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伊賀国分寺

僧寺跡

2000年12月27日 訪問

 東西約220b、南北約240b規模で土塁状遺構に四方を囲まれた寺域が、松の多い 雑木林によって守られ、現在までその姿をよくとどめているといえるだろう。
  伽藍の内側は、雑木林の切り株や芝に守られ、表面の土の侵食を防いでいた。
  踏み荒らされないうちに、ぜひ本格的な発掘調査を望みたい。 そんな気持になった。
  中心伽藍である中門 ・金堂 ・講堂は南北に一直線列んで建てられ、 土壇状に残る基壇の痕跡によって、その規模をうかがい知ることができる。
  また、 近年の測量調査の結果、中門と金堂を結ぶ回廊が存在したことや、 東回廊の東方には塔跡(推定) が、 講堂の背後には僧房と考えられる 付属建物跡が 存在したことも判明しており、典型的な国分寺伽藍配置であることがわかった。

 それでは、僧跡を南側から順序よく見ていこう。まずは、上画像の伽藍配置図をよく見て、は写真撮影の位置と方向を示し、数字は写真の順番を示している。

@ 中門手前から伽藍の全体像を眺める

  道の突き当たりが 中門跡の 少し右寄り になる。
 道の両側は、土塁による 盛 り上がりが見られる。
 白い立て札は左手前から、中門、金堂、講堂を表示しているもの。
  落葉の季節だったので周囲を見通せたが、緑が繁るとわかりにくい。

A 推定塔跡から西方向を眺める

 手前にある二本の木立の向こう側に道が見えるが、 これは回廊跡の東側にあたる。
 塔跡はもう1カ所あり、 中門南西80bあたりに塔基壇跡が残っている。
 両方の位置に二基の 塔があることは考えられないので、 どちらかは発掘調査を待ちたい。

B 金堂跡を示す表示板を西側から眺める

 右の白い立て札は、金堂を示している。 その後ろには内務省名入りの史蹟表示の石。
 そしてその後ろに講堂を表示する立て札が見える。
 




C 「史蹟 伊賀国分寺址」の石碑

 この石碑は、伊賀国分寺址を示すものであるが、よく見ると 「内務省」と書かれてあった。 ここが、 かつては軍用地であったこ とがうかがえる。
 その後ろの 白い立て札は講堂跡を示している ものである。




   尼寺跡について

 僧寺跡の東方数百bの箇所には、尼寺跡と推定される長楽山廃寺跡がある。僧寺跡とは火葬場を挟んで雑木林の中だが、 南側のヘルスセンターからも、東の分譲住宅の側からも、もちろん通りに面している北側からも、雑木林の草木の生え方が激しすぎてまったく踏み込むことができなかった。
 これまで、寺跡を見るのに私有地なので踏み込むことができないことは幾多とあったが、雑木林の生え方が激しすぎて立ち入れなかったのは初めてだった。 まあ、自然に元気があるということはいいことだ。



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