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[ EDWARD VAN HALEN ]

 オランダ、ナイメーヘン1955年1月26日。1人の男の子がこの世に生を受けた。 彼が後に数万人のギターキッズに崇め奉られる音楽家になろうとは誰も予想できなかったであろうが・・・・・

  EDWARD VAN HALEN。  その名前はギタリストなら誰でも知りうる名であり、誰もが憧れるスーパースターの名。 ギタリストの目指すべき姿。彼につける冠はどう挙げてもキリがない。

  70年代初頭からのロックミュージシャンのほとんどが勢いを無くし、シーンから消えてゆくその中で、ハードロックバンド「VAN HALEN」は彗星のごとく現れた。その存在は当時のロックバンドといわれる存在の中ではズバ抜けていてセールス、パフォーマンス共に申し分ないバンドだった。

ヴォーカルのDAVID LEE ROTH、ベースのMICHEL ANTHONY、ドラムは兄のALEX VAN HALEN、そしてギターはEDWARD。

  4人の組み合わせは絶妙であり、DAVIDのパフォーマンスとEDWARDのギターテクニックはその世界では右に出るモノがなかったのは周知の通りで誰もが認める事実。 なにより彼らの成功の最要因は楽曲のクオリティーの高さである。作詞のDAVID、作曲のEDWARDは今までにないタイプの曲を作り上げていった。「ヘイ!ベイビー!陽気に騒ごうぜ!パーティーさ!」という感じのアメリカンハードロックとはこの「VAN HALEN」から来ているといっても過言ではない。

  EDWARDはデビュー作から自分のテクニックをみせつけている。といより、昨今のギタリスト達のようなテクニックのひけらかしの曲ではなく、楽曲センスにも富み、なおかつハードなギターをうならせるという今までには難しいと思われ、敬遠されてきたことをやってのけた。1stに収められた『イラプション』などを見てわかるとおり、それはインストの名曲、ギタリスト達の練習必須曲となっており、二十数年経った今も多くのギタリスト達がステージ上で同じようなことを真似ている事実も驚きだ。

  EDWARDの数あるギターテクニック(技のデパート?)の中で最もパイオニア性が現れているのは「ライトハンド奏法」であろう。噂では真意はわからないが、どうやらEDWARDが"史上で最初にやっ人"ではないようだ。(本人が漏らしたことがある。) 一説によると、彼が若い頃憧れていたバンドのギタリストがやっていたといい、一説によるとアラン・ホールズワースのコピーをしていたら片手で弾くところが両手でなくては弾けなくなって・・・とうい緒論がある。 「♪ピロピロピロピロ♪リロリロリロリロ♪」という独特の音を、当時のリスナーは「どうやって弾いているんだ???」と首をひねっていた。ライヴなどでもEDWARDは観衆に背を向けて演奏していたらしい(笑)。

 その他「ハミングバード」「オクターブ」「両手タッピング」「両手スラップ」「バイオリン」など技の数々を挙げればキリがない。

   時代によりSAMMY、GARYとヴォーカルがフロントマンが代わってゆく中でも彼のギタースタイルは常にそれに劣らぬ大看板であった。「エディーのVAN HALEN」というイメージは固く、他のハードロックバンドが消滅してゆく90年代にあっても「VAN HALEN」の人気は揺るぎがなかった。しかし、嬉しくも悲しくも100人に聞けば80〜90人は「デイヴ時代が良かった」と答えるであろうと予測される。 やはりどう考えてもあのころのワイルドさは今には欠けているポイントである。

 しかし、今のEDWARADがどう変わろうが、あのころのEDWARDが死んだわけではなく、 心の中では僕の神には代わりがない。あのころのサウンドはいつでも「心の引き出し」に入っている。 僕が音楽活動をするときにはその「引き出し」を良く開け閉めしている。僕の中にあるいろいろな「引き出し」の中でも最も大きく、一番役立ち、一番ワイルドな「引き出し」になっている。 それはきっと皆さんもそうなのだろうと信じている。



祝!癌完治!
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