


<9月21日号>
8年ぶり総合優勝も喜び半分
◆全日本大学選手権 (8・23〜26 戸田ボートコース)
中大がかじつきペア、かじつきフォアの2種目を制し
、実に8年ぶりの総合優勝を果たした。チーム全体の
能力の高さを証明することができた中大だが、一方で
最大目標としてきたエイトでの敗戦。選手、スタッフは
ショックを隠し切れなかった。
発進鈍る
すでに総合優勝は決まっていた。あとは昨年エイトで敗れた
日大に借りを返すだけだった。準決勝でのタイムは日大を抑え
1位と好調なだけに期待は高まった。
前評判では、昨年と同じく中大と日大の一騎打ちと見られて
いた。しかしスタートで早くも明暗が分かれてしまう。「スタートを
失敗してしまった」(中村仁・経4)。好スタートの日大とは対照的
に最高方から3艇を追いかける展開を余儀なくされた。
中大が息を吹き返したのは中間地点過ぎ。前の2艇をかわし、
残り700メートルで2位に上がる。勢いは止まらないかに見えたが日大に
追いつくことはなかった。2位でゴールしたエイトクルーはがっくり肩を落とし
、しばらく動くことができなかった。
落胆が先
エイトの王座奪回を一番の目標にしてきた中大。それだけに、この敗北が
選手に与えた悔しさは計り知れない。柿沢義紀主将(理工4)は「日大のベスト
がウチのベストより上だった。悔しいが認めるしかない」と総合優勝の喜びよりも
先にエイトでの敗北の無念さを言葉にした。
総合優勝で中大の総合力の高さ、選手層の厚さを証明することはできた。
「柿沢をはじめとする4年生のおかげ。全体をよくまとめた」と阿部コーチは振り
返る。選手全員で勝ち取った総合優勝。確かに立派な成績であるが、エイトで
負けて手放しで喜べるほど中大漕艇部のプライドは低くない。
ボート競技の花形であるエイト。このタイトルを奪回することが、次の世代に
託された重大な使命となる。
大会結果
▼総合 @中大、明大 B日大
▽かじつきフォア @中大 A東経大 B日大
▽かじつきペア @中大 A東北大 B日大
▽エイト @日大 A中大 B早大
塩田、310`の栄光 〜重量挙部〜
◆東日本ウエイトリフティング個人選手権大会 (8・2〜4 横浜市磯子スポーツセンター)
最重量級の+105`級で塩田篤志(総3)が見事優勝を果たした。また、
69`級で伊藤雅広(経3)が94`級で八田洋平(商4)がそれぞれ2位に
入った。今大会は並木新監督を迎えて初めての大会。並木新体制になって
から日は浅いものの、最高の形でスタートすることができた。
一人舞台
無念の黒星・・・連覇狙うも東日本3位 〜バレーボール部〜
◆第20回 東日本大学バレーボール選手権大会 (6・28〜7・1 駒澤体育館 他)
春季リーグでは4年ぶりに全勝優勝の快挙を成し遂げた中大。連覇がかかる今大会も
快進撃を見せるかに見えた。しかし迎えた準決勝、中大は順大の厚い壁に屈することに
なった。四冠への道は早くも閉ざされた。
徹底マーク
いらだちがついに爆発した。セットカウント2対1で迎えた準決勝第4セット。村上龍介主将
(経4)はチームコートにボールを思い切り叩きつけていた.
