生年月日:1973年7月12日午前3時(伝記に掲載の時刻に訂正)ボローニャ生まれ。蟹座。
身長:185cm
体重:90kg
靴のサイズ:45(約29〜30センチ。でけえ)
趣味:映画。「ランボー」は何度も見たお気に入り。映画制作にも興味があるらしい。ジュリア・ロバーツが大好き。
憧れの人:デニス・ロッドマン(今でも??)、マイケル・ジョーダン。
好物:ヌテッラNutella(甘いチョコレートスプレッド)。よくチュッパチャプスもなめている。
ファッション:「カジュアルが好き」。夏はTシャツにハーフパンツ、またはジーンズ。靴下を履いてないこと多し。チェックのシャツが好みなのかよく着ている。でもさりげにプラダのジャケットなども着ていたりする。ミラノに来たからか?
タトゥー5つ。初めて入れたのはヴェネツィア時代。左肩に1ヶ所、右肩に3ヶ所、左脚に2ヶ所。
ジーノGinoというレトリーバーを飼っている。
夜遊び大好き。ディスコキング。けっこう浮き名も流してます。詳しくはこちら。1 2 3 4
くせ:爪を噛む。試合中、ユニの袖でよく顔の汗を拭く。
利き足は左、字を書くのも左。字はあまりきれいじゃない・・・。
TVゲームは苦手。「プレステすらやったことがない」家ではビデオ派。
マドリッドにブティック、シドニーにはレストランを持っている。レストラン案内 1 2
2002年5月、ミラノにレストランバーBaci&Abbracciをオープン。案内
合宿・遠征先に持って行くもの:「ステレオ、ノートパソコン、ビロードの小さなカンガルー、電子レンジ用のポップコーン」
もう誰も信じない(2003.07.12UP)
ローマの高級一般紙レプブリカに2月8日付で掲載された記事。インタビュアーはGIANNI MURAさん。スポーツ専門紙じゃないため珍しく柔らかめの話題で嬉しいのですが、後日ヴィエリが「俺はあんなこと言ってない」とクレームをつけたという(またかよ)いわく物。さて、事実でなかったのはどのあたりでしょうか。
【APPIANO GENTILE発 - Vieriは西部開拓者のような足取りで現れた。だが武器は持たず、手にしたオレンジジュースの瓶も、それで私を殴りつけようというものではなさそうだ。少なくとも今のところは。実を言うとこのインタビューの前に私はさまざまな警告を受けていた。予防注射が必要なんじゃないか、Vieriは熊だ。質問は短く。私は覚悟をしていた。バールのテーブルにちらりと目をやって、最初の質問は彼からだった。
「そのファイルの束は何?」
−ああ、この10年、君について書かれたいろんなこと
「じゃあ8割がたウソだな」
−なら、それを正していこうじゃないか。小さい頃ミニカーを集めていたっていうのは本当?
「ウソ」
−Ericaのことは覚えてる?
「もちろん。初めて好きになった女の子だ。14のときだった」
-生粋のオーストラリア人?
「イタリア系だ。この前Sydneyに行った時会った。今でも仲のいいグループのうちの一人だ。俺はそこではChrisって呼ばれてた。今でもChrisだ。Tシャツに半ズボンでサーフィンをした」
−煙草を吸ってもいいかな?
「いいよ、俺は吸わないし吸ったこともないけど」
−葉巻もやらない?
「やらない」
−酒も飲まない、なんて言わないよね
「それはないよ」
−何が好き?
「Brachettoは好きだ。知ってる?」
−知ってる。
「好きかい?」
−僕の好みのトップ50を話してるんじゃないだろ。さっぱりしてて、イチゴと一緒に食うといけるね
「フルーツタルトの上にちょっとかけて。だろ?」
−そうだね。で、Sydneyに2軒、Milanoに1軒レストランを持ってるって?
「Sydneyに1軒、もう1軒がMilanoだ」
−どんな店?
「イタリア料理。パスタ、ピッツァ、オリーブオイル。気取らないシンプルなものばかりだ。どちらも俺一人の持ち物じゃない。Milano
の店はBrocchiとの共同経営だ。実を言うと俺自身は卵料理ひとつできない。いつも外で食わなきゃならないから、どこか邪魔されずに食べられる場所がほしかった」
−わずらわしさは君の大きな心配事の一つ?
「そうだ。閉鎖的だといわれるけど、俺はただ用心深いだけだ。信頼を寄せるのは数少ない相手だし、その相手も俺が選ぶ。そう簡単には信用しないよ、誰もね」
−そのリストの筆頭は記者?
「そうするしかない。本人にしてみれば全く心当たりのないイメージをでっち上げられて、感謝できると思う?この環境じゃ誰にも警戒する必要がある。Appena
ti fai un nome cercano sempre di fregarti, di sfruttarti」
−Non dev'essere un bel vivere, a occhio.
「悪くもない。 basta avere le idee chiare. 俺が言いたいのは、ピッチの上での事をあれこれ批評されるのはいいんだ。
仕事だからな、俺のプレーが悪くてあんたが評価点4をつけるのは筋が通ってる。それはかまわない。だが、俺のプレーが悪かったのは閉店までディスコで夜通し遊んでたからだ、って書かれるのは我慢ならない。そんなものはありもしない都市伝説だ。一度でもCuperの練習を見てみろよ、ディスコに行く余力なんか残らないのが分かるから。日曜の夜や月曜、それも週の半ばに試合を控えてないときだけだな」
-待ってくれよ。Cuperの練習を見れば、って言うけど、Interに限らず、クラブの練習場ってのはたいてい森や林にさえぎられている。我々は練習を見られるわけじゃない、君達は多くを詳しく語ることはない、ファンはほとんど、または何も知る由がない。それで君の言う都市伝説が生まれるんだよ。それに、Vieriが閉店までディスコで遊んでるって話を言い出したのは正確には記者じゃない。Atletico時代の君の監督のRadomir
Anticだ。じゃあ、ついでだ、監督の話をしよう。今の地位は誰のおかげ?
「初期の二人、RampantiとMondonicoだ。練習、練習、練習って口を酸っぱくしていつも言ってた。彼らは正しかったよ。今では20歳の頃よりもっと練習している。体重が90キロ近くになったせいもあるけど。練習しなけりゃゴールしようもないからね」
−Paniniの名鑑には82キロと書かれているけど?
「データが古いんだ。俺は変化し続けている。今はほとんど90ある」
−ラグビーをやめた事を後悔してない?
「それもウソだ。ラグビーをやったことはない。クリケットは少しだけ。陸上と水泳はみっちりやった。なんでもやったよ、学校に行く以外はね。一度3ヶ月ぶっ続けで休んだことがある。しまいに校長が電話してきた。はしかとおたふくかぜにかかった弟と妹の面倒を見なければいけないってウソをついて休んでたんだけど、とうとう父親にばれていやってほどおしおきされた」
−Sydney時代、部屋にVialliやManciniやBaggioのポスターを貼っていたっていうのは本当?
「本当だ。クラブはSampが、選手はBaggioが好きだった。Pratoに住んでいた頃はいつもフィオレンティーナのゴール裏へ試合を見に行っていた」
-じゃあ君に言わせればバッジョを代表へ呼ぶべき?
「それを決めるのは俺じゃない、Trapattoniだ」
−他の監督では?
「Maldiniだ。よくしてもらった。ほとんど話はしなかったけど信頼は感じていた」
-フランス(W杯)ではもっと勝ち進めたと思う?
「Zidaneの胸で泣くよりはそっちがよかったな」
−彼はなんて言ってた?
「泣くなよ、お前は俺の弟分だろってそう言ってくれた」
−どういうわけでそんなに仲良くなったの?
「Under 21時代に知り合った。彼がイタリアに来た時、慣れない土地で友達もいなかったから、よく俺のうちに呼んでたんだ。俺の母がフランス人だから。喜んでくれた。Zidaneはとてもいい奴だよ」
−Zidaneのパスに君のゴールが合わさればどんなことになるだろう
「怪物mostroだよ」
−そういえば、君が子どもの頃のあだ名はMostro(モンスター)だっていうのを読んだ。RavennaではCarrozzone(キャラバン馬車)、MadridではEl
Muto(無口な男)だったそうだね
「Ravennaのは知らないな。Mostroは本当だ。本当にやんちゃなガキで、いつも生傷が絶えなかった。Wetherell
Parkの家で窓ガラスが割れるのは日常茶飯事だった。あるときサボテンの木にぶつかってさ。インド人の医者が半日かかってとげを抜いてくれた」
−(心に刺さった)とげと言えば、Olimpicoでスクデットを逃したのは、何が悪かったんだろう?
「わからない。あのことについてはもう何千回も思い返したけど、やっぱりわからない。でもチームの熟成は進んでいると思うし、もう1年半もトップにいるんだ。Cuperとで俺達はもっと競争力を増したと思う」
−交わす言葉も増えたね
「意見も交わすよ。笑いもするし冗談も言う。木曜日にはみんなで俺の友人の舞台を見に行った」
−サッカーの戦術の話をしてないね。3トップでも2トップでも1トップでも、DFが3人でも4人でも君にとっては同じことだと言ってるのを読んで、僕は衝撃を受けた。
「本当だ。俺にとっては勝つためにピッチに入り、全力を尽くすことが全てだ。いつも勝てるわけじゃない、でもそれが全力を尽くした結果なら後悔せずにすむ。それと同じように、仲間の上げるクロスが少ないとか精度が低いとか、そういうことを嘆く気には俺はならない。みんな、仲間がどれだけ練習をつんできたか見ている。俺だってゴール目前でくだらないミスをすることがあるから。E
nemmeno mi lamento delle entrate degli avversari: cerco di stare
in piedi, non casco se solo mi soffiano sul collo. Questo credo
dipenda dalla formazione australiana. この10年、イタリアはスペインやイングランドのクラブに比べて遅れをとっていた。でも物事はいい方向に動き始めている。よりスペクタクルなプレーを目指すようになっている。この傾向は主に小さいクラブのおかげだ。スペインでは1年間ボールだけを見ていた。向こうの観客は、たとえ負けても、いいプレーをしていれば拍手をしてくれる。勝っても内容が悪ければブーイングされる」
−ずっとFWだったの?
「最初は左のウィングで、その頃もたくさんゴールはしてた。FWがケガしたときに監督に頼んで代役をやらせてもらった。で、そのまま定着した」
−お父上にとって君は見こみがなかったというのは本当?
「そうともそうでないとも言える。俺は父親のプレーを見たことはないけど情熱を受け継いだ。たぶん、Atletico時代にゴールラインぎりぎりから決めたPaok戦のゴールを見て親父も考えを変えてくれたと思う。Mi
sa che sta imparando, Nathalie, pare abbia detto. Nathalieってのは俺の母親なんだけど、俺はNatalinaって呼んでる」
−どうして?
「イタリア風だから。実を言うと俺はイタリア語より英語のほうが得意なんだけどね」
−そういえば知りたかったんだけど、AliceのCMで君の母親役を演じたのは誰?
「誰でもない、本人だ。自然だったろ、演じるんじゃなくてありのままなんだから。(真似をする)でも電話もよこさないっていうのは事実じゃない。俺は母親べったりだからな」
−たいしたお母さんだね!サッカーのためにイタリアに渡ることを進めたのは誰?
「両親のどちらでもない。二人とも、俺のしたいようにさせてくれた。2度目のイタリア行きは片道切符だった。祖父がPratoで金を募ってくれた」
−はじめの頃はどうだった?
「ひどかったよ。お前には父親がついてる、ってそればかりだった。お前がプレーできるのは父親がプレーしてたおかげだとか、父親はもっとうまくプレーしたとか。Torinoではつらかった。月給30万リラで、その中から毎月10万はテレビとビデオデッキのローンに消えてた」
−部屋にポルノビデオが山ほどあったって読んだけど
「そういうのが当たり前の年頃もあるだろ。(訳者注:否定しないのか!笑)Van Bastenとユニホーム交換をしたのはTorinoにいた頃だった。あの時は、Boboお前はやったぜって思ったよ。まあ、映画は俺の情熱だな。何でも見る、ホラー以外なら」
-どうして?
「怖がりだから。眠れなくなる。役を演じるのは面白い。Ceccheriniの映画ではIvan Drago役でリングに上がった。CM撮りも楽しい。知ってるかい?それまで好きじゃなかった映画でも、カセットを手にした途端に俺は気に入るんだ。そういえば、俺は以前Gattusoをうんざりする奴だと思ってた。でもそれはやつを遠くから見てたんだな。身近な知り合いになるとすごくいいやつなのがわかった。とても繊細なやつだよ。Gallarateのやつの家にはよく晩飯を食いに行く」
−lei e una cassetta chiusa僕に対してはって言ってるの?
「一般的な話をしてるんだ。少なくとも言えるのは、二十歳の頃にはバカなこともたくさんしたけど今はそうでもないってこと」
−将来の計画は?
「なるべく長く現役でいたい。その後は監督をやってみたいな。そうしたら一生あんたら記者達とやりあっていられる」
−僕のことをあてにしてるんならやめてくれよ。僕は平和主義者なんだから】
LE IENEインタビュー(2002.08.29UP)
イタリアのTV「イタリア・ウノ」の人気お笑い番組LE IENEより、ロナウドとのダブルインタビュー(ヴィエリの回答のみ、ヒアリングできた範囲でですが)。映像は下記urlで。直接リンクだとエラーになるのでコピー&ペーストで飛んで下さい。(約5分)50MBくらいあるのでダウンロードの際は注意。
http://storage.jumpy.it/iene-2830.mpg&nomeFile=iene-2830.mpg&servizioId=2830
1名前は?「ボボ」
2ニックネームは?「ボボ」
3年齢「28」
4靴のサイズ「46」
5最終学歴「中学」
6体重「88キロ」
7神を信じる?「うん」
8初体験は?「17才と半」
9よかった?「(しばし考えて)うん」
10できるかぎり変な顔してみて
11お気に入りの応援歌を歌って
12法律は万人に平等?「うん」
13人生で一番大事な女性は?「母」
14叫んでみて
15胸とお尻、どっちが好き?「尻」
16今までで最高の監督は?「リッピ、エリクソン」
17essere?avere?
