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今夜の番組チェック


                 <9月23日 更新>

学生記録までマジック1

◆第78回 日本学生選手権水泳競技大会(9・6〜8 名古屋レインボープール)

 日大に次ぎ史上2校目となるインカレ9連覇。着実に力をつけてきた
筑波大に終始苦しめられたものの、全16種目で入賞を果たした中大
は、今年も水の王者の貫禄を見せつけ、学生優勝記録まで「マジック
1」とした。

皆で勝った

 インカレ優勝記録は日大の持つ「10」。例年になく熾烈な戦いを繰り広げた
今年のインカレを制し、見事9連覇を果たした中大。大会記録へ王手をかけた。

 初日、まずは阿部大輔(経2)が50m自由形で自己ベストを出し3位に入賞
すると、続く土屋智嗣(商4)も同種目400mで自己ベストと大会記録をマークし
2位に。さらに100m平泳ぎでは北島(日体大)不在のチャンスをものにした
山下誠(法1)が自己ベストで初優勝。これで波に乗った中大は400mリレー
も制する。好調な滑り出し、と思いきや総合得点でわずかに筑波大がリード。し
かし「今日は上出来。中大の得意種目はこれから」(高橋監督)と全く焦りはない。

 続く2日目。リレー3種目制覇での完全優勝を胸にメドレーリレーに臨む。前日の
フリーリレーでは一人を抜き、チームの中心勢力として活躍した細川大輔(法2)
も、この日は最後まで前を捕らえることができず、悔しい2位。完全優勝の夢は来
年へ持ち越しとなった。しかし「初日のようなレースをしよう」と皆で声をかけ、気持
ちを切り替えた。

世界は近い

 そしてむかえた最終日。谷口晋矢(法4)の400M個人メドレー4連覇に会場が
ひと際大きな熱気と歓声に包まれるなか、インカレのトリともいうべき800Mリレー
が始まった。今まで連勝を築いてきただけに「これだけは負けたくない」とこの種目
にかける中大の思いは強い。第1泳者の西井照善(経3)から第2泳者細川へ3位
でつなぐ。ここから細川が2人抜きトップに踊り出て、続く竹内佳孝(経3)も1位を
守りきり第4泳者近藤啓太(文4)へ。残り50M、体一つ以上リードした中大の勝利
はもはや確実。総立ちの観客が息をのんで見守るなか、ついにゴールした。プール
に飛び込み、仲間たちに向かってガッツポーズをする4人。「皆で勝ちとった9連覇」
の喜びを共にかみしめていた。

 科学トレーニングという独自の練習方法や選手とスタッフ陣の強い信頼関係を
原動力に、これまで大学水泳界をリードしてきた中大。インカレにおける数々の圧勝
劇を振り返れば、その強さは言うまでもない。その中大が筑波大にあわや敗北という
状況を「中大が弱くなったのではなく、中大のやり方を取り入れ始めた他大が強く
なっただけ。これこそインカレの理想の姿であり、大学水泳のレベルアップにつながる
んだ」と語る高橋監督の見据える先は世界。インカレを通過点の一つとし、今後も
選手とともに上を目指していた。


吉田、揺るがぬ女王の座

◆第71回 日本学生陸上競技対校選手権大会 (9・6〜8 国立競技場)

 女王の座は渡さない。女子三段跳決勝は吉田文代(文3)が13m18の
自己ベストを更新し、昨年に続き連覇を達成した。2位以下を大きく引き離
し、格の違いを見せ付けた。男子では、山本一喜(法1)が73m22を記録
し、新人ながらその怪物ぶりを発揮した。他の種目でも入賞者を多く出した
中大は女子3位、男子5位という好結果で大会を終えた。

