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アクセル全開のまま 敵なしの精神の下に 集う俺たち
その名も 「BAD BOYS」!! 2003.5.21
HISTORY
1993年、Jリーグ開幕当時に活動していたサンフレッチェ広島サポーターグループ
「廣島聖火台下熱狂的応援軍団」 内において、自らをウルトラと名乗り、
海外サッカーの応援スタイルをいち早く取り入れ、
声と手拍子、ブーイングを基本とした、熱く、激しい応援を行い、
ピッチ上の選手たちと共に、12番目の選手として闘う意識を強く持った数名によって
「ULTRA HIROSHIMA BAD BOYS」 が結成される。(略・呼称 : 「 BAD’S」 バッズ )
結成当初は他のサポグループと同じくゴール真裏でサポート活動を行っていたが
(Jリーグ開幕当初はバックスタンドど真ん中)、応援スタイルの違いと意見の相違により、
1994年・2nd、自由席でありながらピッチ全体を見渡せ、試合の流れに沿った応援ができる場所、
広島ビッグアーチのB6ゲート上、通称 「B6 (びーろく)」に
我々と意を共にするサポグループ 「サンフレッチェクラブ岡山」 と共に活動場所を移す。
広島スタジアムにおいてはゴール裏を主戦場としている。
1997年、前年チームを退団したノ・ジョンユン選手から、「ひとつにまとまって応援して欲しい」
という移籍前最後の言葉を直接受け、ゴール裏へと応援場所を移す。
1998年、またも意見の相違により、再びB6へ戻る。
2000年、ゴール裏サポーターの一部がB6下に移動。
B6上下で連係体制を取っていくことを決める。
2001年、ゴール裏サポグループの全てがB6下に集結。これまでバラバラに応援していた隊形を
ひとつにまとまったものにすべく協議し、「B6上下縦ラインを、声を出し立って応援する場所」と決め、
元気丸応援団や応援に参加してくれる方々をB6上下で挟み込む体制をとり、
サポート活動をひとつにまとまった形で行っていくことを決める。
2002年10月19日・東京V戦、
J2降格の危機を脱するべく、より選手に力強い声援を送るため、
B6下に降り、全てのサポーターグループが一ヶ所に固まり、
ホームラスト3試合にて 「B6統一応援」 を決行。
2003年、「1年でJ1復帰」を合言葉に、
広島の全てのサポーターグループ (BAD BOYS、サンフレッチェクラブ岡山、INFS、URSUS)が、
「共闘」の名の元に一致団結し、「B6ゲート前(B6下・上部)」に集まり応援していくことを決定。
ORIGIN
「BAD BOYS」 の名前の由来は、平成元年から平成8年まで、ヤングキング誌において
連載された、広島を舞台とした熱き男たちの闘いと友情の日々を描いた、
田中宏先生原作の同名タイトルの漫画から引用。
名称使用については田中先生に直接了承を得ている。(リーダー談)
SUPPORT CONCEPT
「時には優しく、時には厳しく。12番目の選手として闘う意識を強く持ち、
熱く、激しく、常に選手の後押しとなれるような応援」
これが我々のサポートコンセプトである。
声と手拍子、ブーイングを応援スタイルの基本とし、意味の無い踊りや振り付けといったものは排除。
あくまでもチームサポートを最優先することを前提とし、
ある特定の選手だけを応援するといったことはしない。
我々の憎むべき敵である対戦相手と12番目の選手であるそのサポーターたちには
容赦なくブーイングを浴びせ、
愛するサンフレッチェの選手たちのすばらしいプレーには暖かい声援と惜しみない拍手を。
しかし凡ミスや気持ちの入っていないプレーに対しては、
我々が心から誇りを持てるような選手、そしてチームになって欲しいという思いを込めて
愛のあるブーイングを。
90分間決してあきらめることなく、選手たちを、そして自分たちを信じて闘い続ける。
現在、約30名の主なメンバーと、我々と共に闘ってくれる全てのサポーターたちを
BAD’Sのメンバーとするコンセプトの基、日夜闘いの日々を送っている。