Coppo di Marcovaldo 1/2


コッポ・ディ・マルコヴァルド (活動時 1260年-1276年)



 Coppo di Marcovaldo、イタリアの画家。確実に彼の作とされるのは、署名の入った 「ボルドーネの聖母」 (シエナ サンタ・マリア・デイ・セルヴィ聖堂)1点のみである。

 フィレンツェには、明らかなコッポの先駆者がいる(特にウフィツィ美術館の磔刑図 (434))。この板絵の技法の際立った洗練は、彼が、ピサかルッカで幾らか修業をした可能性を示している。



 ■「ボルドーネの聖母」

 銘文を持ち、"A.D.M.CC.LXI.COPP[US].D[E]FLORE[N]TIA.MEPI[N]X[IT]" (「1261年、フィレンツェのコッポが私を描いた」)とある。伝えに依れば、コッポはモンタペルティの戦い(1260年)で捕らえられ、釈放の代わりに「ボルドーネの聖母」を描いたという。これは確かにシエナの教会がフィレンツェの画家を雇うという奇妙な事実を説明するが、これは全くの伝説である可能性もある。シエナの最初の玉座の聖母子を描いた大型パネル(「聖ベルナルディーノの聖母」。グイド・ダ・シエナ、または「聖ベルナルディーノの画家」に帰属。シエナ 国立絵画館)はかつて1262年の銘があり、これはコッポ作品より1年降る。この年代問題は、この種の板絵にシエナの画家達が未だ馴染んでいなかった為に、Servite 会はまず、フィレンツェの画家(即ち、コッポ)に依頼した(そしてシエナの画家達は、すぐにこの画種を自らのものにした)という推測も可能にする。

 構図は、トスカーナ、ビザンティン、北方ヨーロッパの美術を組み合わせている。画面の上半分は、ビザンティン美術のホデゲトリア Hodegetria 型であるが、これを全身の聖母にしている。聖母の衣装は、銀箔の地にテンペラを塗るという珍しい技法を用いて描かれる。聖母子の顔は、14世紀にドゥッチョ派かその追随者によって塗り直されている。オリジナルの層は残されており、X線写真で確認されている。




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