マイナーメーカーの車特集_追補-1

その後集まった情報をまとめてみました。

りあっちさんより、非常に貴重な当時のカタログ画像を、多数頂きました!

まずは、日野ハスラー。三井精機製ながら、完全に日野の商品と化しています。

荷物まで”HINO”の文字入りです。以前も書きましたが、同年代の軽三輪の中では、

結構洗練されたスタイルに感じられます。

(カタログ提供りあっちさん)
全然関係無いですが、このシーン、赤い人にぶつかる寸前の位置を、黄色い車が

猛スピードで走り抜けている風にも見えてしまいます。

(その割には2人とも呑気ですが…。)

”NJ号からコンスタックまで。”

ポンコツさんの情報によって、

NJ〜ニッケイタローだけでなく、

コンスタックも一連の流れであると、

初めて知りました。

コンスタックが最もマトモな姿な

理由が明確になりました。


流れを整理すると、下記のようになりそうです。
  • 1953年末〜日本自動車工業(株)/横浜…NJ生産〜生産休止
  • 1955年〜日本軽自動車(株)/川口…NJを引き継いで生産移管。
  • 1956年〜NJ外観修正〜ニッケイタローへ名称変更。
  • 〜1957年日本軽自動車操業停止。
  • 1958年〜日建機械工業(株)/東京…ニッケイタローを引き継いで生産再開。小変更でコンスタックとなる。
  • 〜1961年生産停止。

日建機械工業が、ニッケイタローの

エンジンを供給していた関係で

タローを引き継いだらしい。

との事です。
トータルで考えると、意外にも

息が長かった車とも取れます。

反面、自動車という魅力的な商材に

釣られて、各社手を出すものの、結局

儲けには至らず、そのうち

大手メーカーの本格的軽自動車時代が

到来した…。とも取れます。

明和自動車の”アキツ号”

Inomamoさんの情報によって、明和自動車が、現在の新明和に至る事が判明しました。

多数ある戦前=航空機産業系の民需転換組のひとつで、川西航空機(紫電改で有名)が

戦後に平和産業転換として1946年から始めたようです。

”アキツ号”の明和自動車自体は、地理的な関係もあってか?(兵庫/西宮)1957年に

ダイハツ系の会社に吸収され、ミゼットの開発に関わったようです。

本体の新明和は、現在は海上保安庁の飛行艇/タワーパーキング/パッカー車/

床屋の洗面台などを製作しているとの事です。

前回、Web上でサーチして続出した謎車達も大分判明しました。

”汽車製造のナニワ”(1947年)

ナベシンさんの情報によって、ナニワ号の”汽車会社”は、大阪に本社があった

鉄道車両メーカーで、1971年頃にバイクで有名な川崎車両(兵庫/尼崎)に吸収され、

その際”川崎車両”が、”川崎重工”に社名を変更。という流れが判明しました。
その他、黎明期の軽自動車に関しては、

下記の書籍に各車の画像/イラストや記述がある事が判明しました。

絶版車アルバム

”国産軽自動車1955〜2002”

(発行メディアグラフィックス社)

昌和製作所ミニカ360/ホープスターON他、

前回特集時に紹介した各車。


日本の軽自動車(三樹書房刊)

富士自動車のガスデンミニバン

昌和製作所ミニカ360

川崎航空機工業カワサキKZ360

名発自動車工業のポピュラーN4

芝浦機械の芝浦MR1

ヤンマーディーゼルのヤンマーポニー他。


懐かしの軽自動車(グランプリ出版)

情報提供ルパンさん

(イラストを中心に各車の画像と記述が

あるようです。)


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