<11月1日 発行>

春の挫折乗り越え秋連覇

◆秋季関東大学卓球リーグ戦(9・11〜15 代々木第二体育館)

中大が2季連続の秋季優勝を果たした。「奇跡」とも呼ばれた大逆転劇から1年。
今年は優勝すべくして勝ちとった勝利。「技術力・精神力ともにチームの柱」(鈴
木監督)の渡辺隆司主将(文4)とともに4年生がチームを引っ張った。優勝が決
まると、歓喜の声は体育館中に響き渡った。また渡辺主将はリーグ通算30勝(9
敗)という偉業を達成、殊勲賞を獲得した。
 
 歓喜の渦
 
 井内潤(文3)のスマッシュが相手コートを切り裂くと、選手全員がベンチを飛び出した。濃
青のユニホームが一斉に井内のもとに駆け込み、そして倒れこんだ。2季連続の秋季優勝。
5戦全勝の完全優勝で栄光を勝ち取った。
 
 優勝のかかった最終日の明大戦は序盤から接戦が続いた。1番手の布川友昭(経4)、2番手の
松島卓司(経4)がともにフルセットで敗北。3番手の田中雄仁(経1)も2ゲーム先取され、明大ペ
ースの戦いが続いた。
 
 第3セット10‐11でのタイムアウト。極めて勝利が困難な場面から逆転劇は始まった。「向こうの精
神的優位なところを逆手に取った」という田中。今大会全勝、優秀賞を獲得した大物新人は驚くほど
冷静だった。「自分が取れるパターンにもっていけ」というベンチの指示通り得点をあげた田中。追
い込まれミスを続けた相手を尻目に、3−2の逆転勝ちを収めた。
 
 反撃の流れを手離さない。「4年生主体のチーム。その中心が渡辺主将」(鈴木監督)。ダブルスで
登場した渡辺・松島組。渡辺主将がチームの願いを一身に背負い貴重な2勝をあげた。最後は井内
が関東シングルス1位の明大・並木を粉砕。4−2と底力をみせつけた。

 「1,2番手の頑張りが後につながった」と、4年生2人の粘りを称えた渡辺主将。鈴木監督は「全員が
役割をこなしてくれた」と嬉しさをかみしめた。「よくやった」。試合後、ベンチ裏で見せた闘将の涙が、選
手を一番奮わせた。

以心伝心

 始まりは春の惨敗だった。「奇跡」とも呼ばれた昨秋の優勝から一転、屈辱を味わった春季リーグ戦。
「優勝したいなあという気持ちが優勝に変わった」(松島)と渡辺主将とともに4年生5人が立ち上がった。
入れ替え戦常連時代に入学。「リーグ優勝」という高い目標に向かって力を蓄えてきた5人は、春の雪辱
と4年間の集大成に燃えた。

 夏合宿では常識を超える練習量をこなした。「(下級生に)不満が出てもしょうがない」(渡辺主将)と嫌わ
れ役も覚悟。「勝ったら文句言われないだろう」(松島)。結果だけ追い求め、ひたすら練習を重ねた。

 そして、「ついていったら間違いないと思った」(井内)、「勝つためには努力しかない」(田中)。下級生に
その思いは伝わっていた。4年生の頑張りは、団結力という最大の武器をチームに導いていた。インカレで
宿敵・明大を撃破。6人が関東ランクに入った。秋季リーグ直前、渡辺主将の手ごたえは「普通にやれば
絶対に優勝できる」と確信に変わっていた。

 勝つべくしてつかんだ勝利。それは戦力での圧勝ではなく、練習の積み重ねが表現された場だった。「努力
は結果につながると心から感じた」と話す渡辺主将。優勝の瞬間、喜びとともに大きな安堵が訪れた。緊張が
ほぐれたさわやかな笑顔だった。5戦全勝、落としたゲームわずか4.その成績が全てを物語っていた。

大会結果 @中大 A明大 B専大

遠すぎる決勝への道

◆第51回 全日本学生剣道優勝大会(10・13 大阪府立体育会館)

8年ぶりの全国制覇はならなかった。中大は関東大会準優勝の勢いそのままに、
強豪・法大を劇的な逆転勝ちで破るなどして、順調に準決勝まで勝ち進んだ。
しかし、決勝を目前にして格下の日体大にまさかの敗北。昨年に続き、決勝への
道は目前にして閉ざされてしまった。

「負ける気がしない」。インカレ前、上原祐二(法3)は意気揚揚と話していた。事実、中大には
野口貴志主将(法4)、上原だけでなく友井浩一朗(商4)ら、他大なら間違いなく大将になれる
逸材がそろっていた。関東大会は準優勝に終わった。しかし「決勝で負けて、チームが一つに
なった」(上原)と団結力はよりいっそう向上した。

序盤のヤマ場は3回戦の法大戦。関東大会準決勝の再現となった。雪辱に燃える法大の
強さは並大抵のものではなく、一時は敗北も覚悟した。しかし、中大は副将・友井と大将・
野口の活躍でかろうじて勝利した。中大はこの勝利で勢いづいた。中大はこの勝利で勢い
づいた。久々の全国制覇へ向け、もはや障害となる敵はいなかった。