18何歳で家を出た?「14」
19両親の教えは?
20自分の中で一番気に入っているところは?「わからない」
21パン1キロはいくら?「1万リラ?わかんねえ(笑)」
22利き足は右?左?「左」
23世界最強のサッカー選手は?「ロニー」
243つの言葉でロナウドを形容してみて「強くて、誠実」
*ロナウドのヴィエリ評は「いつも冗談ばかり言ってる、ゴールハンターで、親友」
25一番の願いは?「今のままでいいよ」
26
27幸運?不運?「幸運」
28好きなセックスの体位は?「騎乗位。練習で疲れてるから」
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30パスを出したい相手は?「仲間ならみんな」
31パスを出したくない相手は?「対戦相手」
32
33金銭は重要なもの?「うん」
34
35
36セックスではどんな行為もOK?「(力強く)うん」
37今まで何人の女性と経験がある?「覚えてない」
38あなたの名声が目当てだった相手は?「たくさんいる」
39泣くことある?「場合によっては」
40鼻の先に舌が届く?「いや」
41試してみて(やっぱり届かない)
42男性経験はある?「ないよ」
43考えたことはある?「ないよ!(笑)」
44愛車は?「メルセデス」
45インテルでプレーしていなかったら?「やっぱりインテル」
46苦手なDFはいる?「いない」
47最強のGKは?「トルド」
48サッカー界にドーピングは存在する?「する」
49女装の経験は?「ないよ」
50今から言う人を一言で形容して。モラッティ「人格者」
51カルレット・マッツォーネ「偉大だ」
52リッピ「偉大な監督」
53モッジ「少し嘘つき」
54ビン・ラディン「・・・・・」
55「誰?」
56ボッシ「知らない」
57ドラゴンボール「見たことない」
58コンドームは使う?「うん」
59どうして?「病気に気をつけてるから」
60嘘つきな方?「いいや。全然」
61あなたの美点は?「誠実さ」
62恋に落ちたことは?「何度か」
63ウィンクして
64一番美しいスタジアムは?「サンシーロ」
65何人の女性に「愛してる」って言った?「すごく少ないよ」
66スタジアムについた。何を見る?「何もかも」
67グローバル?ノン・グローバル?「グローバル」
68ドリブルとセックス、どっちが得意?「両方」
69
70一日に何時間テレビを見る?「たくさん」
71プレステをする時間は?「0」
72練習は「3、4時間」
73退屈してきた?「いや。・・・少しな」
74最後に退屈したのは?
75舌を出してみて
76女性のどこを見る?「足首、手、歯ならび」
77誰と一緒に住んでる?「エリザベッタ」
78好物は?「ラザーニャ」
79
80
81貧乏でないといえるにはいくら必要?「少しでいいよ」
82煙草は吸う?「吸わない」
83
84女性を買ったことはある?「ない」
85物を盗んだことはある?「何度か、学校で」
86またクラブに戻ってきてほしい選手は?「ペルッツィ」
87よく使う悪い言葉は?「Porco zio」
88よく言われる悪い言葉は?「Figlio di puttana(=Son of a bitch)」
89タトゥーは「5つ」
90今まで関係した女性の最高齢は?「覚えてない」
91好きな曲は?「カイリー・ミノーグ」
92歌ってみて(歌う)
93いやな審判の背中に向かって一言「(ごにょごにょと)Vaffanculo」
94話せる言語は?「英語、イタリア語、スペイン語」
95ミラノ弁で何か一言「(聞き取れません;)」
96口笛を吹いて
97好きなことは?「勝つこと、ゴールすること」
98
99
100ずる賢い?馬鹿正直?「ずる賢い」
101バッジョをワールドカップに連れていきたい?「わからない」
102サッカー選手以外の仕事についたことは?「ない」
1037×9は?「・・・・・」
104これは誰にも負けないというものは?「ない」
105
106チームメイトの裸は見るよね「ああ?」
107あそこが大きいのはどっち?「彼だよ」
108優勝するのは?「わからない」
109
110
111
112(最後の質問)
ヴィエリ君の自宅訪問(2001.08.15UP)
La Gazzetta dello Sport (2001年4月14日付け)
「選手の自宅訪問」シリーズ、ヴィエリの巻より、インタビュー。記者はFabio BIANCHI。
【ミラノの閑静な住宅街。緑に囲まれた、市の中心部にほど近いサン・シーロ地区。日曜日ごとの喧騒を辛抱することを除けば住むには素晴らしいところだ。だが彼はわずらわされない。彼こそが日曜の王様、いや、彼愛用のマグカップに書かれているように「ボス」なのだから。彼の王国は庭のある優雅な建物だ。木材をふんだんに使ったアパルタメントで、音と映像にあふれている・・・】
−ヴィエリ、今まで君がたくさんの引っ越しをしたのは家探しゲームだった?
「そんなことはない。俺は2ヶ月かかって街の中心部やそこらを見て回ったけど何も決められなかった。俺のお袋のナタリーが来てくれて2日でここを見つけて借りてくれた。俺は怠け者だから全部まかせた。俺の好みをよく知ってるから。床は寄せ木張りで、インテリアはモダンで機能的なのが好きなんだ」
−家具がたくさんあるね、これも全部買ったの?
「いや、これはもとから備えつけだった。でもおふくろと親父のボブ、俺の財産の管理もしてくれてるんだけど、二人がmattoneを好きなのは本当だ。自分の両親が若くて開放的で、なんでも話し合えるのはすごく満足だ」
−でも父親と比べられて昔は苦労しただろう?
「全然。親父はスゴイ選手だったよ、でも俺達は全くタイプが違う。俺のほうが3倍はでかい。比較はできない。俺の一番の満足は自分の力でここまで来れたことだ。誰も助けてはくれなかったし、それどころか落ち込ませるようなことばかりしてくれた。トリノではよく言われた。『お前がプレーできるのはRampantiがここにいるからだ。親父さんの友達だからな・・・』俺の性格はそんなところにも影響されてる。おかげで無愛想になったし、自分の頭で行動するようになった。そうしたいという意志さえあれば何だってできると思うようになった」
−シドニーにいた頃はどこを応援してた?
「サンプ。きっかけはよく覚えてない。オーストラリアではイタリアのリーグを見る機会があまりないんだ。でもヴィアッリやマンチーニは好きで、ポスターを部屋に貼ってた。ロベルト・バッジョのも一緒に。運命を思う。バッジョとはW杯でプレーしたし、マンチーニとはラツィオで一緒だった。自分のしようとしていることが信じられなかった。子供のころに見た夢の中にいるみたいだった。こうなるなんて想像もつかなかった。こんなことを実現できるなんて1000人に一人だと思う。俺はものすごく幸運だった」
−頑固だね。小さい頃にたった一人でイタリアに渡って、ホームシックで15日後には帰ってしまったんだろ?募金のおかげで
「そう(笑:記者注)。サッカー選手になるための再チャレンジをしなければならなかった。でもおふくろはもう俺を行かせたくなかったんだな。『切符代は出さない』って言い張ったんだ。それで俺の祖父が、俺の最初のクラブのサンタ・ルチアの役員たちと一緒にその金を集めてくれたってわけ」
−そこが道の始まりだった。でもそこからはたくさんの選択肢があったよね?オーストラリアから渡ったのはよかった。でも決して立ち止まることをしなかった。
「着いた時にもうどこかよそへ行くことを考えてるわけじゃない。今までたしかにあちこち渡り歩いて来たけど、それは俺がいつも一人で、変えたいという欲求、何か新しい経験をしたい欲求がいつもあるからだ。俺がアトレティコに行った時のことを言おうか?『マドリッドでプレーできる機会があるぞ』って言われた。で俺は言った、『断るなんてとんでもない、行きます。スペインがどんなところか見てみたい』」
−選択を後悔したことはない?
「ない。間違うこともあるかもしれない、でも大切なのは、その時正しいと思えることを自分なりに考えて決断することだ」
−あまり家にいるのは好きじゃないって本当?
「うーん、料理はほとんどしない、後片づけが面倒だから。俺はだらしないけど、汚いのを我慢するのもイヤなんだ。練習の後は疲れて何もしたくなくてよく食べに出かける。家でだらだらするのも好きだよ。映画を見ながら・・・」
−居間の大きなテレビとビデオコレクションは目を引くね
「テレビは絶対欠かせない。番組は全部見る。合宿でも大画面でペイパービューを見たい。これはトリノでのプリマヴェーラ時代からずっとだ。ユースの寮で生活していて、給料が月に30万リラだった。テレビとビデオデッキを買ってきて、以来人生のほとんどをそれに費やしてる。DVDは200本以上持ってるし、新作は映画館へも見に行く。でも俺が映画を見るお気に入りの場所はこの部屋(居間)じゃない」
−じゃあどこ?
「寝室。俺は背が高いからソファーじゃ具合が悪い。だからいつもベッドに寝転がって、ポータブルのDVDプレーヤーをもってきて映画を見てる。うっかり寝てしまってそのまま起きないこともある。pennicaも好きだ。おかげで家にいるのがもっと好きになった」
−それに君の彼女もいるだろ?エリザベッタ・カナリスと一緒に暮らしてるの?
「いや。別に急ぐことはないし。でも1年前から昼も夜も過ごし方を変えた。彼女のせいもあるし、昨シーズンの3度のケガのせいもある。ずっと落ち着いた。以前はよく遊びに出歩いたけど、今はもっと自分の健康に気を使うようになった。気が向けば日曜にディスコに行くことはあるにしてもさ。カルチョに対する考え方も変わった。以前はゴールをミスしようものならすごく悔しくて苦しかったけど今は違う。プレーさえできれば満足だ。俺は俺のやり方でカルチョの世界を生きてる。子供みたいにサッカーを楽しんでる。トリノのプリマヴェーラで優勝した時みたいに。緊張なんかしない。外で起こることに全く関心はない。俺は俺の人生を生きて、自分の望むことをする」
−君の本当の姿を知らないでいろいろ言われてると思うことは?
「俺は気難しい嫌な奴だと思われてる。でもそれは事実じゃない。たしかに俺は外では人を信用しない。興味津々の奴が多すぎるし、騙そうとする悪い奴もいるから。俺の仲間や友達にクリスティアンがどんなやつか聞いてみればすむ話だ。開けっぴろげで陽気な奴さ。気難しいなんてとんでもない、いつも冗談ばかり言ってる。あとはそうだな、少しマザコンかも。一日に3、4回はおふくろと電話してる」
−マザコンで、しかももてる男だろ。女物のパンツを(戦利品として)集めてたっていうのは本当?
「やってない。絶対に。もし本当ならちゃんと言ってる」
−みんなこれで君の本音を知るわけだ。ついでに、インテルは偉大なチームだと思う?思わない?
「俺はただ俺達がそういうチームになりつつあるって言っただけだ。たくさんの問題を解決した。でもまだ継続性に欠けてる。3連勝した後ヴィチェンツァ戦でつまづき、ジャンプアップの機会を逃した」
−CLに出たいって言ってたね
「そのタイトルを取るのは俺の夢だ。まだ勝ち取っていないから」
−そう、でもそれはもしインテルがCL出場圏内に入れなければ移籍もありうるってことじゃない?
「ここではみんなその圏内に入ることを望んでる。俺はその目標をはっきり口にするけど他の皆が言わないだけだ。今はここでいいプレーをすることに専念してる。インテルが到達できる最高のところへ。どうなるかはそれから見てみようじゃないか。俺には2004年まで契約が残ってる。これはインテルと合意済みだ。もし本当に誰か俺を獲得したいって人がいたら、その金を払わなきゃいけないんだぜ?」
−その『誰か』はユーヴェだって言われてる。今はライバルだ
「ユーヴェにせよどこにせよ考えたことはない」
−でも君の親友のインザーギがいる
「一緒にプレーすることは俺達の生涯の夢だ。実現は難しいけど、夢見るのは楽しい。アタッカンテが他人のゴールを喜ぶことなんて滅多にない、でも俺達にとってはそうなんだ。もう10年のつきあいになる。この友情は長く続くだろう。なんにせよ、代表では一緒だ。この代表は強いから日本ではかなりいいところまで行くんじゃないかな」
−ピッポはカンピオナートの頂点に立とうと頑張ってる。彼の地位を横取りしようって気はない?
「俺はインテルのためにプレーしてる。ゴールしてユーヴェを倒すことを考えなくちゃならない。他のことに関心はない。スクデットにしても、フィレンツェの前はローマが勝つだろうと思ってたけど今はわからない。最後まで混戦だろう」
アニメも見てます(2001.02.12UP)
ディズニーチャンネルのヴィエリインタ。どーゆー企画だ。
−好きなディズニー映画は?
「ライオン・キング。絶対これがほかよりいいかどうかはわからないけど、一番感動した。 ストーリーもいいし、音楽もいいし、登場人物もいいし・・・つまり全部いい!」
−それじゃあサウンドトラックもお気に入りは・・・
「そう、それもライオン・キング。Spagnaが歌う「サークル・オブ・ライフ」は最高だ」
−好きなキャラクターはいる?
「あげるとすれば2人。 TimonとPumbaa。お調子者すぎて騒動ばかり起してるけどいい奴だよ.」
−おすすめのシーンは?
