はテロリストの側が化学兵器を使う可能性が強まった、とも言える。困ったことだ。アルカイダは新しい指導体制を確立してしまったみたいだし……。

博品館劇場で、宮本亜門作・演出・振付の『I Got Merman』を観る。この作品は1987年に築地本願寺ブディストホール(私もこのホールのステージに立ったことがある。昨年、第一回目のマラソン・リーディングが開催されたのが、このホールだったのだから)で初演されたのだが、私はその凱旋公演を、翌1988年に博品館劇場で観ている。出演者も、今回と同じく諏訪マリー、田中利花、中島啓江の三人(今やオリジナル・キャストと呼ばれている)だった。初演から15年、随分長く支持されてきたわけだ。初めて観た時の衝撃はさすがにないが、今日でも十分楽しめる舞台だと言えるだろう。来年は、アメリカ向きに改変して、向うのキャストで全米ツアーを行うという話だし……。14年前、あんまり面白かったので、ある新聞社の学芸部の記者に「宮本亜門ってどんな人?」と尋ねたら、酒場に本人を呼びだしてくれた、なんてことがあったっけ。亜門ちゃんは(もちろん私も)若かったなあ!

ちなみに、先般発売されたDVDのセット『マリリン・モンロー・ダイアモンド・アルバム』に収録されているマーマン主演(モンローやドナルド・オコナー等とともに)の映画 "There's No Business Like Show Business" は、とても楽しい作品だった。モンローがチャーミングなのはともかくとして、マーマンの歌唱とオコナーのダンスだけでも、一聴一見の価値はある。もちろん、このタイトルは、マーマンが主演して1147回のロングランを記録したミュージカル "Annie Get Your Gun" のナンバー(アーヴィング・バーリン作詞・作曲)だ。

...Sofferte onde serene...
2002年10月28日(月)

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉第三夜。会場は紀尾井ホール。プログラムは以下の通り。

◎マレンツィオ:五声のマドリガーレ集第九巻(1599)より4曲(ア・カペラ)
◎ノーノ:ソプラノと六声のソプラノ合唱のための《春が来た〜シルヴィアのための歌》(1960)
◎ノーノ:混声合唱と六名のパーカッショニストのための、ジュセッペ・ウンガレッティの〈約束の地〉による《ディドーネの合唱》
◎ノーノ:ピアノとテープのための《…苦悩に満ちながらも晴朗な波…》(1976)
◎ジェズアルド:五声のマドリガーレ集より5曲(ア・カペラ)

演奏はエルヴィン・オルトナー指揮のアーノルト・シェーンベルク合唱団に、《春が来た》ではソプラノのクラウディア・バラインスキー、《ディドーネの合唱》ではパーカッション・グループ '72 が加わった。《…苦悩に満ちながらも晴朗な波…》のピアノはもちろんポリーニで、音響は宮沢正光/ふぉるく。例によって文句の付けようのないコンサートだが、それにしてもポリーニのピアノの見事さときたら! マレンツィオやジェズアルドのマドリガーレとノーノの作品が、なんの違和感もなく美しい音楽の連なりとして聴ける、なんてことは、考えてみれば楽しいことなのかもしれない。

悪い時代
2002年10月27日(日)

特殊部隊の突入によって、モスクワの事件が一応解決した。多くの死者が出たようだが、それ以上に多くの人質が救助された以上、ロシア側の作戦は成功だったと言えるのだろう。ものすごく後味の悪い解決ではあるにしても……。劇場がテロリストによって占拠される、という事態は、国内では言うに及ばず、海外の都市でも頻繁にオペラとかミュージカルとかコンサートとかに行く習慣の私にとって、他人事ではない。悪い時代だと言うべきだろう。

Katrin Paul
2002年10月26日(土)

