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どうやら、15歳の頃、父親の経営する会社が倒産、
非情な借金取りを目の当たりに見たという。
彼は、熊本の高校を卒業すると上京し、2年後にある不動産会社に勤めた。
営業のノウハウや上司の理不尽な詰めを経験したらしい。
それが後のアイディックの人をコケにしたトークの基礎となる。
平成4年(1992年)1月、株式会社トップ総合システムを設立する。
このトップの時代については、うわさは聞けど
確かな資料や証言はあまり手に入っていない。
主営業は、小型変圧器販売。
だが、同時に高電位静電治療器、多目的クリーナー(掃除機のことか?)にも
手を出している。
いずれも、悪徳商法の業者が狙う定番商品である。
きっと、シロアリ駆除やソーラーシステムなんてものにも興味を示し
進出を狙っていただろう。
小型変圧器とは、
動力用として200Vで送られてくる電気を、100Vに変圧して使用すると言うもの。
動力は基本料金は高いが、使用料金単価は安いので、
地球環境保護や根本的な節電にはならないが、
間違いなく電気料金は安くなる。
それなりに成功したらしく、
トップの時代に
テクノトップサービスやシステムプランニング(不動産)といった子会社を設置し、
また、千葉・仙台・大阪・福岡・金沢にも営業所を設けている。
しかし、電力会社は黙ってはいなかった。
電気供給規定に違反ということで、顧客に対し、取り外しを要求し
トップとも係争事件を起こしていたものと想像される。
今後の販売をしないとの条件で和解したという話も聞いたことがある。
(参考 中部電力と愛知の電気工事店との紛争)
主力商品の販売に不安が高まっていた頃、船原はある男に出会う。
多少は付き合いのあったリライアントの、
元従業員であった。
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