この日、村上主将自身も精彩さに欠けるところはあった。しかし春季リーグスパイク決定率
57%を誇る村上主将はチームの頼みの綱。メンバーは村上主将に球を集め続けていた。
だが相手は春季リーグのリベンジに燃える順大。三連覇を阻まれただけあって、マークは
そう甘いものではない。村上主将の放つスパイクはコースを読まれ、順大の厚い3枚のブロックに
無情にも打ちのめされる。そんな自分へのいら立ちと、他のメンバーのサポートが得られない
ことへの怒りを、村上主将はボールへぶつけるしかなかった。
奮起及ばず
それでも第4セットを落とすまでは「全然メンバーは焦っていなかった」と望月雅史主務(経4)は
言う。春季リーグ全勝優勝という偉業から生まれた甘えやおごりは、選手の心にスキを与えていた。
第5セット、ようやくチームがまとまりかけるも、もはや順大に傾きかけた流れを食い止めることは
できなかった。準決勝敗退。格下と思われていた順大にまさかの敗北を喫することになった。
今後は秋季リーグとインカレの2大会を控えている。「まだ負けを引きずっている。今の状態でいったら
話にならない」と栗生澤監督は重い口を開く。しかし本来ならば中大は他校を圧倒できる実力を
持っている。優勝への望みは十分あるはずだ。そのためにも一日も早く、勝利への貪欲さを取り戻さねば
ならない。
大会結果
@筑波大 A順大 B中大、東海大
植木、新世紀のスプリント王 〜自転車競技部〜
◆第57回 全日本大学対抗選手権自転車競技大会 (8・30〜9・2 山形県・新庄サイクルスポーツセンター)
連載コラム・トライアングル 「ケガがもたらした成長」
連載コラム・ハコネへの道
「富田善継・失われた輝きをもう一度・・・」
“富田善継”。大学陸上界でこの名を聞かなくなって久しい。1年次に鮮烈
デビューを飾った富田(商4)も今や主将を務める身だ。長い付き合いとな
ったケガとも決別し、ハコネで表舞台への復活を目指す。
衝撃的だった。99年のハコネで一年生ながら8区をまかされ区間2位とい
う快走を見せた。周囲は“新たなヒーロー誕生”に沸いた。しかし、活躍の
時期もそう長くは続かなかった。
2年次の全日本も区間2位と期待に応えた富田であったが、それを最後に
試合から遠ざかってしまう。左フトもも裏の故障。分かっているのはそれだ
けだった。レントゲンには写らない脚の異常。幾つも病院へ足を運ぶも、具
体的なことはわからなかった。
走れないだけでなく、治療法も見つからない。先が見えない闇の中、自分
は何をしたら良いのか・・・。苦悩の日々が続いた。「やめようと思った。
でも自分には陸上しかなかった」。
必死にもがく日々の中、仲間の走っている姿が富田のランナーとしての血
を騒がせた。“走りたい”。強く思った。それに応えるかのように体も徐々
にではあるが動きを取り戻していった。1年に及ぶ暗く長いトンネルに出口
が見えた。
今年の夏合宿、富田は1日50`走れるまでになった。しかし、復帰はま
だ早いという。見つめる先は“ハコネ”だ。「走ってチームに貢献したい」
。その言葉の裏には最後にかける思いがある。長期の離脱というハンディは
確かに厳しい。しかし、その壁を乗り越える力と信念は富田に十分に備わっ
ているはずだ。
連載企画・人生いろいろ
「金田 喜稔氏」(サッカー解説家)
各界で活躍するOB・OGを訪ねる「人生いろいろ」。第9回は日産、
日本代表で中心選手としてプレーし、現在はテレビ・ラジオの解説で
おなじみの金田喜稔氏(43)です。
――― 現在の活動は
金田氏 解説以外の仕事では、少年・少女にサッカー教室を開いている。
今は代表の強化委員もやっていないし、強化よりも普及に力を注いでいるね。
――― 解説者として気をつけていることは
金田氏 自分が現役の時、当時の解説者にけなされて、腹が立っていたんだ。
だから逆に、なるべく誉めるようにしている。あとは、小中学生にも分かりやすい
言葉での解説を心掛けている。でも代表の試合は特別で、冷静に解説できなく
なっちゃうね。
――― 現役時代の苦労は
金田氏 ケガはあまりしなかったんだけど、1度だけ恥骨を骨折してしまった。
今では1週間で治るケガだけど、10ヶ月もかかってね。当時は例がなくて、
治療法も分からなかったんだ。
――― サッカー以外の趣味は
金田氏 ゴルフ。結構本気でやっていて、シニアプロを目指しているよ。
――― 普段はどんな生活を
金田氏 家族サービスは多いと思う。今年はもう3回も沖縄に行ったし、またすぐ
行こうなんて話している。平日に休みがとれるからできることだけだ。
――― 将来については
金田氏 今は監督やコーチになることは全く興味はない。基本的には、このまま
サッカー教室を続けて、サッカーを好きになってくれる子供を増やしたい。
――― 来年のW杯について一言
金田氏 世界中の人が日本を見ることになる。サッカー以外の部分も。だからW杯
は国全体の評価につながる。世界の人々が日本をどう評価するのか楽しみだ。
――― 中大生に一言
金田氏 「好きなことは何」と言われて答えられる人は少ないと思う。大学生のうちに
好きなことを見つけられればいいんじゃないかな。とても難しいことだけど。あとは
大学生活ほど楽しいものはないよ。有効に使って下さい(笑)。
金田氏は常に「アンテナをのばしている状態」でいるそうです。今なお「好きなこと」を
探し続け、充実した生活を送っている金田氏。サッカー解説者という職業は金田氏の
人生の通過点にすぎないのかもしれません。
金田喜稔氏プロフィール
かねだ・のぶとし 昭和33年2月16日生 サッカー日本代表として58試合に出場した
名ドリブラー。平成3年に引退し、Jリーグ開幕と同時に解説者となる。その後日本
サッカー協会強化委員を務め、選手の育成に尽力。現在は少年少女を中心にサッカー
教室を開き、全国を飛び回っている。