横浜美術館とヨコハマポートサイドギャラリーの二会場で11月24日まで開催される《カトリン・パウル展》に。今日が初日だった。フランクフルト・アム・マイン出身のカトリン・パウルは、ニューヨークで写真とメディアアートを学んだあと、1997年に来日し、目下多摩美術大学大学院で学ぶ気鋭の作家。渋谷のガングロ少女や巣鴨に集う老齢の女性をとらえた作品、またストッキングのようなものをかぶって顔面を矯正した女性を撮影した作品など、かなりの実力を備えた女性だと言えるだろう。

セルリアン・タワーのあの陳健一の店〈陳〉で、仕事(!)の打ち合わせを兼ねた会食。出席者は私を含めて三名。麻婆豆腐はもちろん、すべての料理が絶品だった。

涙がでるほど美しい!
2002年10月25日(金)

昨日モスクワの、ミュージカル『ノルド・オスト』上演中の文化宮殿を、チェチェンの武装集団が襲い、700人とも言われる膨大な数の観客や出演者を人質に、立て籠もった。ロシア軍がチェチェンから即刻撤退しなければ、人質もろとも劇場を爆破する、と言っているらしい。ロシア共和国連邦のチェチェン政策には賛同し難いが、だからといってこのような残酷なテロは、やはり批判されなければならないはずだ。それにしても、何百人もの無辜の市民が無惨に殺害されるのを、また座視しなければならないのだろうか?

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の第二夜。会場は紀尾井ホール。プログラムは以下の通り。

◎ドビュッシー:《シランクス》(1913)――フルート・ソロ=ミケーレ・マラスコ
◎ベリオ:《セクエンツァ I 〜フルートのための》(1958)――フルート・ソロ=ミケーレ・マラスコ
◎ベリオ:《セクエンツァ XII 〜ファゴットのための》(1995)――ファゴット・ソロ=パスカル・ガロワ
◎ベリオ:メゾ・ソプラノ、アルト・フルートとライヴ・エレクトロニクスによる《アルトラ・ヴォーチェ》(1999)――メゾ・ゾプラノ=モニカ・バチェッリ、フルート=ミケーレ・マラスコ、ライヴ・エレクトロニクス=チェントロ・テンポ・レアーレ-フィレンツェ、音響=宮下章/ふぉるく
◎モンテヴェルディ:マドリガーレ集第七巻(1619)より4曲+戦いと愛のマドリガーレ集(1639)より3曲――メゾソプラノ=モニカ・バチェッリ、アルト=サラ・ミンガルド+ベルナデッテ・マンカ・ディ・ニッサ、テノール=マリオ・チェケッティ、バリトン=フリオ・ザナージ、バス=アントニオ・アベーテ、チェロ=ルイージ・ピオヴァノ、弦楽=紀尾井シンフォニエッタ東京メンバー、チェンバロ=マウリツィオ・ポリーニ

前半に演奏された20世紀の作品群(《セクエンツァ XII》と《アルトラ・ヴォーチェ》は、初演者による演奏)では演奏者の超絶的な技巧にひたすら感心し、後半のモンテヴェルディのマドリガーレでは、ペトラルカやタッソの詩の内容が細部まではわからないにもかかわらず、涙が溢れて困ってしまった。もちろん、新しい曲も古い曲も、こよなく美しい、という点では違いはなかったわけで、とても素晴しいコンサートだったと言えるだろう。

ちなみに、後半が始まる直前、ホール内に原因不明の高周波音がする、というので、開演が30分ほど遅れてしまった。だが、この事態に対するホール側の応対も、一旦ロビーに出された観客の態度も、非常に好感の持てるものだったことを、言い添えておくべきだろう。

Tea... / A mirror of soul...
2002年10月24日(木)

サントリーホールで、タン・ドゥンの新作オペラ『TEA』を鑑賞。世界初演である。今後世界中で繰り返し上演されることになるであろう優れたオペラの誕生に立ち合った、と言えるのかもしれない。(より詳細な感想は、しばしの休憩ののちに書くことにします)

the far side of the moon
2002年10月23日(水)

