世界で一番のスキンヘッドはJOE SATRIANIに決定だろう。
ただのスキンヘッドではないぞ。スーパーギタリストであり、スーパースキンヘッドなんだ。
それもただの「スーパー」ではない。彼の弟子には「スーパー」とつく者が何人かいる。
知ってる限りではスティーヴ・ヴァイにカーク・ハメットなどなど。
二人ともJOEから基本を教えてもらったんだ。あの二人が。恐ろしい話だよね。
1956年7月15日、ニューヨーク、ウェストベリーで生まれ、14歳まではドラマーだったんだよ。
その時事件が起こった。あのひとの死だ。ジミ・ヘンドリクス。
JOEはショックを受け、「俺がこれからは彼の代わりにギターを弾く!」ってことになりドラムスティックをおいたんだ。
それから JOEはスティックからピックに持ち替え、17歳になったときにスティーヴ・ヴァイと出会うことになる。18歳にはジャズギタリスト(ビリー・バウアー)に教えを請うている。貪欲に吸収していったんだね。
でも楽な道のりではなかった。レコードデビューを果たすまではギター放浪の旅を続けていたんだ。その間にはいろいろなミュージシャンとのレコーディングも経験している。京都に住んでいたこともあるらしいよ。
ついに85年には遂にメジャーデビュー。『NOT OF THIS EARTH』。
立て続けに発表したアルバム『SURFING WITH THE ALIEN』は彼にとってすっごく重要な
アルバムになったんだ。なにしろインストアルバムでは今までのレコードホルダーだった
ジェフ・ベックの記録をぶち抜いてトップ30へ送り込んだんだから。
今聴いてもあのアルバムは最高。技のパレードだがひけらかしじゃない。
曲のクオリティーも高いんだ。それはそのアルバムがプラチナムだったことが証明してる。世界が彼の登場を受け入れた年だったんだ。
そのすごさはプロ中のプロにも受け入れられた。
彼が自ら「僕のキャリアの中で最高の頂点だ。」と言わしめる程の人、
ローリングストーンズのミック・ジャガーのバンドでギターを頼まれたんだ。
どんなタイプの曲でも無難(?)・・・いや、評判は最高。
でもしかし、これを頂点には終わらなかった。
彼はそれ以後ドンドンと休むことなくアルバムを発表していく。
そのどれもが最高の評価を受ける中、
93年にはあのリッチー・ブラックモアの代役も務めた。(!)
ディープ・パープル=リッチーという公式が成り立つ中、堂々のピンチヒッター。
しかもパープル側にしてみれば2死満塁の大ピンチ。というのも、
リッチー得意の「ドタキャン」ならぬ「ドタ脱退」だったんだから。
しかしJOEには誰の代打だろうと関係ない。ツアーは大成功。大評判。
(イングウェイ・マルムスティーンは「なんで俺じゃないんだ!」と怒ったとか・・・)
そして世に出た『G3 LIVE』では、エリック・ジョンソン、スティーヴ・ヴァイに囲まれていてもその存在感は抜きんでているし、その異様なスキンヘッド(このころからだった。)も光り輝いていた。
一昔前は、ギターヒーローっていうのがいた。テクニックあって、曲もかっこよくて・・・
今はギターヒーローなんて死語になりつつある。そんな今、「最高のギタリストは?」って聞かれてすぐ口から出るのは誰だと思う?
そう。JOE SATRIANIは現在最高のギタリストなんだ。