「一番いいシーン?うーん、まだ子供のシンバが初めてサバンナの動物みんなの前でお披露目するシーンかな。 Rafikiがシンバを抱き上げるとその場にいる全員がひざまづく。シンバはその群れの全員が自分のために仕えているのを見て信じられないような、でも嬉しいような奇妙な気持ちになる…
」
バカップル見参(2001.01.25UP)
GQイタリア版2001年2月号より、ヴィエリとエリザベッタのカップルインタビュー。
取材の日。アポイントは朝9時の予定だった。サン・シーロ地区にある白い壁の邸宅。門を開けて出迎えたのはボボだった。居間、写真の飾られた書斎、食堂、大きなTVを備えたオーディオ室。青いソファーの上にはミッキーマウスとミニーマウスのぬいぐるみが座っている。エリザベッタはまだパジャマ姿で、化粧もしていなかった。彼女は12時の約束だと思いこんでいたのだ。二人そろってカメラに収まり、インタビューが始まった。
−私生活を公開するのが嫌いなはずだった君たちがこうして取材に応じてくれたのはどういうわけ?
エリザベッタ(以下E):「気が変わって、それもいいかなって思えたの。1月で私たちはつきあって1年になる。ちょっと変わった方法でお祝いしたくなったわけ」
−記念日のことを覚えてた?
ボボ(以下B):「物事を覚えるのは彼女に任せてる。毎月」
−君たちはいつどうやって知りあったの?
B:「Iacchetti(エリザベッタの番組のプロデューサー)が引きあわせたんだ」
E:「それからがちょっと長かったわね...」
−それからしばらくは交際を秘密にしていたよね
B:「でもある日玄関の前に記者連中が集まってた。写真を撮りまくってた。暗かったけどまだ夜の10時かそこらだった。でもやつらはそれが朝の6時みたいに書きたてた...」
−今は一緒に住んでるわけだけど、もし外に出るときは人に見られたくない?
C:「でも俺達はいつも家にいるんだぜ!」
E::「せいぜい友達と食事にでるくらいね」
はじめて一緒に出かけたときは元インテルのCiccio ColonneseとMaddalena Corvaglia(エリザベッタの同僚、コンビの片割れ)が一緒だったって言われてるけど
E:「Maddalenaは最初ちょっとだけ手助けしてくれたの。出かけたいけど彼と二人きりになるのは気が引けた。それで彼と私でそれぞれ一人ずつ友達を連れてくることにした」
先の夏にはダブルで移籍話が噂されたね。ボボがラツィオに、エリザベッタがCostanzo(マウリツィオ・コスタンツォ・ショー。バラエティ番組)に、っていう。
B:「その話が出てたとき俺達はカリブに行ってた」
E:「彼のお母さんが電話してきた」
B:「彼女が妊娠してて、俺達が結婚することになってる、って言ってね」
心配してた?
B:「いや。カルチョの世界ではいろんな事がおこるって知ってるから。心配したのは彼女のお母さんだよ!」
E:「最初は私たちを信じてくれなかった。それから私たちが記者に反論するのを見たのね。言ったわよ、冗談を言ってるの?サルデーニャの、家の近くの教会でHo
scoperto avevano gia esposto le pubblicazioni..."」
B:「近所の人たちは君のお母さんに贈り物を始めてた」
君は彼の前にもいつも似たタイプの男性に好かれてた?
E:「どんな男の人にも個性があるわ。彼のタイプはというと・・・実を言うとわからなかったの(笑)」
B:「彼女はいつも手のうちを見せない。こっちが言いたいよ!知り合ったときはおとなしくてくつろげるコだったのに、今じゃすっかり変わっちまった」
E:「なんですって!?あなたが私のこと何て呼んでるか言ってみましょうか?」
B:「Pietro」
E:「Pietroっていうのよ、Vierchowodからの命名ですって!」
−日に何回くらい電話する?
B:「6、7回かな。でも1回20秒くらい」
E:「その夜の約束のアポ入れなくちゃいけないの」
−映画、それともディスコ?
B:「以前はいつも映画に行ってたけど、今は全然。最近見てよかったのはって?『グラディエーター』」
−彼女は君にひとめぼれ?それとも苦労しておとした?
CB:「ひとめぼれじゃない。一歩一歩おとしていったんだ」
−Una ragione per cui lui ti fa incazzare?
E:「私はしゃべらなくていいときも口が動いてしまうたちなの。隣にいる人が思っていることをすぐに言わないと...」
−彼女は『今何考えてるの』って聞くタイプの女性?
B:「いつもそうさ!昨日もだよ。練習でくたくたになって帰ってきたのに、こっちがほんの2分も黙ってるとすぐ『ねえ、聞いてる?』ってくるんだ。おふくろと一緒だよ...」
−ヴィエリは疲れるのを嫌う、と言われていたことがある。 何か反論になるエピソードはある?
E:「彼が治療のために1ヶ月フランスに行ってるときのこと。誰にも合わずに一日中練習してた。一緒にいるのは理学療法士だけ。やりとげるのは大変なことよ。私にはそう思えた」
B:「調子のいいときなら2時間も練習すればあとは自由だ。でも故障中は朝から晩まで汗をかく必要がある。人はわかろうとしないけどね」
−0から10の10段階で、インタビューはどのくらい面白い?
「ゼロ」
−最強のサッカー選手として、この時期はいい方、悪い方?Volendo, avresti soldi sufficienti
per non dover piu lavorare.
B:「練習してるときに金のことなんか考えない。12の子供が金のためにプレーしようと思うか?プレーするのはセリエAで、代表で選手生活を終えたいからだ」
−シドニーから一人で、手荷物とスパイクだけ持ってイタリアに来たっていうのは本当?
B:「その頃俺は12才で、プレーしたくてイタリアに渡った。2、3ヶ月プラートの祖父母のところにいてすぐ戻ってくるだろうと家族は思ってた。実際は違ったけど...3年後には弟も俺を追って来た。なにかと世話を焼いてやった」
−2001年を代表するサッカー選手は誰になると思う?
B:「俺」
−ずっとインテルで?
B:「そうだ」
−エリザベッタは家庭的な女性?
B:「いや、全然...」
E:「よくそんなことが言えるわね。彼は今だけ家政婦を雇うことにしたのよ。知り合ってから先週までずっと、ここを掃除してたのは私なんだから。2軒の家を掃除しなきゃなんないのよ、ここと自分の家と...」
B:「ほかにも、俺達はめったに晩飯を一緒に食わない。彼女が帰ってくるのは夜の9時半で、待っていられないから」
−これからも世界をさまよう運命なのかな?
B:「俺次第だな。留まりたければいるし、どこかに行きたければ行く」
−君がユニホームを脱ぐのはどこになるだろう?
B:「今のところはシドニーって答えとく」
−君のバイオグラフィーを読んだけど、「サッカー選手で俳優」って書いてあったね。スポーツ以外の経験ではどんあことをしたい?
B:「俳優。面白かった。Testa di PicassoでCeccheriniと共演したけどすごく気に入った」
−道端で呼び止められるのは嫌い?
B:「分別ある相手であることが大事だ。でなければ一日中口論になっちまう」
−よくある?
B:「ただ口論が必要なときもあるな。新聞のネタにするのにさ。あ、でももう行かなきゃ。それか練習の後に続きはやるよ。冷蔵庫の中にチーズがあるから食べて行って」
と、ここでヴィエリ去る。記者たちと、パジャマ姿の恋人を残して。(訳者ツッコミ:おいボボ!#)
−2年前は何をしようと思ってた?
「大学を卒業すること。同時通訳の職を希望してた。国際会議で働きたいと思って。いい考えだと気に入ってたんだけど、実際は...」
−君のご家族は何をしているの?どんな人たち?
「みんな大学をでてるわ。父は放射線科の医者で、母は古典文学を専攻してた。今は考古学者をしてる。 父は少し古風な人で、でもともかく今は満足してるみたい。私の番組を自慢に思ってくれてるし、他の番組ももちろん楽しんでくれてる」
−君の恋人がサッカー選手だってことでまた驚かせたんじゃない?
「家族はクリスティアンのこと馬鹿にしてないと信じてる」(訳注:ボボは中卒)
−最初にご家族に引き合わせたのは?
「この夏に、サルデーニャで。彼はあまり話をしなかったけど気に入られてた」
−彼の家族とはもう知り合い?
「お父様はとても優しい人。最初は気難しく見えた、ちょうどChristianみたいに。 でもすぐに打ち解けた」 (編集部に帰って2時間後、ヴィエリの母親も素敵な優しい人だと付け加える電話があった−編者注)
−どうしてサッカー選手の世界ではこういうことが起るんだろう?
「私に言えるのはこうね。あなたの仕事では他の記者や新聞の編集者に会うのはとても簡単でしょう?私にとってはサッカー選手と知り合うのが簡単だというだけのこと。彼らの側でもTV関係の女性には興味があるみたい。Capita
時々 che si finisca negli stessi posti」
−君は我慢してるだろうと思う mentre per te non sarebbe obbligatorio vivere
in clausura. Ci sono delle rinunce che ti pesano?
「時々息が詰まりそうになる。彼とどこか遊びに行きたくてもいけないとき。彼は27で、私と同じように気晴らしをしたいはずよ。でもそうはできない。日曜の夜に2、3時間遊びに行ったって何も起きない。月曜は休みなんだから。でも人が見ると私たちが遊んでばかりいるって思われてしまう。だからなにもできないの。朝から晩まで」
−歴代のvelineの中で自分たちが最高だと思う?
「Secondo me lo dicevano anche alle altre」
−Innegabilmente avete avuto piu spazio delle altre.
「Questo si, siamo state fortunate in questo senso: molte piu copertine.
Secondo te parliamo piu di loro? Io non me lo ricordo quanto parlavano
le altre」
−Appunto: secondo me si.
「95年から放映されてる。Ricci non ti dice: stai zitta. Parli quando vuoi:
chiaramente il problema e farlo nel momento giusto」
−Striscia出演の1年延長契約書をテーブルの上において、サインするかどうか5秒で決めろといわれたら?
「わからない、って書いて」
−他の番組のためでもある?
「この仕事はこんなものよ。なんとかして映画に出たいけどその機会がないの。TVの仕事をもらったからそれをやりたいことにしてる。私の理想は映画に出ることね。ボボみたいに。私たち二人は才能のある役者なのよ!(笑)」
−TVは何を見る?
「私が一番よく見るのは Costanzo Showだけど彼は見たがらない」
−彼は君にスポーツ番組ばかり見せようとするの?
「Mamma mia.私はTVのことならなんでも知ってるのよ。彼はなんでも見るわ、ただTVで言ってることが事実だとは感じられないって言うの。あるときBiscardiが、ヴィエリは私と一緒にいるためにローマには戻らなかった、って言ってた...でもボボはBiscardiにそんなこと言いに行ったのかしら?」
−チャンネル争いはないの?
「TVは2つあるから」
−君の毎日はどんな感じ?
「週に3回演技の学校に通ってる。あとは少しダンスの練習。個人トレーナーについてもらってキックボクシングもしてる」
−もし彼がどこか遠くで選手生命を終えるとしたらどうなる?
「彼のために仕事を捨てろと私に言う人は他にもいるわ。その時次第よ。たぶん一緒にいると思うけど、わからない。その時になってみなければ。何もかも捨ててついていくこともできるかもしれないけど、でも私に言わせればそれは間違いだわ」
−君たちがここでこうしている関係はそういう決断のときに重荷になるかな?
「そうね、いいえ、重荷じゃない」
−結婚は考えてる?
「今のところはノー」
−この記事が出る前に結婚してしまわないでよ、約束して?
「大丈夫、大丈夫よ、心配しないで」
−君の(ヌード)カレンダーを見られる希望はどのくらいあるのかな?
「今のところは少ないわね。もう断っちゃったもの。海岸でトップレスになったり、自分の写真が壁に貼られるのは見たくない」
−ご家族はどういう反応をするだろう?
「父は卒倒するわ、母もよ」
−...イタリア中の他のみんなは喜ぶだろうね
「...クリスティアンも気分は良くないわよ。Non e una questione ideologica, e non escludo
che un giorno… Ma il calendario ha senso se hai una carriera alle
spalle, FerilliやBellucci: cioe se hai una persona che non si sta
facendo conoscere solo ma ti mostra un altro lato di se dopo averti
gia fatto conoscere il suo lavoro」
−Credi che la tv italiana sia ricca di buone idee?
「Trovo la tv italiana molto molto maschilista, ci sono poche donne
che ce l'hanno fatta, per il resto si tende a farle apparire come
delle ochette. E te lo dico io, che per lavoro ballo in una trasmissione.
So di darmi la zappa sui piedi a dirti queste cose, ma che ci
devo fare: e la mia opinione. E questione di fortuna: puoi iniziare
facendo la letterina, girando la ruota, facendo la velina. E dopo
che devi saper crescere. Comunque la tv italiana vuole il ruolo
del presentatore in gamba e quello della bella ragazza che fa
colore」
−Hai l'illusione che sia una cosa che puo cambiare in tempi
brevi?
「No, in tempi brevi sicuramente no. Ma siamo qui per tentarci,
no?」
ヴィエリ君がお答え!(2000.01.13UP)
Pocket CoffeeのHPより、最新のQ&A。
世界で一番美しい街は?−シドニー
好きな食べ物は?−トルテリーニのスープ
離れ島に何か持っていくとしたら?−もちろん彼女
人生で最高の試合は?−ドッピエッタを決めたミラン×ユーヴェ。6−1で勝ったんだ。忘れられない!