 13m18。1本目でいきなりたたきだしたのは、15cm更新となる自己ベスト。前
日の大雨が上がった国立に吹くかすかな追い風は、吉田の女王としての存在を
本物にした。「風も良かったし、体も動いた」。6本の跳躍はすべて12m90以上
をマーク。昨年の優勝とはまったく違う。吉田の確かな成長を感じさせる2連覇だ
った。

 自己記録更新の予感はあった。今年になって「キレが出てきた」という吉田の跳
躍。自己ベストも13mの大台に乗った。8月には日本選手権2位、種目別優勝など
の実績を買われ、アジア選手権にも出場。日本代表に選ばれることも多くなった。
もう学生にライバルはいない。自分との戦いのなかで大きな節目となるインカレは
人一倍思い入れの強い大会。記録は出るべくして出たものだった。

 優勝しても、記録が伸びなければ意味がない。三段跳の女王としてのプライドは
年々高くなっている。周りからのプレッシャーと使命感。周りのためにも、自分の
ためにも、勝利は当然のことになった。しかし、今やそんな重圧と緊張感も自分自
身の力に変える。「皆が見ていてくれるから、頑張れる」。

 それでも今回の結果にはまだまだ満足できないと話す吉田。「ちょっとくらい悔い
があった方が次はもっと頑張れるから」。来年こそ正念場。もっともっと吉田は強く
なる。

吉田文代プロフィール
よしだ・ふみよ 昭和56年4月25日 千葉県出身 成田高卒
160cm B型 趣味・買い物

山本、1年生王者

不満足V

一回り大きな姿がそこにはあった。関カレでは1年生ながら2位入賞を果たした
山本。今大会ではさらに強みを増し、抜群の安定感で他を圧倒。見事優勝を飾っ
た。

 関カレから4ヶ月。山本はこの短期間で多くのことを成し遂げてきた。6月の全
日本ジュニアで自己記録を3mも更新する74mの大会新記録で優勝。そして
「今年一番の目標」と話していた世界ジュニア選手権(ジャマイカ)へ出場。8位
入賞を果たした。その成長振りは目にあまるものがある。

 そしてインカレ。ファールした1本を除いた5本はすべて70m超えを果たし、6投
目は73m22の高記録を出した。ただ山本に満足の様子はない。「75m以上を
狙っていたのでちょっと、、、」とあくまで記録へのこだわりを見せる。

 1年目にして大学日本一を勝ち取った山本。残すは学生記録80m59の更新と
なる。関カレ終了後は「大学4年間の目標」と語っていた山本だったが現在では
「来年には(80mを)出したい」とより近い目標へと位置づけを変えた。本人ですら
その能力を計り知ることはできない。この先楽しみな選手だ。

山本一喜プロフィール
やまもと・かずき 昭和58年10月8日生 広島県出身 
甘日市高卒 190cm・85k A型


無敵艦隊、鮮やかに復活

◆第29回 全日本大学漕艇選手権(8・22〜25 戸田ボートコース)
 
 大本命として迎えた決勝レース。中大エイトクルーは、他校の厳しいマークをもの
ともせず、3年ぶりの勝利をつかんだ。内容よりも結果を――。昨年、一昨年の悔し
さをバネに、中大は大舞台で、自らの強さを証明した。

早中激突

 エイト以外のレースは前座――。そう思わせるほど、レース場は興奮と熱狂に包まれ
ていた。「エイトでの勝利は他のレースの勝利とは違う」(福田監督)。創部50周年
を迎えた中大のエイト勝利への執念は並々ならぬものがあった。
 
 予選タイム一位。他レースでの実績もずば抜けている中大は、エイトの大本命と見
られた。しかし、本命が勝つことの難しさは過去2年で身をもって知らされている。
おごりや油断があるはずもなかった。

