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人生蘇生記−いかにして人は人生を蘇生させるのか。 吉澤秋人 著
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序章
1997年9月12日。
その日は、朝からシトシトと雨が降り続いていた。夕刻の5時。
突然、長嶋から電話が入る。
「今、大林といる。話があるので、6時に会って欲しい。」と。このようなこと
は今までにも度々あった。彼らは困ったことがあると、親や友人に相談せず、ま
ず私に持ち掛ける。またか、と思いつつも待ち合わせ場所に足を運んだ。しかし、
いつもと様子が違う。おかしい。すると、開口一番、「もうダメです。」と長嶋。
大林はいつも黙している。話を聞くと、明日の銀行決済の資金がないというのだ。
「えっ?」耳を疑った。
―つまり、私は彼らの連帯保証人だったのだ。しかし、まだこのときは何とかな
るであろうと思っていた。その後に起こることなど想像もつかなかったからだ。
私は吉澤秋人、60歳。現在はITコーポレーションという会社で営業開発部の部
長として働いている。還暦を迎えた今も現役である。むしろ再出発をしたばかり。
ここに至るまでは、4年間のサラリーマン生活を経て、1963年(当時22歳)に
グラフィックデザイン事務所を設立。以後34年間、必死で自らの事務所を守って
きた。今日こそ死語になりかけている“グラフィック・デザイナー”であるが、
当時は“図案家”と呼ばれ、最先端の職業とされていたものだった。
そんなとき、同じ夢を追う二人の友人に出会った。一人はフィニッシュワーク
を行う長嶋、もう一人は写植オペレーターの大林であった。我々は共に仕事をし、
遊び、また良く語り明かしたものだった。いわば、青春時代を共に過ごした友人
たちである。
―しかし、結果的に彼らに裏切られてしまうこととなる。
私はこの日、1997年9月12日を “運命の日”と呼んでいる。この日から壮絶な
る苦悶の日々が始まった。
このドキュメントは私の人生の空白というべき4年間の記録である。また、同
時に苦悩と苦難に満ちた日々から私を励まし、助けてくれた家族への感謝の記録
である。いかにして私が生き返ったのか?この記録の中で改めて検証したいと思
う。
私は蘇生した―。家族の愛に支えられて・・・。
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□人生蘇生記−いかにして人は人生を蘇生させるのか。
吉澤秋人 著
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