[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック



プロジェクトK 3日目
『まいりました。m(__)m 鷹島−加唐島−加部島』の巻
 SUBSET VERSION

2004年8月13日(金)


 三日目のスケジュールに関して、昨夜唐津シーカヤッククラブの会長さんに相談したところ、呼子から出て加唐島がどうやら、すごくイイらしい。むふふ・・・、どういう風にいいのか、よく分からないが、とにかく楽しみ、楽しみ・・・。

 また会長さんは、パイプをくゆらせながら、こうも付け加えた。「加唐島から帰ってきたら、必ずモンバサに寄って下さいね。」と。呼子からそのまま唐津を通過して愛知へと帰ろうと考えていたが、なんだろう?謎だ・・・。


 出艇場所は呼子町の小友の海水浴場から出ます。たかびーさんは、「仕事がある。」と言って夕べ遅く帰ったから、今日のメンバーは、Noriさん、たけさん、コウさん、そして私カミヤッカーの計4名。


 鹿島の半分を覆い尽くす、今まで見たことがないような巨大な柱状節理。驚愕です。アッパレ!


 私と同じ柱状節理フェチのたけさんです。


 降り注ぐ陽射し猛暑の中、鷹島から約5Km海峡を渡り、噂の加唐島へとやって来ました。美しい100m以上はある断崖が、どこまでも続き、大小さまざまな洞窟がありました。


印象的な二つの角を持つ岩。


 大きな入り江の奥に唯一あった石浜に上陸しました。そこで小休止、シュノーケリングを楽しみました。


 加唐島にある全て洞窟に入ってみたりして、加唐島の東海岸の絶壁を漕ぎました。


 すこし体を日陰で休めたのち、加部島に向けて漕ぎ始めた。加唐島の港をすぐ出た海面は、潮流のためだろうが50cmほどの三角波が立っていた。陽射しは強く、相変わらず焼きつけるほど暑い。

 私は、加唐島−加部島 間の約2.5Kmを漕ぎ切り、振り返ってたけさんとコウさんを見た。すると二人は、出発した加唐島の西隣にある松島の方角から漕いで来ていた。西の方角へ物凄い潮流で流されているのが、その時実感できた。そういえば今日は大潮だった。あとでモンバサへ戻り海図を調べたら、西へ最大2.3ノットの潮流と書いてあった。


 加部島の北側にある柱状節理が延々続く断崖。

 芥屋の大門は糸島半島の志摩町にあります。その場所こそが、魏志倭人伝に出てくるイト国、シマ国という説が有力です。

 ジェフ&ハダスが佐賀県を通過して福岡、本州へと目指したのと同様、魏志倭人伝の卑弥呼の時代より中国から朝鮮半島を経由して、対馬−壱岐−佐賀県の北部を通って福岡や本州を目指す時、必ずやこの加唐島の東海岸−加部島−鹿島、そして七つ釜、芥屋の大門を眺めながら通過して行ったことでしょう。まさにこの景色こそは、海行く旅人にしか見れない この上ない御馳走であったことでしょう。

 会長との約束通りモンバサに戻ると、なぜか人がいっぱいいた。会長は近づき「今夜、うちで花火やるから来ない?」と誘ってくれた。

 「今夜?うち?花火?」お誘いの意味は、イマイチよく分かっていないのだが、夕方から帰り始めようと考えていた私達にとって、夕方の渋滞に巻き込まれて遅れるのも、花火見て4時間遅れるのも、そう変わらないんじゃないか という結論にいたった。スケジュールに関しては、柔軟なのであった。

 お招きいただいた唐津シーカヤッククラブの会長宅は、なんと唐津城も望める絶景を見渡せるリバーサイドの素晴らしいロケーションにあった。今夜は、ちょうど花火大会の夜だったようだ。唐津シーカヤッククラブのメンバーとその家族も沢山集まってきた。


 このことだったのかぁ〜〜〜・・・。

 目の前で、ゆったりと花火大会が見れる特等席、心ゆくまで、たっぷり花火を堪能しました。

 9時過ぎ会長宅を後にして、イーグルスのCDをBGMに余韻に浸りながら(私の当番の時には『デスペラード』を延々リピート)、900Km・約14時間の徹夜の運転で帰りました。

関連ページ:たけさんのレポート

写真撮影 : カミヤッカー
テキスト : カミヤッカー
Special thanks to Mr.Toshihide Iwanaga.
2004.8.14-20



プロジェクトK 2日目に戻る