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街道別の国分寺一覧(3)

東海道編(13ヶ寺)

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伊賀国分寺 伊勢国分寺 志摩国分寺 尾張国分寺
三河国分寺 遠江国分寺 駿河国分寺 伊豆国分寺
甲斐国分寺 相模国分寺 武蔵国分寺 安房国分寺
 上総国分寺 下総国分寺 常陸国分寺
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 伊賀国分寺 三重県上野市緑ヶ丘南町
                            
僧跡

 名阪国道友生IC北東500bの場所にある。どうしても素人歴史趣味には、“伊賀”というと忍者を連想してしまうのだが…。
 僧寺跡は、表示看板の右後ろに立つ南門跡から始まり、さらに右の白い点になる中門跡、金堂跡が見える。もとは、画像のような松林に覆われていたと思われるが、ならば廃寺になって殆どど手つかずのままにあったのだろうか。

 伊勢国分寺 三重県鈴鹿市
                         僧跡・資館

  鈴鹿駅北4q川の北。東海道(1号線)から東南に折れると、右手に立派な資料館が見えてくる。僧寺跡の伽藍配置を聞いたところ、発掘調査の途中で、寺域と講堂 ・金堂跡の確認は終えたとのことであった。塔はおそらく東側が有力であり、ほぼ国分寺伽藍配置であるだろう。
 尼寺跡は集落の中にあり、往時を偲ぶ跡は何もなかったが、僧寺の今後の調査が楽しみだ。

 志摩国分寺 三重県阿児町
  天台宗                     現存

 スペイン村の東にある小さな半島に、現在の国分寺がある。境内から、蓮華紋のある瓦が出土しているので、この場所にあったことは間違いないらしいが、詳しいことは不明である。
 現存寺は、南国の海岸近く特有の常緑樹に覆われた森の中にあった。山門も本堂も、瓦の造りに特徴があり、旧国府村の人々の深い信仰を集めている様子がうかがえた。 

 尾張国分寺 愛知県稲沢市松下
  臨済宗妙心寺派               現存

 名鉄名古屋線国府宮(こうみや)駅南西5qの所にある。詔から僅か8年後の天平勝宝元(749) 年をはじめとして、寺の存在を示す記録が残されている。しかしその後、水害や倒壊に遭い比較的短い時代で創建寺の幕を閉じた。
 僧寺・尼寺跡ともに史跡の指定はなく、発掘調査は今後も難しいだろうが、国分寺と法華寺の名を継ぐ二寺があることは何よりだ。

 三河国分寺 愛知県豊川市八幡町
  曹洞宗          現存・僧跡・尼跡・資館

 名鉄国府(こう)駅から東1500b足らず。丘陵を背景に小高くなりかけた「好地」に、僧・尼寺跡ともにあった。道路で長方形囲まれた畑地一帯が僧寺域だったことから想像しやすかった。
 尼寺跡を見て驚いた。かつての寂れた佇まいはなく、何と尼寺の大伽藍が復元工事によって講堂・金堂基壇がほぼ出来上がり、複式回廊の一部と中門・南大門を残すのみとなっていた。

 遠江国分寺 静岡県磐田市見付
                          僧跡

 東海道線磐田駅から北1qの所で、僧寺跡の寺域は公園になっていた。比較的早くから発掘調査が行われ、史跡としての土地確保も、古くからの市街地にしては十分に確保されていた。
 画像は東からの入口で、金堂跡の脇に出る道である。朱色に染め抜いた幟は、右手にある薬師堂の菩薩名を染め抜いているが堂は無住だった。尼寺跡はすでになく住宅地になっていた。

 駿河国分寺 静岡県静岡市長谷町
  真言宗醍醐派                現存

 静岡市の駿府城北に位置する、県立静岡高校南側に現存寺がある。国分僧寺跡については、有度山丘陵南麓の片山廃寺跡とする説もあるが、決定づけるものは出土していない。
 ここも現存国分寺周辺が市街地のため、発掘調査ができず、跡地の全容が明らかにできないからであるようだ。それでも現存寺本堂や静岡高校建て替えでは、若干の出土品がある。

