従軍慰安婦関係資料を読み解く(2)

アメリカ戦時情報局心理作戦班『日本人捕虜尋問報告』第49号
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はじめに

 まずは、資料をお読みください。→アメリカ戦時情報局心理作戦班『日本人捕虜尋問報告』第49号

 この資料は、自由主義史観系の(狭義の)強制連行なかった派からも日本の戦争責任追求派からも挙げられることで有名な資料です。

 前者は、この資料を「慰安婦の待遇が良かった」証拠として挙げ、後者は逆に「慰安婦の待遇が悪かった」証拠として挙げるという実に不思議な資料です。

 なぜこのようなことが起きるのでしょうか?

 実は、資料そのものに問題があったのです。

矛盾する記述

 この尋問報告書には、とかく矛盾する記述が存在します。
 例えば、

 (1)「とかく自己中心的で、自分のことばかり話したがる

と記述する一方で、

彼女たちは、「慰安婦」が捕虜になったことを報じるリーフレットは使用しないでくれ、と要望した。彼女たちが捕虜になったことを軍が知ったら、たぶん他の慰安婦の生命が危険になるからである

と記述したりしています。

 自己中心的で、自分のことばかり話したがる人物が他人の心配などするのでしょうか?

 (2)慰安婦の宿泊していた建物を

通常、個室のある二階建ての大規模家屋

と表現したその直後に

普通は学校の校舎

と表現しています。

ふつう、学校の校舎を家屋などとは呼びません。

 (3)慰安婦たちの暮らしぶりを

贅沢ともいえるほど」、

欲しい物品を購入するお金はたっぷりもらっていたので、彼女たちの暮らし向きはよかった

とする一方で、

多くの「楼主」は、食料、その他の物品の代金として慰安婦たちに多額の請求をしていたため、彼女たちは生活困難に陥った

ともしている。

生活困難なのに贅沢で良い暮らしなんてできないでしょう?


 (4)「彼女たちは、ビルマ滞在中、将兵と一緒にスポーツ行事に参加して楽しく過ごし、また、ピクニック、演奏会、夕食会に出席した。彼女たちは蓄音機をもっていたし、都会では買い物に出かけることが許された

としている一方で、

将兵の利用時間は兵が「午前10時〜午後5時」、下士官が「午後5時〜午後9時」、将校が「午後9時〜午前0時」と
慰安婦にとっては「午前10時から(深夜の)午前0時」とほぼ一日中慰安所に缶詰めの状態であり、
利用日も休業日が週1日だけで、それも昼は定期健康診断で、夜は、「将校は週に夜7回利用することが認められていた」ため、つぶれることがあったことは容易に推測できる。

 こんなに忙しいのにどうやって出かける時間がつくれるのでしょうか?

 なぜ矛盾する記述が存在するのでしょうか?
 それは、被尋問者を見れば疑問は氷解します。
 この尋問報告書の冒頭に次のような一文があります。

 「この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた20名の朝鮮人「慰安婦」2名の日本の民間人に対する尋問から得た情報に基づくものである

 何と被尋問者には、慰安婦と楼主という立場を異にする、つまり利害の異なる二者がいたのです。利害が異なるのだから、自己に有利な、すなわちお互いに矛盾する証言が行われているのも納得がいきます。

検証(1)

 さて。では、どちらがより事実に近い証言を行なっているのでしょうか?

 ここでは、慰安婦の稼ぎで検証してみましょう。

 この尋問報告書では、「慰安所の楼主が慰安婦の稼ぎの総額の50ないし60パーセントを受け取っていた」ことと、「慰安婦が楼主に750円を渡していた」ことから、「慰安婦が普通の月で総額1500円程度の稼ぎを得ていた」としている。

 また、利用時間を見ると、

1 兵 10時〜17時(7時間) 1円50銭 20分〜30分
2 下士官 17時〜21時(4時間) 3円 30分〜40分
3 将校 21時〜24時(3時間) 5円 30分〜40分
(将校 一泊 20円)

