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<1月15日〜時よ早く!〜>
―「人はお金があるときは自然と近寄ってくるが、無くなれば去っていく。」
昔、知人が倒産した折に口癖のように言っていた。事が起こって約4ヵ月。移転して、少し心も落ち着いたのか、時はおぼろげにゆったりと過ぎていた。心境の変化か、私は何を思ったか久しぶりに15年ほどつきあいのあった岡崎君に電話を入れてみた。友人として最も親しく、また信頼のおける人物だった。
「久しぶりです。お元気ですか?」と私。岡崎氏は、
「何かあったらしいね?」と。
「連帯保証人のことと、時代を読めなかった破局かなぁ。」と答えた。
「もっと早く相談してくれたら、何とかなったのに・・・。今、お客さんが来ていて忙しいので・・・。」と岡崎氏は言い、電話を切られた。
『太陽はいつも変わりなく照らしてくれるのに、人の友情や思いやりは失望、
落胆と背中合わせだな。』と痛感した。記憶が積み重なり、すべては後悔に変わっていくようだ。3分前は過去ともいう。再出発のとき、過去の思いに終止符を打った。
中インド・ユーサラに僧侶が修行する竹林精舎にこんな詩がある。“祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり”
世の無情がいたずらに心を打つ。無は万有を生み出て、万有の根源ともなる。
大切なときだが、
『時よ早く過ぎろ!』と祈る。無となった今こそ、早い“復活”を誓ったとき
はなかった。
<2月 妻へ、そして家族へ>
長年、自分勝手なことをやり、何の相談もせず、数多くの連帯保証人となり、挙げ句の果てに自己破産。本当に申し訳なくそして情けなく思っている。
妻は、長年心臓病を患い、体は強い方ではない。しかし、事が起こったときの強さ、忍耐力には驚いた。あれから五ヵ月・・・。妻は怒りはしたものの、私を信じてくれた。―様々な場面が思い起こされる。
すべてを話したときに、
「ゼロからの出発と思い、頑張りましょう。」と言ってくれた妻。私には数々の過ち、間違ったこともたくさんある。しかし、
「人を騙すより、騙された方が良い。」とも言ってくれた。家族に対しては父親らしいことを何ひとつしてない私に対しては、
「息子、娘もお父さんに不平、不満を言わず、協力してくれ、家族の輪が一段と深まって、本当に良かった。」と。再起を決意したときも、
「お父さんが良いと思ったとおりやって下さい。私はついて行くだけです。」
と言ってくれた。本当にありがとう!
結婚して35年―。妻、そして子供には本当に感謝している。独立した当時、一部屋のアパート住まい。長男が誕生のときは、洗濯機の水槽をお風呂代わりに入れ、私達は銭湯に行った思い出がある。かわいい、かわいいと育てた子供二人がしっかりと立派に成長したことを妻は喜んでくれた。私も二人の子供には、いろいろと教えられ、自分の未熟さを知った。窮地に陥ったとき、どん底のとき人は弱いものだとも。人は一人で生きていけないこと、人の支えがあってこそ、頑張れたことを妻によって教えられた。
“ゼロは出発、無は再出発。”
<2月のある日 公園にて>
冷たい風が心に沁みる、2月の上旬。M市に来て、約3ヶ月が過ぎようとしている。今のところ取立ての訪問もない。電話も娘の名義にしたためか嫌がらせもなく、自由に使えるようになった。家は、妻、娘と私の3人暮らしで、今まで以上に話し合う機会が多くなった。
「お父さんはお人好しで、人から頼まれるとイヤと言えない性格。今後は考えないと。」と妻。私は、
「はい。それに私は仕事にしても時間的にも、金額的にも安く受けてしまう。
お酒を誘われると断れない。最も悪いのは保証人。つい、自分のことのように判子を押してしまう・・・。」
「人がいいのはお父さんの良いところだけど、今後は気をつけて下さいよ。」
と娘。―などと、過去のことや倒産の経緯を話すが、なかなか自分の中でも辻褄が合わない。
一人、近所の公園のベンチに座り込んで良き時代を思い起こす。若者でチームを組み、日本万国博覧会の仕事をしたこと。大手企業のマニュアルを制作したこと―。
いや、今の私は未来のことを考えよう。消えそうな夢に火をつけよう。
しかし、この後、弁護士の提出書類のミスにより、申請が一向に進んでいなかったことが判明した。
<3月10日〜友人との再会〜>
引っ越して3ヵ月ほど経った頃、気持ちも少し落ち着き始めたので、友人に会うことにした。当時、共によく仕事をし、遊んだ前園氏だ。最近の動きも聞きたかったこともあったので。快く会ってくれることになり、肌寒い夕刻にM市駅前で待ち合わせた。
私は駅前まで自転車で向うと、向こうから前園氏がやってきた。昔と変わらない様子だった。我々は食事を済ませ、お茶を飲みながら、私の近況として心情を話し、
「当時の人達はどうしている?」と。前園氏は
「連絡のとれない状態。よく集まっていた居酒屋に行ったが、最近は誰も姿をみせないよ。」
「長嶋・大林はどうしている?そして、君は?」
「大林は今、どうしているのか分からない。長嶋の会社の社員が二人辞めたことは知っているが、その後は分からない。私は今まで通りの仕事を地道にやっているよ」、としみじみと語った。そして、夜9時過ぎ、駅前で我々は別れた。彼は左へ、僕は右へと。
偶然ってあるのでしょうか?神は偶然などないと説いているが・・・。何と駅前の自転車の鍵を開けようしたとき、金融の取立て人の芝浦が、
「社長が会いたいと言っている。今から行ってくれるか?」と近寄ってきたのだ。私はとっさに自転車を置いて走った。しかし、逃げ切れずその場で口論になった。見回りの警察官が不審に思い、派出所で話し合うことに。私は家に連絡。約一時間警察の説得に芝浦も納得し、帰っていった。私はその後、一時間程保護していただき、無事に帰宅することができた。
家に着くと娘の連絡で、世話になっている小山田氏が何かあってはと、家で待機してくれていた。今日は小山田さんに大変お世話になった一日でもあった。だが、偶然とは、その後、前園氏とは一切連絡を取ることもなくなった。
今日のことを妻に話すと
「偶然だとしても、もっと自重して行動しなさい」と言われた。本当に今日は間一髪の出来事であった。
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