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第一章
'97年9月の出来事 1
「太陽が死んだような、そんな一日。」


<9月13日 〜苦悩の一日〜>
 運命の日から一夜明けた。今日一日がとても長く感じた。実は、私は家族に内緒で長嶋と大林の4件もの連帯保証人になっていたのだ。国の関係、銀行、それに高利の金融会社である。二人が倒産すると自分の領分からして、3倍もの負債が発生する。これからどうなっていくのだろうか・・・。この悲惨な出来事は彼らと出会ったときから始まっていたのかもしれない。私は、親しい人に相談されると嫌とは言えない悪い癖があった。保証人になるときも、あっさり受け入れてしまったのだ。彼らを信頼していたから・・・。様々な悔恨、反省など表現し難い感情が体中をぐるぐる巡っている。太陽が死んだような一日。


<9月15日 〜忘れられない誕生日〜>
 今日は私の56回目の誕生日。妻と娘、息子、そして息子の彼女が祝ってくれた。昨日の苦悩は忘れられる訳はないが、大変楽しい一夜だった。食事の後にはVサインで記念撮影、そしてカラオケ。Kinki Kidsの“硝子の少年”を娘と歌った。皆がこれほどまでに祝ってくれ、本当に嬉しかった。しかし、
『これが最後のバースデイ・パーティーになるのかもしれない、これが家族との別れになるのかもしれない。』この気持ちは高まる一方。私は、どうなってもいい。しかし、家族に不幸が降りかかることだけは・・・。


<9月16日〜倒産成立〜>
 午後3時。長嶋、大林の不渡りが決定的となった。いきなりN金融より、呼び出しの電話。
「3人揃って会社に来い!」とのこと。ついに始まったのだ。着くやいなや厳しい拷問が始まった。それもそのはず、話しを聞くと二人は前もってその金融会社から金を借り、決済の小切手を不渡りにしたのだった。私は唖然とした。まさに、寝耳に水だったのだ。ここまで進行していたのか・・・。しかし、二人は黙して、語ろうとしない。返答すらしない。いつもの手である、都合が悪くなると何も言わないのだ。N金融の担当者は、
「とりあえず、貸した金を返せ!」とがなり立てる。片手に金属バット、片手にはペンチ。まさに、監禁状態、生き地獄だった。
「喋らんかったら、舌抜くぞ!殺すぞ!」との怒号が響く。私は、
「今回のことは、今初めて知った。少し時間を頂きたい。」と言うのが精一杯だった。しかし、このとき私の脳裏には
『得意先に頼んでみようか?』などとまた馬鹿なことを考えていたのだ。


<9月17日〜友人の嘘・家族に打ち明ける〜>
 当の本人、大林は何の手も打たず、九州の実家に逃げたとの連絡が入った。さらに夜になって、長嶋が会いに来た。大きな鞄、Gパン姿に目差し帽・・・まさに逃亡ではないか。鞄の中には、破産宣告のための資料がギッシリ入っている様子。私はこういう事態になってからも、三人で乗り越えて行くことしか考えてなかったので、何も準備をしていなかった。二人は以前からこのようなつもりだったのだろうか?私に嘘をつき、計画していたのか?
 彼らの連帯保証人であったこと、そして我が家のマンションを担保に入れていたことは家族には内緒であった。今回のことで、家族を裏切ったこと、長年嘘をついてきたこと、そして自分の不徳に人生の終極すら感じていた。こうなったら、私は妻と離婚し、身一つとなって家を出ようと決心していた。取立てに追われることに家族を巻き込むわけには行かないと思ったからだ。そして、妻、娘、近所に住む義母に一部始終を話した。すると、
「お父さんは人を騙すことなど出来る人ではない!家族で力を合わせて頑張ろう!」と妻。続いて娘が、
「ここまで育ててくれたお父さんのホームレス姿なんて見たくないよ!このようなことに詳しい友人がいるから相談してみる。」義母も、
「お父さんを守らなあかんよ!」と。四人で肩を寄せって泣いた。このときほど家族のありがたさと家族の愛を感じたことはなかった。私は家出を断念した。家族には本当に感謝をしている。


<9月18日〜ある弁護士〜>
 高校の同級生に弁護士になった人がいる。彼を訪ねるため、朝の8時に家をそっと出た。
地図を頼りに約2時間、やっと到着した。久々に会った彼にこのような相談を持ちかけることになるとは・・・。すがる思いで現状を話す。彼は即座に、「評判の悪い金融屋ですよ。破産の資料を作りましょう。二百万円用意して下さい。」と。さらに、
「3ヶ月くらい姿を消していれば、免責が受けられますよ。」と。家もお金も無い状態に、この言葉は地獄を見たような気分にさせられた。何の用意もしていない自分が本当に情けない。非情の哀れと社会の矛盾、そして無常さをこれほど感じたことはなかった。
 途方に暮れながら、帰り道をたどる。周りを歩く人、街、そして社会全体までが歪んで見えた。


<9月20日〜取立て始動〜>
 不渡りが確定し、さらに長嶋・大林が姿を消し私への連絡が途絶えて今日で4日目。すでに金融屋からの厳しい取立てが始まっていた。
まず、電報や3分おきの電話。もちろん、我々は一切を取り次がず、ベルの音を数えることに徹した。夜になると玄関のチャイムを何度も鳴らされ、近所に響き渡るような罵声、さらにはドアを叩く、蹴る・・・。また、驚いたことに昔馴染みの近所の人を使い、訪ねて来たこともあった。おそらく彼も金融関係の人だったのかもしれない。失望感でいっぱいだ。覚悟はしていたものの、こんな非道な行動に出てくるとは。家族は3人で、じっと身を潜め、それらに耐える日々が続いた。妻は小さな手帳に電話の回数、時間、訪問者の様子を丁寧に書き留めていた。
 その晩、誕生日会以来会っていなかった息子が、そっと訪ねてきた。彼は早くから別居して一人暮らしをしている。息子は、
「お父さん、僕の家に来て少しゆっくりしたら?」と、声を掛けてくれた。私は嬉しくて、その好意に甘えた。誰にも気付かれぬよう、そっと彼の部屋のドアを開ける。すると、息子の彼女が待っていてくれた。一生懸命作ってくれたのだろう、食卓には筑前煮が用意されていた。その優しさとおいしさが心に沁みた。食事を終え、彼らと夜遅くまで語り明かす。
息子と彼女の温かさ、優しさは一生忘れることはないだろう。本当にありがとう。

第一章'97年9月の出来事2へつづく

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