世田谷パブリックシアターで、ロベール・ルパージュ作・演出の "the far side of the moon" (邦題は『月の向こう側』)を観る。フィリップとアンドレという兄弟、さらにその亡くなった母、フィリップの医者、ロシア人宇宙飛行士の五つの役をひとりで演じたのは、イブ・ジャック。この作品は一昨年の二月にケベック・シティのトライデント劇場で初演されているわけで、当然(?)その時に使われた言語はフランス語なのだが(したがって本当の原題は、アクサンテギュ抜きで表記すれば "la face cachee de la luna" となるらしい)、イブ・ジャックはフランス語版と英語版と両方とも演じているんだとか。音楽はローリー・アンダーソン、製作はエクス・マキナ。昨夜観た『モーツァルト!』の華やかさとは対照的な、極めてシックで繊細な名舞台だった。ちょっと感動!(もうちょっと詳しい感想が続く予定だが、しばし休憩ね!)

MOZART!
2002年10月22日(火)

日生劇場で、ミュージカル『モーツァルト!』を観る。脚本・作詩=ミヒャエル・クンツェ、作曲=シルヴェスター・リーヴァイ、演出・訳詞=小池修一郎、というのは、もちろん大ヒットしたあの『エリザベート』と同じ組合せ。今回も、素敵な舞台に仕上っていた、と言えるだろう。

ただし、クンツェとリーヴァイの仕事に関しては、前回より劣る、と言わざるを得ない。大体、モーツァルトを主人公にした舞台作品なんて、不可能なのだ。彼の天才はあまりにも輝かしくて、一般の共感を呼ぶなんていう段階をはるかに越えている。映画にもなったシェーファーの『アマデウス』が成功したのは、主人公をあえて対抗する作曲家サリエリにしたから(タイトルも、モーツァルトのミドルネームというより、神の寵愛とかいった言葉本来の意味が効かせてある)なのではなかったろうか。

しかしながら、小池修一郎の演出と出演者たちの健闘によって、日本版『モーツァルト!』は、とても楽しめるステージになった。観ていないので断定できないが、ヴィーンで上演されたオリジナルより楽しい舞台になっているのではないだろうか。宝塚歌劇の現役演出家でもある小池修一郎は、観客を楽しませることに徹して、辛気くさい題材のこの作品を、親しみやすくて上質なエンターテインメントに磨き上げている。観客を楽しませる、と言っても、ぎりぎりのところで通俗的にはならないところが、演出家の手腕と言えるのだろう。見事な演出である。

ミュージカルを三本位つくれそうなちょっと豪華な出演者たちは、以下の通り。◎ヴォルフガングに井上芳雄(音楽大学出身を活かした歌唱で、演技も格段に進歩していた。中川晃教とのダブルキャスト。中川くんでも観なくっちゃ!)◎その父レオポルトに市村正親(流石は、ってところかな)◎姉のナンネルに高橋由美子(このミュージカルの影の主役はモーツァルトの父と姉なのだが、ヴェテラン市村正親に一歩もひけをとらない立派なナンネルだった)◎コンスタンツェに松たか子(やっぱり逸材なのだろう。第一幕はちょっと影が薄かったが、第二幕は立派)◎モーツァルトの庇護者フォン・ヴァルトシュテッテン男爵夫人に久世星佳(一番印象的なナンバーを持つ役で、よく歌えていたが、もう少し貫禄を出した方が?)◎ザルツブルクのコロレド大司教に山口裕一郎(威風堂々の歌唱と押し出し。彼には関係ないことだが、大司教が寝室に引き込んでいるのは、原作では娼婦ではなく少年なのではないかしら?)◎コンスタンツェの母のセシリア・ウェーバーに阿知波悟美◎コロレドの部下アルコ伯爵に花王おさむ◎エマヌエル・シカネーダーに吉野圭吾(素晴しい逸材。ショーストッパーたり得る才能だ。一番の拍手を送りたい)◎ヴォルフガングにつねによりそって登場している少年アマデに子役の内野明音(見た目も綺麗で、好演)といったところで、アンサンブルも実力派揃いで楽しめた。初日近くに観た人たちから、女性陣の歌唱についての不満を聞いていたが、そんなことはなかったなあ(初日からきちんとしているのがプロだ、とは言ってもね)。