 となっています。

 一月を一律31日(4週間)とすると、利用日割り当てによれば週一日休業日があるので、月に4日休業日があるとすると、一月に働ける日数は31日−4日=29日ということになります。

 一月1500円の稼ぎがあった場合、1日に平均、1500円÷29日=約51円70銭〜約51円80銭の稼ぎがなければなりません。

 ここで、利用時間と共に掲げられた料金に注意してみましょう。

 この料金は、将兵が慰安所に対して払った料金であり、慰安婦に直接渡したものではありません。慰安婦がこの料金の何%を稼ぎとして受け取っていたかは、この尋問報告書からは判りませんが、ここではあえてこの料金の全額を稼ぎとして受け取っていたと仮定します

 また、将校の一泊は、21時以降なのか、それとも24時以降なのかも判然としませんが、これもあえて24時以降と仮定します。もちろん24時以前の料金も別とします。

 さて最も楽をして稼げるパターンは、毎晩将校を泊まらせ、一人の将校と3時間過ごし、一人の下士官と30分過ごせば、(20円×1人=)20円+(5円(/30分)×3時間(=180分=6×30分)=)30円+(3円×1人=)3円=53円となり、一日の目標金額を楽々とクリアできます。

 では最もつらいパターンはというと、21人の兵と20分づつ過ごし、7人の下士官と30分づつ過ごせば、(1円50銭×21人=)31円50銭(3円×7人=)21円=52円50銭となり、一日の目標額はクリアできます。

 楽なパターンの問題点は、まず毎晩泊まることのできる将校がいたかどうか大いに疑問です。尋問を受けた慰安婦さえ20人もおり、尋問報告書によれば、ミッチナには8人〜22人の集団が4つ到達しており、少なくとも32人の慰安婦がいたことになります。少なくとも32人の将校が毎晩泊まる必要があります。当時のミッチナにそれだけの数の将校がいたとも思えませんし、仮に100人の将校がいたとしても、3日ほどで全ての将校が泊まり終わり、これを繰り返すと1人の将校が1月につき9泊する必要があり、出費も月180円以上の金額に達します。とても払いきれる金額とも思えませんが、仮にこれもクリアできたとしましょう。ところが、このパターンでは、全ての兵やほとんどの下士官の相手をする慰安婦がいないことになってしまいます。とても現実味のあるパターンとは考えられません。

 一方最悪なパターンの場合、1日に28人も相手にしなければなりません。とても慰安婦の身体がもつとは思えません。1ヶ月どころか1週間ともたないでしょう。2日ともたないかもしれません。女性の身体はそれほど丈夫にできているわけではないのです。このペースを保たせるには、随時新たな慰安婦を補充する必要があります。これもまた現実味のあるパターンとは考えられません。

#ちなみに上記の2つのパターンとも慰安婦の(昼食および夕食の)食事時間を一切考慮していません。

 最も平均的と思われるパターンは、それでも、9人の兵と30分づつ4時間30分過ごし、6人の下士官と40分づつ4時間過ごし、4人の将校と40分づつ2時間40分過ごす必要があります。(兵士9人×1円50銭/30分=)13円50銭(下士官6人×3円/40分=)18円(将校4人×5円/40分=)20円51円50銭となり、一日の目標金額に少し及びませんが、時折将校の相手をしたり宿泊を受け入れることでなんとか調整できそうです。

 この平均パターンでも1日に19人の相手をしなければならず、慰安婦の身体に多大な負担をかけることになります。さらに将校の相手をしたり、週に1〜3回ほど宿泊を受け入れたりすることで、その差額分だけ1日の相手の数を減らして調節はできそうですが、焼け石に水といった感はぬぐえません。

 仮にこのパターンでもダメとするならば、そもそもの1ヵ月の稼ぎの金額に間違いがあるとしなければなりません。

検証(2)

 1ヵ月の稼ぎが1500円は、慰安婦が楼主に渡していた月に750円が稼ぎの50%分として計算されたものです。この750円を稼ぎの60%分として計算し直すと、1ヵ月の稼ぎが1250円になります。