験かつぎにしてることは?−ない。おまじないのたぐいは信じない
好きな女優は?−ジュリア・ロバーツ
子供のころ憧れたサッカー選手は?−ヴィアッリ
子供のころお気に入りだったおもちゃ:ボール
子供のころ憧れた職業は?− il dottore(医者?それとも大学に行きたかったのか、中卒のボボ。)
将来の夢は?−まだ想像もつかない。当分はプレーすることを考える
もし自分が首相だったら何をする?−減税
最近やった・あるいはされた一番の冗談は?−トリノでPorriniが俺にi fece 2 gavettoni d'acqua di notte
Naked Bobo−裸のヴィエリ−(2000.01.10UP)
イタリアの女性週刊誌Donna Moderna付録のヌードカレンダー企画に参加したヴィエリ。関係者のコメント。
「ヴィエリはちょっと怖い人かと思って緊張してメイクしました。でも想像とは全然違って、びっくりするくらいいい人でした。スタッフに対する何気ない心配りがさりげなくできる人で。本番のときは自分からいろんなポーズを提案したりして、すごく撮影を楽しんでる感じでした。さんざんバリエーションを撮ったのに、結局カレンダーに採用されたのは一番『おとなしい』カットなのが、私個人としてはちょっと残念かしら」(メイクアップ・アーチスト、パオラ)
「唯一、裸でポーズをとることに何の違和感もない様子だった」(撮影カメラマン、ジャンニ・ジャンサンティ)
ほーら、ねっ。優しい子でしょ・・・というナタリーママの声が聞こえてきそうだ。裸でポーズ、はヴィエリ君場数踏んでますから。dinersとかmax表紙とかガゼッタのカレンダーとか。個人的に、『さんざん撮ったバリエーション』にすごく興味があるなあ。
ヴィエリの語るシドニー五輪(2000.08.17UP)
復帰に向けて日曜もアッピアーノ・ジェンティーレでプログラムをこなすヴィエリ君に、ピアチェンツァの地方紙Liberta'が独占インタ。
【「9月にあそこにいられたらいいだろうな。”俺の”オーストラリアに。この世で一番素晴らしいスポーツの祭典で、マイケル・ジョンソンみたいなすごい選手を追いかけるんだ。知り合いになってサインをもらいたい」
そしてダーリング・ハーバーに位置する、彼の所有するイタリアンレストラン“Ristorante Vieri” に招待するのだ。シドニーの中心街にあり、オリンピックではトライアスロンのコースにも面している。オーストラリアでヴィエリは4才から14才の10年間を過ごした。彼が住んでいたWederley Parkは、シドニーから30分ほどの郊外にある。しかし記憶は鮮明だ。
「緑があって、広々として、 人は優しくて。すごくいい所だ。最近帰ったのは99年の6月。みんなオリンピックを楽しみにしていた。9月にあそこにいられたら完璧だろうな。いい季節に最高の試合を見られるんだぜ」
「たしかに俺はゲームに参加したことはないよ。 でももし参加できたとしても他のサッカー選手みたいな過ごし方はしない。それより選手村で過ごして世界中の選手たちに会いたい。ジョンソンやモーリス・グリーン、女性選手ではフランスのChristine Arronとお近づきになりたい。ファンなんだ」このフランス人アスリートに関しては、彼女の女性としての魅力も重要なのにちがいない。(記者注:Guadalupa出身のすらりとしたブロンド美人)
「オーストラリアにいたころは学校でスポーツが必修だった。スケボーで学校に通って、授業のあとは陸上をやってた。幅跳びや高跳びが得意だったけどトラック競技も好きだった。特に100メートル」
「(オリンピックで何を見るか?という問いに)もちろんカルチョだよ、決まってる。そのほか見逃せないのは100メートル、200に400だ。絶対ライブで見るよ、中継が夜中でも。Johnsonの、ねじれた変なストライドが好きだ。彼はコース上のアニマルだ。 グリーンの実力もすごいよ。感動する。彼のレースはUSトライアルのTVでも見た。すごかったな」
「オリンピックの表彰台に上るってのはすごい感動だろうなって思ったことがある。サッカーか陸上かっていう自分の選択を悔やんでるんじゃもちろんないよ、でもそういうメダルの感動は一生残るものだろ」
「スタジアムの設備は素晴らしい。99年にこけら落としの親善試合に出た。12万人収容のスタジアムは印象に残ってる。スタジアムは隅々まで見て回ったよ・・・」
「オーストラリアは大きい、巨大な国だ。でもどんな国か知るにはシドニーを見れば充分だ。街の中心部は見逃しちゃダメだ。 一日中変化する街の表情を。レストランは24時間やってる。人は開放的で親切。車で30分も走ればビーチに出られる。Bondi Beachは世界でも最高にキレイなところだ。女の子に関しては、キレイなコはたくさんいるけど、Megan Galeが一番さ。でもそっちばかり見てて珊瑚礁を見逃すなよ」
オーケイ、それで?そう、たとえヴィエリが試合の舞台裏を良く知っているとしても、たとえばアボリジニーがニューサウス・ウェールズ州政府に対して起した告発については? 「本当のオーストラリア人は彼らなんだ。でも融和は難しい。今もまだ砂漠に住んでいる多くに人は昔ながらのアボリジニーで、待ちには近づこうともしない。そのほかは、程度に差はあるけど溶けあってるのに。事実だ。問題だね」
しかしそのことも、ヴィエリのオリンピックへの夢を覚ますには十分ではないようだ。 残念ながらカルチョでさえも。でなければおそらく彼は9月15日にシドニーのオリンピックスタジアムに、一般の地元の観客と同じようにいるだろう。】
沈黙を破る(2000.07.20UP)
7月17日、インテルのキャンプにて、ヴィエリ君超久々のインタビュー。
− ヴィエリ、どうしてインテルに残ったの?
「代理人も賛成してくれて決めた。移籍することもできたけど、それにしてもいろいろ言われたな。 ヴィエリは一年と同じ場所にいないとか毎年クラブを替えたがるとか。俺が金のことしか考えてないって言うけど、人のことをけなすのは簡単だからね。もし俺が一銭でも多く稼ぐことしか考えてなかったら、ラツィオを出た時ここには来てなかった。オファーは一つじゃなかったし、インテル以上の金額を提示してくれたところだってあった。今年だってそうだ。でも俺は残った。リッピに約束したから。一年ちょっと前、代表でスイスにいた時リッピに電話で言ったんだ。俺はどこかよそのクラブに移るところだった。彼はそのことを知ってた。それ以前に、彼のもとでまたプレーするって約束してたのを思い出してさ。そして俺はインテルに来た」
-残ることを決めた。インテルを選んだことを後悔したことはない?
「自分のすることで後悔なんかしない。こうと決めたら、あとはそれがうまくいくことを願って全力を尽くすだけさ。サンシーロでプレーするのも気にいってる。ぞくぞくさせてくれるスタジアムだからね」
- つい3週間ほど前にはヴィエリはラツィオに行きそうな気配だった。それが結局実現しなかった時には、ヴィエリは考え直したんだ、ミラノで仕事のある恋人と離れたくないからインテルに残るんだって言われたけど?
「馬鹿馬鹿しい。ローマからミラノは飛行機で40分だぜ。そんなことで物事を決める選手なんかいないよ。あるとすれば外国でプレーしなきゃならない時くらいかな」
- ラツィオかユーヴェにあなたが戻るというのは根強い仮説です。ユーヴェに関してはまだその話は消えていない。
「言いたいやつには言わせとくさ。でも俺は今どこに行くことも考えてない。ここに残ることを考えてる。ちゃんと治療して、以前の俺に戻ることしか頭にない。メルカートは一年中開いてることを知ってるにしても。カルチョの世界じゃ何が起こっても不思議じゃない」
-ある時期あなたが移籍を決めてるように見えたのもまた事実ですが。
「それは本当だ。考えたよ。俺の移籍金のことでさんざん悪く言われてたし。maxの表紙になった時の話をしようか。ただユニホームを着てなかったってだけなのにな。ヴィエリがヌードになったって話が広まるとみんな俺に電話して『何を企んでるんだ』
って言って来た。ただおふくろだけは違ったな。『ほんとほれぼれするわね』って言ってたよ。・・・それからClassに載ったインタビューだ。どのページにも俺の告白とやらが載ってたけど、でも俺は誰ともそんな話なんかしなかった。で、また非難、非難だ。そう、移籍も考えたよ。俺の責任じゃないことまで俺のせいにされたから」
-というと?
「誰かに責任を押しつけなければならない時、いつもそのはけ口にされるのは選手なんだよな。ヴィエリは金に汚いとか、夜遊びがすぎるとか、練習が足りないとか、脚の痛みは精神的なものだとか、筋肉がデリケートすぎるとかさ」
- 夜遊びなんかしてないって?
「みんなが俺のことをとやかく言うけど、俺が実際にしてることを知ってるやつなんかほとんどいない。12月に彼女とつきあい出してからは夜出歩いたりしてない。そりゃ時々食事や映画やコンサートには出かけたけど、−リッキー・マーティンのコンサートの時の写真が出回って、セリエAの最中にって話題になったけど、その時だって夜の9時には彼女と家に戻ってパジャマ着てたんだぜ。9時に撮った写真をさも朝の5時に撮影したみたいに言うのはどうかな」
-筋肉に問題を抱えてなんかない?
「筋肉を痛めたのはマドリッドにいた時、一度だけだ。それからラツィオで一年、インテルで半シーズンプレーする間問題はなかった。実の所は、治療が悪ければ治りゃしないよ」
-昨シーズン、誰かがミスをした?
「俺が言いたいのはただ一つだ。怪我から復帰した選手が5分や20分かそこらでまた同じ怪我をするもんか。それが俺の場合は2回も起ったんだぜ。俺の筋肉がシルクみたい(にデリケート)だとか言ってたやつ(=インテルの前チームドクターのVolpi)がいたけど、意地悪で言ってるんだとしか思えなかった。たぶん俺を治療した人間(これもVolpi)はよくわかってなかったんだろう。シルクみたいに頼りないのは向こうの頭の中だ。俺の歴代の監督に聞いてみろよ、
俺と同じくらい真剣に、長い時間ピッチに出て練習する選手がそういるかどうか。なのに俺は足の痛みが気のせいだとまで言われた。リハビリしなきゃならない時には一日に十時間も練習してたんだぜ。
それこそ気が狂ったみたいに。今もそれは続けてる」
-ヴィエリ自身もミスをした?
「ああ。俺自身もミスをした。もう二度と繰り返さない。3ヶ月間脚を引きずってた。左足を痛めて、右足一本で立ってたみたいなもんだ。でもプレーしつづけた。監督にもチームメイトにも、自分のできることは全てやらずにはいられないたちなんだ。馬鹿を見たのは俺だ」
- 今はどうしてる?
「あせらずに練習してる。ちゃんと治すためにも」
- リーグのために10月までは欠場って本当?
「そういう時期を決めたのは急ぎたくないから。先のことも見なきゃ。今はただCombi (インテルの新しいチームドクター)に感謝するばかりだ。初めて彼に診てもらった時、俺の筋肉は内出血で血の海だった。もし彼に診てもらわなかったら今頃は目も当てられなかったろうな」
- でもCombiには3月25日のレッチェでの故障のときにも治療してもらってましたね。
「それが俺のミスだった。何より俺が5月末のプレーオフに出ることを望んで、それを押し通した。何としてもユーロには出たかったから」
- でも実際はそのユーロをふいにした。まだ腹が立つ?
「腹は立つよ。でも今回はとりわけだ。筋肉の故障で5ヶ月を棒に振るなんて考えられない。しかもユーロまで。で、結局は俺自身のせいにされるんだ。たまんないね」
- 何もかもヴィエリのせい、ヴィエリはいつも台風の目なんですね。なぜでしょう?
「もっともなことだよ。イタリアではそれなりのレベルの選手はそう多くない。良きにつけ悪しきにつけそいつらのことが話題にのぼるのさ。また俺の場合は槍玉に挙げられやすいタイプなんだろうな。俺はおべっかを使うようなタイプじゃないから。俺は俺のしたいようにする。そこが妬まれるんだろう。嫉妬ってのは嫌な獣だ。食い物は喉を通らなくなるし眠りを邪魔する。インザーギのことが悪く言われるのだってそうさ。彼みたいな人間を批判するやつはどっかおかしいんだよ。これは別に俺が彼の友達で、やつのことを兄弟みたいに大事に思ってるから言ってるんじゃないんだ」
- モラッティとも険悪になった時期がありましたね。あなたがたの関係は難しいのですか?
「いや、別に彼との関係は悪くなんかない。つまり彼はインテルに大金をつぎ込んでるってことさ。勝つのを見たいのは当然だろ。俺が調子を崩す前、チームが勝ってた頃はうまくいってた。俺の復帰をせかしたくなるのももっともだよ」
-今シーズンのインテルをどう見る?
「イタリア人のいい若手がたくさん来た。これは重要なことだ。俺達はイタリアにいるんだから、クラブがイタリア人選手を抱えるのは正しい。昨シーズンコンスタントに出場したイタリア人っていったら俺とペルッツィとディビアージョだけだった。しかも新加入の選手は若くていい選手が揃ってる。いい結果が出せると信じてる」
- これにサラスが加わったらインテルはもっと強くなりますか?
「サラスは選手としても個人としてもすばらしいやつだ。みんなから来てほしいっていわれるのは当然だ。ラツィオで彼といいコンビを組んでたのは本当だけど、俺は誰と組んでもいいプレーができるってのも本当だ」
-リッピはヴィエリ-シュクルのコンビにも期待しているようですが。
「現代のサッカーは以前のものとはもう別物だ。FWなら前線に留まってプレーする。一人が大型ならもう一人は軽量級といった違ったタイプの選手を揃えることはそう重要じゃなくなって来ている。例えば昨シーズンは俺とサモラーノはいいコンビを組んでた」
-ゾフの辞任については?
「今回の騒ぎは残念だ。ニュースを聞いて、考え直すようにって電話した。言ったよ、『監督、日本まで頑張りましょう。辞任するんならみんなでワールドカップをとってからにしてください』って。残念だよ、彼はすばらしい仕事をしたのに。俺はユーロを戦った仲間が羨ましい。さんざん酷評されてたのと全く違った結果を見せてくれた仲間たちが」
- トラパットーニに関しては?