最後にひとつ、声を大にして抗議したいことがある。もともとマチネの半分程度の公演回数しかないソワレが、すべて午後5時開演、というのは、まったく納得できない。このミュージカルは、成熟した大人が観るようなものではない、とでも言うのか? 休憩を入れて3時間強の舞台である。欧米並みに午後8時に開演を、とは言わないが、せめて7時、百歩譲って6時半開演にすべきだろう。製作の東宝とシアター・ドラマシティに、猛省を促しておきたい。

完璧なコンサート?
2002年10月21日(月)

〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の第一夜。ブーレーズが指揮するロンドン交響楽団との共演で、会場は東京文化会館。演目は以下の通り。

◎ブーレーズ:《弦楽のための本》(1988年版)
◎バルトーク:《ピアノ協奏曲第1番》
◎ストラヴィンスキー:バレエ音楽《火の鳥》全曲(1910年版)

このプログラミングをポリーニは、「完璧だ」と自負したそうだが、確かにねえ。21世紀初頭におけるコンサートの、もっとも正統的かつ模範的な選曲と言えるだろう。その上、指揮者とオーケストラとソリストの組合せも、まさに完璧。批評めいた言葉を書くのさえはばかられる、限りなく完璧に近い演奏会だった。アンコールにストラヴィンスキーの《花火》が演奏されたのも、心憎いしね。ディアギレフはパリで《花火》の初演を聴き、新進作曲家ストラヴィンスキーに《火の鳥》の作曲を依頼する決断を下したのだそうだから……。

そうそう、今回の私の席は1階3列14番で、ちょっと前過ぎるきらいがあったのだが、ポリーニの指の動きを斜め下からつぶさに観察することが出来て、ものすごく面白かった。  

お休み!
2002年10月20日(日)

(昨日と今日、日記はお休みです。)

お休み!
2002年10月19日(土)

(今日と明日、日記はお休みです。)

Record of the Year
2002年10月18日(金)

(という話を書く予定ですが、とりあえず飛ばします。長くなりそうなので)

寛永二年創業!
2002年10月17日(木)

北朝鮮が、核兵器の開発を継続していたと認めたそうだ。あの国は一体、どうなっているのか!

銀座五丁目(西五番街)の〈Sake Cuisine 瑞秀 MIZUHO〉で小宴。この店は金沢の酒蔵・福光屋(創業1625年だとか!)の直営で、食事もさることながら、さまざまな日本酒がすべて美味だった。

ポリーニ、音楽を語る
2002年10月16日(水)

今月21日から始まる〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉の関連イヴェント、〈ポリーニ、音楽を語る〉を聴く。会場は浜離宮朝日ホール。司会は岡部真一郎さん。ポリーニは、時々ピアノで実例を紹介しながら、しかもわかりやすいイタリア訛の英語で語った。充実した二時間だったと言えるだろう。〈Pollini Project 2002 in Tokyo〉に通うのが、ますます楽しみになった。

美しすぎる!
2002年10月15日(火)

国立劇場小劇場で開かれた大伴清女さんの舞の会〈第十二回 清麗會〉を鑑賞。演目は、地唄舞「小簾の戸(こすのと)」と、梅津貴昶振り付けで一中節「尾上雲賤機帯(をのへのくもしづはたおび)」。後者は出と入りに花道を使ったのが、効果的だった。それにしても清女さん、なんだか名人の境地に入りつつあるような……。敢えて欠点を言えば、清女さん本人が美しすぎることだろうか。舞台に立っただけであまりにも華麗で、舞の見事さに意識を集中しにくいきらいがあるのだ。でも、これは時間が解決してくれること。清女さんがお婆さんになるのを心待ちにする、なんて書いたら、御主人の辻井喬さんに怒られるかしら?

