マレーシア半島部の野鳥報告
1. はじめに
この報告はマレーシアにおいて1998年9月から2000年8月まで滞在した際に行った野鳥観察の記録に基づくものである。
1998年9月から同地、クアラルンプールに赴任し、二年間クアラルンプール市内南西部のマラヤ大学地区に居住することになった。幸い同地区はクアラルンプール西部の大動脈であるFederal
Highwayが交差しており、この高速沿いはシンガポールからタイ国境までを高速で結ぶNorth-South
Highwayや東部主要都市へのKarak Highway等との接続が良く、クアラルンプール(以下、KL)郊外へ出かけるには非常に便利が良く、二年間活動的に探鳥に出かけるきっかけとなった。
マレーシアは西マレーシアと呼ばれる半島部と東マレーシアと呼ばれるサバ、サラワク両州のボルネオ島部に大きく分けられる。あいにくボルネオに行く機会はなかったこと、またボルネオ島では半島部と異なる固有種が多いことを理由に、ここではマレー半島部の鳥についてのみ触れることにする。
マレー半島は赤道に近い地域に位置し(北緯1‐7度)、年間を通して平均気温は26−7度ある。緯度が低いため、季節の別がほとんどなく、また毎日ほぼ同じ時間に日が昇り、暮れる。一年を通して雨の降りやすい気候であるが、雨季乾季の別が不明確ながらあり、例えば半島西部では11月から1月は雨季にあたり、この時期の雨量は特別多い。
当然ながら熱帯性の常緑樹林が発達し、低地では特に40‐50mにもなる高木が見られ、その下には多種多様な中層木、低層木、つる性植物等が生え、ジャングルを形成する。
しかし、このような原生林の多くは国立公園を除いては半島部ではほとんど姿を消し、二次林と呼ばれる人の手が大なり小なり入った森が多い。
2. マレーシアの野鳥
2.1 マレーシアの野鳥の概要
個々の種について述べる前に、マレーシアの野鳥の概要に触れておく。マレーシア半島部では、現在までに約650種の野鳥が記録されている。このうち、迷鳥をのぞくと、その大半が留鳥か冬鳥になる。これはマレーシアの地理的要因によるものであろう。
水鳥はシギ・チドリ類以外は少ない。特にガンカモ類は驚くほど少なく、リュウキュウガモ、ナンキンオシ、シマアジを除いては迷鳥と言って良く、日本でガンカモ類が見られる都市公園の池になにもいないというのがこちらでは当たり前の光景である。
サギ類も日本とは状況を異にしている。ゴイサギはこちらでは少なく、コサギ、アオサギも多くはない。代わって多く見られるのは、リュウキュウヨシゴイ、ヨシゴイ(越冬期)、ムラサキサギたちで、これらはいずれもスゲ等の生える湿地に依存している。
日本とゆかりの深いものでは、シギ・チドリ類と猛禽類が挙げられよう。シギ・チドリ類は渡りのルートからして日本よりは大陸よりの個体群が渡来している可能性が高い。多く見られるのはメダイチドリ、オオメダイチドリ、サルハマシギ、トウネン、コオバシギ、オオソリハシシギ、アカアシシギ、アオアシシギ、ハリオシギなど。日本でもよく見られるホウロクシギ、キアシシギなどは渡りのコースから外れているらしく、渡来例は少ないという(これらはパプア・ニューギニアからフィリピン、日本、シベリアというルートと考えられる)。また、アメリカ大陸系の種の記録もほとんどなく、オオハシシギ、アメリカウズラシギなどの渡来例は今のところない。日本に多いハマシギはマレーシアでは迷鳥である。ハマシギの分布には南過ぎるということか。
猛禽類ではサシバ、ハチクマ、ツミ、アカハラダカという種がマレーシア半島部を通過して、更に南の越冬地に向かうらしい。ハチクマは西海岸でもよく見られ、ポート・ディクソン近郊のタンジュン・トゥアンでは春季は3月頃にマラッカ海峡を渡って北上する個体群が見られるという。果たして日本と共通の個体群かどうかは不明。ツミは目にした限り、日本で見られるものよりもオスの色合いが濃く、別亜種かあるいはミナミツミではないかと思われる。近年、マレーシアでも猛禽類に対する関心が高まってきており、上記タンジュン・トゥアンでは今年鷹渡りウォッチングのイベントが開かれた。猛禽類でよく目にするのは、カンムリワシ、カタグロトビ、シロガシラトビあたりだろうか。いずれも都市部周辺でも目にする。カンムリワシはこのうち最も環境適応性が高いようで、標高1300mフレーザーズ・ヒルからマングローブ林のクアラセランゴール、さらにはNorth-South