「トラパットーニについてはとやかく言う立場にない。すばらしい監督だ。いい仕事をすると思う」
- 近く結婚するって本当?
「悪いけど報告するようなことは何もない。俺とエリザベッタは結婚について話したことはない」
LUCKY GIRL(2000.07.20UP)
ヴィエリ君の「婚約者」、エリザベッタ・カナリス嬢のインタ。(2000.07.20UP)
−ヴィエリとの話は本当なの?
「プライベートについては話したくない。ただ言えるのは私がすごく恋しちゃってるってことだけ」
それがスクデットの行方を左右するとなればプライベートとは言えないよ。
「私が妊娠したって記事を読んで、母なんかマイアミまで電話して来たわ。でっち上げよ」
結婚は?
「その話はいいでしょ」
イエスじゃないけどノーでもないわけだ。
「イエスってわけじゃない」
結婚するには若すぎない?
「こういうことに年なんか関係ないと思う 」
新しいアパートに引っ越すんだってね。クリスティアンの家に住んでるって聞いたけど?彼とは知り合いになりたくなかったんじゃなかった?
「私を特別扱いしない人が好きなの」
でも今君たちはいつも一緒にいるよね。 そして彼はプレーする機会が減ってる。
「彼がほかのことにかまけてプレーがおろそかになってるって言われてるけど、ユーロで代表の友達がプレーするのを家に残って見ることしかできなくて彼がどんなに苦しんでたか私は知ってる」
彼の怪我の具合はどうなの?君も彼と一緒にイスキアにいたの?
「完璧なコンディションで復帰したがってるのは確か。でも彼がプレーする時はいつでもゴールしてる。これってすごいことじゃない?」
サッサリの高校を出た女の子が進学のためにミラノにきて、TVスターになり、イタリアでも最高に有名な相手と婚約する。何が起ったの?
「普通のことよ。私はミスコンテストに出たこともない。今私の代理人をやってくれてる人にたまたま “Striscia"のオーディションのことを知らされて、そしてこうしているというわけ。少なくともあと一年は」
どうして“Striscia"ならよくてミスコンはノーなの?
「"Striscia"では少なくとも私たちがそうしたければ話はできる。Antonio Ricciはすばらしいプロデューサーだし」
君のインタビューには彼の許可がいるんだよね。
「ここにもついて来てる。私たちをガードしてくれてる。ミラノに来て4回も家を替えるはめになった。カメラマンがしつこくて」
今の人気は気にいってる?
「道で私に気付いた人はたいてい親切。昔からそうならもっとよかったのに。でもほかの種類の成功が欲しい」
どんな?
「ダンスと発声と演技を勉強してる。女優になりたい。でもとりあえずは大学を卒業する。女優にはいつでもなれるから」
好きな女優は?
「メリル・ストリープ、メグ・ライアン。人を泣かせたり笑わせたりできる女優だから」
当面の目標は?
「Claudia Koll」
ヌードになって有名になった女優だけど
「いいえ、それはやらない。velinaの片割れと一緒にmaxの表紙になった時、ヌードはなしっていう条件を向こうがのんでくれて嬉しかった」
Ferilliみたいに有名な女優だってヌードになってるけど?
「彼女はホントのスターよ。彼女くらいなら何しても感心するわ」
逆に感心しないのはどういう人?
「裏表のある人。自分たちは写真で脱いでるくせして、私たちが“Striscia"で着てるコスチュームをとやかく言うような仕事仲間にはうんざり」
自分をきれいだと思う?
「欠点はあるけど、まあまあ、かな」
どんな?
「長いこと乗馬をやってたものだから脚が歪んでるの。でもまあかまわないけど」
“Striscia"との契約が切れたあとはどうする予定?“Buona domenica"でCostanzoと共演するの?
「そんな話もあった。 うまくやってきたと思ってるんだけどどこからもオファーはなかった。Paola Baraleみたいな仕事もいいけど、でもやっぱり私の進みたい道じゃない」
そして?
「さしあたってあと一年はこのまま。勉強して、いろいろ準備しなきゃ。何もかも人に話さなきゃならないことはないでしょ」
そしてヴィエリ夫人になる?
「ノーコメント」
ALBERTO GUARNIERI@Il Messaggero
賛辞(2000.06.29UP)
6月26日。オランダ戦を控え、アメリカにいるヴィエリ君への電話インタビュー。
「ピッポは世界に唯一だ:彼の持つゴールへの嗅覚は誰にも真似できない」
ヴィエリは語る:「FWはエリア内ではボールを追うものだ。インザーギの場合はボールが彼を探してやってくるように見える。そんな選手をつかまえて議論しようなんて恥ずべきことだ。クライファートはたしかに強い、でもピッポは彼以上だ。ピッポがゴールする時は俺もゴールしてるように感じる」
ほぼ1年前、インテルでの最初の夏、クリスティアン・ヴィエリのズボンのポケットはまるで子供のようにだらしなく外にはみ出していた。 ある日、 ちょっと落ちこんだ時、ボボはそのポケットから大事なお守りのように1枚のトレカを取り出した。1枚のPaniniを。居合わせた人々はそれが何なのか知りたがった。「Beh, 何だよ?これはピッポだよ。いつもポケットに入れて持ち歩いてる。お守りみたいなもんだ。ゴールした時はいつもこれにキスしてる」
ここ最近は、実際のところ、ヴィエリのキスは誰か他の者に注がれているようだが。「ピッポのトレカを家に忘れてきちゃったんだ。でも帰ったらすぐサイフに入れるよ」いい言い訳だ。しかし、その忘れ物はともかくとして、
彼の思いは常に彼が言うところの「兄弟」インザーギのもとへ飛んでいる。恋人と一緒に、ジプシーのようにさまよいつづけているアメリカでもそれは変わらない。
そうして過ごすことに満足しているようだ。
「3−4日でイタリアに戻る」 彼から引き出せた約束といえばこれだけだった。 彼が心ならずも置き去りにしてきたアズーリのコンビの片割れについて話す約束をとりつけたほかには。
イタリアが午後の頃、ヴィエリはちょうど朝食どきだった。もう一つ別の約束と引き換えにインタビューはなされた。すなわち「移籍の話も、インテルの話も、リーグの話もなし」ヴィエリの体調についての話もなし?「脚の調子はいい。少しランニングもしてる。インテルと約束したトレーニングプログラムを守ってる。ヴァッレ・ダオスタでのキャンプのスタートには仲間と一緒にいるよ。代表の話をしようか?というか、ピッポの話は?」そうしようか。
- 最近電話をしたのはいつ?
「ルーマニア戦のゴールの後電話しようとしたんだけどつながらなくてさ。でもまたかけるよ、ゆっくりね。変にプレッシャーをかけたくないし、ここ最近ピッポはそれ以外にもいろいろ思うことがあるだろうから」
- 批判のことを言ってるの?
「彼にはもう言ってる、インザーギは批判されてしかるべきだとか十分にゴールしてないとか考えたり書き立てたりするのは俺には気違い沙汰にしかみえない、ていうか恥ずべきことだって。
世界でも最強のFWの一人をやつらは議論しようっていうんだぜ?」
- ゾフはそんなことをしたことがありませんね。
「ピッポへの信頼をいつもきちんと伝えてる点では彼はすばらしい。でも疑いは持たなかった。監督ってのはいつもしまいには試合を決定づけてくれるFWに愛着を持つようになるから。仲間もすばらしいよ、このチームは力がある、プレッシャーに潰されないだけの力があるし、必要とあれば仲間の一人を守ってくれる」
- でもインザーギはある種の緊張に悩まされることになるのでは?
「もうすぐ27になろうって男が、しかもいくつもゴールを上げてるやつが、何を心配することがあるんだ?ないさ。その緊張とやらについては俺はよく知らないけど、今までにも何度か俺達が話したようなことをまた言われるんだろうな。サッカー選手の、とりわけFWにとっての宿命だ。
自分のチームのためにプレーしてくれる選手がいてもあんたたちの気には入らない。それどころか批判さえする。逆にその選手を手放してからはやたらとつきまとったり惜しんだりするのさ」
- ユーヴェは新しいFWを探してますが?
「ピッポくらいの結果を残してるやつにとってそれは問題にならないさ。この8、9シーズン、セリエBでもAでも、やつが結果を残さなずに終わった年はないんだ」
- ここ数日、 彼のシュートミスがまた増えてきています。ちょっと多すぎますが。
「モンドニコにいつも言われた。FWにとってゴールすることはたしかに大事だ、でもゴールするチャンスを得ることのほうがもっと重要だって。チャンスが増えればいいゴールも生まれる。いいポジションにいるかとか、その呼吸がつかめるようになればしめたもんさ、遅かれ早かれゴールはやってくる」
- ルーマニア戦ではインザーギに流れの中のゴールも生まれました。
「彼のゴールのうちの一つさ。生まれついてのゴールハンターだから。 それを仕事にしてるのもあるけど、そうなるように生まれついてる。ピッポにはほかの誰とも違う特徴がある。世界にただ一人だ。
FWがエリア内ですることといったらまずボールを探してそこへ向かっていくことだろ。 オーケー、でもピッポの場合は逆だ。ボールの方が彼に向かって行くみたいだ。そういう風に生まれついてるんだ。ボールと約束でもしてて、それが自分に向かってやってくるのを待ってるみたいに。
いいプレーだろうが悪いプレーだろうが、ピッポがいつもゴールするのはそういうわけさ」
- しかしあなたはトルコ戦の後での賭けには負けそうですよ。インザーギは得点王になるって言ってたでしょう?クライファートが大きくリードしていますが・・・。
「たしかに得点王レースでは負けるかもしれない、でも あのゴールの喜びはたしかに残る。彼にとっても俺にとっても。ピッポがゴールする時はまるで俺もゴールしてるみたいに感じる」
- インザーギとクライファートではどちらが強い?
「誰だってそれぞれの持ち味がある。テクニックに優れたFWもいればガタイで勝負するやつもいる。チームプレーに徹するのが好きなのもいるしエゴイストもいる・・・」
- 答えになってません。
「俺が言いたいのは、ゴールへの嗅覚ってこと。ゴールする本能では、つまり真のゴールハンターとしては、俺に言わせればピッポが誰よりもすばらしい。クライファートよりも。彼もすばらしく強いけど。ペナルティエリアの中では誰もピッポにはかなわない」
- ところでdi rischi: イタリアは優勝に手が届きそうなところまで来ています。
「俺もちょうどゆうべそれを言ってたんだ。イタリアはひょっとしてユーロを取るかも知れないって。でもこれはちょっと見る目があれば予想できたことだろ。俺達には世界でも最高のGKのうちの一人と、どこにも引けを取らないディフェンスと、最強のアタック陣とすばらしい中盤がそろってる。これだけいればかなりのところへは進めるよ。予想したよりいいところまで行くかもしれない」
- 新しいインテルも今の代表チーム同様に君の気に入りそう?
「約束は約束(=その話はしない)。 じゃ、キャンプで会おうか」
(原文:Andrea Elefante@ガゼッタ・デッロ・スポルト)
しばらくお待ち下さい(2000.04.29UP)
BBCのヴィエリ君ロングインタビュー。以下はガゼッタに掲載された要約。
「俺だったらヴィエリに900億リラもは払わない。まあ、俺がとやかく言う話じゃないけど」
「俺はただ親父がいつも言ってたように全力でプレーしているだけだ。でもイタリアじゃたった1試合ゴールしなかったってだけで、給料分の働きをしてないなんて言われる。とんでもないプレッシャーだ。」
「もしほかの誰かが俺と同じくらいの額で移籍することになったら、そいつにおめでとうって言ってやりたい。ただ俺自身は少なくともこの先6−7年はイタリアから出て行かない。イングランドのクラブが俺を欲しいっていうなら、俺が40になるまで待つことになるな。」
「外国人3人枠の昔のルールに戻す必要がある。多すぎる外人選手はよくない。イタリア人の活躍の場を奪ってるし、たいしたレベルじゃない外人選手だっているんだから」
「引退したら1年の半分は俺の育ったオーストラリアで、ただ楽しむためにサッカーをして暮らしたい」
コスモポリタン・ヴィエリ(2000.04.27UP)
インテルの公式ファン誌の「ホームシックのゲオルガトスを励まそう」特集よりヴィエリ君のインタ。
CITTADINO DEL MONDOコスモポリタン・ヴィエリ
「俺がプラートにやってきた時はほんの子供だった。両親もいなかった」
ヴィエリは笑う。
「ゲオルガトスにメッセージを送りたい。というより、いつもやつには言ってるんだけど、いっぺんうちに帰ってみなってね。向こうには明るい太陽、こっちは毎日霧だ。向こうには海があるのにこっちはせいぜい運河だ。ま、これは冗談にしてもさ、気が滅入るのはわかるよ」
ヴィエリにとってホームシックはごく当然のことだ。
「ていうか、それが自然だよな。最初は誰だって環境に慣れるのに苦労するだろ。例えばオーストラリアは別世界だ。イタリアに来た頃は何もかもが向こうとは違って、その中で変わらないものといったら俺自身だけだった。プラートでは苦労した。マドリッドではイタリアが恋しかった。でも別にこれはイタリアが最高だからっていうんじゃない、俺の場合トリノに馴染んでたからな。2、3ヶ月住んでみれば落ちついたけど」
ヴィエリに言わせればホームシックには楽しい効果もあるという。
「知らない場所で新しい人たちに会う、楽しいことだろ?俺はあちこち行くのが性に合ってるんだ。マドリッドは最高にホットな、情熱的な街だ。一方でミラノは落ちついた街で、人に干渉されずに出歩くことができる。ローマではそういうわけに行かなかったな。サインをねだろうとするファンにつきまとわれて。そりゃ嬉しいことなんだろうけどさ、これがミラノなら映画(俺の情熱!)に行くのも問題ないのに」
映画に?君も?
