 |
伽藍配置
僧寺跡は、昭和58年度からの発掘調査により、伽藍配置が明らかになっている。それと同時に、史跡としての整備事業がすすめられ、屋外の伽藍模型や僧坊跡の復元、築地塀の復原などが進められ、力強いかぎりである。
左と下の画像は歴史資料館でいただいたパンフレットに掲載されている伽藍配置図である。
左画像の青色が発掘調査済みの区域になっているようだ。
東西220b、南北240bもある広大な寺域に、なぜか南大門、中門、金堂、講堂など南北に一直線の伽藍は西の隅に偏っている。
|
 これは珍しい 室内にある復元模型ならよくあるが
跡地に復元模型を置いたのははじめて見た
|

中門から金堂に伸びる回廊の中に東塔を配する、大官大寺式の伽藍配置となっている。この配置は南海道では、紀伊僧寺でも同じ型になっていた。それにしても、紀伊国分寺の伽藍より大規模である。 |

一部を復原した僧坊建物と基壇・礎石
北方の僧坊跡は発掘調査の結果、全国の僧寺のなかでも最大級のものと判明した。
東西84b、南北12bで、内部まで復原しているのは、僧坊ではここだけであろうか。その間取りは、東大寺戒壇院北室に似ているという。
|

僧坊建物の内部の復原
|
その金堂が建っていた跡の礎石群

|
僧寺跡の現況
本堂は創建当時の講堂跡に建てられており、画像は金堂跡手前から撮ったもので、数多くの礎石が両脇に写っている。その下の画像は、右手に移動し斜めから撮ってみたものだ。
|
金堂跡礎石を東斜めから見たところ

|

|
七重塔跡の礎石群

|
塔跡の礎石群である。画像は真南の正面から撮影したものだが、17個あるべき礎石が15個残されていて、手前左側の礎石は失われていることがよく分かるだろう。一辺が10.1bで、高さ63bの七重塔であったことが判明している。 塔心礎石の上には石で造った五重塔が置かれているが、これもまた珍しいものだ。
|

国分寺町国分2177-1
087-874-8840
|
讃岐国分寺資料館
各地を巡っていると、郷土資料館や歴史資料館は多いものの、国分寺についての資料や出土品等を主として展示している資料館は、意外と少ない。
左画像は金堂の復元模型や、国分寺落慶想像図などが展示される讃岐国分寺資料館。
|