 迎えた決勝レース。スタートから飛び出したのは中大と早大。今年創部100周年の
早大は、モチベーションが高く、「春からよい準備をしていた」(高井良幸主将・法
4)。決勝レースでも中大の実力についていけるのは早大のみ。レースは2艇の一騎
打ちとなった。中間地点(千b地点)で中大が突き放しにかかる。差は最大で1挺身
差まで広がった。勝負はついた。誰もがそう思った。しかし、早大の驚異的な粘りに
あい、徐々に差が縮まっていく。ここで生きたのが昨年の経験だった。「自分たちの
実力を発揮すれば、負けるはずがない」(高井主将)。8人のうち6人が昨年のレー
スにも乗っている。昨年は相手を意識しすぎてしまった。しかし、今年は最後まで自
分たちのレースに徹し、決して冷静さを失わなかった。迫る早大を抑え、中大が1番
でゴールした。3年ぶりに学生王座を取り返した瞬間だった。

史上最強
 
 エイトでの戦術。そして出場種目すべてで決勝進出を果たした。春からの激しいシー
ド争い、他を圧倒する練習量により、学生レベルでは収まらない実力を身につけてい
た。

 「今までの中大の歴史で最強のチームだと思う」と話す高井主将の目は本気だった。
誇張した表現ではなく、誰もがその意見にうなずけるほど、今年の中大は強かった。
エイトだけではなく、大会そのものを支配する存在へ――。中大は進化を続ける。
(武内崇幸)

大会結果 エイト@中大A早大B法大  
     舵手付きフォア@中大A日大B同大
     舵手なしフォア@立大A明大B中大
     クォドルプル@日大A日体大B中大
     シングルスカルA中大
     ダブルスカルC中大


箱根への道 第35回「田幸ハコネ制覇学」

 再びの母校。再びのハコネ。伝統に花咲かす。選手としてではなく、コーチとして。

 5月1日、田幸寛史コーチ(平3卒)が監督、選手の強い要望によって就任した。母
校、実業団、そしてコーチとしての実績を認められての結果だといえる。

 第65回箱根駅伝では8区、第67回には2区を走った。川久保コーチは同卒の仲間。
共に駅伝を知り、互いに信頼を寄せる。この2頭体制で箱根制覇を目指す。

 温故知新。それが田幸コーチのやり方だ。「環境の変化は逆に(選手に)悪影響を
与える」。自分の色を前面に出さない。従来の練習のなかで自分のするべきことをす
る。そこから新しいものを見出すという。

 足をつくる、スタミナをつける、スピードを伸ばす。決してレベルの高いことをするわけ
ではない。だからこそ徹底する。20kを走りきる走力。この力を秋へ向けて完成させる。
「レースの失敗も下地があればばん回可能。後は調整の問題だ」。まずスタミナを
伸ばせばスピードが、スピードが伸びればスタミナが落ちる。つまり質が要求される。
しかし、この底辺を形成する時期に限って量イコール力、絶対量の練習は選手の自信を
植え付け、実を結ぶという。

 またメンタル面では勝利への意識を高めている。選手について田幸コーチは「頭で
考えすぎ。今は藤原の勝利への強い意識に良い影響を受けてほしい」それが選手とし
ての成長を促すと強く語った。

 元選手としてコーチとして、さまざまな点から状況を判断し、選手の力を最大限に
引き出す。すべては全力で戦い、全力で勝利を得るため。田幸コーチの箱根への道は
始まったばかりだ。


人生いろいろ 矢内廣氏 (ぴあ社長)

各界で活躍するOB・OGを訪れる「人生いろいろ」。第15回は雑誌『ぴあ』、チ
ケットぴあ株式会社代表取締役社長・矢内廣氏(52)です。

――在学中はどんな学生でしたか

矢内氏 映画研究会に入っていた。小学校の頃からよく映画は観ていて、映画の新しい表
現が誕生し始めた。自分の知っているものと違う世界を見て「映画ってこれほどのものか」
と思った。これが雑誌「ぴあ」の基本になっているんだ。