終演後、六本木の〈雨の木〉へ。最近体調不良を伝えられていた大岡信さんが、赤ワインを三杯も召し上がるほどお元気で、ひと安心。香菜抜きのヴェトナム風生春巻も、お気に召したようだったし……。

誠意はあれども非常識!
2002年10月14日(月)

今月9日の日記、誌名まで出しちゃって、ちょっと大人気なかったかな? なんて考えていたのだが……。

私の留守中、私の家(横浜の!)に、なんと、問題の「学生編集員」が尋ねて来ちゃったのである!

夕方6時に家を出て、午前1時近くに戻ってみると、ドアの前に紙袋が……。中には彼女の、名前を間違えたことについてのお詫びの手紙と、お菓子の包みが入っていたのだった。

ううむ、たしかに誠意はあると言うべきだろう。しかしながら、@アポイントメントを取らずに、A日曜日の、Bしかも夜に、相手の家に押掛ける、というのは、やはり非常識だ。世間知らずのお嬢さんに多くを期待するのは酷なのかもしれないが、彼女の将来のためにも、これは記録しておこう。こんなことを書かれるのも、若い人にとっては勉強なのかもしれないのだから……。

そうそう、玄関先に何時間か置かれていた食品は、この御時世、そのまま棄てるしかない、ということも、書いておくべきかしらね。

ともかく、件の「学生編集員」さんには、これを教訓(?)に、立派な、というか、したたかな編集者になってほしい、と言っておこう。

テロ!
2002年10月13日(日)

昨夜バリ島で大規模な爆弾テロが発生し、多くの死者が出たという。何という恐ろしいことだろう! 何という哀しむべきことだろう!

去年、IXXI の悲劇を目の当たりにして「壮快」だと詠った大辻隆弘くんは、今回もまた快哉を叫んだのだろうか? そうでなければ筋が通らないが、そうであれば悲しいことだと思う。

みそもじあまりひともじ
2002年10月12日(土)

なんとなく、NHK-BS2 の「第14回 列島縦断 短歌スペシャル」を観てしまった。勉強になりました、と、言っておこう。因みに、この番組の正確なタイトルを知ろうと思って「ぴあ」のTV番組表を見てみたら、以下のような説明があった。曰く、選び抜かれた31文字の言葉から世界を広げる短歌の世界を楽しむ。ううむ!

人!
2002年10月11日(金)

7日の素人句会の結果が出た。欠席投句の連中にも点を入れてもらったので、順位に移動があり、愚作が六点をとって、「人」というか、第三位になってしまった。ありゃま! では、その愚作というのは?

裾分けの新米ままごとめかせ炊く

ううむ、本当に愚作だなあ!

Manuel Puig's Kiss of the Spiderwoman
2002年10月10日(木)

ベニサンピットで、tpt の公演、マヌエル・プイグ作『蜘蛛女のキス』を観る。ロバート・アラン・アッカーマンの演出による三回目の上演(ただし今回は、アッカーマンのオリジナル・ディレクションによって薛珠麗が演出)だ。この名作戯曲の最高の再現、とは言えないにしても、その真価がきちんと伝わってくる、優れた舞台だと言えるだろう。前回(2000年)に続いてモリーナを演じた山本亨は、人間的な哀しみを一段と切実に表現できるようになっていたし、ヴァレンティンを初めて演じた北村有起哉も、セックスアピールのある革命家ではなくどこにでもいそうな青年像を造形して、力演だった。最後は泣けるしね!

