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全国の国分寺一覧(6)

四国・九州編(15ヶ寺)

黄色の国名と写真掲載が訪れた国分寺です
お寺の写真をクリックしてご覧下さい

阿波 伊予 讃岐 土佐 筑前 筑後 豊前

豊後 肥前 肥後 日向 大隅 薩摩 壱岐 対馬

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                   史跡の保存の状態について

                      現 存   跡地かその近くに現在の「国分寺」がある
                      僧 跡    「国分僧寺跡」を表示するものがある  
                      尼 跡    「国分尼寺跡」を表示するものがある 
                      資 館    これに関する歴史資料館が近くにある 
                      地名のみ 地名のみが国分寺があったことを示す

阿波国分寺 徳島県国府町
  
曹洞宗               現存・尼跡・資館

 徳島市街から西におよそ8q行くと、国府(こう)という小さな町がある。その町の中心にある大御和神社あたりが国庁跡とされており、僧寺および現存寺は、そこからさらに2qほど南西にあった。
 山門を入ると左手の鐘楼の手前に、塔心礎石が置かれてあった。礎石はほとんど覆されているが、西塔を配置する国分寺伽藍のようである。そこから、北に資料館、さらに尼寺跡がある。

伊予国分寺 愛媛県今治市国分
 
真言律宗                     現存

 予讃線伊予富田駅から南東に2qの高台に現存寺がある。寺は四国五十九番札所で、参拝と記帳を済ませ住職さんに訪ねてみた。すると塔跡に礎石があるというので行ってみた。
  現存寺のすぐ東側の下にあり、30坪足らずの敷地に 13個の塔跡礎石がむき出しになっていた。民家に囲まれゴミや物を燃やした痕もあり、また伽藍配置も不明なので少しがっかりした。

讃岐国分寺 香川県綾歌郡国分寺町
 
真言宗御室派          現存・資館・尼跡

 予讃線国分駅から北にすぐの所にある。本堂が講堂跡の上に建ち、その30b手前には金堂跡の礎石が並んでいる(画像)。境内の周辺は創建期の寺域が史跡として確保され、裏には創建期の伽藍と堂塔の模型と僧坊の復元建物があり心強い。
 また、東側には資料館があり、金堂の復元模型が陳列されていた。 尼寺跡は東に2qの所にあったが、勘違いをして石碑だけを撮ってきた。

土佐国分寺 高知県南国市国分
 
真言宗智山派           現存・僧跡・資館

 土讃線後免駅北4qのところにある。現存寺は建物も庭もすばらしいが、創建期の礎石はすべて覆され、往時を偲ばせるものは残っていない。ただし、塔心礎石だけが庭石の一部として飾られており、書院に案内され拝見させていただいた。
 周囲には土佐国衛跡や尼寺跡と思われる比江廃寺跡、そして「土佐日記」の紀貫之の住居跡など、土佐考古の中心地となっているようである。

 筑前国分寺 福岡県太宰府町国分
   高野山真言宗      現存・僧跡・尼跡・資館

  太宰府は筑前の国庁に留まらず、九州全体の政治の中心であった。 その政庁跡である国府は、 都府楼とも呼ばれ寺跡の南東1qほどにある。
  現存寺は金堂跡上に建てられており、 写真手前右画像外に 七重塔の礎石がある。 現存寺裏手には講堂跡があり、回廊内に塔を配することから、大官大寺式であった。 伽藍の東半分が しっかりと保存され、 近くには文化ふれあい館もあった。

筑後国分寺  佐賀県久留米市国分
 
 天台宗      現存・僧跡

 久大本線南久留米駅から南東に2q。日吉神社境内に講堂跡の礎石が1つあった。塔跡は神社の南側に通りを隔てて、跡を表示する柱と小さな花壇があるのみで、周囲は住宅地。尼寺は僧寺跡の200b離れた住宅地のようだが、なぜか「国分寺跡」の石碑があった。
 現存寺は、僧寺跡からかなり北に離れた、筑後川を渡った陣ノ内にある。

