| ●とりあえず完全引上げ・・・のつもり |
ニューキャッスルではワークショップがこれというところがなく、なれた大学で制作したほーが気分的にも楽なので、やっぱ最後までロンドンにいることにした。 合格していた大学院、奨学金やら色々捜してはみたが、まず返さないといけない借金があるし、すっぱりあきらめるかーーー。ってやっぱりとりあえず入学保留をお願しよーかなと思う。。。。 えっと、両方の院に「入学保留」はかけてもいーんだろーか?いけるとしたら1年コースの方かな。学費も7000ポンドくらい。借金を1年で返して、あと、1年働いたらなんとか貯まるかも。2年待ってくれたらいける・・・。もうひとつは2年コースで1年分の学費は約1万2000ポンド。プラス生活費を2年分・・・800万円くらい? いけるかーーーー。 みんなに院には進まないで、日本へ帰るというと「なんで?」って聞く。(あたりまえか)「授業料高すぎて払えない」というと怪訝そうな顔をする。ほとんどの人が留学生がどのくらい払っているか知らないのだ。額をゆうと、絶句する。 プリントテクニシャンのGAは「日本大使館にゆってみれば?」 日本大使館が何してくれるっーちゅうねん。日本は欧米とちがって海外で勉強しよーって人に冷たいのよ。海外からくる外人にはやさしいけどね。外面がいいのだ。 「パートタイムなら働きながらでなんとかなるんじゃない?」「日本人はパートタイムではビザがおりん」と横から師匠がムスッとして突っ込む。ししょーーーー、よくご存知で。 1学年下のイギリス人と結婚した中国人の人が「Trina、結婚斡旋所に登録するのよ!金持ちのほーがいいから。サウスケンジントンあたりで捜すのよ!」と本気でゆう。 たしかに、一番手っ取り早い方法はイギリス国籍をもった人と結婚して、授業料の負担をなくすことなんだけどさ。ペーパーマリッジというか、わしが、そーいうのはきらいだってゆってたら、また横からGAが「あ!アングロサクソンがきらいなの?東洋人がやっぱいいのね!知り合いに中国人とのハーフがいるわ!どう!」 いやいや・・・そーじゃなくってぇ・・・・ あげくのはてに師匠まで「俺はいちおー独身だ!結婚できるぞ!」とかいいだして、籍いれてないけど、愛するパートナーに愛娘が生まれたばっかのくせに。GAに「PAが悲しむわ」ってゆわれてシュンとなる師匠。みんなありがとうね。 あと、ひとつ心残りがあった。。。 BYちゃんにいっそのこと告白して帰るか?あたってくだけろーーーってやってみっかなーー・・・ とりあえずYVに相談する。 YV 「やめとけ」(きっぱりと) 「あいつは恋愛ごとは全然わかってないから」 わし (わかってないって・・BYちゃんも大の大人やし。あんたと同い年やん。)「えーー、けどBYもなんかわしに気があるんちゃうかなーーーって思うことがちょっと・・・・あって・・・(消え入るような声になる)」 YV 「たとえば?」 わし 「プライベイト・ビュ−のときに、すれちがいざまにチュ−された!」 YV 「どこに?」 わし 「ほっぺた・・・」 YV 「意味無し!」 わし 「・・・・・・・・・・・・(T_T)」 YV 「繰り返しゆうが、あいつには恋愛はまだ無理だ!」 ふっ・・・・意気消沈。もーええわ。 YVは年の割(当時20代半ば)にはみょーにおやじくさい、しかしとてもするどい事をゆうので素直に意見を聞いたほうが身のためだと言い聞かせた。。。大学院に関してもすっぱりゆわれたし、一旦、潔く日本へ帰ろう。 大学院に関してはこうゆわれた。「おまえ、この国でそんなけMAで金出す分、日本で使ったら自分の版画工房つくれるんとちゃうんか。」 もひとつ師匠からも「イギリスはおまえにとってやたらお金かかるだろ。おかしいぞ。あの額は。他の国はどうなんだ。アメリカとか。それに、MA行くのは確かに技術面とかはよりDevelopされるかもしれんが、おまえはプロとして十分にやっていける質も技量もあるぞ。アーティストとして作品をつくっていくことも考えろ。」 ・・・・・・・・・ごもっともでございます。 しかし、現実は厳しいねんなー。日本ではアートとは無縁の世界にいたので、いちからやり直し。特に人脈。それよりもまず、借金を返さねば。お金さえあれば・・・ ビザさえあれば・・・こっちで活動したいよー。 とにかく日本へ帰ると決まったら片付け大変。なんせ、トータルで5年近くいたからな。荷物膨大。日用生活品、家電製品は全部友達にばらまく。額はぜーんぶ師匠にあげる。筆や画材も大学の友人にばらまく。ふぅぅ。持って帰りたいのは作品と本、ちょっとだけ画材。これがぁーーーーーーー、大変。 A1サイズのポートフォリオを2つ郵便局で送る。ひとつ重量15Kgは越えてる。死にそーーになりながら郵便局へもってく。あとはくろねこで送る。銅板画の原版である銅板・・・これだけでトータル30Kg越える。泣きそー。ファンデーション時代の作品は処分するに処分できず、師匠にあずかってもらう。「どのくらい預かるんだ!1年くらいか?」「うーん、そのくらい・・・」 アート関連本や技法書なども買いまくる。本って重い。結局25Kgが6箱できた。 師匠とBYとは作品交換する。これは大事に手荷物で持って帰る。スーツケースにA2のポートフォリオ(8kg)にディパック(6kg)背負ってウエストポーチをしてアートケースも肩にかけ、このうえ、親にたのまれたベルギーのチョコ(0.5Kg×4箱)空港の免税店で買わなければいけない。持てんのか? とりあえず、さよなら〜。エゲレス。 縁があったらまた来れるよ。 最後の1年間はいいことばっかりでよかったよ〜。ただ男運と金運はあいかわらずなかった・・・・ この2つは一生、縁がないのだろうかーーーー!! くそーーー! |