IXXI 以後、革命とか監獄とか拷問とかいった言葉が飛び交うこの戯曲も、前と同じようには観ることができなくなってしまった。以前より、モリーナとヴァレンティンが共棲する監房が、身近に感じられる。そういう点からも、一度観た観客も再び足を運ぶ価値のある舞台だと言えるだろう。

石井「竜」彦、って誰?
2002年10月9日(水)

「早稲田文学」から、〈Tokyo Culture Cafe 2002〉というイヴェントに参加して欲しい、という旨の依頼状が届いた。依頼自体は、なかなかにありがたいお誘いだと言えるのだが……。依頼状も封筒も、宛名の漢字が間違っている! 私のファーストネームの「辰彦」が、「竜彦」になっているのだ。せめて澁澤龍彦さんの「龍彦」と間違っているなら、などと冗談を言っている場合ではなく、これはとんでもなく失礼なことではないのか? 相手の名前の文字遣いを確認することなく仕事を依頼するなんて、非常識もはなはだしい。名前もきちんと書けない、ということは、相手の人物も仕事もまったく知らない、ということになるだろう。これは、この依頼状に署名している「学生編集員」個人の問題なのか、「早稲田文学」という雑誌そのものの問題なのか、それとも早稲田大学全体の問題なのか……。いずれにしても、困ったことではある。怒る、というより、呆れてしまうほかはない。

Daniil Shtoda
2002年10月8日(火)

東京オペラシティ・リサイタルホールで、ダニール・シトーダのリサイタルを聴く。1977年にレニングラードに生れ、サンクトペテルブルク音楽院やマリインスキー劇場附属アカデミーで研鑽を積んだこの新進テノールには、EMIのDebutシリーズで出たロシア語の歌曲(チャイコフスキー、バラキレフ、キュイなどの作品)を集めたCDで注目し、さらにアバド指揮の『ファルスタッフ』(DG)ではフェントンに抜擢されていて注意を払ってきたのだが、声も技巧も称賛に値する、将来が楽しみな逸材だということを確認できた。風貌も、まだ青年というよりは少年だが、なかなかに素敵。小さい会場とは言え当日券キャンセル待ちの盛況だったのも、そんなところに一因があったのかもしれない。ピアノはマリインスキー劇場附属アカデミーの主任教授兼芸術監督、つまりシトーダの先生に当たるラリーサ・ゲルギエワ(デビューCDの伴奏も彼女だったが、天下のヴァレリー・ゲルギエフの実姉、と言った方が通りがよいだろうか)で、シトーダは第一部でロシア語の歌曲を8曲(グリンカ、ダルゴムィシスキー、チャイコフスキー、モスクヴィン、ワルラーモフ、バラキレフの作曲ないし編曲)、第二部でオペラのアリアを7曲(ドン・オッターヴィオの第一幕のアリア、ネモリーノのロマンス、アルフレードのアリア、レンスキーのアリア、アレンスキー作曲の『ラファエロ』で舞台裏で歌われるシャンソン、ロドルフォのアリア、チレア作曲の『アルルの女』のフェデリコの嘆き)と「乾杯の歌」を歌った。なお、「乾杯の歌」では数段聴き劣りのする日本人ソプラノがヴィオレッタを歌い、それどころか第一部でロシア語歌曲を3曲も歌っていたが、興醒めもいいところで、主催者の良識を疑わざるを得ない。アンコールはロシア民謡2曲にグルジア民謡とヴェルディの『ロンバルディア人』のアリア。ソプラノの件を除けば、大いに楽しめるリサイタルだったと言っておこう。今年のエクサンプロヴァンス音楽祭でも、ダニエル・ハーディング指揮、イリーナ・ブルック演出の『エフゲニー・オネーギン』でレンスキーを歌っていたということだし、シトーダからは当分目が離せないのかもしれない。

歌会には出たことがないのに句会には毎月!
2002年10月7日(月)

銀座治作で開かれた素人句会に出席。と言うか、今回は幹事だったりして。終了後、銀座で1950年代から営業を続けている古典的なバー TARU でバーボン。

Forty Licks
2002年10月6日(日)

レコード会社の垣根を超えて編まれた代表的ナンバーの集成CD "Rolling Stones: Forty Licks" を聴く。結成から40年、常に刺激的な存在でありつづけたローリング・ストーンズって、やっぱり凄いのかも!