 伊豆国分寺 静岡県三島市泉町
  日蓮宗                現存・僧跡

 伊豆箱根鉄道、三島広小路駅の北西。古くから国府として、また東海道の宿場町として栄えたため、僧寺・尼寺の伽藍を残すことは困難であったらしく、七重塔礎石の8個を残すのみ。
 訪れるとやはり市街地の中にあり、そこでも本堂裏で塔礎石を見たことが、むしろ嬉しかった。尼寺はたしかにあったようで、法華寺も現存しているが、尼寺跡はそこではないようだ。

 甲斐国分寺 山梨県一宮町国分
   臨済宗妙心寺派        現存・僧跡・尼跡

 中央道一宮ICを1q戻った所にあり、甲府盆地を見下ろす高台にある。正面は現存寺の鐘楼門で江戸中期のもの。僧寺跡がその前に広がっており、塔の礎石が写真右端に残っている。
 僧寺伽藍は建長7年に焼失したが、武田信玄が永禄年間に再興したため、信玄の菩提寺の恵林寺と同じ宗派となった。北の方角 400bには尼寺跡もあるが、ここも保存の状態は良い

 相模国分寺 神奈川県海老名市国分
  高野山真言宗      現存・僧跡
・尼跡・資館

 小田急線・相鉄線の海老名駅から東に0.8q。僧寺跡の伽藍配置は法隆寺型であり、金堂右で塔は左。中央の前に中門、後ろは講堂である。
 このように僧寺跡は明らかだが、国府がはっきりしない。以前、高座郡国府(大磯町)あたりが有力説だったが、現在は 平塚市の四之宮町という説に変わってきた。いずれにせよ、国府と国分寺の間が遠いのが相模国の特徴である。

 武蔵国分寺 東京都国分寺市西元町
   新義真言宗豊山派  現存・僧跡・尼跡・資館

 中央線西国分寺駅南東へ1q。寺跡を想像してみると、全国僧寺で最大規模の金堂が石積みの基壇に建ち、背後の講堂も思い浮かぶ。
 また 中門外側の東角には七重塔があり、これら朱塗りの大伽藍が武蔵野の木立のなかで、大いに雄姿を誇っていたであろうと思われる。
 現存寺の境内には 万葉植物園があり、四季折々の趣を楽しむことができる。
 

安房国分寺 千葉県館山市国分
  真言宗智山派            現存

 館山駅から東へ5qのところで、館山平野の南端に位置している。現存寺境内には、僧寺の金堂跡が確認されているが、伽藍配置は不明となっている。画像の山門は西向きになっていて、金堂跡は山門を入り左手方向にある。
 現存寺からほぼ北2qに、府中という地名があるので足を運んだ。そこには国府跡らしき、元八幡神社という小さな社があった。 

 上総国分寺 千葉県市原市惣社
 真言宗豊山派   現存・僧跡・尼跡・資館

 高台に位置する市原市役所を挟んで、西に僧寺東に尼寺がある。僧寺の寺跡は、野原のなかに堂塔の礎石が置かれた閑静な佇まいを見せる。伽藍配置は、南門・中門・金堂・講堂が一直線に並び、七重塔は金堂手前の東側に位置する。
 全国尼寺跡では最大規模を誇り、その復元はみごとで、寺跡の礎石の位置にあわせ、中門や回廊の復元建造物が建てられて僧寺をこえる。

 下総国分寺 千葉県市川市国分
 真言宗豊山派   現存・僧跡・尼跡
・資館

 総武線市川駅から北へ5qの高台にある。僧寺跡の上に現存寺が建てられているので、跡地の野原をつくづくと眺める雰囲気にはない。講堂は墓地のなか、金堂の上には本堂が、塔跡は庫裡の裏手に位置しており、当時の礎石が現存寺の庭石としても使われいるのが珍しい。
 僧寺の伽藍配置は 法隆寺型だが、堂塔の位置や向きがなぜか少しずれているのも不思議だ。

 常陸国分寺 茨城県石岡市府中
 真義真言宗       現存・僧跡・尼跡

 常磐線石岡駅から北1q。僧寺跡金堂の真上に現存寺の薬師堂が乗っている格好になっており、東半分は宅地と道路になっていて、大伽藍を眺めることはできない。長い歴史を街の中で経過してきたので仕方のないことであろう。
 ただし尼寺跡の伽藍は、その敷地の殆どを確保しており、盛り土や礎石、植木で区分された伽藍の復元から、尼寺の広さを実感できた。


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