「サッカー選手の生活なんて代わり映えしないものだ、知ってるだろ。少ない自由時間(ウソつけ〜〜〜!!)にはビデオやDVDを見てる。映画館にはよくペルッツィと行く。つい先週もやつと奥さんと娘さんとで一緒に「ターザン」を見に行った。よかったよ」
アニメを見に行ったの?
「そうだよ、俺達みんな誰でもどこかしらターザンみたいな部分を持ってる。俺だってガキの頃はオーストラリアのターザンだった」
雌伏の時(2000.04.26UP)
アズーリが親善試合のポルトガル戦を控えた合宿に入っている頃。ミラノで寂しくお留守番のヴィエリ君のインタです。
「インテルの助けになりたい、でも今度ピッチに戻るのは復調した時だけだ」
「CL圏内に入ることとコッパ・イタリアに勝つこと。その力になることが俺の今のただ一つの願いだ。そのためにトレーニングは続けてるけど、フィオレンティーナ戦に出るかどうかはわからない。いつ戻れるって断言はしない。やるべきことはただ一つ、完璧に治すこと。でなければ最後に泣きを見るのは俺だからな」
−ヴィエリ、日陰の生活はどう?
「ランニングしてるよ。この4、5日は1回に40〜50分走ってる」
−ランニングしながら、期待外れだった今年のことを考える?
「期待外れっていうより運がなかったって思う。何よりまず、ロナウドとプレーする機会を全くというほど持てなかった。もし俺達が一緒にプレーできたらホントにスゴイことができただろう。しまいにはスクデットもって?それはわからないけど、よそのチームならずっとレギュラーだろう俺達二人がいなくなったことで、今の順位が全く違ったものになったのは確かだろうな」
−インテルを選ばせた人(=モラッティ)のことを考えることはない?
「トリノ戦で俺がくらったみたいなタックルの後で脚に故障を抱えながらプレーするんじゃ、ろくに走れやしないし、立ち足の右で体を支えるのもやっかいだった。(プレー回数の少なさへの不満をモラッティがもらしていた)ケガのことに話を戻そうか」
−今は脚の調子はどう?
「いいよ、今はいい感じだ。もう足を引きずることはない」
−5月7日のインテル×フィオレンティーナで、僕らは君に会えそう?
「それについては俺は知らないし、知ろうとも思わない。わかってるのは、やるべきなのはただ一つ、完全に治すことってだけだ。でなければ最後の最後で何もかも失いかねない。今回はいつ戻れるって明言はしない。俺が今度ピッチに戻るのは、100パーセント調子が戻った時だ」
−それはつまり、今まではそうじゃなかったってことを言いたいの?
「とにかくちゃんと治したいってことを言いたいんだ。俺がピッチに戻るのは調子が戻った時。調子が戻らないのにプレーすると、本来ならできることややりたいことができないからってのもある。でもこれは難しいよな、頼られるポストにいると…」
−インテルと何か問題を抱えてるってこと?
「いや、違うよ。俺が言ってるのは、イタリアじゃFWは削られてばかりなのに誰もそれに注目しないってことだ。ピッチの外で話題になるのはくだらないモチベーションだのピッチでの相性だのそんなことばかりだ」
−ここのところ、君の友人のインザーギは君以上の不運に見舞われているけど…
「インザーギをめぐる騒ぎは俺には笑い話にしかみえない。インザーギを批判しようと思ったらフツーじゃだめだ。キチ×イでなきゃできないね。俺だったらインザーギにはいつもプレーさせる。自分のチームにいつも欲しいよ」
−それはアンチェロッティへの攻撃?
「4、5試合ゴールしなかったってだけで、インザーギが不調だって騒ぎ出すやつらへの攻撃だ。でなきゃ仲間にパスを送るか送らないかばかり見張ってるやつへの攻撃かな。もしインザーギが外国人選手だったらこんな騒ぎは初めから起こらなかっただろうし、神の子semidioとして尊敬されてたはずだ」
−ヴィエリ−インザーギ。明日のインテルのツートップとも言われています。ユーロでのツートップになることは確実ですね。
「ユーロのことは時がきてから考える。今はプレーできるようになることが先決だ」
−どうして代表のこととなると悲観的な意見が多いんでしょう?
「イタリアだけだよ、悪いように悪いように考えるのは。よその国じゃポジティブに物事を考えようとするのに、ここじゃ誰が一番悲観的になれるかゲームでもやってるみたいだ。悲観的すぎるよ、全く。」
−今年のインテルについても同じことが言える?
「負けたり勝ちが少なかったりする時、その理由を理解するのは簡単じゃない。でも、さっきの悲観主義に話が戻るけど、今年インテルが抱えてた問題にもかかわらず、うまくやってこれたと俺は思う。それはチームみんなが全力を出してきたおかげだ。物事がうまくいかない時、不平を言ったり何もかも投げ出すことの方が簡単だけど、インテルは気落ちすることはなかった。決して。」
−CL出場を目指す一方でコッパ・イタリア。二つの目標を射止められれば今シーズンの収支決算としては黒字に終わるといえるでしょう。それとも内心ではどちらか一方に的を絞っていますか?
「イタリアで上位4位に食い込むのは大変だ。コッパ・イタリアをとることはもう冗談じゃなくなった(以前は価値が低かった)。いろいろ問題はあるけど、それらを考えに入れても、満足の行く結果を得ることはできると思う」
−CLですが、3試合で勝ち点7で十分でしょうか?それとも9?
「よそのチームも勝ってることだし、勝ち点9がいいな」
−ヨーロッパカップ戦と、そしてコッパ・イタリアへの扉を押し開ける最後のチャンス、その場にはヴィエリもいますね?
「俺の目標だ。全力で頑張ってる。ピッチに戻りたくて気が狂いそうだ。他のことは脇に置いて。でもそれだけじゃ十分じゃない。気持ちに体がついていかなくちゃならない、今回は。」
(原文:Andrea Elefante@ガゼッタ・デッロ・スポルト)
マドリッドの楽しい夜(2000.03.20UP)
3月14日(現地)のユーロスポーツで放映されたジレット・ドリームチームの特集で、ヴィエリのインタビューがあったそうです。
「ゴールしないと物足りない」
「ゴールするってことが何を意味するか理解しているのはFWだけだ」
「デビュー戦で俺はいつもゴールしてる。ユーヴェでも代表でも。モルドヴァ戦では3回目でシュートを決めた。アズーリ歴代の1000ゴール目だった」
ヴィエリがサッカー選手になったのはほとんど偶然だったとか?
「オーストラリアにいた頃、両親や友達が試合を見るために朝の4時まで起きてた。(W杯82。当時9才)俺も仲間に入れてもらって、その時だな、サッカー選手になろうと決めたのは」
そこでイタリアに戻った。
「すごいホームシックで、3ヶ月泣いて暮らしたあと、一度オーストラリアに帰った。それからある日、台所に行って、イタリアに戻ってサッカー選手になるってもう一度家族に誓った」
最初の試合、特に最初のゴールについて。
「サンタ・ルチアでプレーすることになってた。会長は1ゴールごとに5000リラくれるって約束してくれた。(あれ?おじいさんじゃなかった?)最初の試合で4ゴール決めたのを見て考えを変えたみたいだ」
トリノへ移籍、モンドニコに出会いました。
「俺をセリエAの試合に出してくれた。ホンモノになれるって思ったのはその頃」
ついにユーヴェに呼ばれました。
「信じられなかった。書類にサインしてやっと実感が沸いた。ユーヴェに来て、真剣にプレーして、やっとホンモノになれた」
最良の思い出:ミラン1−6ユーヴェについて。
「こてんぱんにやっつけた。完膚なきまでにってくらい。あれはこの先もずっと忘れないだろうな」
アトレティコからの途方もないオファーと、マドリッドという街の誘惑。
「スペインに行くこと自体は簡単だった。苦もなくとけこむことができた。マドリッドは大好きだ。気持ちよくすごせたからな、仕事以外でも。夜じゅうお楽しみを探して出歩いてたもんさ。サッカー選手として以外のことはあそこで全部やりつくしたんじゃないかな。遊びに行く時は仲間と一緒で、よく外に食べにも行った。特にジュニーニョとは仲がよかった。いつも一緒に出かけて、クラブで遊んでは遅くに帰ってた。ある時なんか朝の5時まで。はたから見たらまるでガキみたいだったろうな。でも普通だろ?23の男が遊びたいのは」
最大の経験、98年のフランスW杯について。
「俺は神経質な方じゃないけど、それでもW杯の時は眠ることもできなかった。ずっと薬用ドロップ(錠剤じゃないんですね・・・)の世話になった。あっという間に4キロ半体重が減った。信じられないストレスで、ピッチに出て、国歌が流れている時は鳥肌が立った。勝てる自信はあったよ、でも実際は…」
ヴィエリの人生で変わらない色はアズーリだけのようですね。(=身につけるユニホームの色が毎年クラブごとにかわるということ)
「特別なことじゃない。会長ってのは金儲けをするものさ。むざむざ機会を逃したい奴なんかいないよ。いい条件でオファーがあったとしても、それが再び来るとは限らないんだから」
最近思うことは?
「俺の育ったシドニーに帰ってオリンピックに出られたらいいだろうな。(これって・・・冗談?よね??)得意なものは2つあったけど、うち一つはやりとげたから」
マッチョでこわもてな大男のヴィエリ。外見に反して涙腺ゆるいです。
99年5月、セリエA最終節。スクデットを逃して大泣き。1 2
99年5月、グランデ・トリノ記念試合にトリノ側選手として招待されて:
「ユース時代にフィラデルフィア(当時のトリノの練習場)で過ごした日々のことを思い出した。こんなふうに呼んでもらえる選手になれるなんて。そんな事を考えてたら泣けてきたよ」
この記事を載せたガゼッタの最初の一文は「君は巨人の涙を見たか?」でした。
99年6月、招待試合で11年ぶりに訪れたシドニーで:
「子供のころ住んでたあたりを見てまわった。当時の家とか、妹や弟を連れて通ってた小学校とか。ほんの1キロくらいの間に何もかもがあった。見てまわるうちに涙が出てきたよ」
イラリアさんのサイトの、ユーヴェ時代にCL決勝で破れたヴィエリはこちら。
フジの青嶋アナには野獣扱いされてるそうだけど(関西では放映がないので見たことない)、何か違うんではないかと思うのは私だけでしょうかね。ああ見えて実は超マザコンだというしな。(これはイタ公ならしょうがないか。でもマンマはフランス人。??)