――「ぴあ」は創刊後、チケット事業も始めました
 当時、チケットを買う場所は都内にしかなかった。買うときは遠出しなくてはならない人も多
かった。それで一人でも多くの人へ「観る」チャンスを与えたかったんだ。それが始まりだね。

――理念、信条を教えて下さい
 昔は映画でもなんでも評論家が「観なさい」と言うものだけを見ている風潮があった。でも、見
方や感覚は人それぞれ違う。だから「ぴあ」の雑誌では情報を並べるだけにしている。評価は
読者にまかせればいい。そう思っている。

――苦労などはありましたか
 苦労とは思わなかった。無我夢中でそんな事を考える余裕もなかったね。今思えば、大変な事を
していたと思う。

――休日の過ごし方は
 いやどうだろうね(笑)。休みはあってないようなもんだから。映画も観たくてもいけないなあ。でも
「ぴあフィルムフィスティバル」で若い人の映画はたくさん観ているよ。

――今後の目標は
 「感動のライフライン」を構築する事・20世紀は心の時代、今の時代に用意されるべきライフライ
ンは心が豊かになるもの。エンタテイメントの情報、サービスを与え続け、ひとりひとりの生き生き
とした生活を支えていきたい。

――中大生に一言
 自分で面白いと思うことを見つけないと人生が貧しくなってしまう。「こういうふうになりたい」とリア
ルに描いていきながら生活していってほしいね(笑)。 お忙しい中、我々の質問に誠意を持って答
えてくれた矢内氏。若くして会社を興し、ここまで発展させたエネルギーを感じ取る事ができました。
〈構成・武内崇幸〉

矢内廣氏プロフィール
やない・ひろし 昭和25年1月7日生 大学在学中にアルバイト仲間とともに月刊情報誌「ぴあ」を創
刊。その後昭和49年にぴあ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任する。レジャー・エンタテイ
メントを楽しむための情報やサービスを届け続け、人々の生活を豊かにする役割を担っている。


トライアングル 「海外進出?海外流出?」

 最近、日本のスポーツ選手が海外のチームに移籍する事が増えています。プロ、アマに限らず、
海外思考が強くなっているようです。日本バレーボール界のエース・加藤陽一選手がイタリア・セ
リエAの強豪トレベソに移籍し、また野球、サッカー界では毎日のように選手の移籍話が報道さ
れています。我々はこのような選手の海外移籍をどのように受止めれば良いのでしょうか。

日本のトップクラスの選手が移籍してしまうことは、ファンにとって寂しい事です。大好きな選手を生で
観戦できなくなり、観客が減ってしまうなど影響が出てくるかもしれません。また、日本国内のスポー
ツのレベルが下がってしまう恐れもあります。

 しかしながら、我々は日本人が海外で活躍するのを観る事によって勇気付けられ、純粋に嬉しく
思います。確かに生でのプレーを観るのは難しくなりますが、より大きな舞台で活躍したり、よりレ
ベルの高いプレーを日本から見ることも、それと変らないくらいワクワクします。

 レベルが下がってしまう問題も、見る側の考え方で解決できないでしょうか。下がるといっても、抜
ける選手はごく少数で、試合事態はつまらなくなることはありません。観る側は、一人の選手に依存
しすぎています。甘えすぎず、自分で視点を変えていき、自ら楽しみを見つけるべきではないでしょうか。 

 一昔前では、日本人の海外移籍は、教会など上からの押さえつけによりつぶされていました。現在
では個人の考え方が尊重され、また数人の日本人が海外で活躍することにより、扉は大きく開かれ
ました。スポーツ界以外ではもっと早くから海外思考が強かったと思います。実際に進出も行われて
いました。現在では大学生でさえ、海外で働きたいと思うようになっています。そう思えば、スポーツ界
の考え方がようやく一般の世界に追いついてきたとも言えます。そんなスポーツ界の成長を、我々は
邪魔をするべきではないのではないでしょうか。(本誌副主筆・武内崇幸)