ザ・ビートルズと較べると楽に聴けるってのも、面白いよね。ザ・ビートルズは聴く度に藝術的な衝撃を受けずにいられないが、ストーンズには単純に身を任せておくことができる。どちらを高く評価するかはともかく、どちらも棄てがたいのは確かなことだろうけれどね。

遠い帆
2002年10月5日(土)

神奈川県民ホールで、高橋睦郎さんのリブレットに三善晃さんが作曲したオペラ『支倉常長・遠い帆』の新演出上演を鑑賞。このオペラは近年発表された日本語のオペラの中では出色の作品なのだが、もうひとつの傑作、松村禎三さんの『沈黙』(遠藤周作の原作を松村さん自身がリブレットに仕立て、作曲した)とこれとが共に、キリスト教と日本人との悲劇的な関係を題材にしているのは、ちょっと興味深いところではある。

新演出(壌晴彦)は、初演の演出と較べずっとわかりやすい、その分深みにかけるものだった、と言えるだろう。このオペラは仙台市の記念事業として作曲されたので、初演(1998年)では公募された仙台市民がコーラスを担当していた。それはそれで粗削りな面白みがあったとも言えるのだが、今回のように東京オペラシンガーズや栗友会といった訓練されたコーラスで聴くと、音楽の細部がよく理解できるように思われる。歌手たちについては、どういうわけかPAが使われていたので、判断するのがむづかしい。オペラにPAを用いるのは、極力さけなければならないことではないだろうか。若杉弘さんが指揮した神奈川フィルハーモニーは、なかなかの好演だったと言えるだろう。

で、考えたのだが、このオペラはコンサート形式で上演するのがよいのではないだろうか。全一幕で演奏時間が一時間強、というのもコンサート向きだし、独唱者五名に対しコーラスが大活躍したり、演じられる空間が激しく移動したりと、オペラと呼ぶよりオラトリオと呼びたくなるような特徴を備えてもいるからだ。コンサート形式の方が、リブレットの力強く美しい言葉も、音楽の激烈な悲劇性も、よりよく理解されるように思われてならない。次回は是非、コンサート形式で!

終演後、睦郎さんをはじめとする数人で、中華街の北京飯店へ。女児紅に北京ダック、芝海老とグリンピースの炒め物、レタスの炒め物、豚肉の甘辛炒め、豆腐と蟹肉の炊き合わせ、小籠湯包、お焦げの餡掛け、杏仁豆腐など。そのあと Cable Car でカクテル。盛り沢山な一夜だった。

『〈テロリズム〉以後の感想/草の雨』、および短歌における文語と口語の混淆について
2002年10月4日(金)

岡井隆さんの最新歌集『〈テロリズム〉以後の感想/草の雨』(砂子屋書房)を読む。岡井さんはこのところ年に一冊の割合で歌集を世に問うてらっしゃる(来年も、海外旅行を題材にした作品を中心とする歌集が書肆山田から刊行される予定)わけで、それだけでも大したことだが、内容も力に溢れていて、驚かずにはいられない。全体は二分構成で、第1部と第2部の境目でIXXIのテロが起り、作品の色調が大きく変化する。そして掉尾には、高橋源一郎が長編小説の題材に用いているのが話題になっている連作「樋口一葉、ウサマ・ビン・ラディンに会ひにゆく」が置かれている、というわけだ。刺激的な歌集だよね!