Highway沿いでも見られている。
マレーシアの最大の特徴はなんと言っても熱帯性の野鳥が多いことである。特徴的なグループは以下の通り。
アオバトの仲間(8種)、カッコウ・バンケンの仲間(24種)、キヌバネドリの仲間(6種)、サイチョウの仲間(10種)、ゴシキドリの仲間(11種)、キツツキの仲間(25種)、ヒロハシ・ヤイロチョウの仲間(14種)、サンショウクイの仲間(11種)、コノハドリの仲間(8種)、ヒヨドリの仲間(24種)、オウチュウの仲間(6種)、チメドリの仲間(49種)、ヒタキの仲間(28種)、タイヨウチョウの仲間(18種)、ハナドリの仲間)(10種)など。
カッコウの仲間の多くは潜行性が強く、目にする機会は少ない。しかし、バンケンモドキの仲間は樹冠部を滑空する姿をよく目にするため、比較的観察はしやすい。多くは留鳥のようだが、習性ゆえか、まだまだ未知のことが多いように思われる。
キヌバネドリは世界的にみても変わった分布をしているグループであり、インド亜大陸から東南アジア、インドネシア西部、中国南部のアジアキヌバネドリのグループ以外に、北米南部から中南米、アフリカ大陸と大きく3グループに分けられ(世界で約37種)、地理学的にも大変興味深い。マレーシアはこのグループが多い方と言え、6種が分布している。いずれも熱帯林に依存しており、状況の良い森がないと見られない。
サイチョウは東南アジアを代表する鳥のグループと言えよう。伐採が進み、二次林が増えたとはいえ、十分な生息環境が残っているらしく、一部を除いてまだまだ目にする機会は案外多い。このグループの鳥は木の高いところで採餌するため、適度な森林伐採で逆に恩恵を被っているという話もある(餌が探しやすくなるため)。
ゴシキドリも東南アジアを代表するグループと言えそうだ。習性、外見とも非常に似通っており、高度による住み分けをしている。普通種はキホオゴシキドリ、アオミミゴシキドリ,
Brown(以上低地)、ゴシキドリ(低山地)、アカフサゴシキドリ(山地)。中国では擬啄木鳥と書くが、分類学上キツツキに近いらしく、枯れ木に縦穴を掘って巣を作ること、木の幹に縦に止まることなどはキツツキと同じである。
キツツキの仲間は大(ボウシゲラ: 50cm)から小(Rufous
Piculet: 9cm)まで大小様々な種に分化している。多いのはアオゲラ属の種で、8種が分布する。種間の住み分けはゴシキドリ同様、標高、それに生息環境によるところが多いが、低地熱帯林には類似する3種のアオゲラ属のキツツキが分布しており、どのように住み分けているのか、よく分からない。
ヒロハシ・ヤイロチョウの仲間はいずれも東南アジアに多い種のグループで、カラフルな外観を持っている。ヒロハシ類は樹上性で多くは樹冠に生息するため、声は聴けても姿は見えないということが多い。動作は緩慢で鳴いている時には通常ほとんど移動しない。このため、発見を一層難しくする。しかし、決して警戒心は強い方ではなく、道路際の木に目立つハンモック状の巣をかけることがよくある。
一方ヤイロチョウの仲間はいずれも警戒心が強いらしく、姿を目にするのは稀である。また、下生えのある原生林のほとんど残らないKL近郊では生息数も少ないようで、観察記録を聞くことすら少なかった。変り種のマングローブヤイロチョウはマングローブ林でカニなどを食べるという。もっとも普通種はムラサキヤイロチョウであるらしいが、いずれにせよ、目に止まる機会は少ない。
サンショウクイ類、コノハドリ類、ヒヨドリ類、オウチュウ類はいずれも混群の主要構成種である。いずれも森の中層から高層に小群から時には大群で生活し、昆虫、木の実等を食べている。いずれも標高、環境による住み分けをしているようだが、グループ内の種の習性に大差はない。特にヒヨドリの仲間は低地林では15種以上が生息し、どのような住み分けがなされているのか、皆目検討がつかなかった。
チメドリの仲間は非常に多くの種を含んでいる。この中にはムジチメドリ
(jungle babbler)、モリチメドリ (tree babbler)、ウタイチメドリ
(song babbler)、ガビチョウ (laughing-thrush)、
