Giunta Pisano 1/3


ジュンタ・ピサーノ (活動時 1236-54)


 Giunta Pisano、ピサのジュンタ。Giunta di Capitino とも。長くその重要性が見過ごされて来たが、今日では、13世紀前半のイタリアにおける、最も重要な画家の一人と考えられている。様々の地域で作品を残していることから、生前にはかなりの名声を誇っていたと推測される。ピサ以外でも、例えばコッポ・ディ・マルコヴァルド等にその影響を見ることが出来る。

 史料に残る彼への最初の言及は、1239年3月のローマに始まり、ジュンタの弟子ジョヴァンニ・ピサーノが、ジュンタの息子である司祭レオパルドと共に、この地にいたことを記録している。この時、ジュンタはローマの仕事に携わっていた可能性がある。カルチ(1241年1月28日)とピサ(1254年8月28日)の記録にも、彼の名が見える。ピサの文書には Giunta di Capitino (Juncta Capitinus pictor) と彼の名が書かれているが、これ同様のものがサンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂の磔刑図の基部にも見られる([IU]NTA PISANUS [CAP]ITINI)。1257年の記録は、ジュンタがこの時点までに死んでいたことを伝えているが、この史料の言うジュンタは、ジュンタ・ピサーノではないかもしれない。




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