それにしても、岡井さんがここまで大量に、しかも自在に、短歌に口語を導入してしまった以上、短歌を文語で書くか口語で書くか、なんていう問題は、今や意味をなさなくなったと言うべきなのではないだろうか。歌人は、必要に応じて文語も口語も自由に操れるようでなければならないのだ。

クロちゃんを偲ぶ会
2002年10月3日(木)

銀座アスター新宿賓館で、〈黒野利昭さんを偲ぶ会〉が開かれた。5月1日に蜘蛛膜下出血で倒れ、5月3日に帰らぬ人となった、あのクロノスのクロちゃんを偲ぶ集いである。人徳と言うべきか、出席者が150名を越える盛会となった。スピーチは、世話人の高橋睦郎さん、四方田犬彦くん、四谷シモンさん、和服姿が絶世の美しさのユーコさんなど(私を含む!)。司会はラピスのヒロシくんで、現在クロノスを取り仕切っている轟さんや画家の米田民穂くんなど、クロノスゆかりの面々が裏方で活躍していた。豪華絢爛たる花は刈米義雄さんの作品。クロちゃんのお兄さんと弟さんが、いかにクロちゃんの交友関係が幅広く信頼感に溢れていたかに、感じ入っておられた。本当に素晴しい会だったと言うべきだろう。

終演後、友人たちと、ナジャ、定休日だが臨時に遅くに店を開けたクロノス、そして風花、とバーを巡る。新宿どころか日本を代表する高雅なバー三軒、と言えるのではないだろうか。

Dinner Rush ★★★
2002年10月2日(水)

北朝鮮から帰って来た日本政府の調査団の報告をニュースで知るにつけ、またしても暗澹たる気持ちにとらえられる。被害者の家族のひとりが「嗤ってしまいました」と語っていたが、この素っ頓狂な報告には世界中が嗤わざるを得ないだろう。苦い、嫌な嗤いである。アルカイダがまだ大規模なテロを行う力を温存している、という報告が最近 UN でなされたようだが、現体制の北朝鮮がなお存続していることといい、本当に忌まわしいことだ。

シネスイッチ銀座1で、ボブ・ジラルディ監督の映画 "Dinner Rush" を観る。トライベッカに実在するトラットリア〈ジジーノ〉(ジラルディ自身がオーナーのひとりだとか)で撮影された作品で、登場する料理はあまり旨そうではない(特に女性料理評論家が絶賛する、茹でたオマールをヴーヴクリコと生クリームのソースであえ、茹でてから揚げたスパゲティを土台にオマールの殻をタワー状に飾り、キャヴィアとかヴァニラビーンズとかを振りかけた、とかいう一皿は! もちろん、演出上でそうなっているわけだけれど)が、映画そのものは御機嫌な出来映え。いや、この場合やっぱり、★★★、と書くべきなのかな?

トライベッカには時々行くけれど、行く度にファッショナブルになっていて驚かされる。私がニューヨークでニューヨーカーの聴衆を前に初めて自作の短歌を朗読したのも、トライベッカにあるあるアーティストの広いロフトにおいてだった。ちなみに、〈ジジーノ〉の前に立って南に向けば、かつては WTC のふたごのタワーが美しく、間近に望めたはずである。

余談をもうひとつ。この映画、人気のあるレストランの雰囲気などをかなりリアルに描いている(私の経験から言えば、予約が数箇月先までいっぱい、なんていうレストランは、かえって大したことがない方が多かったなあ。まあ、NY に限らずどこでもそんなものだろうけれど)が、途中で挿入される、雪の積もった屋外の、ビルのかげでのセックスシーンも、なさそうであることなのだ。昨年の四月にも、グラマシー・パークとユニオン・スクエアのちょうど中間あたりのパークアヴェニュー(!)で、通行人に口笛を吹かれてもまったく意に介さずに事におよんでいる男女をみかけたのだから。キス程度で終っている日本の若者たちなんか、まだまだかわいいよね!

Billie Holiday
2002年10月1日(火)

クロノスで昨夜かかっていた、アルバム "Lady in Satin" におけるビリー・ホリディの歌声が、耳に残って消えずにいる。私も大人になったってことかしら?

颱風が、猛然たるスピードで通り過ぎて行った。野分って、こんな感じをいうのかしら?