そして準決勝。相手は関東大会ベスト8の日体大。戦力は中大が数段上だった。先鋒の
城戸が勝ち、チームに勢いがつくと思いきや、続く横山が敗れ逆転される。その後は
日体大が無理な攻撃を仕掛けず、引き分け狙いの作戦で挑んできた。負けないのに勝てない。
大将戦を残して1対1.本数差でリードされている中大が決勝に進むには、大将戦で勝つ
以外に道はなかった。

大将はもちろん野口。開始早々ドウを取り、チームの流れを一変させた。試合時間は5分。
このまま逃げ切れば決勝進出となる。しかし、終了直前になってメンを取られてしまった。
このままでは敗れる。焦った野口は捨て身の攻撃で襲い掛かるも、逆にコテを取られて
しまった。うなだれる野口。試合後、選手たちはがっくりうなだれた.涙を流す部員もいた。
北原監督は「最後は野口がメンを取ったと思ったけど、、、。審判も人間だからね」と無念の
表情をにじませていた。昨年も準決勝で日大に敗れ、姿を消した。雪辱を期して臨んだ
今年もまた決勝の扉をたたくことはできなかった。

大会結果 @筑波大 A日体大 B中大、大体大


中大イレブン、涙の逆転優勝

◆関東大学サッカーリーグ戦2部(4・13〜10・27 江戸川区陸上競技場他)

長い1年が終わった。悪夢の降格から363日。中大は2位で迎えた最終戦。
首位日大との自動昇格をかけた直接対決に勝利し、2部優勝、1部昇格を
決めた。「1年で1部昇格へ」という最大の目標を見事果たした。

「楽しんでサッカーしてこい」。山口監督はそう言って最終戦のピッチに選手を送り出した。
前節首位から陥落した中大は最終戦、日大との直接対決に勝利することのみが自動昇格
への条件だった。その状況下でチームは異常なほど落ち着いていた。「勝つだけ」。全員が
吹っ切れていた。

試合は激戦を極めた。開始早々8分、退場者を出した中大は残り80分近くを10人で
戦わなくてはならなくなった。しかし、選手たちは動じなかった。前半22分、中村憲剛
主将(文4)のフリーキックをDF柴村直弥(商2)が頭で叩き込み先制点を奪う。日大の
猛攻が始まった。後半8分、同点に追いつかれた。数的不利の中、もう1点もやれない
状況。FWまでが後ろに下がって守った。絶体絶命のピンチもDF上野和彰(法3)が
ゴールライン上で相手シュートをクリアした。必死の戦いが続いた。

順風満帆かと思われた。安定した守備。鋭い速攻で勝ち星を重ねた中大は前期3節から
首位を走り続けた。2位との勝ち点差も4と独走状態を築いていた。優勝もあと一歩と
した12節、流経大戦で敗北を喫し、連勝は6で止まった。続く13節、明大戦は引き分け。
10試合続いた首位からついに転げ落ちた。重圧が重くのしかかる。しかし、チームの
集中力は決して切れなかった。

後半12分、一瞬の隙を見逃さなかったのは中村主将だった。「絶対決めてやる」と敵陣を
1人で突破。GKとの1対1を決めて、再びリードを奪った。10分後、吉田弘爾(総4)が決定
的な3点目を決め、2点差とした。長いトンネルの出口が見え始めた。

「ピー」。試合終了、そして2部との決別を告げる笛がピッチに鳴り響いた。選手、監督、
コーチ、マネジャーが歓喜の輪をつくる。山口監督の胴上げが始まった。中村主将は
人目をはばからず泣いた。全員この瞬間のために戦ってきた。1部へと戻るためにーーー。
一回り大きくなった中大が戻ってくる。


中村主将、アシスト王
「主将として、司令塔としてチームを引っ張った中村主将にアシスト王という称号が付け加え
られた。スペースの裏をつくキラーパス、相手の裏をかくトリッキーなパス、正確なプレイス
キックで稼いだアシスト数は10におよぶ。自ら取った4得点も含め、中大の大半の得点に
絡んだ。「チームに対する役割を果たせた。それが数字になった。(アシスト王を)最後の
年に取れて良かった」と初タイトルに充実した手ごたえを感じる中村主将。記憶とともに、
記録にも残る存在となった。

