金堂は甲斐国分尼寺と並んで、全国一の規模を誇るためか、三河では僧寺より尼寺の方に力が入っているようである。桜ヶ丘ミュージアム蔵の尼寺の模型も、僧寺の模型がまだないのに比べ立派なものである。

尼寺跡は僧寺跡から西に800b
の場所にあったのだが、なんと、かつての静かな杜の佇まいはなく、尼寺の伽藍の復元工事をしていたのだ。
下図のように尼寺跡公園にするようで、尼寺跡金堂の場所に建てられていた清光寺を移転させての大工事である。
図は工事を示す看板にあった、完成図を写真に撮ったものである。

@ かつての尼寺跡入口
画像@の角度から撮したもので、かつての尼寺跡入口を思わせる石柱と掲示板を撮したのがこの画像である。
清光寺(当山もまた曹洞宗だった)が、すぐ西側に移転・新築して立派になった。まったく風景が変わったので、以前に訪れた方は戸惑うのではないかと思う。

A 復元工事で伽藍の全容が明らかに
画像Aの角度、すなわち北西から見たものである。手前にはなんと、内外両側に回廊がある複式回廊の北西にあたる角と、左に講堂跡、大きな楠の左側基壇が金堂跡になる。そして、金堂手前の中央にある小さな建物跡は、鐘楼か経堂と考えられる。
これだけのものが復元されており、2001.4.28
現在、まだ工事中で立入禁止となっていたにもかかわらず、心躍る思いがした。

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