サザイチメドリ(wren-babbler)等、様々なグループがあり、外観、習性とも非常に多岐に渡っている。多くは潜行性が強く見づらいが、テリトリー性であるらしく、テープ等で声を流すと反応することが多いそうだ。この仲間のうち、山地性のガビチョウの仲間やゴシキソウシチョウ,
オナガウタイチメドリ, ルリハコバシチメドリ等に代表されるウタイチメドリの仲間は比較的警戒心が薄く、観察をしやすい上に、カラフルな種が多く、見ていても楽しい。
ヒタキの仲間の多くはマレーシアでは珍しく渡り鳥で、越冬期に渡来する。日本でもおなじみのコサメビタキ、サメビタキ、ムギマキ等はいずれも普通に越冬している。これらの他にもマミジロキビタキ、ミヤマヒタキ、オオルリ等も越冬にやってくる。ミヤマヒメアオヒタキやロクショウヒタキは一部山地で繁殖しているが、越冬期の方が個体数増えるようであり、やはり他から渡来しているものもいるのではないかと思われる。日本人からすると信じられないような配色のロクショウヒタキはマレーシアでは実に普通の鳥で、また目につきやすい。カラフルなヒメアオヒタキのグループは案外見つけにくく、やぶの中に入り込むことが多い。変り種はアカメヒタキで、地上付近で目にすることが多く、声も姿も習性もまるでチメドリの仲間のようである。
タイヨウチョウもハナドリも花の蜜によく来るグループの鳥で、アジアに広く分布している。小型であるため、カラフルなわりに目につきにくい。クモカリドリの仲間はタイヨウチョウよりは地味だが大きく、やはり習性は似ている。長く湾曲した嘴を持つため、飛んでいても見分けられる場合が多い。多くは森林性で、樹冠部から低層部までを忙しく動き回っている。
マレーシアの主要な野鳥観察の環境としては、平地の熱帯林、高原・山地、湿地、マングローブ林、都市公園が挙げられる。中でも日本人にとって魅力があるのは平地、山地の森林であろう。
KL近郊の低地性熱帯林3箇所(ゴンバック渓谷、テカラ川、パーディク川)の出現率を比較したところ、一貫して出現率が高いのはキホオゴシキドリ、アカメチャイロヒヨ、カザリオウチュウ、コクモカリドリの4種。
サトウチョウ、アズキヒロハシ、ヒイロサンショウクイ、ロクショウヒタキなどは逆に特定の地点で高い出現率を示している。これは平地の熱帯林の環境がそれぞれ若干異なっているためで、ゴンバック渓谷では中層、高層木の野鳥が、テカラ川では低層、林床の野鳥が多く観察しやすい環境になっているからである。
続いて、高原・山地2箇所(フレーザーズ・ヒル、ゲンティン高原)の出現率を比較してみよう。平地と比較して2箇所間の共通種が多く、いずれかの地点で50%以上の出現率があったもののみを掲載した。両方で50%以上の出現率を記録したのは、ヒメオナガバト、シロハラアナツバメ、ズアカキヌバネドリ、アカフサゴシキドリ、ゴシキドリ、マダラヒタキサンショウクイ、ベニサンショウクイ、アオバネコノハドリ、シロハラカンムリヒヨドリ、キバネヒヨドリ、ヒメカザリオウチュウ、ヘキサン、キガシラモリチメドリ、ハイノドモリチメドリ、ムナフムシクイチメドリ、クロガビチョウ、チャガシラガビチョウ、ゴシキソウシチョウ、アカバネモズチメドリ、マユグロチメドリ、オナガウタイチメドリ、サルタンガラ、ムナグロタイヨウチョウ、タテジマクモカリドリ、キムネメジロ。共通種が多いのは、2箇所の環境が比較的似ていること、平地よりも樹高が低く、見通しが良いためと考えられる。また、平地に比べて植生がやや貧弱になるため、森林間の目に見えにくい違いが少ないと考えられ、生息種間の違いが少ないと思われる。更に、山地の方が混群(bird
wave)に参加する種が相対的に多く、見逃しが少なくなったためとも考えられる。
それでも、ムジサイチョウ、ズグロゴジュウカラ、クリガシラモリムシクイ、ヒメオウチュウなどのように、大きく出現率の異なる種もあった。これは、ゲンティン高原の方がより開けた環境にあるのに対し、フレーザーズ・ヒルでは森林内に遊歩道が設置され、林内の鳥が観察しやすい状況にあるからであろう。
興味深いのは、平地と山地の双方で記録されている種で、オウチュウカッコウ、ヒイロサンショウクイ、ムナフムシクイチメドリ、ロクショウヒタキ、コクモカリドリ等は両方の生息環境の全ての地点で共通種となっている。