閉じる
    
 ●危険な作業

うちの大学は貧乏である。
総合大学なので、芸術学部への予算はきついらしい。アカデミックな部門のIT化にお金が流れているようだ。廃止される学科が毎年出ている。芸術学部も実は廃止したがってるらしい。設備にとてもお金がかかるからだ。備品や消耗品も大量にいる。
ということで細かい設備やらはかなりのぼろである。

ある日、エッチングのひとつの工程であるアクアチントをしていた。場所はアシッド・ルーム(酸液が置いてある部屋。)松脂の粉末を版の上に散布し、裏から、バーナーで熱して、溶かして付着させる。そう、火を使う。版の隅々に熱がわたるよう、バーナーを裏からなめるように動かす。ふんふん、、といつものようにやっていたらとんでもないことが起こった。

ガスボンベからゴムホースを伝ってバーナーへガスが送られる。ゴムホースとバーナーのつなぎ目のところのゴムが劣化していて切れ目がはいっていて、そこからガスが漏れバーナーの火で引火した。(らしい)


バーナーを持っていた左腕全体が一瞬で青白い炎に包まれた。


そのあとは、どうやって、火を腕から振り払い、バーナーの火を止め、ガスボンベの口を閉めたかは全く覚えていない。

しかし、即効でわしは対処したらしく、やけどひとつ負わなかった。腕のうぶ毛がやけた程度で済んだらしい。
その日は暑く、ほとんどノースリーブに近い半袖を着ていた。もし、長袖を着ていて、炎が燃え移っていたらと思うと、ほんとにゾッとする。

その場にもうひとりいた。ヘザーだ。彼女はMAスチューデントとして帰ってきていた。椅子に座って版の腐食の過程をチェックしていたのだ。
わしに火傷がないのがわかると、すぐに誰かを呼びに行った。わしはショック状態で茫然自失だった。動くに動けなかった。

すぐさま、師匠GNとヘッド教授とわしのチューターが部屋に入ってきた。師匠は怒り心頭できれていた。設備をなんとかしてくれと教授2人に烈火のごとくまくしたてている。わしへの心配より怒ってるほうがまさっているようだった。

ひとしきり、まくしたて、ゴムホースの劣化している部分を切り落としてバーナーにもういちどつなげて、応急処置したあと、師匠はわしに向かってこう言った。

「Trina、アクアチントの続きをやれ」

えっ? だって今死ぬほど怖い目に会ったばかりやん。。。 

わしは蒼白な顔で「・・・っ、、けど・・」 怖いっ・・・といいたかったが その前に師匠がすごいまじめな顔で(というよりかなりこわい顔で)

「Trina、今、続きをやれ! やるんだぞ!」

そう言うと、教授達とアシッド・ルームから出ていった。ぶるぶる震える手でなんとか作業した。
プリント・ルームに戻ると、師匠は「やったのか?」と聞くので、「うん」と答えると 「そうか」とだけ答えた。

後から考えると、あの場でもう一度バーナーを扱っておかないと、二度とこわくてできないようになっていたかもしれない。それを見越しての師匠の言葉だったのだろうか? 

もちろん、恐怖がすっかり消えるわけはなく、その後もこわごわでやっている。だけど、できるのは師匠のおかげだと感謝している。



禁無断転載 Copyright (C) 2001-3000 Trina/T.Matsumoto All Rights Reserved