 豊前国分寺 福岡県京都郡豊津町国分
   高野山真言宗     現存・僧跡・尼跡・資館

  日豊本線新田原南西4q のところ。 周囲は畑と田んぼで集落と森に囲まれ、いにしえの姿を映し出すにふさわしい光景である。
 僧寺金堂跡上に本堂が建ち、東側塔跡を避け西側に 三重塔を再建した。 講堂跡は 礎石の配置が不明で復元できないため、本堂後ろに位置のみ確保した。 典型的国分寺の伽藍配置。歴史館では、退職日を迎えた館長さんの最後の説明を聞いた。

豊後国分寺 大分県大分市国分     天台宗                 現存・僧跡
 
 ・久大本線豊後国分駅南すぐのところ。
 肥前国分寺 佐賀県佐賀郡大和町尼寺
                   国庁跡と地名のみ

 長崎道の佐賀大和IC を出るとすぐ西に、 肥前国庁跡がある。 南東に600b 進むと町名の“尼寺”はあるが、尼寺跡は見つからなかった。
 僧寺跡には廃寺(写真)思われる建物があった。説明看板を読めば、廃屋は金堂跡に位置し、典型的な国分寺の伽藍配置だったとある。しかし、往時の大伽藍も、 民家と私有地によってズタズタになって保存は良くなく、暗い気持ちになってしまった。

肥後国分寺 熊本県熊本市出水町   曹洞宗                        現存
  
・水前寺公園西側に国府町はある。現存寺は隣の出水町だが発見できず。

 日向国分寺 宮崎県西都市大字三宅国分
                     現存・僧跡

 西都市役所から南西に1qのところ。史跡名所の西都原古墳群は、ゴルフ場のように整備されているが、国分寺は残念ながら手が加えられないのが現状だ。僧寺跡に「五智館」があり、木造の五智如来は見応えがあり、廃仏毀釈のさい地域庶民が家に隠し身を以て守ったことには心打たれた。
 僧寺跡地は多少の土地が確保されているが、本格的な発掘調査は今後に期待するしかない。

 大隅国分寺 鹿児島県国分市国分寺中央
                        僧跡・資館

 国分駅から南東2q。青年会議所の駐車場に国分寺跡を示す石碑と、石造多層塔、石造仁王像があるのみだった。伽藍配置はおろか位置すら特定できないが、若干の創建瓦が出土している。
 発掘・調査を困難にしている理由は、1604年に島津義久が旧来の町並造成したため遺構が覆されたこと、明治初期の廃仏毀釈が旧薩摩藩内では徹底したため、資料が失われたことによるという。

 薩摩国分寺 鹿児島県川内市大小路町
   
                    僧跡・資館

 鹿児島本線北川内駅を東に1500m。南斜面の小高い僧寺跡から旧国府の川内市内が見える。
 伽藍は史跡公園として保存されたなかに、めずらしい川原寺伽藍の復原があり、九州の僧寺跡としては立派なもの。北西方向の菅原神社手前に「国分寺址」碑と石造多層塔が残されている。
 尼寺の存在は、資料により認められているもののその場所は特定できていない。

 壱岐国分寺  長崎県壱岐郡芦辺町中野郷
   
臨済宗大徳寺派            現存・僧跡

 壱岐島の芦辺港より西に3.5q。僧寺跡と現存寺のみで、嶋国は尼寺は存在せず、僧寺伽藍もそれほど大きくはなかった。
 また二個所の歴史資料館には、国分寺に関する展示はなく、むしろ朝鮮半島から度重なる来襲の歴史に、国の要害として重視されていたことがわかった。現存寺のご住職が留守で、縁起等の話を聞けず船の時間がきて島を離れた。

 対馬国分寺  長崎県下県郡厳原天道茂
  
曹洞宗                 現存・資館

 博多港より120q、厳原港から北へ1qの街中に現存寺がある。創建の僧寺跡地のその上に金石城が建ち、その城も址地となりそこに中学校が建てられ、それも移転し史跡公園となった。
 国分寺は城の増築で街内の日吉に移り、そして現在の位置に移った。平地の少ない土地を、有効活用した結果だ。国府跡は「町役場の場所だ」と言われて妙に納得してしまった。


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