
01/07/27
世間話しが公共事業の事になり、その批判をすると、必ずこう返ってきます。
「問題はあるけど、それが雇用を確保し日本経済を支えてるから、いいんじゃないの。」って。
この返ってきた答えこそ、大型公共事業のマヤカシであり、
そして、オラが村の先生システムと供に、改革を妨げている要因です。
大型公共事業の代表のダムと老人ホームを比べてみましょう。
多くの公共事業が必要もないのに行なわれています。
内部からリークらしく、表に出てきた情報によると、ダムの必要性を主張する根拠となる、水需要予測が大幅に水増しされていた事が発覚しました。
必要の無い公共事業を行なうには、データを改ざんするのが手っ取り早い方法です。
ダムの為のダムですから、利用価値がありません、そこに投入された金は全て無駄。
利用価値のないダムですから、使われているコンクリート等の資源もすべて無駄です。
さらに破壊された自然は、金銭に換算できないほど高価なものです。
例えば、諫早湾で問題になっている干拓事業。
この干潟の持っている水質浄化機能は物凄く、人間の手で同様の施設作るとなると莫大な費用がかかり、無理だといわれるほどです。多種多様の生物を育み、鳥達のオアシスである事は言うまでもありません。
また、必要の無い物にかけるのですから、諸々にかかる補償費もまったく無駄です。
確保される雇用も、下請け・孫請け・曾孫請けと、多くのピン撥ねにあい、地元に落ちる金は、遥かに少なくなっています。
さらに問題なのは、地元にとって無駄どころか悪影響のある大型公共事業を受け容れないと、道路などの開発をやってもらえないという、本当に地元に必要な公共事業が人質に取られている事です。
無駄な大型公共事業は、計画が発表されてから10年・20年・30年と問題無く平気で過ぎています。つまり必要がないと言う事です。
それに引き換え、地元では危険な道路が放置されたまま等、問題が山積し、経済は停滞するばかりです。
なぜそうなのかと言えば、大型公共事業は地元のために行なわれるのではなくて、必要のない工事を行ない税金を泥棒する為に行なうからです。
もし地元の為と言うならば、反対の無い道路などの公共事業からやれば問題は無いはずです。
また更に、賛成反対で地域が割れ、買収などで人心が興廃し人間関係が崩壊する。
自民党が割れてから公共事業を獲得するのに奔走する建設業界とその派閥、それに振り回され機能不全に陥る地方議会。
自立どころか、公共事業に依存する深みにハマルばかりです。
また、自治体で行なわれている事業も、小さな大型公共事業といった性格のもので、住民をまったく無視した物ばかりではないでしょうか。
資源の無駄、自然破壊、保証費の無駄、人件費の無駄、地域の荒廃、依存の進行、自立の妨害。
大型公共事業および同じ性格の事業すべては、税金の無駄だけではなく、地元にとっても害悪です。
なぜこのような事が可能になるのかといえば、中央の情報集中、官僚による情報隠匿です。
ありとあらゆるプロセスが、ブラックボックス化していて、道路なら、なぜそれが必要なのか、なぜ他の道路ではなく、それなのか、その決定過程が不透明な為、政治的利権誘導で決定され、利用者も少なく採算がとれない橋などが、作られてしまうのです。
このような実体の公共事業を、「オラが村の先生システム」の餌として、選挙民を騙すのです。しかも地元が本当に求める事業を人質として。
これが、改革を望んでいても、本当の改革に向う投票行動を妨害する公共事業のマヤカシです。
では、反対の例として、福祉に使ったらどうなるかをみて、比べてみましょう。
例えば、改革され自立し腐敗していない市町村が老人ホームを作ったとします。従来の公共事業と違って、ゼネコンなどに発注せずに地元の建設業者に頼みます。ピン撥ねされないのですから、お金は地元にそのまま落ちるでしょう。
建設時だけではなく、ホームで働く人々が必要となり、雇用が継続的に生れます。地域の介護の問題が解消に向います。今まで介護にかかっていたエネルギーが別の事に使われ、地域が活性化されるかもしれません。
人口の推移はゆっくりとしたスピードなので、たとえ老人ホームが必要無くなっても、地域に密着し設計を考え、多目的に対応できるようにしておけば、施設が無駄になる事が防げます。福祉・老人ホームに限らず、公共事業が地域に密着した施設を作れるようなシステムになれば、どれだけ良いでしょうか。
何十年も放置していて問題がなく、必要の無いダム等の大型公共事業ではなく、今現実に困っていて、本当に地元に必要な道路などが作れるシステムになれば、どれだけ良いでしょうか。
どちらが良いでしょうか。
01/07/27
追記 02/01/13
福祉の例として、老人ホームを上げていますが、これは箱物比べとして公共事業の例としてあげています。
福祉として最も相応しいのは、人間にお金を使う事です。
誰でも、自宅で暮らしたいに決まっています。人生最後の時も自宅で静かに迎えたいと思っている。
その為には在宅介護を充実させるのが一番であり、その為の人材にお金を使うのが最良です。
ではなぜ、そうしないのか。
箱物の場合、工事費として一括して支出されます。そしてそれを請けた会社が、下請け・孫請け・曾孫請けと工事を投げ渡すうちにどんどん工事費用を安くしピンハネします。
また、元々の価格も、談合により高値が付けられていて、その差額とピンハネした額が泥棒される金額になり、それがそのまま利権になります。
一方、人間に直接支出される場合はどうか。
ある人が介護を必要としている、誰かがそれを満たす。満たした人に費用が支払われる。泥棒のしようがありません。
必要とされる介護と、そのニーズを満たす人とのマッチングや人材確保のための仕事が間に存在する程度です。
人材派遣という、建設土木には昔からあった中間搾取の方法が至る所に蔓延り始めましたが、個人における労働とその対価は大体決まっており、公共事業に比べ遙かに誤魔化しにくいでしょう。
だから、やらないのです。 ピンハネできないからです。税金を泥棒できないからです。
やらないどころか、そうした福祉への要望を利用し、介護保険という事実上の増税、負担増を押しつけ、益々福祉を利用しにくくされました。
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諫早湾についての追記
海。砂浜や岩場で遊んだ事を思い出してください。
波の寄せ返しや潮の満ち引き、浅い所ほど水の流れが速いことを思い出してください。サーッと勢いよく引いていく様を。
そうです、干満の差の激しい諫早湾では、潮が引いていく際、広大な干潟により、早い流速が造り出され、その潮の流れが湾の水をかき回していました。
ところが、あの、おぞましい税金泥棒のためのギロチンで堰き止められてしまったために、その流れが無くなり、湾の環境が変わってしまいました。 その結果、水産業は大打撃を受ける事となりました。
02/01/13