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.安房国分寺

僧寺跡と現存寺

2003年11月22日 訪問


現存寺参道

安房 と 阿波

 “あわ”という名称は“阿波”と混同するどころか「同じファイルが存在します。上書きしますか?」となってしまった。
 四国の阿波と房総の安房、どうして同じ名称を付けたのかと、なかば腹立ちまぎれに調べてみると、歴史的にも深い縁で結ばれていることがわかったのだ。
 もともと「あわ」とは、黒潮と海洋一族と深い関わりがあったようである。しかも、阿波の忌部
(いんべ)という海洋一族が移り住んだという説が有力であるようだ。

 さて、安房国分寺は、房総半島の南端に近いが、それにしては比較的広い平野に囲まれ、その平野の南端に近いところにあった。

現存寺山門
現在の宗旨は真言宗で寺号を日色山国分寺と号している

 それ以前から瓦の出土はあったようだが、正式には昭和51年から三年間の調査によって、現存寺位置から創建当時の布目の紋様がついた瓦が出土したり、金堂基壇と推測できる遺構も確認された。
 これにより、安房国分寺金堂跡として確定するに至った。しかし、それ以外には何も出土せず、伽藍配置までは明らかにされていない。
 それどころか「延喜式寺料は記載がなく、国分寺の存在は疑問が残る」(「わが心の国分寺」より)とまで考えられている向きもある。
 現在の宗旨は真言宗で、寺号を日色山国分寺と号している。ご本尊は薬師如来像であり、寺伝によれば神亀年間の行基の作とのことだが、ん〜、話題提供ということで…。

創建僧寺の金堂跡 礎石はなかった

僧寺跡の伽藍配置を想像する

 現存寺の山門が西向きでその正面に薬師堂があったので、金堂跡が変な方向に思えたが、金堂は例外に漏れず南向きとなっている。その南側から北に向けて撮ったものが下の画像になる。
 僧寺跡の伽藍配置を想像してみた。もしも僧寺の伽藍配置が国分寺伽藍であるとしたならば、そろらく南門であろうと思われる位置に立ってみた。

 であるとするならば、画像の木立が何本か並ぶ所あたりが中門になるだろう。その向こう側 20b あたりに上画像の金堂跡がある。さらにその後ろは竹藪で、さらにその上の、金堂跡の画像を観ていただきたい。

 薬師堂は「現存寺山門」の画像のさらに奥にあり、西を向いていた。もう一度、山門の画像をご覧戴きたい。

 「西から中門跡をみる」などと、勝手に想像してみるのも、国分寺巡りが手慣れてくるとできるものだが、検証は慎重にすべきものであるから、あくまでも素人の勝手な推測とご理解いただきたい。

三義民刑場跡

 尼寺跡は、国分寺と府中(国府跡付近)とのちょうど中間あたりに「アマンボン」という地名が残されているというので寄ってみた。迷いながら不思議なものを見つけた。

 万石騒動という。正徳元年(1711)安房の国北條の領主、屋代越中忠至の家人川井藤左衛門が、不作にもかかわらず重税を課した。これにより、農民の騒ぎが起き、薗村・湊村・国分村の名主三名が斬刑に処せられたわけであるが、その処刑地であるという。


国府跡らしき一帯

 「わが心の国分寺」によると「条里地割りが残存し(中略)、府中の集落を南北に走る古道は、往古の朱雀大路に想定され、4町ないし6町の府城が考えられている」と書いてあった。道はほんとうにまっすぐで、府中の集落に入っても一直線だった。
 ただし、発掘調査は実施しても遺構は発見されておらず、現在もなお国衙の特定がされないままとなっている。


国府跡と想定される位置から北に700bあたりから南を見る 道路は南北に直線だ


安房総社とされている元八幡神社

元八幡神社

 安房総社であったとされている元八幡神社である。とても小さな神社で、30坪程度だったろうか。

宝珠院

 元八幡神社の脇から、広い参道が通じていて、本堂に達している。国衙はこのあたりにあったのかもしれない。
 あの里見八犬伝で有名な里見氏の祈願所であり、石高は300国を誇っていた。
 応永年間(1394〜1427)すなわち、鎌倉幕府滅亡後間もない頃に建てられたらしい。


真言宗智山派 安房国札第二十三番観音霊場 金剛山宝珠院


木造十一面観音立像
(県指定文化財)

安房の国のことがよくわかるページにリンク
ひまわり共和国「自然学校 安房の国」
http://himawari.mboso.ne.jp/school/awa-kokufu.htm


これより余談


販売元にリンク

地ビール 安房麦酒

 またまたおもしろいモノを見つけてしまった。三芳村の名物、地ビール「安房麦酒」である。
 これは、国府跡の位置が府中の集落のどのあたりにあるのか、三芳村の「道の駅」を訪ねたときに発見したモノである。近くに工場もあった。車で走り回っていたので、買うわけにもいかなかったのだが、宿に入る前に相浜のスーパーに入ったら、ふたたび「安房麦酒」の、今度は冷やしたモノを見つけてしまったのだ。
 もちろん買い込んで、バックに忍ばせそのまま宿に持ち込んだ。そして計画どおり、風呂あがりに呑んだのだ。
 味が濃いめでとても旨かった。
 名前がおもしろいから、紹介したくなった。その名はもちろん「アワビール」である。ビールに泡は付きモノだが、ご当地「安房」とのダジャレを決め込んで、平気な顔して売り出してるところが、実に実に楽しい。種類は黒ビールやら色の濃いものやら、数種類あった。
 今度行ったらまた呑みたい。
 (お酒は二十歳になってから)


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