 この1250円でもう一度1日の稼ぎを計算すると、1250円÷29日=約43円10銭〜約43円20銭になります。

 最も楽をして稼げるパターンは、毎晩将校を泊まらせ、1人の将校と2時間30分過ごせば、(20円×1人=)20円+(5円(/30分)×2時間30分(=150分=5×30分)=)25円=45円となり、一日の目標金額を楽々とクリアできます。

 では最もつらいパターンはというと、21人の兵と20分づつ過ごし、4人の下士官と30分づつ過ごせば、(1.5円×21人=)31円50銭(3円×4人=)12円=43円50銭となり、一日の目標額はクリアできます。

楽なパターンの問題点は先ほどと全く変わらず、現実味がありません。

 一方、最悪なパターンは、先の平均パターンと似た印象を受けますが、19人と21人の差は数字の差よりもずっと大きなものと考えられます。

 最も平均的と思われるパターンは、4人の兵と30分づつ2時間過ごし、6人の下士官と40分づつ4時間過ごし、4人の将校と40分づつ2時間40分過ごす必要があります。(兵士4人×1円50銭/30分=)6円(下士官6人×3円/40分=)18円(将校4人×5円/40分=)20円44円となり、一日の目標金額をクリアできます。

 この平均パターンでも1日に14人の相手をしなければならず、慰安婦の身体に多大な負担をかけることになります。先の平均パターンよりも数は少なくなっているものの、身体への負担という面から見れば、負担が軽くなったと言えるほどの減少ではありません。先の平均パターンと同様にさらに将校の相手をしたり、週に1〜3回ほど宿泊を受け入れたりすることで、その差額分だけ1日の相手の数を減らして調節はできそうですが、やはり焼け石に水といった感はぬぐえません。

まとめ

 慰安婦の稼ぎを計算してみたが、月1500円はおろか月1250円という金額でさえも、毎月稼げるかどうか大いに疑問であることが判りました。仮に稼げた月があったとしても、ほぼ毎日朝から晩まで働き詰めでとても外出する余裕などありません。

 また楼主に渡す金額(750円;50-60%)を思えば、稼げなかった月は当然として稼げた月でも多大な出費になります。とても「たっぷりもらっていた」とは言えない状況であったことが判明しました。

 以上のことから、慰安婦の生活が「贅沢」で「暮らし向きがよかった」という記述は、一方の側の自己弁護的な発言と考えられます。この「楽な暮らしをしていた」という旨の発言と相反する発言に「楼主に搾取され困窮していた」という旨の(楼主側に不利な)発言があるので、前者は「楼主側」の発言であることが判ります。

 とすれば、慰安婦を「自己中心的」と誹謗する発言や「個室のある二階建ての大規模家屋」に宿泊し、「スポーツ行事に参加して楽しく過ごし」たとか、「ピクニック、演奏会、夕食会に出席した」り、「都会では買い物に出かけることが許された」という、これまた慰安婦の生活が良かったととれる発言も、同様に「楼主側」の発言であることが判ります。

 稼ぎを実際に計算して判明したことは、「楼主側」の発言とは相反する慰安婦の厳しい実態でした。

おわりに

 計算は、慰安婦側にとって不利な条件(慰安婦が楽に稼げたかのような条件)で行ないましたが、それでも記録された金額を稼ぐのは、それこそ四六時中働いたとしても無理に近いことが判明しました。

 実際には、相手一人当たりで慰安婦が受け取れる金額は、将兵が慰安所に支払った金額よりも少ないだろうし、尋問報告書に述べられているように、丸山大佐によって料金は引き下げられ、別の資料(資料100)によれば、楼主の取り分も60%から50%に引き上げられています。

 ここで計算した条件よりもはるかに厳しい条件を慰安婦たちは課せられていたのです。

 この尋問報告書は、「楼主」の虚言に彩られていますが、その影に慰安婦の厳しい実態が隠されていたのです。


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