中村憲剛プロフィール
なかむら・けんご 昭和55年10月31日生まれ 東京都出身 都久留米高卒 175cm・
65kg O型 趣味・音楽鑑賞


ベストイレブン
MF中村 中大の司令塔として多くのゴールを御膳立てした。

FW吉田 7得点はチーム得点王。苦しい時間に貴重な得点を重ねた。

GK植村 安定したキャッチングでゴールを守った。

DF柴村 前期ストッパー、後期リベロとしてプレー。鋭い読みでピンチの芽を摘んだ。


中大イレブン一言感想 〜笑いあり涙あり〜

MF中村「最高です。(泣いたのは)感極まった。1年間はきつかったけど、今
振り返ると全部楽しかったと思える」

FW吉田「(昇格して)自分たちの責任を果たせた。自分が点を取ることは考えて
いなかった。結果としてチームの役に立ててよかった」

MF寺内「今年は充実して試合に臨め、サッカーに専念できた」

GK植村「長かった。簡単な試合はなかった」

MF伊藤「うれしい。周りの人がカバーして助け合ったりして勝てた」

DF柴村「絶対上がってやるという気持ちでやってきた」

佐藤コーチ「選手を含め、私も良い経験をさせてもらった。女子マネージャーも
出場しなかった選手もみんな頑張った」


トライアングル「障害者スポーツの浸透」

アジア・オセアニア地区の障害者スポーツの祭典、釜山フェスピック大会が10月26日から韓国の釜山で
開かれています。最近ではパラリンピックはもちろん、知的障害者のサッカーW杯や、車椅子バスケットボ
ールの世界大会などが大きく報道されています。障害者スポーツが世間から注目され始め、ここ数年急激
にメディアへの露出が大きくなってきました。誰でも簡単に観戦ができ、楽しむことが出来るようになりました。

 一昔前にくらべ、生涯者に触れる機械がスポーツの報道によって増えたのは確かです。誰もが交流をする
事ができる環境は、現在の社会ではまだ実現していません。それを考えれば、今障害者のスポーツに注目
が集まり、多くの人が観ることが出来るようになったのは喜ばしいことだといえます。

 しかしながら、心配な点も出てきます。日本ではどうしても障害者を特別視してしまっている風潮があります。
生涯者の方々は車椅子にのることは特別なことではないとよく言います。それは私たちが目が悪いから眼鏡
をかけるのと同じ事なのだそうです。しかし、このような事を理解できている人はごく少数でしょう。障害社の事
をよく知るためにスポーツを見る事は、悪い事ではありませんが、残念ながら深い理解は得られません。報道
されている部分だけで満足してしまうと言うのは問題といえるのではないでしょうか。

 現在のように、障害者スポーツが注目され、大きく報道され始めたのは素晴らしい進歩であると思います。しか
しながら、マスコミを通した「遠くから見る」ということだけでは足りないのではないでしょうか。今、少なからず存在
する健常者と障害者の溝を埋めるには「遠くから見る」ことと「近くで見る」ことのバランスが重要だと言えるので
はないでしょうか。(本紙主筆・武内崇幸)


人生いろいろ「第16回・藤井康生氏」(NHKアナウンサー)


各界で活躍するOB・OGを訪ねる「人生いろいろ」。第16回は大相撲や競馬・水泳などスポーツ実況と
言ったらこの人、NHKアナウンサー、藤井康生氏(45)です

――この職業を選んだのは

藤井氏 大学時代は勉学に励んだというよりは、友達と野球チームを作ったりして遊んでいた。何になりたいのかも
わからなくて就職活動も全くしていなかった。そんな時掲示板を見たら、NHKの求人募集が合ってね。軽い気持ちで
受けて見たら、本当に受かってしまってびっくりした。

――新人の頃の思いでは
 放送で使う共通どのアクセントに苦しんだね。少しの原稿を読むのに四苦八苦だった。あとは、高校野球の地方予選
で一日実況の練習をしたことかな。観衆の少ないのに大声で話すものだから、選手に振り向かれた事も合った(笑)。

――実況の面白さは
 スポーツの歴史の1ページに立ち合えたという喜びが大きい。選手へのインタビューはスポーツを彩る大切な場面なん
だ。いかに相手に気持ちよく話してもらえるかが腕の見せ所。「どんな話をしてくれるのかな」といつも楽しみにしている。

――印象に残る選手は
 一流になる人はみんなすごい。話をしたら「格が違う」ってすぐわかる。考え方もしっかりしているし、練習の取り組み方も
とても真似できないからね。

――マスコミを志す学生にアドバイスを
 マスコミは「真実を伝える」ことが使命であることを肝に銘じてほしい。自分の意見だけでものを言えないのもマスコミ。そん
な時でも、正しくない事は正しくないと言えることが必要だね。

――休日の過ごし方は
 学生時代から好きな競馬を見たり、たまにだけどもゴルフもする。

――中大生に一言
 社会人になって思ったのは「学生時代は自由に使える時間があったなあ」ということ。その貴重な時間をいろんなことに挑戦
して感性を磨いたり、礼儀など人間として大切な事を学ぶのに使ってほしいね。

 藤井氏は、我々にも記者としての貴重なアドバイスをしてくださいました。色あせる事のないスポーツに対する情
熱が、藤井氏の仕事に対するエネルギーになっているのでしょう。  〈構成・青柳雄一〉

藤井康生氏プロフィール
ふじい・やすお 昭和32年1月7日生まれ 昭和54年にNHK入局。スポーツ10強担当となって以来、実況と
して、また、アトランタ五輪女子マラソンでありもり裕子が銀メダルに輝いた時のインタビューや、昨年の大相
撲夏場所で貴乃花が優勝した時の実況など、インタビュアーとしてもスポーツの名シーンを演出している。