なんてことを無謀にもイタリアの男性ファッション誌、Class11月号で語っておりました。イタリアのお金持ち特集の一環で、ダレーマ(首相)やベルルスコーニ、トッティやフィジケラ(レーサー)も取り上げられてました。
で、ヴィエリ君の場合。こういう好みだそうです。
ジャケット:Sasch,Armani,Versace
シャツ:Romeo Gigli
ネクタイ:Donna Karan
ジーンズ:Levi's 501
靴:Cesare Paciotti(グラビアでは本人のものと思われるPrada
Sportsを素足に着用。かなり履きこんでました)
時計:Iwc
眼鏡:サングラスのみ
香水:ほとんどつけない
ロメオ・ジリだぁ〜!?嘘をつけ嘘を!お気に入りらしい、あのダサダサのチェックのシャツも?(爆)
この時の爆笑お写真がこちら。
プラートのヴィエリ家で、母ナタリーと父ロベルト”ボブ”のインタ。
【プラート発−
「もう少し上品な話をでっち上げて下さらないかしら?つきあった女性たちの下着(訳者注:女性物のパンティー)を、うちの息子が壁に広げて貼りつけてるなんて話は本当に下品だわ。真に受けたあの子のファンが、自分のサイン入りのをウチに送ってきたわ。手紙を読んでみたら15歳かそこらじゃないの。でも主人が現役の頃にもこういうことはあったわねえ。結婚したあとも。私を侮辱するようなひどい電話がかかってきたものよ。クリスティアンがよく父親をからかってるわ、『パパ、降参しなよ。俺はもうサッカー選手としてもスケこましとしてもパパより上だぜ』って。…砂糖はおいくつ?」
ナタリー夫人は片づけたばかりの居間のテーブルにコーヒーを置いた。(「ちょうどコートダジュールに発つところだったのよ」)ヴィエリ家。プラートの東部に位置する、白く美しい小さな邸宅。
砂糖?砂糖は多めに。コーナーのボクサーのようにソファーに腰を下ろしたロベルト“ボブ”ヴィエリはまだ苦い思いに沈んでいるように見えるからだ。土日の二日間が傷跡を残している。息子クリスティアンのインテルはデルビーで敗れ、もう一人の息子マッシミリアーノのブレッシェロもピサに敗れた。
「二人とも勝っておかしくなかった。マッシミリアーノにはみんながヤジを飛ばしたんだ。『お前は兄貴みたいに役たたずだ!』ってね。どうしてあんなことを」
ナタリー夫人は魅力的な笑みで夫を見つめた。
「主人は腹を立てすぎるのよ。これだからインテル×ラツィオには行くかどうかわからないわ。オリンピコでのリトルノはもっと悪いでしょうけど、サンシーロにもヤジや横断幕がないわけじゃないでしょう?クリスティアンに何の関わりがあるっていうの?あの子は残ることと引き換えにお金を要求したりしなかったわ。一年いてクラニョッティとあの子がやり合ったのってたったの一度、それも偶然バールでよ。あの子はクラニョッティに優勝トロフィーをもたらした。チームをもっと強くすると約束した。今ラツィオは首位ね。どうしてクリスティアンは反感を持たれるのかしら?私は怒りっぽい方じゃないけど、それにしても土曜のあのデルビーは…。あの審判は恥知らずね。試合の後、クリスティアンがここへ来たわ。あの子が入ってくるのを見た時にはぎょっとした。頭には血のにじんだガーゼに包帯、腫れ上がった足首には氷があててあった。氷が溶けた水と血でズボンが足に張りついて…。階段も登れないくらいだったのよ、思わず聞いたわ。『ちょっとあんた、ホントにサッカーの試合から帰ってきたとこなの?』」
ボブ・ヴィエリが続ける。
「夜中の3時半までこのソファーに座って話をした。私の現役時代の話をしたよ」
彼の時代、テクニックは今よりもっと重視されていた。ボブ・ヴィエリはユーヴェ、サンプ、ボローニャに在籍した才能あるMFだったが、移籍金は安かったといわれている。
ナタリー夫人が微笑む。
「ある時オーストラリアで、ジャンニ・リヴェラが主人に言ったのよ。『君は私と一緒に来てミランでプレーすべきだったよ。それが間違いだった』クリスティアンがまだ未熟だった最初の頃は、ロベルトのテクニックが重荷だった。あの子を見てみんな父親がいかによくプレーをしていたか思いだすのよ。マッシミリアーノにとってはもっとよくないわね。父親とだけでなく兄とも比較されるんだから。私は若い頃ミラニスタだった。リヴェラのファンだったから。でももうやめたわ。クリスティアンがピサやラヴェンナにいた頃、ミランに行くだろうって言われてたのに、ウソの約束で3年引き伸ばしにされたから。ベルルスコーニはすごい人だと思うけど、その下にいる人たちは尊敬できないわね」
まだパリにいた独身時代、ミランのファンだったナタリーはミラノの友達に会いに行った。
「キアヴァリやラパッロに連れて行ってもらった。ジェノヴァでちょっとこわい思いをした。車が一台私たちをつけてきてたのね。降りてきたのはちょっと気になるようなタイプの人で、私の友達が言うには『この人、私の友達。あなたとお知り合いになりたいんですって』。それがロベルトだった。その夜食事を共にしたんだけど、もう最低の夜だったわ。彼ったら内気でひとっこともしゃべらないんだもの!!でも彼と結婚したのは、彼みたいに純粋な人にはそれまで会ったことがなかったからよ。(訳者注:ボブ、サンプ時代のことと思われる)クリスティアンはもう彼そっくりね。8ヶ月の早産だったんだけど、その後も8ヶ月ずっとベッドの中だった。買い物に行ってたら陣痛が来て気を失って、病院に担ぎ込まれた。緊急帝王切開で生まれたときは、クリスティアンは(チアノーゼで)真っ黒だった。ロベルトがマルコーニでプレーすることになって引っ越したオーストラリアでは、あの子のことを『モンスター』って呼んでた。別にきれいな子だったっていうんじゃないのよ、ありとあらゆる騒ぎを起こしてたから。悪魔だったわねえ。家の前の坂道で、何度あの子を追いかけ回したことかしら。始めは捕まえられたんだけど、そのうちにあの子は足が早くなって捕まえられなくなってしまった。短距離と走り幅跳びのオーストラリア・ジュニアチャンピオンだったんだもの。そうなるとうるさく叫ぶしかなかった。『家にいなさい、戻ってらっしゃい』って。あの子が学校を90日欠席して、『今回はあなたが何とかして下さい』って校長がロベルトに言った時は、一日中夫をなだめようと必死だった。あの子に過ぎたお仕置きをしてしまうんじゃないかって心配だったの。でも実際は…」
ボブ・ヴィエリが笑ってあばらをさすった。
「今もここは痛むよ。そう、ちょうどここ。その時あの子とぶつかったところだ。私の方が痛かった…あの子は骨太で身体も重かったから。殴っても聞く耳を持たなかった。決して泣きもしなかった」
今のピッチのようには。思いこんだらまっしぐら。
母親が続ける。
「その頃はカルチョはほんの少ししかしてなかった。クリスティアンは私と庭でテニスをしたり、陸上やクリケットをしていたものよ。それからマルコーニでカルチョを始めた。初めてプラートの祖父母のところへ行った時、いくつかクラブを試させたんだけどどこにも受からなかった。それで主人があの子を連れて一度シドニーに戻ったのね。クリスマスだった。で、言ってあげたの。『クリスティアン、もうカルチョのことは忘れて勉強に専念なさい』って。でも2月にはあの子はサンタ・ルチアでプレーしたいとプラートに戻りたがった。その時ははっきり言ったわ。『もし行くのなら今回は戻ってきちゃいけません。よく考えなさい』一番つらい時期だったわね。一人で、14歳で、地球の裏側に行くんですもの。家族と離れ離れだなんて、あの子7歳になるまで私のベッドで一緒に寝てたのに。おかげでヴェロニカもマッシミリアーノも真似してたわ。主人はよく私に聞いたものよ、『今夜はどこで寝たらいいんだ?』って。で私は言うの、『うちの子たちが何人ベッドに入ってるか見てみましょう』って。私にとってもつらい時期だった。毎日電話してた。電話の向こうであの子が泣いてるのを聞きながら、ホームシックにかからないように、わざと厳しく振る舞わなければならなかった。ヴィエリの金額のことばかり話題にする人は、そういう時代があったことも忘れないでいてもらいたいものだわ。‘90年のある日、あの子がもうトリノにいた頃、私に電話してきたの。『もしみんなイタリアに来ないんなら、俺はシドニーに帰る』って。つらい時期だったのね。解決のためなら主人だけイタリアに行ってもよかったんだけど、ロベルトははっきり言ったわ。『みんなでイタリアに帰ろう』って。クリスティアンはその時16−17歳だったんだけど、やっぱり時々私のベッドで抱きついて寝てた」
「今も私には本当のことを打ちあけてくれる。つきあってる女の子のことをあの子に聞いてみたの。私は何でも知りたがるたちだから。釣り針を投げたら食いついてきたわ…。電話してきて私に言うのね、『マンマ、あの雑誌買いなよ。そこに出てる』とか『この番組見れば』とか。もしあの子が毎日彼女を変えてるんなら、私はそれでもかまわない。あの子はまだ若いんだから、結婚なんてまだ早いもの。もっと先のことでしょうね。時期が来ればそうなるわよ。紹介してくれた女の子は3人。(デルビーの応援にサン・シーロに来た)ナオミ・キャンベルはって?いいえ。もし家に連れてきたらちょっとショックかもしれないわね。ヴァレリア・マリーニは作り話。きれいな、でもいつもイタリア人の女の子ばかりだったから、ナオミだとちょっと驚きでしょうね…」そう言って笑う。
ボブがソファーの上で笑う。
「あの子はヴァレリアをうちにつれてきたことないだろ。ナオミのことはディスコで紹介されたって言ってたぞ」
『ヴィエリとインザーギ。彼らは閉店までいてディスコの後片づけを手伝う』と、TVでリッピが冗談を言っていた。
「あの子たちの友情はとても美しくて、ライバル心なんか感じないものよ。ある月曜の朝、ミラノのクリスティアンの家に行ったの。主人は『誰か女の子が泊まってたらどうするんだ?』って心配してたけど、『だったら挨拶しましょうよ。もう、あの子を起こす時間よ』って私は言ったの。そしたら家にはインザーギがいたのね。その前の夜、パーティーの後息子のところに泊まってたんですって。クリスティアンたら、ふざけて、『俺達できてるんだ、マンマ』って…。」
「ロナウドともいいお友達になりつつあるわね。この前彼がブラジルに行った時、ブラジルでの電話番号を全部クリスティアンに残していったの。クリスティアンは彼に電話して話をしてた。ロナウドは大きな子供ね。クリスティアンは彼を守ってあげてる。リッピがどんな性格か教えてあげてたわ。ロナウドはいい子ね。私たちはちょっとだけ会ったことがあるのだけど、彼は私にキスして、主人に挨拶したわ。私たちが知ってるほかの選手は、私たちに気づかないふりをするのに。クリスティアンは、今のインテルはユーヴェにいたころみたいにまとまってるって言ってるわ。あの子はスクデットを欲しがってる、昨シーズン取りそこなってすごくがっかりしてたもの。でも一番大きな苦しみはW杯で味わったわね。何もかも小説みたいに見えたのに。決勝を、誕生日に、母親の生まれた国で迎える…。」
「あの子が私たちに最初にプレゼントしてくれたものの一つが私とヴェロニカのパリ旅行。クリスティアンは弟妹ととても仲がいいの。マッシミリアーノやヴェロニカと毎日電話しあってる。話す時は英語ね。そのほうがうまく表現できるみたい。クリスティアンはヴェロニカの勉強にも興味があるようね。会計学なんだけど。大学を出て専属の会計士になってほしいらしいわ。私が疲れて引退する頃になったら…」
ナタリー夫人は息子の投資の面倒を見ている。コートダジュールのあとは、息子が開いたレストランのあるシドニーへ向かう。レストランの名前は簡潔に「ヴィエリ」という。
「昔はシドニーのレストランで働いてた。イタリアに来て背中を2度ほど手術したんだけど、その後でどうしてもってクリスティアンが休ませてくれたの。『もういいよ、マンマ、もう働かなくていいから』って。息子の言葉に甘えさせてもらったわ。息子の投資の管理はそう難しくはないけど、でも責任のある、気の抜けない仕事ね。時々頭がパンクしそうになる夜もあるわ」
CMポスターで息子さんのセミヌードを我々は目にしました。900億リラの値札付きで。
「モラッティさんが息子のあの広告を気に入ってないとなにかで読んだけど、私は良いと思うわ。大体全裸でもないし。どっかの市長や政治家の方々だってパンツ一枚で(注:海水パンツ)写真に撮られてた、あれが許されるんですもの。それに比べればウチの息子はとてもいい身体をしてるのよ。なんで隠したりしたのかしらねえ」】
8月26日、シーズン前最後の練習試合のレッコ戦で、いきなり左手薬指に指輪が。
インテル公式HPに問い合わせた人によると、広報部からの回答は「ヴィエリに結婚の予定はない」でした。本人もことあるごとに「俺に彼女はいない」を強調してますし・・・なんなんだ。
ずっとつけてたんですが、10月30日のラツィオ戦では外してました。単につけ忘れたのか、どうか。
12月5日、復帰第一戦のウディネーゼ戦でも外してました。もうつけないんでしょうかね。
「時々自転車を盗んでた。俺いつも疲れてたから、自転車を見るとそのまま乗って行ってたんだ。でも後でちゃんと返してたよ」(11/8付けガゼッタより、TV番組Studio sport magazineでの発言。)
トリノ戦を前に急な歯の痛みで練習後ミラノ市内サンバビラ広場の歯医者に向かったヴィエリ。
ミラノのお堅い一般紙Il Corriere della Seraの女性記者(多分) Gaia Piccardiさんが同乗して、車内インタ開始。
【ヴィエリ「俺の欠点?いつも本当のことを言ってしまうこと」
「TVには出ない。俺は素人でじっとしていられないから」
「インザーギは俺の親友。でもインテルでも楽しんでるよ」
「親父と監督の言うことしか聞かない」
「恋をしたかって?18の時に一度」
−ミラノ発−警報。彼は歯が痛んだ。右の奥歯に刺すようなしつこい痛み。大きなニュースではないが、アッピアーノ・ジェンティーレ(インテルの練習場がある)の緑のボンボン入れ(=クラブハウスの建物?)を大騒ぎさせるには十分だ。練習が5時に終わると、モラッティ会長と2、3話をして、急いでシャワーを浴びた。グレーのジーンズ、お気に入りのメルトン生地のシャツ、耳には携帯。クリスティアン・ヴィエリはインテルの広報係の車に乗りこんだ。行き先はミラノ中央、サンバビラ広場の歯科医だ。
「全部歯を抜かれちまう。ちゃんと噛めるのに抜こうとするんだぜ」
900億の男はそう冗談を言った。オーストラリアを出発したフォレスト・ガンプは、この10年でジロ・デ・イタリアを完成させた。プラート、トリノ、ピサ、ラヴェンナ、ヴェネツィア、ベルガモ、トリノ、マドリッド、ローマ、そしてインテルのミラノへ。
「今回はここに残るよ」
アッピアーノの門で、挨拶するファンへのサインに窓越しに応じる。大きな身振りで携帯で話をする。長くなった不精髭をぼりぼり掻く。この夏のプールサイドでは、ヴァレリア・マリーニの曲線美もかたなしだった。
ボボ・ガンプ、アッピアーノから歯医者へ。向こう見ずで、明快で、気のいい、無分別なボボ。ギャグの連続の一時間。
「俺はちょっとバカだからおとなしくしていられない。思ったことをいつも口に出してしまうのはよくないんだけど。プロじゃない、素人なんだ。俺は絶対TVに出ない。出るとしてもいやいやだよ、無意味だって気がする」
新居にはいつ引っ越すの?
「10月のはじめ。それまではまだホテル住まいだ。自分の場所が欲しいよ」
どんな内装になるの?
「 Boh(ヴィエリの口癖らしい、意味はなし)。母が全部やってくれた」
じゃあ楽しみね。
「いや、選んだのは母親だけど俺が見てOKを出した。大きな家だぜ、部屋が3つ、リビング、バスルームが3つ、テラスが2つある。ベッドは寝心地がいいぜ、よく休む必要があるから特に頼んだんだ。…歯医者にはいつ着くかな?」
まだ出発したばかりじゃない。ミラノの見どころ探検は進んでる?どんな感じ?
「ゆっくりだよ。まだHollywoodってディスコしか見てない(もう行ったんか…)。でなけりゃ家にいる。俺がこの後どうするか言おうか?ブロックバスター(無人レンタルビデオ)に行って映画のビデオを借りるんだ」
どんな映画?
「ホラー以外何でも見る。映画館にはあまり行かない。帽子をかぶってマフラーを巻いていくか、暗くなってから入る」
音楽は?
「 Jovanotti(イタリアのラップシンガー)のニューアルバムを買った。いいね。ホイットニー・ヒューストンのコンサートに行きたい。11月にミラノで公演がある」
あちこち転々としてるけど、家はどうしてたの?
「下のリーグでプレーしてた頃はラヴェンナにあった。住みやすかった。ロマーニャの居心地は最高だ。将来はプラートか、オーストラリアに住むんだろう。まだ決めてない」
友達はたくさんいる?
「親友は3、4人。一人はプラートの奴で、他は行く先々で知り合ったやつらだ。ピッポ・インザーギ?あいつはカルチョの世界で俺が得た一番の友人だ。その次がパンカーロ。奴との付き合いは長いよ。ピッポと知りあったのはここ数年で、その前はほとんど面識がなかったんだけど。でも今じゃ毎日電話してるしバカンスも一緒だ。カルチョ以外のことも何でも話しあう、政治のことだって」
政治?
「(笑)まあ聞いてよ。去年のことだけど、CLのユーヴェ×マンチェスター戦の前、ピッポが俺に電話してきたんだ。『ボボ、喉が痛い、お腹が痛い、立ってられない』って。俺は言ってやったよ、『ピッポ、明日お前は2ゴールするよ』って。そしたら本当にそうなったんだ!俺達は年も同じだし、二人とも独身だし…俺は本当にあいつのことが好きだ」
インテルではそんなに仲のいい相手はいないんじゃない?
「いや、みんなと仲はいいよ。ゆうべアッピアーノで夕飯を食ったけど、歌う奴、笑い話をする奴…俺のためにみんなそうしてくれた。俺は相手のことを知るまでは疑り深い。でもいったん知りあいになれば信用する。自分を預けてしまうんだ」
よくだまされるんじゃない?
「俺は金持ってるからね、あるよ。昔は間違った相手とつきあいもあった」
オーストラリアと聞いて連想するものは?
「カンガルー!(と言ってにかーっと笑うヴィエリ)ウソ、冗談だよ。俺はいつも冗談ばかり言うんだ。オーストラリア?何もかも思い出すよ。俺の育ったところだからね、思い出でいっぱいだ。この6月にオーストラリア代表×FIFA世界選抜の試合でシドニーに里帰りした時は感激した。昔住んでた家や通ってた学校を見に行った。学校には妹をつれて通ってた。ほんの1キロの間になにもかも全部があった。涙が出てきたよ。戻ってくる時にはものすごく悲しかった」
向こうには今もたくさん友達がいるの?
「俺が持ってるレストランにいた時、男が一人入ってきた。彼は俺を見て、俺は彼を見た。互いに目が合った。『俺のこと覚えてない?』ってそいつは俺に聞いた。昔一緒に遊んだうちの一人だったんだ。つきあいを再開しなかったのが残念だ。こういう変化はいやな影響なのかもな」
恋はしてる?
「Boh」
恋はしてるの?どうなの
「今この時刻、9月24日午後6時10分現在、恋はしてない」
恋をしたことはないの?一度も?
「あるさ。すごく情熱的なのをね。俺は18歳だった。彼女はプラートのコだった。3年半一緒に過ごした。彼女だけ見ていた。彼女のことしか考えなかった。彼女の後はしばらく一人でいたかった。今も時々彼女のことを気にかけてる」
あなたのした最高のプレゼントは?
「両親のためにプラートに家を買った。きれいな、大きい家だ。俺にとっては大事なことだ。両親にいい暮しをしてもらうのは正しいことだ」
お父さまには今もアドバイスを受けてる?
「アドバイスはなし。それよりカルチョのことを話すことが多い。この試合をどう思う?とかこの動きは?とかこのゴールは?とか言われる。俺はたった二人の言うことしか聞かない。親父と、監督と。ほかのことに興味はない。で、歯医者はまだ?」
そろそろよ。あなたの脚に彫られているのは何の刺青?
「太陽と月、それから日本語でボボって彫ってある」
日本で入れたの?
「いや、ローマで6、7ヶ月前に。(=99年2月頃)それからイルカと風配図(?rosa dei venti)のが肩にある。また今度新しく入れようかと思ってる」
何を?
「脚に黒ヒョウを入れるつもり」
インテルの広報の方がぎょっとしてるわよ。
「俺はちょっとバカだって言ったろ?」
明日のトリノ戦では何ゴールしそう?
「 Boh。難しいだろうな。トリノを出て以来、セリエAで顔を合わせるのは初めてだ。キツい試合になるだろう。俺にとって特別な試合だ。友達や、俺を頼りにしてくれた最初の監督のモンドニコとの再会だし。両親も見にくる。ゴールするのは難しいよ、それは確かだ」
もし900億の男になってなかったら、何になってた?
「 Boh。弁護士かな、アメリカ大統領かな…さあ、わからない。カルチョのためにイタリアに渡っていなかったら、オーストラリアにずっといただろうな。何か他のスポーツをやってたと思う。クリケットと陸上が好きで、100Mと200Mをやってた。ラグビー?ノ〜〜〜〜。一度学校でやって大けがした。10日間入院した」
一番大きな間違いは?
「毎日その繰り返しさ」そう言いつつ窓を開けて、バイクですれ違った女の子に口笛を吹く。窓を閉めて笑った。
来年インテルからどこか他のチームに行くのは間違いになるのかしら?
「でも俺は残る。残るって言っただろ。インテルで何か重要なものを勝ち取りたい。インテルでCLを戦いたいんだ」
さ、歯医者に着いた。あなたがラツィオにいた時、クラニョッティとは1年で一度しか話すことがなかったって言ってたわね。モラッティとはもっと話をした?
「会長のことは好きだよ。よく話をする。あの人はずっと遠くからインテルを見守ってる。ホントにインテルが、俺達選手が、そしてファンが好きなんだね」
あなたや、特にロナウドがお気に入りみたいね。気を悪くしたらごめんなさい…
「俺のせい?毎年誰かしら俺を買おうとする人が現れるのが?」】
本文では1人称が「僕」&です・ます調になってるので、ヴィエリらしく俺様調にアレンジして下さいました。
【お金について】
Q:ミスター900億というあだ名をどう思いますか?
「大金であることに間違いないけど、高額になったのは俺のせいじゃないよ。移籍市場やサッカー界のお金の動きが直接の原因だ。俺は常にいいサッカーをやろうと努力してるし、サッカーを楽しんでもいる。そのおかげで26歳なのに世界の色々な所へ行けて幸せだと思っている。」
Q:あなたにとってお金とは?
「お金は生活を良くするのに必要なものだと思う。でもその事ばかり毎日考えているわけじゃない。普通の人と同じように生活しているんであって、億万長者のような生活はしてないし、俺はごく普通の若者だ。」
Q:サッカーで稼いだお金はどうしているのですか?
「母親が管理している。彼女はフランス人で、まさに我が家のボスだ。俺はお金の事には関知しないで、両親を信じて任せている。」
【友人について】
Q:少年時代にどんな事を夢見ていましたか?
「健康でいられる事。それから素敵な人を見つけて結婚する事。今は結婚する気はないけど、そのうちいい家庭を作りたいと思っている。」
Q:その時はどこに住むつもりですか?
「両親が住んでいるトスカーナ州のプラートという街に住みたい。庭がある大きな一戸建ての家が欲しい。犬と馬をたくさん飼うつもりだ。今、ジーノという犬を飼っているんだ。」
Q:友達は?
「幸いな事に親しい友人が何人かいる。オーストラリアに2〜3人の友達がまだいるし、ベルガモにもよく連絡をとる2人の友人がいる。それに、マドリードにもイタリアのノヴァラ出身の友達が住んでいて、彼とは一緒に洋服店を経営しているんだ。」
Q:サッカー界では?
「ユヴェントスのセンターフォワードのフィリッポ・インザーギ。彼はごく少ない本当の意味での友達だ。彼とは7年前U−21で知り合い、今日まで付き合いが続いている。性格的にすごく合ってると思うんだ。」
Q:インザーギとは代表チームで一緒にコンビを組んでいますが、彼はあなたの最良のパートナーですか?
「誰とでもいいコンビになれる。デルピエロやロナウド等と一緒にプレーしてきたけど、うまくいったと思う。彼らの方が俺のプレーを助けてくれるから、そのお陰で
俺がプレーしやすくなる事が多いんだ。」
【私生活について】
Q:趣味は何かありますか?
「色々なことをするぜ。車も大好きで、今年はミニ・クーパーを買ったんだ。あのミスター・ビーンが乗ってたやつだ。1番魅力的なのはフォルクスワーゲンのマッジョローネ(ビートル)。もちろん持ってるよ。テニスやバスケも好きで、あとは映画かな。オカルト映画以外は観る。バイクもストレス解消になるな。」
Q:あなたは楽しむのが好きなようで、あなたがいたチームの監督はディスコに1番長くいるのはあなただと言っています。
「まあ踊りに行くのは好きだけどね。マドリードでもローマでもミラノでもよく行くよ。」
Q:あなたはファッショナブルな選手としても知られていますが(ほんとか!?)、着るものではどんなものが好きですか?
「若者向きのものなら何でも。カジュアルでシンプルなものを好んで着るんだ。」
Q:時計のコレクションもしているとか?
「腕時計は大好きで色々集めたよ。1番気に入ってるのはルミノール・パネライの時計。ロレックスとフランク・ミューラーのものも持ってる。」
Q:あなたの性格は閉鎖的だという人もいますが?
「用心深い方なんだろうね。だから暗くみえるのかもしれない。本当は慎重に物事を判断するだけなんだ。」
Q:長所だと思う点は?
「優しいところかな。母は、人間は自分よりも下にいる人の事を考えるようにしなければならないと言うんだ。俺達はどうでもいい事に必要以上に腹をたてたりする。でも、もっと苦しんでいる人を見れば自分がいかにくだらない事で腹をたてていたかが分かるというもんだ。母がこう言っていたのを思い出したよ。“例えば病院にいる人達を見に行ってごらんなさい”と。彼女は正しいと思うよ。」
【インテルについて】
Q:今シーズンはなぜインテルを選んだのですか?
「ラツィオを出ることになった時、1番賢い道を選んだと思った。それに俺はインテルが望んでいるのと同じように勝利を狙っているからね。」
Q:今の目標は?
「スクデットを獲ること。それは俺がたくさんお金をもらっているからじゃなくて、 昨シーズンラツィオにいた時、最終戦でACミランに取られてしまったから今年はぜひと思っているんだ。」
Q:得点王も?
「点を入れるのはもちろん好きだけど、いいアシストを出して他の選手に点を入れてもらうのも好きなんだ。それに、俺が本当に満足するのはチームが勝ったときだけだ。
得点王にもなりたいけど、優秀な選手は他にたくさんいる。」
Q:欧州最優秀選手としてあなたの名前を挙げている人も既にいるようですが?
「今のところ、それは想像にすぎないね。最優秀選手はもっと重要なものを勝ち取った選手が選ばれるものだ。俺はカップ・ウィナーズ・カップで優勝しただけだしね。
その点、例えばマンチェスターにはギグスやベッカム、ヨークやコールなどチャンピオンズリーグ、カンピオナートで勝った上にその他の小さいカップ戦でも勝った選手がたくさんいるだろ?もちろん最優秀選手には選ばれたいけど、それは難しいね。」
Q:あなたは何年かの間に技術的に大きな飛躍をとげたようですが秘密は?
「練習に励むことだ。グラウンドでも色々試すし、最も難しいシュートなんかも練習してるよ。」
【将来について】
Q:これまであなたはいつも麻薬について反対の声をあげてきましたね。
「俺は大麻などを吸ったことは1度もないし、他のものにも興味を持ったことはない。 それでも闘牛のように強い体を持っている。若者に言いたいのは、そういうものの力を借りなくても、努力すれば自分の力だけで人生の障害を乗り越えていく事ができるということだ。俺だって色々な問題を解決してこなきゃならなかったんだぜ。」
Q:1番難しかった問題は?
「多分俺の姓名じゃないかな。父のロベルトはセリエAのユヴェントス、サンプドリア、ボローニャでプレーしていたんだけど、俺がサッカーを始めた時、その事が重荷になってね。まるでオヤジのコネでプレーしているようにみられたもんさ。だから俺は必死になって努力した。俺がいたチームの監督たちはみんな俺の可能性を信じて
いつも試合に使ってくれたよ。」
Q:1番好きな監督は?
「インテルのリッピだ。これまでで最も気が合った監督だし、おそらく最も優秀な監督じゃないかな。俺がインテルに来たのはそれもあったんだ。」
Q:あなたにとってサッカーとは?
「1番面白いスポーツだね。若い時に学校でその個性を掴み出してさらに伸ばしてもらえるような教育を受けるべきだ。俺にとってサッカーは仕事。だからこそスクデット、イタリア杯、欧州選手権、W杯など一連の成功を手に入れるまで完全に満足できない。俺は勝利に飢えた男なんだ。」
Q:代表に選ばれるのはどういう意味がありますか?
「今までで1番嬉しいことだった。代表デビュー戦は緊張しすぎて何もできなかったし、フランスW杯の最後の2戦は前の晩に睡眠薬を飲まなければならないほどに興奮してたんだ。代表での試合はクラブの試合とは比べられないほど感動的なものだ。
来年は何としても欧州選手権で優勝したいね。」
Q:あなたの将来は?
「これまでの何年かは常に環境を変えてきた。毎年違うクラブでプレーしてきたから、今はミラノに少なくても5年は留まりたいと思っている。ここで勝利を手にし、サッカーやこれからの事などをゆっくり考えたいんだ。」